落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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今話で四か月ほど更新停止です。

蒼一とレキの初デート。


「私の生きる意味で、戦う理由なんですから」

 

「あー」

 

 彼女を待ちながら、俺は頭を掻いていた。

 体が、痒い。ついでに頬が熱くて、変な汗もかいている。変な感覚だなぁと思いながらも、それを苦笑と共に受け入れていた。

 着慣れない服、薄でのジャケットに、無地のシャツ、それに少しダメージの入ったジーンズ。キンジや不知火に教えてもらった流行りの、あまり派手じゃない奴だ。そもそも制服以外では和装の方が多いので、着なれないことこの上ない。退院開けのリハビリ代わりの任務で稼いだ金で買ったのだが。

 

「……あと少しか」

 

 時計を見る。

 待ち合わせの時間まであと五分ちょっと。

 もうそろそろ来る頃だろう。かつての彼女なら指定時間ピッタリに来たことだろう。けれど、今の彼女は正直解らない。ピッタリくるかもしれないし、数分前に来るかもしれない。どうなのだろう。そんなことを待ちながら考える。そしてその思考が楽しいなぁとこそばゆくて、そんな自分に驚きながら も、悪くないと思う。

 待ち合わせの場所にしていたのは何度か訪れたお台場の前だ。学校帰りにも近いから、此処にしたのだ。いや、それこそ寮の前とかでもよかったのだが、峰や星伽からそのあたりはちゃんとしろとおしかりを受け、遠山たちもそれに乗っかったのでらしく(・・・)したのだ。

 したのだが、

 

「……来ないなぁ」

 

 五分、十分経っても来ない。

 ドタキャン……はないと思う。あったらちょっとまじショックで死ねるから考えは否定したい。だから、他に考えられるというのは、何だろう。

 待ち合わせの時間は十一時だった。まさか寝坊ということもないだろう。昨日まで病院で規則正しい生活を送っていたはずだ。それ以外だと、

 

「……体調が、悪化した? いや、でも昨日の時点では元気だったはず。いやいやそれでも、え、あれ、まさか事故とか……」

 

 思考が堂々巡りを初め、嫌な予感ばかりが頭を過り、周りが気にならなくなって――、

 

「あ、あの。ごめんなさい、遅れました」

 

 気づいた時には目の前に、息を切らした少女がいた。

 少し、いやかなり驚く。

 そもそもの恰好に。俺の中の彼女の服装というのはほぼ制服の一択だ。あるいは入院中に来ていた何種類かのパジャマやジャージの類。

 けれど、今の彼女は所謂普通の洋服だった。

 縦線の入ったライムグリーンのセーター、いつだったから武藤が雑誌とかを指して縦セタ縦セタなどと連呼していたがまさしくそれだ。小柄な彼女の体格よりもサイズが大きめなのか、袖や丈が余っていてダボダボで、手とか半分くらいしか出ていない。膝上のスカートは明るめ青で、脚の全体は黒いストッキングだかタイツで覆われている。普段付けているヘッドホンは外されていて、首の周囲には薄い紫のマフラー。

 

「……」

 

 少し、かなり、いや、マジでビビる――というか見惚れてしまう。

 多分私服としては大分地味なのだろうがこれまでがこれまでだ。こんな風な普通の恰好をしたのは初めてではないかと思わせるほどに初々しい気配が伝わってくる。

 普段とのギャップが大きすぎる。

 

「あ、あの」

 

「え、お、おう。悪い、呆けてた。その、何かあったのか?」

 

「いえ……その、出る前に理子さんたちと服のことで色々揉めたせいで……」

 

「……そ、そうか」

 

 声を大にして峰にグッジョブと叫びたい。というか内心叫んでいた。クリスマスの時は色々面倒なことされたし、入院中もちょっかい掛けられたが全部許すことにしよう。伊達に今時女子じゃない。

 

「待たせてしまって、すいません」

 

「ん、あぁいいよ。別にそんな待たされたわけじゃない、し……っ」

 

 言ってから気づく。

 いくら何でもテンプレすぎる台詞だ。

 恥ずかしいにもほどがる。

 思わず頬が熱くなって、

 

「……はい」

 

 けれど、彼女は誰にもわからない、けれど俺だけには解るように微かに頬を染め、仄かに笑う。

 そっちにも思わず見とれてしまったのを自戒しつつ、俺もまた笑みを浮かべ彼女へと手を差し出す。

 

「行こうか、レキ」

 

