落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
俺の妹、那須遙歌について語る事はない。
いや、ないというよりも語りたくないと言うべきか。それこそ語るに忍びない話だから。とりあえずは、身体的外見を述べてみよう。肩まで伸ばした濡れ色の髪。陶磁の如き白い肌。兄である俺と対になるような紅い瞳。日本人形のような少女。
もっとも、7年前の話だが。彼女はたった一人の家族だった。後にレキや握拳裂、キンジたち出会う前。まだ俺が那須家本家に住んでいた頃の話だ。
もう7年も前の話だ。
そして、もう終わっているはずの話だった。
『ねぇ、兄さん。安心してね、これで----』
彼女がなんて言ったかは思いだしたくもない。
●
「ーーっ!」
見えた!
走馬灯!
これが噂の走馬灯!
一瞬だけだけど!
我に返った瞬間、
「!」
全身に雨風が叩きつけられた。身体が、バラバラになる錯覚を得る。視界の隅で峰が制服からパラシュートを展開するのが見えた。嵌められた、訳ではない。俺が勝手にでしゃばって、勝手に落ちたのだ。
そして。
このまま落ちれば、死ぬ。
は。
「は、はは」
口元が歪んだ。
「ふざけんな」
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなぁーーーー!
俺が!
この俺が!
握拳裂を殺し、拳士最強を襲名した俺が!
魔弾の姫君、レキの恋人であり従僕であるこの俺が!
「こんなとこで、死ねるかぁーー!」
強引に姿勢を変える。頭を上に足を下に向ける。そして、足に思い切り気を集める。両足に淡い蒼の光が宿る。足の裏が強く輝き、
「おお……!」
右足で
走法、
空間を弾いて、跳ぶ走法。空中を走る歩法だ。那須蒼一の奥の手の一つ。無論、そう気安く使える技ではない。
なぜなら、
「ぐ、ぎぃ……!」
両足に激痛が走る。空間を蹴って跳躍するという無理な動きに両足の筋肉が断裂していくのだ。これで、2回。まだ、届かない。
だから、もう1回。
「うおおぉぉーーー!」
右足からブチブチという不吉な音が響いた。それでも、空中を蹴りぬく。視界の飛行機に開いた穴がすぐ近くに。
あともう少し!
手を伸ばした。おもいっきり。
それでも、僅かに届かない。
それでも、手を伸ばした。
なぜなら。
「無事か――兄弟?」
「ああ、悪いな――兄弟」
頼れる親友が俺の手を掴んでくれると信じていたからだ。最も、この時俺達に浮かんでいた笑みはすぐに消える。
なぜなら。
なぜならば、いきなり来たミサイルが飛行機の翼のエンジンを破壊したからだ。
●
空中から這い上がってから数分後。俺は一人で飛行機の最下層にいた。
右足を引きずりながら。左足は何とか無事だった。言っておくが独断行動ではない。機内に引き上げられてから、俺もコックピットに行こうとしたがキンジに言われたのだ。正直、なぜかなんて解らない。
だから、聞いてみる。
「それで、キンジ。俺は何をすればいいんだ?」
『ああ、少し待ってくれ。今考えをまとめてる』
あ、そ。
携帯をスピーカーモードにして会話して、聞こえるキンジの声は実に冷静だ。
『
『よし、まずは状況を説明する』
「おう、頼むぜ」
「いいか、現在ミサイルのせいによる燃料漏れのせいであと15分で燃料切れて政府にも見捨てられてどこにも緊急着陸できずにこのままいけばみんな死ぬしアリアを死なせたくないから武偵高の空き島に着陸するから」
「は、はぁ!?」
めちゃくちゃ大事なことを一気に言いやがった!
しかも、何気にのろけやがった!
いつかの仕返しか!
「それでだ、正直着陸に成功するかどうかわかんないからさ----」
----ちょっとなんとかしてくれ。
「は」
どうかしてるぜ。
右手も左手も使えない俺にそんな事頼むなんて。
最も、それに応えようとする俺もどうかしてる。
「委細承知」
拳士最強を魅せつけてやろう。
・・・・・・・・・・
さらに数分後。
飛行機は着陸に向けて高度を下げていく。強いGがかかるが、来るとわかっていれば問題ない。携帯からは、
『10、9、8、7、6』
キンジが着陸までのカウントをとっていた。
『5』
一つ息を大きく吐く。
『4』
無事な左足を大きく振り上げた。
『3』
左足が蒼く輝く気を纏う。
『2』
高速で滑る物体を止めるにはどうするか? 進行方向に別の物を置くか。接してる部分の摩擦係数を大きく上げるか。
色々あるだろう。
『1』
そして──上から強い力を与えるという方法。
「蒼の一撃第五番」
『0!』
「----『支蒼滅裂《しそうめつれつ》』!」
着陸と同時に振り上げた左足を思い切り振り下ろす!
振り下ろした左足を中心に床に放射線状にひびが入る。同時に今までとは段違いのGが襲う。
蒼の一撃第五番、『支蒼滅裂』。
いわゆる震脚だ。否、いわゆらない震脚だ。振り下しと同時に生み出す衝撃波を相手与えるという奥義だ。本来ならば複数の敵に囲まれた時用の奥義だ。今、この場合では目的が違ったが。震脚で狙ったのは上からの力で機体を止めようとしたわけだ。下方向に強い力のベクトルを与えて減速させる。
そして、後は。
「止、ま、れぇーーーーーー!」
叫ぶだけだ。叫んだ瞬間、
「!?」
横向きのGが強くかかった。
なんだぁ!?
そして、小窓から見えた。飛行機の羽の部分に風力発電の風車の柱に激突するのを!
それによって機体がグルリと回るように滑る!
は、はははは!
まったく頼りになりすぎるぜ、兄弟!
そして激突の衝撃により機内を転がって----。
機体が止まった事を確認して、
「……さすがに限界だ、ぜ」
気を失った。