落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
広がりを見せたのは砲火の筒だった。
隻眼の魔女の背後に展開される数十にも及ぶ砲門。
戦車ロケット弾狙撃銃機関銃回転銃混合の砲身や銃身が中空に浮かぶ水面から生えていた。
「――フォイア」
一斉に放たれる。
降り注ぐ鉛玉と砲火の雨霰。戦争の一場面を切り取ったかのような光景がそこにはあった。
「ッッ――オオオオオ!」
氷旗を振りぬく。一度ではなく、一息に六度。旗の軌道上に氷の波濤は発生し、砲火を凍らせるがそれでもまだ足りない。
『クッ……!』
ジャンヌが盾を発生させるがそれでも尚超えてくるほどに圧倒的な量の火力をカツェは有してい
る。
「どういう、ことだよ……!」
身に受けた銃弾を鎧で受け、できた傷は凍らせ止血し痛み止めをしながら鳴りやまぬ射撃と砲撃の豪雨を凍らせながら呻く。
明らかに尋常ではない。
いくら何でもカツェ一人がこれだけの量の武器兵器を一人で運用できるとは思えない。
「これが術式か!?」
『いや、アイツのは水関係のものだったはずだ、これは……!』
そう、カツェのスキルは水を使うものだったはずだ。それはキンジもまたルーブルでの一戦で目の渡りにしている。ならば本気で使う術式にしたってそれの上位互換のはずだ。
だがこれは、違う。
あまりにも単純な物理的な砲撃だ。
「――けけっ」
戸惑うキンジたちにカツェは嗤う。
今だ息は整わず、凍傷も治しきれなくとも彼女は笑みを浮かべていた。
「私はお前らとは違う。代表戦士なんてやっててもてめーらみていに仲良しこよしで理不尽跳ね返すような滅茶苦茶じゃあないんだよ。とっておきの必殺技もないし、土壇場新しい力に覚醒! なんてこともありしねぇ」
キンジのように英雄ではないし。
ジャンヌのような聖女でもない。
カツェ・グラッセは魔女だから。
日の光は当たらないし、そこに温もりなんてない。
あるのは暗い闇と鉄と血によって繋がれた髑髏の戒律。
「――魔女連隊三千人とアタシの空間倉庫を繋げた」
言い放つ。
「空間倉庫っていう魔女の術の中でも基本中の基本だ。お前らが使う暗器術の魔術版みたいなもんだけどな。武器とか呪物とか保管して引っ張りだす必須スキルさ。その空間倉庫、三千人分ありったけ戦争道具突っ込んだのを今の私は持っている」
それはイヴィリタ・イステルの策だった。
カツェではキンジには勝てない。それをイヴィリタは既に悟っていた。だからこそ欧州に潜む連隊の魔女たち全員に命を出したのだ。別に今時電子機器を使えば遠く離れた土地にいる人間に伝令を飛ばすことは難しくない。空間倉庫を繋げることも魔術的にはそれほど難しい技術でもなかった。
それでもそれを実行出来るかどうかは別の話だ。
イヴィリタ・イステルは遠山キンジを見誤っていた。
それでも――やはり見縊ってはいなかった。。
魔女連隊三千人よりも遠山キンジを重く見たのだ。
「さぁほら
「いい空気吸い過ぎだぜお前……!」
歯を剥き出しに笑うカツェに思わずキンジも吹き出してしまう。
カツェは自分に似ている。それはさっきも思ったこと。
どうしたって譲れないものがあって。
それを見過ごすのは死んでも嫌で。
死にたくないから、命を懸けるしかない。
どうせ命懸けなら――傾いた方が楽しいに決まっている。
敵だから戦うのではない、憎いからでも、嫌いだからでもない。
それぞれの道がぶつかってしまって、どちらか先にしか進めないから戦うのだ。
「勝負だ――
「あぁ、勝負しようぜ――
『行くぞォォッッーーー!』
●
「――水底の水妖よ」
カツェの指先が氷土に触れる。その指先が融かす氷は僅かな物であり、しかし今はそれで十分だった。生じた水はそのまま鉄血で結ばれた兵たちの力を導く呼び水となる。
雫が弾け、鏡面となり、そこから破壊の筒が生まれる。
「ドイツ様式――パンツァー、シュマイザー」
弾頭や銃身がドイツの国旗である赤黒黄三色にカラーリングされた歩兵兵器が続けさまに射出される。先端科学兵装ほどではないが、魔術によって強化されている。それが、百以上。
『ふん――ならば此方はおフランス様式レイピアだ』
氷で形成される芸術品のような細剣。触れれたものが真っ二つになるような切れ味を持つ氷剣が鋭角的な軌跡を描いて空を裂き、鉄風へと飛翔する。
「けけっ、今西暦何年だと思ってんだぁ!? そんなしょぼい剣とか時代遅れにも程があるぜぇ!」
『抜かせ!』
炎風が氷刃を砕き、氷刃が炎熱を斬り裂いてく。
キンジたちとカツェの中央地点で水蒸気が炸裂する。
しかしそれらの結果に構わず、青い鎖で水面からカツェが引き抜いたのは、