「はい、蒼一さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの理不尽と覚悟のくそったれな二ヶ月間。悪平等(ノットイコール)『ただ戦うだけの人外』握拳裂との死闘から既に二か月が経過していた。季節はもう春に近くなっていて、少しづつ暖かくなっている。まぁそれでもちゃんと服装を考えないといきなり寒くなったりするのだけれど。

 何はともあれ、今こうして俺たちは生きている。

 あの戦いにて生きる意味と戦う理由を掴んだ俺たちは少しづつだけれど、当たり前の日々を謳歌始めていた。

 それでも色々大変だったのは言うまでもない。後始末的なことを先生たちに任せたとしても、俺たちの身体もまた治りきるのにかなりの時間を必要とした。気を使える俺でさえ完治にまるっと一か月。レキだって動き回れるようになるのにそれくらいは必要とし、日常生活が問題なく送れると判断され、退院したのはつい昨日のこと。キンジに至っては未だに入院中で、復帰するのには春休み直前になるらしい。これではランク考査も受けられない。

 ほんと、アイツには迷惑を掛けたと思う。

 まぁそのあたりのことは置いておこう。

 今日だけは、置いておきたい。

 デート、という奴なのだ今日は。

 那須蒼一とレキ。

 あの日々を経て心を繋ぎ合った俺たち。

 彼女のことは誰に恥じらうこともなく愛していると叫べるし、それを誇ることができる。この愛は、掛け値なしに今の俺を創り出しているのだから。

 レキもまたその想いに答えてくれた。

 これから先、彼女といない自分なんて考えられないし、考えたくもない。死が二人を別つまで、いや死んだとしてもレキと共にありたいと思う。

 落ちこぼれの拳士と無感の姫君ではなく。

 落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君として。

 これこそが那須蒼一の真実なのだから。

 ただまぁそれはそれとして。

 客観的に見れば所謂俺たちの関係は彼氏彼女恋人カップルアベックという奴というわけで。ぶっちゃけそのあたりの感性が壊れている俺たちだが、一回くらいはそういうこともしておいた方がいいのではないかとおもちゃったりして、周囲からも焚き付けられて。

 この日、那須蒼一とレキは始めてのデートということになったのだ。

 

「身体、大丈夫か? 退院したからって病み上がりには変わりないんだからさ」

 

「はい、大丈夫ですよ。戦闘自体はもう少し避けるようにと言われましたが、街を出歩くらないならば問題有りません。というより、落ちた体力を取り戻すようにある程度の運動は行えと言われましたから」

 

「そっか。でも、疲れたら言えよ。無理したら怒るぜ」

 

「えぇ、流石にもう入院生活はこりごりです」

 

 なんてことのない会話をしながら街を歩いていく。正直な所あまり目的地というのは決めていない。こういう場合男の方が女の方を先導するべきだと思うが、生憎こういうの類の経験が無さすぎる。自分が不器用なのは嫌になるくらい解っているし、あまり無理をするのもどうかと思う。

 適当にウィンドウショッピングとか食事とか、そんななんでもないことでいいのだ。

 握り合う手は、暖かい。

 俺が勝手に先に歩いているわけではなく、レキが後ろで何も考えずに付いてきているわけでもない。手を繋いで、一緒のペースで、隣合いながら歩いている。当たり前のことといえば当たり前で、しかし少し前まではそんな当たり前のこともできていなかったのだ。 

 

「とりあえず、そのあたりの店ふらつくけど、どっか行きたい所ってあるか?」

 

「そう、ですね。正直よく解らない、というのが本当のところですけど……本屋とか行ってみたいです。病院の中で蒼一さんや理子さんから色々借りましたけれど、自分で入ったこってなかったので」

 

「んじゃそうすっか。飯とどっち先に行く?」

 

「えっと……荷物になるので先に食事に行きましょうか。時間もいい頃合いですし」

 

「あいよ。行きたい所あるか?」

 

「……実は、あります」

 

 驚いた。聞いておいてなんだが、レキの方からそんな風に提案があるとは思いもよらなかった。今更言うまでもないが、去年連れまわした時は彼女の意見は聞かなかったわけだし。

 

「だったらそれで行くか。どこだ?」

 

「……えっと」

 

 少しだけ彼女はいい淀み、その場所を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……しっかし意外な場所に来たなぁ」

 

「そうですか?」

 

「あぁ」

 

 レキが行きたいと行った場所、それは六本木にあるラーメン屋だった。去年、俺がレキを連れて回った場所の一つ、というか最初の場所だった。確か結構有名で、味がいいという話だったからそういうのを食べて反応が見たかったとか思っていたのだ。

