落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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※第1拳「かわいいだなんて――何を今更な」

 

 

いいことしたなぁ、と思いつつ部屋に入り制服に着替えておく。武偵高、つまり俺やキンジが通う東京武偵高校の制服は防弾防刃製の真っ赤なネクタイに真っ赤なブレザーという赤すぎる。個人的には名前的に青系とかの色が好きなんだけどここら辺はしょうがない。しかたないので、ブレザーだけは脱いでカッターシャツにネクタイだ。基本的にはブレザーの内側とかには銃や刀剣類を隠し持つように推奨されているから皆着ているけど()には関係ない、

 部屋を出てリビングまで行けば、

 

「おいおい、そりゃあ確かに今日は始業式だけどさ」

 

 机の上に広げられていたのは豪華絢爛な朝飯だった。

 デカい重箱に納められた色とりどりな食事の数々。

 お正月か。

 

「あ、おはよう。那須くん」

 

「おう、おはようさん。星伽、どれ」

 

 あいさつもそこそこに、重箱のおかずに手を伸ばすが、

 

「こら」

 

「あいた」

 

 キンジにはたかれた。

 

「なにすんだよ」

 

「せっかく白雪が作ってくれたんだから、ちゃんと頂きますくらい言え」

 

「へいへい」

 

 不承不承で俺が頷いている横では、

 

「キ、キンちゃんが私のためにお、怒って……はうっ」

 

 星伽がトリップしていた。

 まったく、キンジが絡まなければまともなのだが。

 スタイル抜群の大和撫子で超能力捜査研究科(SSR)の秘密兵器にして生徒会長、園芸部部長、女子バレー部部長、手芸部部長を兼任し、挙げ句の果てには平均偏差値四十五の武偵校において脅威の偏差値七十五を叩き出すハイスペック。聞けば誰もが尊敬するような才媛だが、その正体は俺から言わせればただの色ボケだ。もし仮に、彼女の脳内を調べて見れば占められているのは“愛しのキンちゃん”に間違いない。欲望の怪物が生まれたら、絶対にキンジを拉致るか、周囲の女子を撲滅するだろう。

 恐ろしや。

 もっとも、欲望に忠実なのは人のこと言えないのだが。それゆえに、食事前の挨拶もせずにおかずを摘もうとしたのは、御覧の通り星伽にいい思いをさせるためである。

 決して俺の行儀が悪い訳ではない。

 決してない。

 とりあえず俺も座る。三人で手を合わせて。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 

 

  

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまでした」

 

「おそまつさまでした」

 

 三人で食後のミカンを頬張る。ちなみに俺は自分で剥いたがキンジは星伽に剥いてもらっていた。

 子供か。

 まぁキンジが剥かせたというよりは、星伽がキンジのミカンを何も言わずに奪って剥き始めたというのが正確なのだが。

 

「いつもありがとな」

 

「えっ。あ、キンちゃんもありがとう……ありがとうございます」

 

「なんでお前がありがとうなんだよ。ていうか三つ指つくな。土下座してるみたいだぞ」

 

「だって、キンちゃんが食べてくれて、お礼を言ってくれたから……」

 

 ……ミカンうめー。

 とりあえず、星伽の下着が見えて興奮しているだろうキンジは放っておく。異常発動しねーのかなぁと思わなくもないが本人曰く一応段階があるらしいので大丈夫らしい。

 武偵殺しやら女難の相やら話し続けている二人を置いて、男子寮を出る。自転車を押して向かう先は女子寮だ。今年から入ったであろう一年生は不審な目を向けるが、二年以上には慣れたものである。主に強襲科の顔見知りに適当に挨拶をしつつ、女子寮の玄関口まで行き、外で自転車は止めておく。

 入口には一人の少女。

 ただの少女、ではない。

 美少女である。澄んだ翡翠の髪。透き通った無機質ともみえる琥珀色の瞳。抱きしめたくなるような矮躯。アンバランスな少しボロいヘッドホンですら少女の魅力の手助けとなっている。背には長い棒状の袋を背負っている。触れれば、壊れそうな儚い雰囲気を纏う少女。首に掛けるヘッドホンも防弾製で、結構補修の痕が目立つのは愛嬌だ。

 彼女が。彼女こそが。俺、那須蒼一の主にして恋人。本名不詳の美少女。

 半年前にプロポーズされ、そして四か月前に俺が惚れた女の子。

 魔弾の姫君、レキ。

 

「おはようございます、蒼一さん」

 

「おう、おはよう。レキ」

 

 ほんのわずかに。それこそ俺にしか分からないくらいに笑った。今日も相変わらずかわいいなぁ。思わずにやける。オマケに口に出していたらしい。

 レキが反応して、

 

「そんな、かわいいだなんて――何を今更な」

 

 なんか大分レキもエクストリームはいってきたが大丈夫だろうか。

 まあ、いいか。

 かわいいし。かわいいは正義。ついでに言えば俺からすればレキが白と言えば黒でも白で、白でも黒と言えば黒なのである。

 

「そんなこと言いませんよ」

 

 ナチュラルに思考を読むな。

 

「多分」

 

「余計なことつけんなよぉ……」

 

 怖い。まぁ確かにエクストリーム入ってきているとはいえ、元々が人間味が薄すぎたのだ。友達とか友情とか無縁のキャラクターだったのだからこれくらいにキャラ濃い方がいいのかもしれない。少なくとも悪いことではないはずだ。実際この四か月で確実に友達を増やしている。

 俺もレキも。

 そんなことを思いながら自転車へと戻る。 

 

「失礼します」

 

 レキが自転車の荷台に横向きに座る。

 彼女の片腕が自分の腰に回ったのを確認して、

 

