落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「――!」
「いやお前マジで耐性ないのな。こんなに簡単に嵌るなんて思いもよらなかったぜ。用意した罠が幾つか無駄になったつーの」
全身が鉛のように重く感じた。たまに寝ている時に意識は覚醒しているのに体は動かなくなるという、金縛りとよく似た感覚。あれは別にオカルトでもなんでも無くて寝ている間に起きる神経の乱れ等らしい。俺の場合寝ていたらアリアやら理子やら白雪やらに押し潰されて物理的に動かないなんてことがあるが、これはその数倍のものだった。
動かない。
指先、全身の至る所まで。力づくで破ろうにもそもそも力が入らない。
頭に危険信号が鳴り響く。
「ケケッ」
――目が合っている。
赤黒く染まったカツェの隻眼と俺の緋色の瞳が嫌になるくらいに見つめ合っている。
蛇に睨まれた蛙。
まさしくそれだ。けれどこういってはなんだが今更カツェクラスの戦闘力に気圧されるなんてことがあるとは思えない。
つまり、これは、
「
「その通りだ、思い切りガン見しやがってこの助平」
自信満々に言いながらカツェは目を離さない。
多分目を合わせるとか見るとかが条件だったのだろう。モナリザがある場所に待っていたのはそこなら絶対に見られるから。多分モナリザだと思ってガン見しに行ったからその分拘束力が高まっている。おまけに気づけば周囲に他人の気配は消えている。確か曹魏の荀彧が似たような結界術を使っていた。
「ケケケケッッ! バーカバーカバーカ! ど素人かっつーの、それで次代の王だなんて笑わされるぜ!」
「プロフェッショナルはここにいマス――《幻想法廷開廷しマス。ノックス第八条、本能力発動以前に使用した系統の術式使用を禁ズ》」
●
「――」
目の前を真紅の閃光が過る。
その光は何もない空間を薙ぎ払ったにも関わらず、何かを断ち切った音がした。
「馬鹿はどちらでショウ。兄様がいることに気を取られて、私に気づきませんでシタか? このノックスの前で
割り込んできたのはロンだった。
剣――しかしそれは鋼のそれではない。光の線で編まれた実体の無い赤の剣と青の小剣。
それはまるで虚構を切り裂く真実の刃のように。
そして今まさしくその赤閃はカツェの術式を切り裂き、俺の不動縛もまた切り裂いていた。
「ノックス……!」
モナリザの絵になりきっていたカツェはいつの間にかその姿を顕していた。
「おまけに一人で。厄水の魔女も今日が見納めでショウ。既に法廷は開かれまシタ。貴女に勝ち目があるとでも? 兄様もいるこの場で?」
「余計なお世話だくそショタが」
赤い光剣を突き付けられながらもしかし魔女は哂っている。口の歪みを剥き出しにしたままカツェは指を三本立てる。
「一つ、まずなんだそのふざけた呼び方。気持ちわりぃ。そして一つ――私はミステリーよりミリタリー派だ」
言って取り出したのは――対戦車グレネード。
「な……!?」
「ちょ、おまっ」
「はいどーん」
一切の躊躇なく引き金が引かれた。
対戦車グレネード。よく漫画やゲームで登場するからシリーズの中でも良く知られたものだ。RPG7と呼ばれる発射台で手榴弾を射出し、対象に着弾させ後は通常通り。つまりは爆風と爆炎と破片によって周囲に撒き散らかすのだ。言うまでもなく純粋な物理破壊。
「ロン!」
背から見えていたロンにはグレネードの出現と共に確かな焦りを見せていた。魔女狩りという字名や先ほどの物言いから術式に対しては強いとしても、物理的な面ではあまり期待できない。
そんな身体の目の前でグレネードが放たれる。
引き金が引かれた瞬間には既に叫んでいた。
「――ワトソンッ!」
キィンという甲高い音が脳内に鳴り響き、世界が停滞する。色が消失し、コマ送りに。脳内で精製された薬品が体感時間を加速させ、世界がコマ送りとなっていく。
カチリ、カチリ、カチリ――歯車が時を切り刻む。
「――Over Clock Gear!」
高速化された視界の中動きを重ねていく。銃を持たない左手でロンの首根っこを掴んで引き込みながら、右手で射出されたばかりの榴弾に向ける。
発砲。
「兄様!?」
「舌噛むぞ!」
直後、榴弾と拳銃弾が接触し――拳銃弾から溢れだした先端科学兵装製のトリモチが榴弾を包み込んだ。
