落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「……さぁーって、どーっすかなぁ」
炎上する宿屋から夾竹桃の手を引きつつ、距離を開けていく。
こういう時、武偵高で教えてもらったことは有用だ。街の構造や人々の集まり具合からデッドスポットを導き出し、逃走経路を算出していく。本来ならば諜報科あたりの本職だが、強襲科でだって習ってはいる。正直隠密行動とか苦手な分野だが、一応最低限のことくらいはできる。
「……どういうつもりよ、遠山っ」
「あ?」
使えそうな足を探しつつ、周囲を見回してたら夾竹桃が足を止める。らしくもない、焦りのある言葉遣いだった。
「どういうつもりかと、聞いてるのよっ! 貴方正気!? こんな、こんなッ……!」
「おいおい落ち着けよ、いつものクールビューティーはどうした」
「落ち着けるわけがないでしょう!」
手を振り払われそうになるが――ここで離せるわけもない。
「離しなさいっ、今すぐ戻って……っ!?」
「話すのはお前だ夾竹桃」
襟を鷲掴みにして、近くの壁まで無理矢理押し付ける。
やりたくない乱暴な扱いだが、それでも今はそんな余裕はなかった。
「こほっ!?」
「はぐらかしてないで、今すぐ答えろ」
「っ……!」
燃える緋色と暗い黒曜。
互いのまつげの数が数えられるくらいの距離まで柄付き、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
「あのいけ好かないイケメンの言う通り、お前が情報リークなんてしたのか?」
「っ、疑うのならカイザーに突きつければっ」
「俺は、お前に聞いてるんだ。イエスかノーかで答えろよ」
「……ッ」
夾竹桃のことは信じている。けど、信じているからこそ聞かなきゃいけない。信じることこそが俺の本懐だが、同時に師団の総長である以上そこのケジメを付ける必要はあるのだから。
「答えろ。答えるまで離さねぇよ」
「……………………ぃ」
「あ?」
「……やってないわ、情報の横流しなんて、身に覚えがない」
「――そうか。ならいいんだ。あ、悪かったな乱暴して」
「……こほっ」
「んじゃどーっすかなマジで。どっちに逃げればいいもんか……」
「……貴方、どうするつもりなのよ」
「逃げる」
まずは逃げるしかない。だが、問題はどこに逃げるかだ。師団に狙われたら今このベルギーだってアウェイだ。フランスに戻れば激戦区だし、ルクセンブルクは当然魔女連隊の圏内。どっちにも行けない。
あれ、詰んでね?
「夾竹桃さん夾竹桃さん、当てはないかな? よく考えたら俺英語だって碌に喋れないし、土地勘もないんだよ。お前ちょっとは詳しいよね」
「……なんなのよもう」
「ま、とりあえずここから離れるかな」
『緋影』があればいいのだが、カツェとの戦いのでせいで半壊状態。エネルギー自体はコンセントがあればいいのだが、機体の破損は先端科学兵装故に此処では修復できない。最も無事だったとしてもあれは非常に目立つので逃走には使えないのだが。
足になりそうなのは、
「お、消防車。アレ使おう。コバンザメ、出来るよな」
「……えぇ」
「んじゃすたこらさっさと」
コバンザメというのは武偵用語の一つで車の下面部分にコバンザメの如く張り付いて相乗りするというものだ。隠密行動で移動したいときに重宝するスキルで、これができると都市戦での生存率が大分変わる。なので一年の内から車輛科協力で体験するのだが、これがまぁ大変で ハリウッド映画ばりのカーチェイスに張り付かされるので覚えるのに危険極まりないスキルでもある。
授業当時絶賛中二病中だった蒼一は貼り付けず何百メートルか引きずられて、ボロボロになっていた。まぁそれ笑ってたやつは蒼一にグラウンド引きずり回されてたが。