「じゃ、出すぜ」

 

「はい」

 

 返事と共にペダルを蹴りつける。狙撃銃や鞄の重みはあるが問題になるほどではない。漕ぎ出して、歩道を歩く生徒を避けたり、避けてもらったり、手を振りながら進んでいく。

 

「始業式ですね」

 

「だなぁ。なんか新学期への心意気とかあるか?」

 

「さて、どうでしょうね。正直あまり考えていないです。ここ最近は毎日が新鮮でしたので」

 

「違いない」

 

「キンジさんや白雪さんはどうしてました?」

 

「あっちもいつも通りだよ。鈍感大王に甲斐甲斐しくする通い妻。さっさとくっつけばいいのにな」

 

「そんな簡単にはいかないのがキンジさんでしょうね」

 

「それもまた違いない」

 

 こんなふうにぼやいただけであの男の関係性が変わるとしたらヒロインズは苦労しないだろう。星伽とか峰とかくーちゃんとか風魔ちゃんとか。大変だなぁと思う。見る分には面白いけれど。からかう分には楽しいだ。巻き込まれるのは、なるべく遠慮したい。

 

「かはは。楽しいねぇ全く」

 

「はい」

 

 俺は声に出して、レキは表情を変えずに、それでも笑う。

 武偵高まで自転車で行けばそれほど遠くない。徒歩で三十分程度、寮の前から出るバスでも十分ちょっとで、自転車だったら速度によるがまぁ大体中間くらいだ。半年前は徒歩。レキと一緒に登下校するようになってからは自転車だから基本的にバスに乗ることはまずないのだが、言うまでもなく恐ろしく混雑している。

 俺とレキの自転車を超えていくバスにおしくらまんじゅうもかくやという風に積み込まれているのを横目にしながら、他愛のない話をしながら自転車を漕いで行き、

 

「おーい! 蒼一、レキー!」

 

「あん?」

 

「……キンジさんのようです」

 

 背後から息を切らした声があった。

 軽く速度を落としながら振り返ってみれば、キンジが立ち漕ぎしながら俺たちを追いかけてきた。

 

「……」

 

 とりあえず速度を上げる。

 

「あ、おい! 待てッ!」

 

 うおおと唸り声を上げながら凄い勢いでペダルを漕いでいた。待つか引き離すか迷ったが普段からバスのはずのキンジがこうして自転車に乗っているのも疑問だったのでペースを落とす。

 

「ゼェーハァーッ、ゼェーハァーッ……ふ、普通、速度上げるか……?」

 

「なーにやってんだお前。バスさっき行ってたぞ?」

 

「メールチェックしてたら遅れて……それで急いで自転車漕いで来たんだ……ぁー疲れた」

 

「なんだそりゃ。あほか?」

 

「うっせぇ」

 

 というか折角俺とレキが純愛カップル風に始業式の朝を迎えたのにコイツいたら台無しじゃないかとか思うが、珍しいこともでもないので赦そう。キンジの周囲が賑わやかなのはいつもの事だし、それだって嫌いじゃない。

 

「なぁキンジ」

 

「あ?」

 

「今日から二年だけどなんか意気込みあるか?」

 

「……俺自身は別にないけどなぁ。白雪はSランク帰り咲けとか言ってたなぁ」

 

「あー」

 

 解りやすい目標と言えば目標だ。そのあたり俺は興味ないが、キンジ至上主義の星伽ならば確かに言いそうなことだ。

 

「蒼一やレキはあるのか?」

 

「特にないって話をさっきしてた所だ」

 

「それはまたらしいというかなんというか」

 

 苦笑するキンジに肩をすくめる。話が一度途切れたので、腕時計を見れば八時少し過ぎ。キンジは随分と焦っていたが、このままいけば十分に間に合う。それに一時間目もHRだったから少しくらい遅刻しても問題ないと言えば問題ないのだ。担任の高天原はお優しいことで有名だし、ちょっとくらい遅れても多分怒らない。これが強襲科の早朝訓練で担当が蘭豹なら大変な目に合うのだが。

 やっぱりさっきと同じように他愛のない話を、キンジと交えたことで色々幅が広がりながらも話していて、真新しい強襲科(アサルト)の校舎が見えて来た所だった。

 

「……蒼一さん」

 

「どうした? キンジが鬱陶しいなら蹴落とすなり引き離すなりするけど」

 

「おい」

 

「いえ、それは別にどうでもいいんですが」

 

「おーい」

 

「なんか来てます」

 

「は?」

 

 なんか? とキンジと顔を見合わせてから振り返り、

 

『――』

 

「……え?」

 

 変な機械が走っていた。四角い箱みたいなものに車輪が左右に付けられ、そこから長い棒が伸び、持ち手が付いている。名前が出てこないが見覚えがある。一時期流行りかけ、けれど結局普及しなかった乗り物だ。体重移動で動く奴。ちょっと乗ってみたいと思っていた。

 

「……セグウェイ?」

 

 そう、セグウェイだ。それが二つ。キンジが呟いた名前に内心すっきりしつつ、疑問を述べてみる。

 

「……なんで銃搭載しながら俺たちと並走してんだ?」

 

「……俺まだ夢見てる? なんかすげぇ痛い思いして起きた気がするんだけど」

 

 セグウェイのハンドル部分にサブマシンガンぽいのがロープで括りつけられている。銃口は思い切り俺たちに向いている。なにやらジジジ(・・・)とノイズが鳴っているなぁと思ったら、

 

『その チャリには 爆弾 が 仕掛けて ありやがります』

 

 などと、某ボーカロイドの音声でとんでもないことを言い放った。

 

 

 

 




※加筆済み

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