落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「お前とは一度会ってみたかったんだぜ峰理子!」
「くふっ、モテる女は辛いなぁ!」
サバイバルナイフ二本に二挺拳銃。両腕と頭髪から繰り出される変幻自在の波状攻撃。斬撃と思えば刺突、刺突と思えば打撃、打撃と思えば銃撃、銃撃と思えば斬撃。攻撃が放たれてから性質は変化する。元々彼女はそういう器用なことは得意だ。さらには『
そしてさらにその上で、
【私が放たのは斬撃だ! あぁいいや打撃か? 刺突かな、銃撃かな! 私は一体なにをしたのかなぁ!】
弄言遣いが現実を弄ぶ。理子ですら自分がどんな種類の攻撃をしているのかもよく解っていない。言葉に発した現象が現実でなくなるというのがその
千変万化というよりやたらめったらである。
「めんどくせぇ女だぜ!」
そしてそれこそが徐晃に対する攻略法に他ならない。
認識する攻撃に対する絶対防御、つまりは認識できない攻撃に対してはその異能は発動しない。徐晃自身の能力で対処する必要があるのだ。そしてそれならば、理子は決して劣らない。
寧ろ純粋な戦闘力に関しては理子の方が上だ。
「それでもテメェは
理子の刃や銃弾に身を削りながらも徐晃は口端を歪め、反撃の拳を繰り出していた。
「俺は
最早徐晃は防御を碌に取らなかった。哄笑を上げながら四肢を叩き込む。徐晃とて一人の将だ。戦闘力そのものが劣っていてもイコール敗北ではない。防御を除外したからこそ攻撃は侮れるものではなくなっている。
「だから、何が言いたい!」
「俺とお前たちの違いは、そこで負けるか負けなかったかの違いだってことだろぉ!」
「チッ……!」
肉を裂いた筈の腕でそのまま殴りに行った。武術ではない。街のチンピラが使うような喧嘩殺法。あるいはだからこそ、迫る乱撃に構わなかった。腕はズタズタになりながらも拳は固く、
「だから――」
理子の身体に突き刺さる。
「此処でも負けとけや
「……!」
アッパー気味の拳が腹部にめり込み彼女の身体が軽く浮いた。それで終らなかった。打ち込んだ拳を引き戻すのと同時に逆の手を握りしめ浮いていた理子の頬にぶち込み、
「ガ……ッ」
側頭部から理子が地面に激突しめり込んだ。
「はっ、残念だったなぁ」
吐き捨ててながらも徐晃の顔は笑っていた。両腕は骨が露出するくらいに損傷し、流血は多い。勢い任せで意識は保っているが、貧血で倒れてもおかしくない量だ。最もそんな当たり前で倒れるようならば将などやっていない。
理子に視線を向け、動かないことを確認。勝利を確信し、
「勘違いするなよ、似非チンピラ」
――理子の身体がスパークと共に弾け、背後から声があった。
「――はぁ?」
消えた。視界に影響を及ぼさない程度の小規模の光だったが、
「私たちは確かに負ける。恰好よくなくて強くなくて正しくなくて美しくなくて可愛げがなくて綺麗じゃなくて才能に恵まれなくて頭が悪くて性格が悪くて落ちこぼれはぐれもので出来損ないだ」
「嫌われ者だし、憎まれっ子だし、やられ役で、滅茶苦茶で、支離滅裂で、自分勝手で、荒唐無稽だ。負けて負けて負けて負けて負けて負けて負け続けて――結局負ける。それが私たちだ。あぁ、間違っていない」
だけど、と背後のソレは言った。
「私たちは勝ちたい」
振り向きたくなかった。
気持ち悪い。
吐き気がする。
汚らわしい。
「負けたくないじゃない、勝ちたかったんだ。だから戦ってきたんだ。友達がいなくても、努力できなくても、勝利できなくても。それでも私たちは勝ちたかった。恰好よくて強くて正しくて美しくてかわいくて綺麗で才能にあふれる頭と性格のいい上がり調子でつるんでるできた連中に! 友達ができて、努力ができて、勝利ができる奴らに! 不幸なままで幸福な奴に勝ちたい!」
それがそれらの願いだった。徐晃が似ていると想い、けれど決定的に違っている在り方。理解できるはずがない。徐晃の願いは敗北の否定で、彼らの願いは勝利を掴み取ること。似て非なるその差異は決定的だった。
「一緒にするなよ負けず嫌い! そんな甘っちょろいモチベーションで私の前に立つなんて烏滸がましいぜ!」
「っ……!」
受け入れたくなかった。そんな言葉を受け入れるのはこれまで徐晃が進んできた道のりの否定だから。だからこそ吐き気も恐怖も何もかもを捨て去って振り返り、
『気持ち悪いわよねぇ』
「っがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
雷撃が徐晃を貫いた。
意味が解らない。室内だ。比較的空に近い上階ではあるが、室外に面しているわけではない。決闘が始まる前の空もいくらか雲は出ていたが雨や雷が降る気配など微塵もなかった。それにも関わらず徐晃の全身に尋常ではない雷が降り注いでいた。
十数秒流れ続け、ようやく止んだ後には既に徐晃に戦う力は残っていなかった。
「……っ、ぁぃが」
『同情するわ人間』
