落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第十一章 導きの王狼と高嶺の毒花
プロローグ「そのうち戻ってくるぜ」


 

 

「あの子、変わったわね」

 

「……」

 

「変わった。いえ、変えられたというべきかしら。少なくとも、かつてのジャンヌ・ダルクという少女は屈託なく笑うなんて、ただの乙女みたいに笑うことはなかった。策士でありながら騎士、騎士でありながら乙女、乙女でありながら策士。それらの狭間に翻弄されているのが私たちの知っているジャンヌ・ダルクという人間だった。……それなのに、見たでしょう? あのラブコメ、私たちの知っている彼女じゃ、ない」

 

「……」

 

「変わることはないと思っていたわ。あの子は言ってしまえば中途半端だったから、何も決められれず、ずっと何かの境目であたふたしながら生きていく子だと私は思っていた。なのに、変わったわね。……なんでだと思う」

 

「……」

 

「えぇ、えぇ。そうね、考えるまでもないわ。遠山キンジ。絆の勇者。彼をおいてジャンヌを変えた男がいるはずもない。亡き教授の後を継ぎ、世界すら担おうとし、大魔女たちすら目を止めた新世界の王。笑えるような――物語の主人公」

 

「……」

 

「私みたいな、私たちみたいなのには絶対関わりがないと思っていた。関わっちゃいけないとすら思っていたわよ。間宮の子の女の子のゆるふわコメディに端役で出るのが精一杯だと思っていたのに……どうして、私は此処にいるんでしょうね」

 

「……」

 

「えぇそうね。貴女もそう、貴女こそそうね。なんで貴女ここにいるのよ……くすくす、あぁ私のせいだったわね。仕方ないでしょう、コミケほど大事なことはこの世にはないわ。というかまさか香港行ったばかりのアレが、そのままフランスにまでついてくるなんて想像できるはずもないでしょう」

 

「……」

 

「想定外と言えば、貴女良くついてきたわね。こうなること(・・・・・・)だって想像できてたでしょう?」

 

「……」

 

「くすくす、えぇそうね。私も人のこと言えないわ。私も、貴女も来るべきじゃなったのかもしれないわね。変わるはずがない、同類だと思っていた子が変わってしまった。ねぇ、もしかして思ったかしら? 私たちも変われるじゃないか――って」

 

「……」

 

「くすくす」

 

「……」

 

「そうね、変わらないわ。私たちは。ジャンヌとは違う。私たちは変わらない、変われない、変わってはいけない。変化なんてものは私たちにとってはただの癌細胞。それに、他ならぬ貴女こそが知っているでしょう。この世の誰よりも貴女が。」

 

「……」

 

「――変化というものの残酷さを」

 

「……」

 

「くすくす」

 

「――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、なんて言った」

 

 目の前の男の言葉を俺は感情を押し殺しながら聞き返していた。

 ベルギー、ブリュッセルからパリへと帰還――することはできなかった。本来ならばそうする予定だったが、しかし予想外のことが起きたのである。ブリュッセルを出発しようとした俺、ジャンヌ、メーヤ、夾竹桃、中空知――この二人もいたが夾竹桃はガン無視だし、中空知も会話はできていなかった――の前にその男たちは現れたのである。

 リバディー・メイソン代表戦士、カイザー。

 『宣戦会議』の時にリバディー・メイソン代表として現れた男だった。

 美形長身の殲魔士。

 直接の面識はないが、エルから一応の話は聞いている。リバディー・メイソンではエルの戦友の一人でよく仕事を共にしたらしい。スポーツカーを豪快に運転しながら現れたその姿はやたら様になっていて、それ以上に纏う空気は確かに戦士のソレだった。紺色の切れ目は磨き抜かれた刃のよう。

 それに修道女がもう一人。

 ローレッタという悪魔祓いの司教だった。メーヤの上司らしく、会ったなりに彼女が電撃に撃たれたみたいに反応して二人してそのメロンみたいな胸を潰しながら抱き合っていたのをガン見してしまったらジャンヌに蹴られたりしたが、かなり落ち着いた人だった。白杖を付いているから視覚障害者なのだろうが、動きに淀みはなかった。

 カイザーとローレッタ司教。

 意図せずして現れたVIP二人。

 だがしかしカイザーはなんというか――いけ好かない奴だった。

 

「カイザーだ。君のチームに出向(・・)しているワトソン君とは旧知の間柄でね。彼も慣れない極東の生活で辟易しているだろうが、元気だったかな?」

 

「エルの仲間、だろ。 あぁ、最後会った時はめっちゃ元気だったぜ」

 

「……」

 