 まぁ一番高いの頼んだら巨大ラーメンが来て、それをレキが恐ろしいハイペースで食べたのだけれど。

 席に付きながら、注文を終えてからレキの話を聞く。

 

「……前来た時は、ただ咀嚼して呑み込んでいただけで、ちゃんと味わっていませんでした。だからもう一度ちゃんと味わいたいと思ったんです。蒼一さんと一緒に」

 

「……そうだな。そうしよう、っていうかいきなりラーメンとか重いもん食べても大丈夫か?」

 

「えぇ勿論、寧ろ病院食は大体薄かったので、濃い物が食べたい所です」

 

「……そっか」

 

 カロリーメイトばっか口に放り込んでいたのが懐かしい。

 

「そういう意味では学食の麻婆豆腐が懐かしいですね」

 

「いや、あれは止めておいた方がいいぞ……?」

 

 食べさせておいてなんだが、あれは絶対に胃とか舌に悪い。あのことは今でも悪いと思っているのだから。

 そして注文していたラーメンが来る。この前みたいな馬鹿盛りじゃなくて普通サイズだ。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 声を揃えて食べ始める――と思ったのだけれど、

 

「蒼一さん蒼一さん」

 

「ん?」

 

「あ、あーんです」

 

「――」

 

 レキが箸を差し出していた。所謂、あーんだ。バカップルのテンプレ中のテンプレだ。うん、いや、それはいいのだが。

 それにしたって、差し出されているのは――麺である。

 机を挟んで眼前にラーメンの麺がある。しかし麺の長さ的に机に付きそうで危ない。

 

「……」

 

「……」

 

「あの、レキさん?」

 

「……はい」

 

「無理しなくていいんだぜ」

 

「……理子さんからこうするべきだと聞いていたんですが……」

 

 いや、まぁアイツだってラーメンの麺でやるとは思っていなかっただろう。

 ともあれ、

 

「あーん」

 

 食べる。

 箸に掛かった麺を咥えて、思い切り啜る。ちょいと行儀が悪いが、一回くらいはいいだろう。食べて、呑み込んで、

 

「ありがとな」

 

「……はい」

 

「でも店員がすげー睨んでるから次は止めよう」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 店員から睨まれ続けながらも食べ終って、最初の予定通りに本屋に向かう。

 これから先ほとんどがアニメ系のショップで買い物に行くことになるのだが、今日は所謂普通の本屋。漫画も雑誌も参考書、文庫本、ライトノベル、大体ほとんどの種類の本がある。

 ここでは二人くっつかずに、一度別れた。あまり本屋に来てまでずっと一緒というのもアレだと思うし。基本的に本の類は嫌いじゃない。こういう話をすると意外に思われるのだが。別に脳筋であることは否定しないし、頭が悪いのも自覚しているが、単純な読書、活字そのものはわりかし好きだ。というのも、実家において幼稚園とか小学校とかの類が行けなかったし、動き回ることもできなかった。必然的に自分の部屋に行動範囲が絞られ、そうなって来ると一番暇つぶしになったのは本を読むこと。その上で家には年寄りしかいなかったから古典やら時代小説しかなかった。そんなこともあってか昔から活字は苦手ではない。

 何はともあれ適当に見て回る。

 別段、俺自身に買いたいものはない。というか最近はあまり本を読む機会がなかったので、興味が薄れてしまっているのだ。負傷中の一か月というブランク。どういう訳か(・・・・・・)俺の戦闘技術は(・・・・・・・)劣化した試しがない(・・・・・・・・・)のだが(・・・)。体力とか感覚を取り戻すに時間を掛けていたのだ。

 雑誌の類は入院の間はキンジやら武藤が持ち込んだが。単行本とか小説になると別だ。そのあたりは峰がレキに持っていたはず。レキもあれでかなりライトノベルとか漫画に嵌っていたし。

 だからそのあたりに行けば、

 

「……う、う……」

 

 自分の顔が隠れるくらいに本を抱えた女の子がいた。

 というか、レキだ。

 

「なにやってんだ」

 

「そ、蒼一さんですか……すいません、ちょっと手が……」

 

「あぁ貸せ貸せ。俺が持つ」

 

 何冊とかじゃなくて何十冊とある。全てが漫画とかライトノベル。かなり重い、これをレキの細腕が持つのはちょっと無理がある。

 どんだけ好きなんだ。

 

「ふぅ……ありがとうございます」

 

「いや、いいけどよ。これ、全部買うのか?」

 

「はい……理子さんが色々持って来てくれたんですが、彼女ナンバリングされた続編とかが嫌いらしくて一つもなかったんです」

 

