落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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非常に難産で大分お待たせしました。


第10曲「魔女は主人公のがんばりを貶めるのが」

 

「ジャンヌさん、どうですか?」

 

「……あまり良くはないな」

 

 質の悪いビニールシートに下着だけの身体を包みながらジャンヌは嘆息する。周囲を警戒しているメーヤに応えた通り彼女の体調はあまり良くなかった。ついさっき魔剱の『荷電粒子砲』が直撃したせいで超能力や術式の類が全て使えなくなってしまったのだ。さらには衣服の類も消し飛ばされた。デュランダルは残っているし、『言葉』は使えるがそれでも戦闘力は極めて低下している。元より戦闘力が低いジャンヌだが、『代表戦士』として最低限の基準すら満たしていない。

 今のジャンヌ・ダルクはただの少女でしかない。

 

「……っ。あれは、一体なんだ」

 

 力の入らない手に歯噛みしながら呟く。術式の類には違いないのだろう。それにしても、問答無用が過ぎる。

 まるで色金みたいに。

 

「あれが欧州圏が押されている理由の一つですわ。あの三人組には手を焼いています」

 

「できることなら先に教えてほしかったよ」

 

「まさか彼らが来るとは完全に想定外でした」

 

「それは私も同じだがな」

 

 壁に背中を預けながら二人して嘆息する。

 ここまで本格的な戦闘になるとは思っていなかったのだ。予知をしたメーヤにしても手掛かりくらいのレベルだと思っていたし。

 

「問題は、美咲だ。出来るだけ早く合流しなければ」

 

 このジャンヌの言葉の数分後にキンジが中空知と合流することになるのだが、やはり心配はそれだった。

 夾竹桃は多分どうにかするだろう。

 だが、

 

「今はまだ動けませんね」

 

 戦闘力が喪われているジャンヌにしても、メーヤもまた妖刕や魔剱と交戦したのだ。深手は負っていなくてもそれなりに消耗している。

 

「お酒……お酒が要りますわ……」

 

「そこだけ聞くと大分危ない人だな……」

 

 だが同時に切実な問題だ。

 メーヤの術式は強力であり、制限自体も酒精を摂取するという極めて単純なものだが、だからこそ酒精がなければどうしようもない。おまけに燃費も良くない。

 

「やはり普段から形態しておくべきでしたわ。修道女だから外聞気にしてる場合ではありませんでした。これはもうこれから先ずっとお酒を大量に常備しておかなければ……!」

 

「真面目なことなのになぜか釈然としんな」

 

 お酒の魔力である。

 まぁ真面目なことには変わらない。

 嘆息しつつ、体に巻き付けたシーツを手繰り寄せる。戦闘力云々も問題がこの恰好も問題だ。人気がないとはいえ下着一枚でうろつく様なことはなるべく避けたいし。

 嘆息し、一度目をつぶってから開いて、

 

「お」

 

 廊下の角を曲がってきた隻眼と目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

 数秒固まった。

 

「どうした、カツェ」

 

 固まった魔女の後ろから神父もまた現れる。

 

「見つけ……!」

 

「逃げるぞ!」

 

 カツェが声を上げている最中にジャンヌは身を翻して逃亡を始めていた。少し遅れてメーヤも慌てて続く。

 

「ってお前らもうちょっとまともに戦えよ! なんで速攻逃亡すんだ!」

 

 知るかそんなもの。

 戦闘力激減の状態でまともに戦うわけがないだろう。キンジたちを始めとした『バスカービル』の連中は本能レベルで動くが自分はそんなことはしない。撤退というのも確かな一つの戦術だ。現状での最善手はキンジと合流し美咲を回収すること。あの男さえいればどうとでもなるはずだ。

 だから逃げる。

 だが、

 

「おいおい、もうちょっと遊んでいこうぜ」

 

「――!」

 

 太ももに鋭い痛みが走る。

 崩れ落ちながら振り返れば右足の太ももに穴が開き出血している。銃撃だ。それを為したのが誰なのか、その答えは明確だった。

 

「お会いできて光栄だぜ、『銀氷の聖女』。さっきは大将たちがお前の相手してたから絡めなかったな」

 

「せい、じゅう……!」

 

「あぁそうだ。『聖銃』――船坂慧」

 