 と、自己紹介の時点で何故かやたら不機嫌になったのである。

 事実なので何とも言えない。俺が最後に見たエルは香港で買い占めた大量の漢方薬を自室に広げて、

 

『これが東洋医学の神髄……! 素晴らしい、胃痛も頭痛ともおさらばさ! はははっははは!』

 

 なんて風にハイテンション極めていた。

 そこまでは別によかった。

 そのあたりまではメーヤやローレッタさんも笑っていたし、むしろ夾竹桃なんかは何故か鼻息を荒くしていたものだ。

 問題は――カイザーがその夾竹桃へと言い放った言葉。

 

「聞こえなかったのならばもう一度言おう。――彼女には眷属へのスパイ疑惑が掛かっている」

 

「……」

 

 その言葉を飲み込み、咀嚼し、息を長く吐く。

 そうしなければ多分一発で『緋裂緋道』を発動していたと思う。

 

「つまり、どういうことだ?」

 

「君はもしかして頭が悪いのか? そこで煙管咥えた女が眷属へ我々の情報を流している可能性がある。故に我々リバディー・メイソンに引き渡してもらおう」

 

「……」

 

「落ち着け、キンジ」

 

 肩に手がかかる。ジャンヌの冷たい手、異様に体温が低いのは魔術によって下げているからだろう。

 それでちょっと頭が冷えた。

 

「……根拠はあるのか?」

 

「無論だ。君達が襲撃されたルーブルの一件があっただろう。君とジャンヌが拉致され、私やローレッタ司教がパリに滞在することを決めさせた事件だが、そもそも何故厄水の魔女たちは君たちを待ち伏せできた? それも勇者殿(・・・)を捕まえられるほどに周到な策を用意していた。どうやって?」

 

「……内通者、ということですか?」

 

「そうだ。恐らく師団内にはスパイがいて、君たちの情報を横流しにした」

 

「トオヤマ卿たちの行き先を知っていたのは貴方達を除けばバチカンとリバディー・メイソンの一部の者のみ。その中で最も内通者としての可能性が高かったのは」

 

「夾竹桃、ということか?」

 

 ジャンヌの問いかけにカイザーが肯定する。

 

「容疑者の中ではその女が最も内通者の疑惑が高い」

 

「リバディー・メイソンもバチカンでも内部調査は行われましたが、結果は白。バチカンに於いては主に誓って裏切り行為を行った者はいません」

 

「リバディー・メイソンもそうだ。つまり、容疑者は此処にいる遠山キンジ、ジャンヌ・ダルク、メーヤ・ロマーノ、夾竹桃、ロナルド・ノックス、それに一般人である中空知美咲。誰が一番怪しいなんて明白だろう」

 

 カイザーは言い切り、しかし言葉を止めない。

 

「我々の調査によれば、彼女はイ・ウー研鑽派でありつつ、しかし極東戦役には積極的に関わっていない。しかし君たちとは比較的近い場所にいただろう。欧州に来てからは行動も共にしているだろう。情報をリークするなど簡単なはずだ」

 

「夾竹桃がそうしてるってか?」

 

「遠山、君はもう少し大人になれ」

 

「……」

 

 唐突に話が変わる。

 

「君は信じることを旨とするが、我々リバディー・メイソンは疑うことから始め潔癖を証明する。疑わしきは罰せよ――とは言わないがね、大人の世界では疑われる事自体が一つの罪なのだ」

 

「……」

 

 それは――確かに正論だ。

 カイザーの言葉は間違っていない、恐らくその通り。疑われるということはそれだけの理由があり、そうなってしまったのなら払拭する義務がある。

 火のない所に煙は立たない。

 

「……ま、お前のいうことは間違ってないんだろうな」

 

「ならば――」

 

「だとしてもも、だ。カイザー」

 

 身を乗り出し、鼻で笑ってやる。

 

「それを―俺に言うのか?」

 

 この俺に。

 誰よりも仲間の力を信じ、絆の勇者とすら呼ばれているこの俺が。

 なんか怪しいからなんて理由で仲間を疑うわけがない。

 そんなやつの言うことに従うことだって、またない。

 

「それはダメだぜカイザー。お前の言う通り、信じることが俺のやり方だ。リバディー・メイソンは諜報機関なのに、俺にそんなこと聞くとか馬鹿だろ? ここで、俺が、この俺が、はいそうですかって頷くとでも思ってんのか?」

 

「――無論、思ってないとも」

 

 俺の燃える緋目をしかしカイザーの紺目は確かに睨み返す。口元には笑みを湛えたままに。

 

「君がそう返すのは解っていた。あぁ、だからこそ、聞いてみようではないか。君の信じる仲間とやらに。どうだね、夾竹桃。先ほどから黙っているが君は――師団を裏切っているのかな?」