「それはまた……」

 

 ナンバリング嫌い――その理子の性質に関しては後々に明らかになるが、この時は変な女らしく、変な考えだなぁくらいにしか思っていなかった。

 

「とりあえずレジ持ってくぜ? あー、でもこんだけあると動くの大変だけど、これから先どうする?」

 

「あ……そうですね、やっぱりやめましょうか」

 

「いいよ、別に。どうせ買うなら、荷物持ちがいるんだからな。また別の時も声掛けてくれれば勿論行くけど欲しいと思ったなら、買っておくべきだと思うぜ。俺たちなら特に。金に困ってるわけじゃないんだからさ」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「おう」

 

 碌な感情を持っていなかった俺や、感情が極めて希薄だったレキだからこそ、欲望とか願望は大事にするべきだ。 

 そう思うから、あまり止めたくない。いや、俺が女に甘いってだけかもしれないけど。

 

「ともあれ次はどこ行こうな。動き回るのは面倒だし、止まるとしたらカラオケ……はちょいキツイな。音痴だし」

 

「……どこか」

 

「ん?」

 

「どこか、公園とかでのんびりしませんか?」

 

「い、いや、別にいいけど……」

 

 そんなのでいいのだろうか。一応デートなわけで、そんなことで。

 

「いいんですよ。私は蒼一さんと一緒にいられるのならばそれで」

 

「……そうかよ。嬉しいこと言ってくれるぜ」

 

 困ったことに両腕で本を抱えているから赤くなった顔を隠せない。レキもレキで顔赤くして笑っているし。全く、ちょっと見ない間に口がうまくなったことだ。

 勿論嫌じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、そんな風に本屋を出て、せっかくだからお台場の方まで戻って、海が見える公園まで来てのんびりする。そう思って来たのだが、

 

「……なぁレキ」

 

「はい?」

 

「いや、別になんというか……楽しいか、これ?」

 

「はい。楽しいです」

 

「そっか……うぅん……なんというかなぁ」

 

 ――膝枕。

 公園のベンチにレキが腰かけ、その膝に俺が頭を載せて横たわっている。

 男の夢としては代名詞なそれだけど、実際にやられるとなんというか複雑だ。喜ぶべきなのだろうし、嬉しいのだけれど、どうにも居心地が悪い。正直膝枕されるよりはしてみたい方なのだ。

 

「嫌、ですか?」

 

「そんなことはない、ないけどさ」

 

「なら、いいですよね」

 

「……」

 

 笑みを含みながら、レキは俺の髪を弄っている。くすぐったい。女の子ならともかく、野郎の髪なんて触っても楽しくないと思うのが。レキみたいに柔らかくないし、固いだけだ。

 だから、ふと手を動かして、

 

「んっ……蒼一さん?」

 

 俺もまた彼女の翡翠の髪に触れていた。

 やっぱり、俺なんかよりもずっと柔らかい。

 

「嫌か?」

 

「……いいえ」

 

 髪に触れる、そうすると当然のことだが頬にも触れる。本当に柔らかい。頭の下にある膝も含めて。男の俺なんかとは全く比べ物にならないくらいに柔らかい。少し、怖くなる。

 思い出すのはあの雪の中で温もりを奪われていくレキの身体。

 あのことは思い出したくないし、そしてそれ以上に忘れることもできない。

 あの時点では俺は自分の気持ちがよく理解できていなかったけれど、

 

「怖かったんだろうなぁ……」

 

 目の前の少女を失ってしまうことを。

 難しい理屈とか複雑な秘密とかそういうのなくて、好きな女の子が死んでしまうのが怖かった。たったそれだけの、けれどどうしようもなく恐ろしい理由だった。

 

「なぁレキ」

 

 髪ではなくて、頬を包むように触れる。

 あぁ、こっちの方が暖かい。

 

「はい」

 

「……いや、何でもないよ」

 

「そうですか……じゃあ蒼一さん」

 

「? なんだよ」

 

「呼んだだけです」

 

「……そうかい」

 

 頬に触れていた手を、レキがまた包み込む。

 温もりが増えて、そんな程度のことで嬉しくてたまらなくなってしまう。自分のことながら単純すぎるなぁと笑えてくる。もっとこう、素知らぬ顔で受け流したりできないものだろうか。無理か。そんな器用じゃないし。

 ――時間がゆっくりと流れている。

 当たり障りのない、どうってことのない時間。初デートなんてものとして話の種にもならないだろう。あぁでもこれでいい。初めてなんだし、拙くていいのだ。一度きりじゃない、デートなんてこれから何度でもできるのだから。