 名前初めて聞いたが、その相貌は一度見れば忘れがたい。筋肉が絞り込まれた痩身に着崩した修道服に、纏わりついたシルバーアクセサリー。派手な金髪も染めたものだ。

 凡そ真っ当な神父ではない。

 メーヤやロナルドを知っているし、ジャンヌもまたカトリックだ。だからこそこの男の奇異さは目立つ。

 

「ん、あぁそうか。アリスベルのメビウス喰らってるんだったか。変な恰好は趣味かと思ったぜ」

 

「那須と一緒にするな……!」

 

 いやあれは別にそういう趣味でもなかったか。何の防御術式もない状態で足に銃撃を受けたから微妙に混乱しているかもしれない。趣味がおかしかったのは確かなので些細な問題だ。

 

「げ、まじかよ。噂の『拳士最強はそんな変態なのか」

 

 本人の知らぬところで悪評は広がっていくものである。

 

「メーヤ!」

 

「すいま、せん!」

 

「ケケッ、お前は私と遊ぶんだよ!」

 

 呼びかけるが、しかしメーヤはメーヤでカツェに足止めされていた。切り結ぶ大剣と軍刀。だがメーヤの方が押されている。

 

「っづ……!」

 

 歯噛みしながら、超能力を発動させるが――使えない。

 激痛による集中力の乱れと魔剱のメビウスの残滓。それらがジャンヌの異能の行使を妨げる。

 

「あー、ったくアイツのお零れとやるのはホントつまんねぇなおい。こっち来てからこんなんばっかだぜ。何もできねぇ相手嬲ったて何も面白くねぇ。てかちゃんと聞こえてるか? メビウスは異能の強化とかも根こそぎ落とすからなぁ。普段強気なやつが全部消されて泣きわめいちゃったりするんだぜ? 萎えるよなぁ、アンタはどうよ」

 

「……」

 

「ひゅー、いい目だな」

 

 睨み付けたら、口笛と共に受け流される。

 船坂は豪奢な装飾銃をくるくると回転させながら哂っている。すぐ近くで魔女と修道女が戦っているにも関わらず全く意に介する様子はない。

 ふざけている。

 不真面目極まりない様子は、一定レベルの実力者はよく見られる傾向だが、それにしたってこの男はジャンヌから見ても心底ふざけているようにしか見えない。

 聖銃がニタリ(・・・)と口端を歪め、

 

「まぁとりあえず死んでみろや」

 

「――」

 

 ノータイムで引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 聖銃の魔弾は基本的には通常の弾丸と変わらないが、しかしその法則は大きく逸脱している。

 キンジやアリアの使う色金の気による弾丸とよく似ている。つまりは大口径の銃弾を狙撃銃並の精度で機関銃の速度で連射できるのだ。銃そのものは凡そ実践向けではない装飾が施されているにもかかわらず戦闘を行うのだからその異常性は十分に伺える。

 それは術式による強化がない最低状態(・・・・)だとしても、大口径クラスの拳銃と同等の性能を発揮する。

 音速超過にて射出されて、一秒もかからずジャンヌの脳天へと突き刺さる。防護の術式も超能力による防衛もなく、ただの少女でしかない彼女には避けることはおろか、護ることもままならない。

 勿論、魔女に足止めされている修道女も。如何に神の加護を授かる幸運の大剣使いもまた聖女を救うことはできない。

 そんな奇跡を起こせるのは物語の主人公くらいしか不可能だ。

 

 けれど――そんな物語の主人公は確かにいる。

 

「――うおおおおおおおおおおおおおおおおおーーッッ!!」

 

 聖銃の魔弾から絆の勇者が乙女を救い出す。

 

「!!」

 

 それはその場にいた誰もを驚愕させる。

 引き金が引かれたのと同時に、先ほどカツェたちが現れた曲がり角から、壁面を何度も蹴りつけ、砕き、緋色の影となって桜花弁の尾を引き、『絆の勇者』が飛び込み、その緋刃が魔弾を切り裂いた。

 

「――無事、か、ジャン、ヌ……ッ」

 

「は、はい」

 

 荒い息を何度も繰り返しながら、けれども確かな勇者の声に乙女は頬を染めながら、自分も驚くくらいにか細い、まるで年頃の乙女のような声で答えた。

 

「おぉ、そう、か……ごほっごほっ、ちょ、たんま……これ、きつ過ぎっ……」

 