 

「……」

 

 全員の視線が、彼女に集まる。

 カイザーの言葉通りこれまで口を開くことなく煙管を吹かし続けていただけの夾竹桃に。

 全員に見られ、睨み付けられても、彼女は無表情を崩すことはない。

 

「夾竹桃……ッ」

 

「我々も冤罪をよしとするわけではない。違うのならば、はっきり違うといいたまえ。それを証明できるのなら、私たちも君を信じよう」

 

「――ふぅ」

 

 赤い唇から紫煙が吐き出される。

 そうして、口端を微かに歪め、

 

「さぁ、どうかしらね?」

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 音が連続して響く。

 椅子を倒しながら立ち上がったカイザーが夾竹桃に向け、俺も銃を引き、メーヤが手を懸けた大剣の柄にローレッタさんの杖が辺り、同じように聖剣を抜きかけたジャンヌへさらにカイザーが術符を向けていた。

 

「――ひぃ!?」

 

「……野蛮ね」

 

 中空知が頭を抱え、夾竹桃は変わらずに煙管を吹かしながら嘆息する。

 今、自分がカイザーに銃口を突き付けられているというのに。

 

「司教!」

 

「控えなさい」

 

「……夾竹桃、それはつまり容疑を否定しないと?」

 

「そう思うのなら私を尋問すればいいでしょう? 夏冬に出る薄い本みたいに。それで私はくっ、殺せ、とでも言えばいいんでしょ? それとも私は絶対に屈しない! とか」

 

「夾竹桃! ふざけている場合か!」

 

「ならばどうしろと」

 

 ジャンヌが問い詰めても、彼女は柳のように受け流すだけ。

 今まさに自身の進退がかかっているのに、全く取り合わない。

 

「どうだね、遠山。これでもまだ、彼女を庇うか」

 

「……夾竹桃」

 

「何かしら、勇者様?」 

 

 銃口はズラさないままに、けれど視線は夾竹桃に。

 揺らがない。

 煙管を咥え、紫煙を吹かし、この場の全員から注目を浴び、懐疑の念や敵意を向けられているにも関わらず夾竹桃は不干渉の視線を崩さなかった。

 荒野に一輪咲く花のように。

 誰にも届かない場所で揺れる高嶺の華のように。

 彼女は誰かに見られても――誰も見ようとしない。

 

「――」

 

 俺が口を開き――部屋が爆発した(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 数瞬前にカイザーが銃を抜いたのとはわけが違った。

 まさしく文字通りに宿の一室が爆発、というよりもロケットランチャーか何かで攻撃されたのだ。

 

「――」

 

 行動はそれぞれ迅速だった。

 カイザーは防護の術式を展開し、メーヤとジャンヌはそれぞれローレッタや中空知を守る。

 俺はと言えば、

 

「――チャンス!」

 

「ちょ!?」

 

 夾竹桃を(・・・・)掻っ攫っていた(・・・・・・・)

 爆炎と爆風と衝撃波に蹂躙される室内の中で俺は動き続けていた。

 数瞬で炎に包まれる室内だが、

 

「――白雪」

 

 星火の巫女との絆が俺を守る。

 それが炎という属性である以上、ただの火器で生まれた物ならば今の俺たち(・・・)の障害になるわけがない。この場の炎を完全に掌握し――無理矢理暴走させた。

 かつて、俺たちはかなめに襲撃された時白雪が防御に使った炎を暴走させたせいで寮の部屋が大爆発を起こしたことがあった。

 それを意図的に引き起こしたのだ。

 勿論それだけでは被害が広がるだけだが、熱量という分野は白雪だけじゃない。

 

「ジャンヌ!」

 

「あぁ、解ってる!」

 

 氷星の聖女と重ねた心もまた俺の力となる。俺やジャンヌ、中空知、夾竹桃の周囲の気温を下げ熱傷を防ぐ。

 極高温と極低温。星火と氷星。巫女と聖女。

 かつてぶつかり合った魔女たちは、対極の力を以て俺と共に在る。

 片割れはいないにしても、こと熱に関しては最早俺たちの障害にはならない。

 

「――待ってるぞ」

 

「――さんきゅ」

 

「ジャンヌ、貴方何言って――!?」

 

「うっせぇ、ここにいたら不利すぎるだろうがッ……っと!」

 

「ぬぅ……!?」

 

 指運にて爆炎の一部をカイザーにぶつけて視界を潰しておく。

 ついでに壁もぶっ壊して――そこから逃走した。

 

「あばよ、師団――そのうち戻ってくるぜ」

 

 

 

 

 

 

 




カイザーさんがこれから先出番はあるのだろうか(
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