少ししたら消防車が動き出して走りだす。緊急車両だけあって結構な速度で走りだし、しばらくしたら検問を通過する。こういう時緊急車両は少し速度を落とすだけでスルーできるから便利なのだ。
検問を超えて少ししてから停止したところで車から離れた。
「ふー、大丈夫か?」
「え、えぇ……」
かなりぐったりしているが、夾竹桃ではコバンザメでもかなり体力を消耗したのだろう。
どこかで休憩したほうがいいだろう。
こういう時も、大体授業で教えてくれる。
「武偵高様様だなぁ」
●
「よっと……結構綺麗だな。よかったよかった」
「下水歩くくらいなら連中に引き渡されたほうがマシよ」
まぁ女子なら仕方ない。
道端のマンホールの下は下水かと思ったが通信ケーブル用の敷設地下通路だった。煉瓦作りの道は空気が乾き、埃っぽいが歩くにも問題ないし、灯りもある。確かこういうのは下っていけば海だか大きな川に繋がっているはずだから、そっちに行けば都市部から離れることができるだろう。
「行こーぜ、離れて時間稼がないとどうしようもない。スマホ壊れなきゃもっと楽だったんだけどな」
カツェ戦で同じく壊れていたキリコ製の超高性能スマホは『緋影』と一緒で修理ができない。今のままではただの四角い板だ。
「どうせカイザーのことだ、東京の皆に俺の裏切り速攻チクるだろ。スマホちゃんと使えたら先回りに連絡できたけどそれもおできねーからなぁ。参ったぜ」
「……それで、あの子たちがカイザーのこと信じたら?」
「ありえねぇよ」
「そう」
即答に、そしてそう答えると解っていたかのように夾竹桃も頷く。
少なくともバスカービルや曹魏、ジーサード・リーグは信じないと断言できる。
繋げた心が、ぶつかり合った魂が、そう信じて疑わない。
「……が、流石に地球の裏側までテレパシー通じるわけがないので支援は期待できない。同じ町とかにいればいいんだけど、流石に無茶なはずだ」
アリアとかなら直観でドンピシャ俺の居場所突き止めても驚かないが、流石にそれを期待するのは虫が良すぎる。自分でどうにかしなければ。
「とりあえず進もう夾竹桃。どーしようもない時はとりあえず動く、バスカービルの心得その幾つか」
「……その心得、絶対おかしいわよ」
不服そうに嘆息する夾竹桃だが、それでも後を付いてきてくれた。まぁここで動かなかったら無理矢理でも連れていくつもりだったけど。
「……にしてもお前じゃないのなら誰が内通者なんだ? 俺やお前、ジャンヌ中空知は除けば……メーヤにロン。あと内部調査済みとかいうリバディー・メイソンとバチカンか。俺的には後ろ二つが糞怪しいんだけど」
「……さぁね。そもそも私はそのあたりのことは詳しくないし。イ・ウーでも孤立気味だったから」
あのイ・ウーで孤立するって凄すぎる。
それからしばらくはひたすらに歩き続ける。しかし、それほど速く動けたわけではない。夾竹桃がかなり虚弱体質だったせいでちょくちょく休憩を取っていたからだ。
「お前、毒使いだろ? 毒から薬作ったりして上手く身体整えれないのか?」
「……あまり得意じゃないのよ」
「それは残念」
得手不得手は誰にでもあるものだ。そしてバスカービル的に苦手はポイ捨てするものなので仕方がない。
仕方ないので休憩を取りつつまたしばらく歩き続け、
「……」
「……」
通路の先に人の気配があった。
曲がり角のすぐ近く。道が入り組んでいるから気づくのが遅れた。
「……一人、か。それも結構乱れてるな」
怪我でもしているのか、呼吸のリズムがおかしい。この距離でもはっきりと聞こえるほどだし、苦痛に喘ぐ声すらも聞こえてくる。
流石にケーブル工事の人とかではないだろう。
夾竹桃に少し下がるようにハンドサインで指示をしながら、拳銃を握る。
生徒手帳の備え付けミラーで覗き見れば、
「っ……ぅっ」
「……?」
妙な女だった。