「ティーガー! 現代の剣っつたらこれだろう!」
抜剣――灼熱と破壊の剣がその力を振るう。
水蒸気の壁をぶち抜き、砲弾がキンジへと迫った
「おいおい」
それでも、氷星の勇者は揺らがない。
「今更そんなおもちゃの剣はないだろ」
『――来い、デュランダル』
魔女には戒律を。
聖女には祈りを。
そして勇者の手には――聖剣が。
手の平に集う氷結の概念。一つ一つは小さいな氷の破片が剣の形を成し、勇者と聖女の下に。
かつて星伽白雪に断たれて細剣として打ち直されたが、今ここに真の姿を取り戻す。
絶対不落の切れ味と絶対不落の硬度を誇る剣。
角笛と共にありし聖剣。
今、それが勇者の手にに握られる。
「古くても、今時じゃなくても、これは凄い、ぜ!」
真正面から刀身をティーガーの砲弾に叩き付けた。
『凍てつけ――!』
瞬間、砲火の全ての熱と運動エネルギーが消失すると共に切断面から完全に凍結した。
戦車の砲弾すら容易く切れ味、さらに物質のエネルギーすら止めてしまう氷結斬撃。絶対零度を体現するのが聖剣デュランダルだ。
「カッー! そういう神秘系はまじずっこいだろ! 物理法則舐めんな!」
「お前が言うなよ」
「おっ、確かに」
『コントしている場合か』
――鉄火と氷刃が激突しあう。
「けけっーー!」
厄水の魔女は止まらない。
彼女が借り受けた力は一人分ではただの歩兵に過ぎない。だが、例えただの雑兵でさえ三千人の火力を集中させれば尋常ではない破壊を生むのは言うまでもなかった。今この場に限ってカツェは一人で三千人の
「はっ、はははーー!」
しかし圧倒的な数に劣らない一がそこにはある。
二心同体、二つの心が一つとなって魔女の厄災に抗い、立ち向かう。
右手に大剣、左手に旗。戦車砲のような砲弾は聖剣で断ち切り、銃弾の弾幕は旗を振りぬくことでまとめて氷漬けにしていた。その上で、それだけではない。
『――ッ』
「うお!?」
カツェの足元から突然氷柱が剣山のように発生し、カツェを串刺しにしようとする。咄嗟に飛び上がり、即座に足元に引き出した銃身を蹴りつけ再跳躍。そこからさらに機関術を取り出し氷柱へと連射させる。
帽子の崩れを直しながら着地し、
「不意打ちとは卑怯なり!」
『お前が言うか! そして私は不意打ちが基本だぞ!』
「威張るなよ!」
カツェの足元に次々氷柱は発生して止まらない。それをカツェは跳躍と中空から引き出した銃身を足場として回避を続ける。
「ハハハハッッ! サーカスっかつうの!」
氷原を飛び跳ねる魔女に、それを追う氷柱。宙帰りや捻りは言葉通りにサーカスのような動きだ。無論その上で火器の制御は怠らない。何度も繰り返せば、それらが重なり合っていく。やがてそれは氷柱の重なりで築かれた巨大な氷の剣山だ。その頂点にて彼女は眼下のキンジをせせら笑う。
「いい眺めだ。勇者がゴミのようだぜ」
『ならばお前がゴミのよう散れ』
――氷の剣山が解けて、魔女が落ちる。
「あら」
『馬鹿め』
当然氷の山が溶けてしまえば、大量の水になる。一瞬でカツェはその中に飲み込まれて消え、
「ばっ……」
『――終いだ』
直後、カツェごと膨大な量の水が氷へと再変換――しなかった。
「――っかぁぁめええええええ!!」
吠える。
剣山全ての水を全て己の支配下に置きながら。
腕や脚には――流血する銃弾痕。
「お前、なにを……!?」
「血は水より濃いって言うだろ?」
キンジたちに付けられたものではない。水に飲み込まれながら、その中で彼女が自らの腕や足を撃ち抜き血を流したのだ。
血――それは命の滴。
魔術的にはもっとも重要な魔力媒体となるもの。それを、先の一瞬で自身の周りの水に溶かしこんだのだ。それも常人ならばとっくの昔に失血死しているはずの量をだ。
厄水。
それは災厄を宿す水――という意味ではない。
辞書的な意味でいえば、過剰なまでに栄養を含んだ海水のこと、所謂赤潮である。だが、当然カツェからすればあまり見栄えのいい意味ではないのでもっぱら災厄の水という意味で使っている。
だが、しかし、それが今カツェの命を繋いでいる。
血を流すことで周囲の液体を掌握し、それらを擬似的に生命に必要な血の代替として延命する。そしてそれも無限に続くものではない。循環こそは可能でも、カツェの魔力には限りがあるのだから。保って、ほんの数分もない。
「決めるぜ、キンジ!」
「来いよ、カツェ!」
剣山の水を自らのものとして掌握したとはいえ、周囲一帯を統べるキンジたちからすれば微々たるものだ。だから、使い方を考える。
「――ウォーターカッター、知ってるか?」
ダイヤモンドのような非常に固い鉱物を超高圧水流で研磨剤を混ぜながら射出することによって加工する時に用いる水の刃だ。ただそれでは水の消費が激しいのだから、そこからさらに応用する。