武偵弾――粘着弾だ。
「あぁ!?」
「っ……!」
衝撃波自体は幾らか残る。けれど爆炎も爆散する破片もトリモチが全て抑え込んで、周囲への被害を押さえていた。
流石にここにある絵を傷つけられたら弁償できない。
切実に。
「ロン、無事か!」
「は、はい!」
拳銃を懐に仕舞い、代わりにバタフライナイフを引き抜いて逆手で構える。
「ケッ、手が速いな。おい」
発射台を投げ捨てながらカツェは煙草を咥え、無骨ジッポライターで火を付ける。見た目俺よりも年下のロリだが結構様になっていた。粘着弾の内部から化学成分の焦げた匂いとタバコの匂いがホール内に広がっていく。
「……不味ったな」
ズキリと全身に響く痛みに顔を歪める。
『Over Clock Gear』。
ワトソンとの絆によって生まれた超加速スキルだが、視界が完全にコマ送りにできる代わりに肉体への消耗が激しい。土壇場での紙一重みたいなタイミングでの運用を考えていたし、今はそのタイミングだっただろうが、それにしても使うのには早すぎたかもしれない。
というか普通に使う時間違えた。
ごめんねワトソン君。
「おいおい辛そうじゃねぇ遠山。大丈夫か、うん? 大人しくしてたら半殺しくらいで捕まえてやるぜ」
「余計なお世話だ。心配するくらいなら場所変えろ。こんなとこでバトるな」
「いいじゃねぇか。世界中の美に囲まれながら戦うんだぜ? 風流じゃねぇか」
「冗談だろ」
そういうのはサードに吹っかけてほしい。アイツの元々のヒステリシスシンドロームは美術への興奮で発動するものだったらしいし。
「……あの兄様、そろそろ離してくれまセンか。私はもう大丈夫デス」
「ん、おう」
抱えていたロンを解放しながら周囲を警戒する。人がいないだけじゃなくて、このホールの外からの気配もない。やはり結界術でこのホールだけ隔離されてるのだ。
できることなら、ここでは戦いたくない。
本当に、もう本当に、自分でもしつこく鬱陶しく、女々しいくらいだが、ここにある美術品を一つお釈迦にするだけで俺の人生軽く詰んでしまいかねないのだ。だから本当はこんな場所で戦闘行為なんて真っ平御免である。
だが、
「ケケッ、香港での借り返させてもらうぜ」
カツェの方は完全にやる気だ。
口端と隻眼を歪ませながら魔女は全身に戦意を滾らせている。
「――!」
その滾らせた戦意を溜めもせず即座にカツェは動いた。身体を覆うようなマントから小さな瓶が零れ落ち、床に落ちて割れた。
割れて――水流が弾ける。
「ぎゃはははははははは!」
瓶自体は手の平サイズの大きいものではなかった。けれど溢れだした水は容量を無視し、カツェの周囲に浮遊する。まるで巨大な蛇のように蜷局を巻いていた。
カツェ・グラッセ――厄水の魔女!
《ノックス第二条! .攻撃術式の使用を禁ズ! 所詮ただの水に過ぎまセン!》
しかしロンの赤青の光はその水蛇すら容易く断ち切る。果たしてロンが何をしているのか全く解らない。けれどロンの宣告通り、水蛇は形を保てずただの水のように床に落ち、弾ける。
封印術とメーヤは異端審問官のスキルを言っていた。
先ほどはロンのスキル発動以前に使われたスキルの使用を封じ、今度は攻撃スキルを封じている。つまり、宣言通りに相手のスキルを封印するスキル。
「水だって凶器になりうるぜ?」
床に落ち、ただの水になった水蛇に、しかしカツェは驚いた様子はなかった。寧ろそれが当然のように笑い飛ばし、マントの下からさらにスタンガンを取り出していた。そして水蛇を切り裂いたロンは床の水溜りの中に立ち、さらには水自体も被っている。そんな状況でのスタンガン。何を狙っているのかは明白だった。
「感電死ね!」
「誰ガ!」
「跳べ!」
俺が叫ぶよりも早くロンはその場で跳躍していた。ロンがノックスとやらで水蛇は消したが、それでも電撃は単純な物理現象だ。ノックスでも俺の異能破壊でも封印も破壊もできない。対処法は水に触れない場所へのの退避だ。
「くっ……!」
ロンの跳躍も俺の身長分くらいは軽く飛んでいたが、それでも雷撃から完全に逃れることはできなかった。中空でロンの小柄な身体が痙攣する。
「クソッ」
舌打ちしながら落ちてきたロンを受け止めに行く。
「だと思ったぜぇ!」