音の通り怪我をしているようで、ブラウスは血に塗れ、周囲には簡易医療機器や何着もの服が散乱している。色鮮やかな金髪に透き通るような白い肌、苦悶に濡れるエメラルドの瞳、血に染まったブラウスの下の胸はかなり大きい。
妙だったのはその女の手だ。
苦痛の声や出血の痕から見てかなりの傷のようだが、それを
それも恐らく麻酔なしでだ。戦場で兵士が行うならともかく俺とそう変わらないくらいの年齢の少女がそんなことをしているとは些か信じられない。
麻酔無しで自分の身体の銃創を自分で手術を行う――そんなことはうちの面子でもやらない。
そも銃創とか気合いで治すし。
「む」
目についたのは転がっていた銃弾。通常の鉛玉ではなかった。血に濡れながらも輝くそれは多分銀製、おまけに複雑な文様が刻印されている。見覚えがある。エルに見せてもらった退魔武装の一つの純銀装甲弾だ。人間じゃない存在には効果覿面らしい、対ヒルダ辺りにエルが用意していたが――、
「あ」
てかヒルダ。
「おい、おい、起きてるかお前。起きてるだろ」
「……何をやっているのかしら?」
つま先で自分の影を叩く。灯が少ないからかなり薄い影だが、あることはあるのだ。数度叩き、
『……なにかしらぁ、私のことを完全に忘れていた勇者様?』
「いやいや忘れてたわけではないですよ? ちょっと忙しかっただけで。んで、見えるか? そこの女、多分関係者だと思うんだけど」
『やれやれ、好き勝手に――』
「ヒルダ?」
『……夾竹桃にも見せなさい』
「ん、おう。夾竹桃、チェンジ。知ってるやつぽいぞ?」
「こんな所で会う知人に碌なやつなんて……」
鏡を受けとり女の姿をみた夾竹桃の動きが止まった。
「……何故彼女が」
「知り合いか?」
「イ・ウー残党主戦派、リサ・アヴェ・デュ・アンク。眷属の代表戦士」
「敵か?」
「……どうかしら」
『あの子は少し複雑だからねぇ。 ま、対処は任せるわ』
「どういうことだよ」
「基本弱いのよあの子。戦闘力なんて無いに等しい。回復力に長けてるから自爆もどきの特攻させるくらいしか使い道がないくらいに。……案外、さっき私たちにかましてくれたのもあの子かもね。それでカイザーあたりにやられて逃げ延びて来たとか」
「可能性高いか?」
「知らないわよ。適当に言ってるだけ。……どうするの?」
「どうするっつってもなぁ……」
鏡を付き返されて、またリサとかいう女の子を確認する。
俺たちも結構喋っているが、此方に気づいた様子は全くない。それだけ傷が深いのだろう。いくら自分で縫合したとは言え、完全なそれではないし出血も多い。放っておけば死ぬ。
「あー……」
敵という可能性が大きい。
相手が眷属である以上は見捨てても、放っておいても、或は仕留めてしまっても問題はないし、寧ろそうするべきなのだろう。
でも、
「放っておけねぇよなぁ」
苦しんでる女の子を放っておくのは俺には無理だ。
あまり急がず、寧ろゆったりとしたペースで角がから出てリサの前に姿を顕す。
「!?」
当然そうすれば流石に彼女も気付くわけで、青い顔のまま此方を向き、両腕体を隠す。
そして、俺の顔を認識した途端にさらに青くなり、もう真っ白となった。
「遠山キンジ……!? 『
「はいそーです。皆の勇者、遠山キンジです。えーっと、リサ、でいいのか?」
「ひぃっ……!」
名乗ったらめっちゃビビられた。
地味に悲しい。
「あー……」
「こ、殺さないでくださいっ! な、情けを……お願いです……!」
ビビられた上に命乞いに土下座までされた。
眷属は俺のことをどう思っているのだろうか。
「いや、大丈夫だ。大丈夫だから、危害は加えない、傷大丈夫か? 見せてみろよ」
「……え?」
「……面倒事ばかり背負い込む男ね」
後ろで面倒事その一が何か言ってたが、気にしない。
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