 

「困ったなぁ……」

 

「何がですか?」

 

「幸せすぎるよ。こんな風な時間を、俺が過ごせるようになるなんて思ったことすらなかった」

 

 那須家最低傑作。

 落ちこぼれ。

 欠陥製品。

 人類欠落。

 どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。

 それだけはどうしたって変わらない。

 その業は、きっといつかまた直面することになるのだろう。

 解る、解ってしまう。

 そしてそれはそんなに遠いことじゃない。

 

「でも……今はこの幸いを噛みしめたいよ。いつか、何もかも失って倒れることがあったとしても、俺はレキの温もりさえあれば何度だって立ち上がれるから。ゴメンな、こんな単純な奴で」

 

「いいんですよ」

 

 レキは、笑っていた。

 人間になって、恋をしたいと言っていた人形染みた少女は、それでも今は人間として、確かな笑みを浮かべて。

 

「そんな蒼一さんを私は好きになりましたから。忘れないでください、例え蒼一さんが何もかも失っても、貴方の手が何もかも零れ落としたとしても。私だけは、貴方と共に在ります。貴方の手を、私は握っています。繋いだ手の温もりは、絶対で永遠で、この繋がりは絶対に切れません」

 

 手を繋いで。

 心を繋いで。

 俺もレキも、もう一人ではなにもできないから。

 

「果てしなく広がる蒼穹の下で一緒に駆け抜けましょう。一日の終わりに包んでくれる黄昏の中でお互いを抱きしめ合いましょう。先も見えない無明の暗闇では少しずつ、確かめ合いながら進んで行きましょう。始まりの夜明けには朝日に向かって歩いて行きましょう。これからずっと。これまでよりもっと。お互いを好きなって、愛し合って――生きていこう。蒼一さんこそが、私の生きる意味で、戦う理由なんですから」

 

「――あぁ、そうだな。俺も同じだよ」

 

 言葉は手か心へと染み渡り、絆を感じさせてくれる。

 この時の俺は、自分がどういう存在かよく解っていなかった。明確に自覚したのはさらに半年と少し後、体育祭辺りのことで、今はまだ理解が足りなさすぎる。

 那須蒼一という人間の真実。 

 その意味を。

 俺がどれだけどうしようもないのかを。

 それでも、今は――この愛を噛みしめることが何より尊いものだと信じていたのだ。

 触れていた頬を寄せ、自分の身体を持ち上げる。少しだけレキは驚いたけれど、抵抗はなかったからそのまま進めて、唇と唇とが重ね合い、

 

「愛しているぜ、ハニー」

 

「私もですよ、ダーリン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな当たり前が何よりも大事だった。

 

「…………」

 

 何度目なのかも解らない走馬灯を見て、結局俺の中で何よりも輝いていた宝石は、そういう取るに足りない、極々普通の日常だったのだ。魂にまで武を刻み付けた那須蒼一が求めていたものとは戦から最も遠い物だった。

 

「……ッ」

 

 緋天の主、絆の勇者、交響の王、緋色の益荒男。

 那須蒼一の正逆。

 ――遠山キンジ。

 泣きそうに顔を歪ませ、全身から血を流し、満身創痍となりながら、その緋色の瞳だけは欠片も色あせることなく、寧ろ輝きを増していた。

 今、まさに命を燃やし尽くしていく那須蒼一とは正反対に。

 

「ぁ……」

 

 俺もまた、キンジに劣らぬくらいに満身創痍で、それ以上にどうしようもなく死んでいた。元々あった十字傷を塗りつぶすように刻まれた縦の斬撃痕。それはもう、どうにもならない。治癒とか回復とか、そんな御都合主義は在りはしないのだ。

 緋色の益荒男の魂。その結果故に。

 敗北を――受け入れるしかなかった。

 そして。

 

「――――」

 

 その結末を。

 全ての物語の終焉を見届けていた彼女は。

 一切の感情を浮かべず、ただ虚無だけを体現していたはずの彼女は。

 

「――あ」

 

 泣いて、いた。

 

「――う、ああ……」

 

 泣いて、鳴いて、啼いて、哭いて――慟哭し、絶叫し、悲嘆していた。

 世界中の誰もが、一目見て解るような表情を浮かべながら。

 大好きだったはずの少年を失ってしまうということ故に。

 

「――う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」

 

 

 

 




最後が私から更新停止のお詫びだ!(

詳しいことは活動報告にて。

ともあれもろもろの事情で七月までは更新停止します

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