だがその間にもカツェは動きを止めていなかった。俺がロンを助けに行くのを見越したように、自信満々の動作でマントの中から水のは入った小瓶を取り出し投げつけてくる。どう見ても碌な物じゃない。けれどそれは確かに異能の気配があった。爆発か、或は酸だ。
「弾けろ!」
爆発か酸――答えはどちらも。
瓶の中に内包された水分。それはカツェの魔術により爆発する酸に化け、さらには確かな指向性を以てロンを受け止めた俺へと降り注ぐ。人が触れれば容易く骨まで解ける酸が勢いを以て叩き込まれる。
避ける術はなかった。
「ぎゃはははははははは! あっけねぇなおい! いくら切った張った強くてもちょっと罠張ればこんなもんだぜ! ぎゃは、ぎゃははははははははーーッ! 勇者様なんて笑えるぜ!」
ホール内にカツェの哄笑が響き、
「――あぁ、そうだな」
俺も最後の言葉には同意していた。
「勇者様ってのは確かに俺もこっぱずかしくて笑えるよ……!」
「あぁ!?」
被った酸が――肌に触れ割砕音と共に異能を砕かれる。
緋髪は逆立ち、服の下の右腕には桜吹雪の文様が浮かび上がった。そして周囲に生じ、肉眼で認識できるほどの緋色の闘気。
派手さと不条理を極めた強化形態。
「『
異能を砕く緋色の不条理。
その力が違うことなくカツェの爆撃酸を破砕していた。
「無事か、ロン」
「は、はい!」
受け止めるのと同時に『
「ふぅーー」
息を吐く。
この状態は防御力や耐久力は極めて高いが思考が通常よりも攻撃に偏ってしまう。やり過ぎてしまいかねない。だから無理矢理にでも呼吸を落とさなければホールが無茶苦茶になる。
「ロン、どうする。お前が決めろ」
「……私が先行しマス。援護を」
「了解」
作戦としてはかなり簡素だが、今は話し合っている時間はない。先に行っていたメーヤたちの反応もないのも心配だ。他にもカツェの仲間がいる可能性もある。
「ケケッ。来いよ、来いよ来い来い来い! ど素人の馬鹿とくそショタが。この前みたいにはいかねぇ、心しとけよ勇者様。この部屋には位相弄ってあるから罠張りまくりドッキリルームだ。カツェ・コードってな!」
「――ん?」
「気を付けてくだサイ。兄様のそのスキルでも嵌ってしまえばどうしようもありません。十分な注意を」
「いや、なぁ、ん、ちょっと待とう」
「あ? なんだ」
「なんデスか」
「位相弄ったって、なんだ。結界術じゃないのかこれ」
「んだよそんなことも知らねぇのかよ。こっちじゃ普通にあるんだぜ? ど素人のお前に解りやすく言ってやるとだな空間の座標をほんの少し弄って作った結界で、その中ならどんだけ暴れても関係ないんだよ。まぁ大体自分の術式に都合の良くするためだけど」
「……つまり、どういうことだ」
「だーかーら! ここでどんだけ派手にやっても別に被害はねぇってことだよ! 流石のアタシもこの美術館傷つけるわけねーだろ! だから罠作戦滅茶苦茶用意してんだよ!」
「――」
ぽくぽくちーん。
「――そういうことは、もっと早く言えぇぇッッ!」
絶叫と共に背より一刀を引き抜いた。
●
神崎・H・アリアより『緋刀祈願』。
星伽白雪より『煌めき星花火・紅』。
峰理子より『
エル・ワトソンより『OverClockGear』。
諸葛静幻より『水魚之交』。
『
忠義の騎士ランスロット・ロイヤリティ。
地球の反対側にいても、その忠義は陰ることはない。
「極光を彩れ、円卓の聖剣――」
掲げた緋刀・錵の切先に円を描きながら集うさらに十二本の聖剣。それはランスロットの身に内包され、その上で尚俺へと捧げられた円卓の騎士たちの力の具現だ。
遠山キンジが振るうには俺の力不足にもいい所。
けれどだからこそ、その秘蹟の意味を重んじ、約束された勝利の聖剣を握るのだ。
「な、ちょ、まじ……!?」
目を見開くカツェには構わない。
虹色の光輝がホールを埋め着くし、聖剣たちがその力を共鳴させ高め合う。
――振り抜いた。
「『
爆裂する虹色の極光。
最早剣閃というよりも一瞬の砲撃となってカツェへ迫り、
「――
一瞬で総てが霧散する。
ごめんねワトソン君!!!!
君は落ち拳切っての損な役回りだよ!!!!
というわけでアリスベル勢フライング。
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