 乱れた息は簡単には戻らない。

 超高速機動を可能にしたのは難しい能力ではなかった。色金の気を全て肉体強化に回したというだけのこと。那須蒼一が息を吐くように行っていることをキンジが再現しただけのこと――なのだが、負担が頭悪かった。全身の細胞という細胞が痛すぎる。可能ならば絶叫あげて悶絶したい。

 二度とやらないと心に誓うキンジだった。

 

「ふぅーー」

 

 息を吐き、痛みに歯を食いしばり、

 

「これ以上好きにさせるかッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄水の魔女、カツェ・グラッセ。

 香港に於いてキンジたちに圧倒され、噛ませ犬如くの扱いと評価を受けた彼女ではあるが、その評価は正確ではない。確かに彼女は物事がうまく運ぶとドジをするという傾向にあり、実際先ほど微妙なニュアンスでキンジに疑念を抱かせ逃げられた。

 だがしかし。

 そもそもの話。

 血色に染まる恋と愛と戦の祟神の眷属神『九龍猿王』孫悟空。

 人類における限界すらも突破した武威を誇る『拳士最強』那須蒼一。

 破れたとはいえ王の気質に於いては他の追随を許さぬ『覇王』曹操孟徳。

 そんな彼女すら打倒した新世界の担い手『絆の勇者』遠山キンジ。

 噛ませ犬なのは確かだがしかしこの四人を前にして一体誰が噛ませ犬にならずに済むというのか。

 そんな無敵ユニットなど今は亡き人外二体か、或は那須遙歌くらいのものだ。

 しかし相手が彼ら四人ではなければ。

 さらには借り物ではなく彼女自身が策と用意を重ねたのならば。

 カツェ・グラッセはその真価を発揮する。

 

「これ以上はもうないぜ」

 

 キンジの登場で動きが止まったメーヤから距離を取ったカツェは笑みと共に指を鳴らした。

 

「な――!?」

 

 キンジの周囲、聖銃の魔弾を切り落とした緋刃の刀身から青い鎖が生じキンジに巻き付く。それはかつて蚩尤天の頂上にてキンジたちを絡めとめ、しかし呆気なく砕かれた魔女の鎖。

 だが――今度は砕けない。

 カツェ・グラッセは遠山キンジを信じていた。

 彼が欧州を訪れ、さらには交戦するにあたってカツェはキンジのこれまでの戦闘映像から戦闘思考や傾向を数日間で研究できるだけ研究し、解明できるだけ解明していた。

 だから魔女は勇者を信じていたのだ。

 仲間が聞きに訪れれば、勇者は物語の主人公の如く現れることを!

 

「魔女は主人公のがんばりを貶めるのが仕事だぜ」

 

 魔女の青き鎖。それは魔女の用いる術式の中では基礎的なものだ。高位になればなるほど術者の性質によって条件付けが変動するのが術式(コード)ではあるが、青き鎖はある程度融通が利く。

 危機的な状況に陥った仲間を救出するために戦闘に介入した場合その相手のスキルを一時的に封印する。無論キンジに対しては理不尽に砕かれることも考えられたが、『魔剱』のメビウス――術式そのものの詳細は教えられなかったが――を流用することでクリアした。

 結果として、災厄の水魔は絆の勇者を絡みとる。

 

「ーー!」

 

「撤収だ! 聖銃、ちゃんと抱え解けよ。ついでそこの動けないのも。捕虜は多いほうがいい」

 

「あいよ」

 

「ま、ま――」

 

「止めとけよお嬢ちゃん。それと、俺が言うのもなんだけど向いてないと思うぜ?」

 

「――」

 

「カツェッ!」

 

「この場は私の勝ちぜメーヤ。近いうちに決着も付けようなァ!」

 

 メーヤを嘲笑いながらカツェが拳銃から打ち出したのは煙幕弾(スモーク)だ。メーヤの視界が潰され、その間にカツェとキンジとジャンヌを抱えた船坂はその場から離脱していた。勿論、煙幕の中でも迷わないように事前に暗視用ゴーグルは準備している。

 

「ケケッ、遠山キンジ誘拐(・・・・・・・)大作戦(・・・)大成功だ。ボーナスは期待できるな!」

 

 

 




大分滅茶苦茶だったけれど、強引にルーブル編収束。

カツェはやればできる子。
てかチート四人相手だったから()

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