ウォーターカッターならぬ――ウォーターブレッド。
一滴分の水を魔術を用いて射出する。研磨剤代わりの土は先ほどのドーラ砲の余波で巻き上がった大地によりいくらでもあり、そうして生まれた水弾はダイヤモンドの塊を貫くほどの威力があった。
それが文字通り雨となってキンジへと降り注ぐ。
「……っ!」
その上で空間倉庫からの砲火は止まらない。
最早カツェは操作を放棄しているが、何分三千人ともなれば狙いなど関係ない。無暗矢鱈に発砲し、当たるかもしれないと思わせれば十分だ。どうせ本命ではないのだから。三千という大火力を囮に使いながらカツェはキンジたちへと落ちている。
「くそ、多すぎんぜ……!」
『ちっ……!』
砲火に対してはジャンヌが氷の壁を張り防ぐが、水弾はそうはいかない。氷壁を撃ち抜き、氷鎧ごとキンジの身を撃ち抜くだけの貫通力がある。自動防御ではなく、聖剣か氷旗でキンジが直接叩かなければならない。
勿論、簡単なことではないが、
「それくらいやるよなぁ、お前なら!」
「ったりめぇだろォー!」
幅広の大剣と振り回しにくい旗という武器を同時に使っているにも関わらず、その動作には淀みない。絆の力とはまた別の遠山キンジの真骨頂、異能に頼らない肉体駆動のセンスだ。無論、例えそれでも容易く水弾を全て打ち落せるわけではない。取りこぼすものは少なくなく、彼の身体を撃ち抜いていく。
「っぐ……それでもッ!」
「ケケッーー!」
彼我の距離がゼロになるまではあと数瞬。それがゼロになれば勝負は決まる。
キンジは水弾に身を貫かれ、カツェもまた貧血により意識が朦朧となりまた氷結の余波が体を蝕んでいく。
だが、当然今更そんなことで躊躇う二人ではない。
全身を貫く水弾も、五体を蝕む氷波も、それらから生じる激痛も疲労も何もかも。
彼が、彼女が、命を懸けて戦っている証なのだから。
「――」
そして彼我距離がゼロとなり、
「ぶっかけ大サービスだ」
――カツェが己に魔水の支配を手放した。
「……ッ!?」
それまで自身の周囲に展開させ、己の血を混ぜ込んでいていた魔水。それをキンジと接触する寸前で性質はそのままに、ただ操作を放棄したのだ。
結果、どうなるか。
――極めて当然の如く物理法則に従い降り注ぐ。
「しまっ……!?」
魔水は、凍らない。支配放棄の寸前、肉体の半分以上の血を放出していたカツェの水はすぐに氷ることはなかった。そしてそれだけの時間があれば十分だ。
「――つーかまーえた」
キンジが魔水を被った瞬間、即座に支配を再開し拘束術式を展開する。
勇者を捉える水の檻。
「――ごぼっ」
避けられないわけでは、なかった。だが、一瞬魔水を放棄したということが意識の隙をついた。魔力や異能を目で見ることができるキンジだからこその生じた隙でもあった。カツェの血液を通した檻は当然破格の強度だ。命を半分以上消費して作っているのだから言うまでもない。
事実、キンジはその檻を破れなかった。水に飲み込まれ、全方位から圧が掛けられ動きを損なわせる。
勇者は今、魔女に捕えられ、
「――お前はいいことを教えてくれたな」
「――あ?」
真紅に煌めく聖剣で魔女の戒めを聖女が断ち切った。
「……!」
一瞬カツェは理解した。
魔水を被った時、避けることはできなかった。だがしかし、融合を解き聖女を弾きだすことくらいはできた。あとは言うまでもない。キンジを捉える水の檻を壊すだけ。方法はカツェが既に示している。
血を代価として用いれば――限界を超えられる。
片刃長剣であった聖剣がジャンヌの血を受け大剣に。それもまた彼女の命を削る行為だが、命を懸けるのは彼女も同じだ。
「やっぱすげぇじゃねぇかお前」
「お前のおかげだよ、我が君よ」
「なんだそりゃ」
軽口と共に氷星の勇者は再臨する。
融合は一瞬で行われ、続く一撃もまた刹那も懸からなかった。
「……!」
銀の大地を緋色と青氷色が踊り、血色と白銀色の聖剣が振りかぶられる。
「――くそが、御伽噺は趣味じゃねーんだよ」
隻眼の魔女は笑っていた。
血を限界まで絞り付くし、魔力も使い果たし、砲火も今このタイミングで使えるものなどない。全身全霊を懸け、己の使える物を全て使ってそれでも尚届かなかった。
馬鹿みたいだ。
「覚えてろよ」
「あぁ、忘れない」
そして。
振りぬかれる星氷の一刀が厄水の魔女を打倒した。
最近ちょっと新しい試みを行っているので更新速度が落ちてもうしわけない。
しかし10章は次でエピローグ。
つまり――11ではついにリサが……!
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