点滅する視界の中で彼は見る。
自分の前に立つ理子。そしてその背後、横向き立つ幼女。モノトーンカラーのシックな、けれど上質なゴシックロリータ。照明すらも遮るよう為かというな黒の蝙蝠傘を差していた。感じる存在は曖昧模糊であやふやだ。いるのかいないのかよく解らない。まるでプロジェクターで投影された映像や影絵か何かのようだった。
それがなんであるか徐晃は知っていた。
「きゅう、けつき……!?」
『紫電の吸血姫』ヒルダ。夜の世界を統べる魔女の一人であり、生まれながらの魔の眷属。
『えぇ、そうよ。こんな形で威張ることなんてできないけどねぇ。相手が悪かったわね。こんな気持ち悪い女とまともに戦った時点でお前は間違えていたのよぉ。勝ち負けとそんなことを気にしなければ、これは勝手に負けていたはずなのにねぇ』
「まったくもってその通りだ。よく解っているじゃないかヒルダ」
『私を影に封印して四六時中一緒にいさせられるのだからこれくらい解って当然でしょう? でもよかったのかしらぁ? こうして僅かとはいえ私の魂と力を繋げてしまった。これから分離しようとも私はその経路を見逃さないわぁ。いつか私はお前に牙を剥く。そう簡単に和解できると思ったら大間違いだしねぇ』
「それでいいさ。私と戦いなら何時だってかかってこい。私たちが、相手になるぜ」
『あぁそう御馳走様。というかいいのかしら? ここで私がこの人間を倒してもあくまで私が勝ったわけでお前の勝利ではないわぁ。お前は先ほど完全無欠に負けてるのだからねぇ』
「それもまたそれでいい」
感電し、動かなくなった体、消えていく意識の中で見たのは影に沈んでいく幼女とへらへらと笑う
「また勝てなかった――でも私たちは勝つ」
峰理子はいつもと変わらずに徐晃公明からの敗北を受け入れ、大好きな少年の勝利を信じていた。
●
破裂音と割砕音が重なり合うように奏でられていく。
軽いステップと共に放たれ連続する拳撃。威力は宿されておらず、軽さと速度だけがある。それを補うのが直後に付属される衝撃だ。空間を押しのける無色透明の破壊。渇いた音と共に弾けながら周囲を粉砕し広がっていく。自動車程度ならば軽く木端微塵にする崩壊。そしてそれ容易くを砕くのは緋色の割砕だ。二刀を覆い尽くす緋色が周囲を埋め尽くす破壊を根こそぎ粉砕していく。二つの音は止まることを知らず、よく似た二種類の破壊と音が連続する。
「ほらほら、楽しみたいんでしょう!?」
「ったく、ハイテンションは好きじゃないんですけどね……!」
お互いの異能もまた必殺の類だ。楽進の衝撃付与をそのまま受ければ体の外側も内側も例外なく粉砕されてしまう。皮も肉も骨も内臓も区別はない。打撃点を中心に後追いで拡散する破壊を彼女が全力で打ち込めばそれくらい簡単なのだ。言ってしまえば鎧通しの究極系。どんな防御をしようとも発生する衝撃自体はどうしたって防げない。アリアの色金もまたそうだ。緋々色金は瑠璃の気よりも、より物理的な破壊に特化している。その刃が直撃すれば楽進の気の防護も何もかもを粉砕し決定的なダメージを与えるはずだ。
攻撃の速度では楽進のほうが速い。単純な拳の威力を度外視している故に速度に特化したのが楽進の武術なのだから。それに僅か遅れて生じた衝撃にアリアが斬撃を叩き込み、それを砕きに行く。
「一手しくじれば敗北――」
それはお互い同じ。
「最高じゃない……!」
「きっついですね……!」
言葉は違えど、一様に笑みを浮かべていた。
破裂音と割砕音は響いて行く。二人の周囲には砕け散った緋色の破片が飛び散って、あたかも演舞を踊っているかのようだった。飛沫は弾け、空間を彩り、激突はさらに加速していく。
そのまま行けば千日手になってもおかしくなかった。けれど二人が望むのは楽しさだ。そんな展開にする気はない。
拳と刃の激突以外の動きを先に行ったのはアリアだ。彼女の背後に緋刃が出現する。数は十、二本ずつが根本で接続し合い、小型の手裏剣を形成した。それ自体が高速回転し、即座に射出された。
「SONIC-EDGE-FORCE!!」
「フッ……!」
楽進は驚かなかった。寧ろ拳を加速させる。顔面と両肩、左太もも、右足首の五か所。上半身は拳のコンビネーションで殴り飛ばし、下半身はそれらの打撃に付属された衝撃波で吹き飛ばす。その間に迫るアリアの二刀に対しは、
「ハッ!」
震脚、それから発生した衝撃波でアリアごと吹き飛ばした。
「足でも……ッ」
「威力は劣りますがね!」
打撃点から発生する衝撃波だ。今回のそれは楽進の足元。相手に打ち込み内側から破裂させるのよりは大分威力が劣る。那須蒼一の『支蒼滅裂』と同じものだ。だからこそアリアも対処は弁えていた。寧ろ彼のそれに劣れば威力も範囲も大きく劣る。
難しいことはない。背後に大きく飛び退く、それで十分だ。勿論それで満足しない。跳躍の最中に小太刀を自分の周囲に緩く滑らす。その軌道上に同じ形の刃を形成していく。十数メートルも跳躍すれば身の回りに百近い刃が生まれていた。
「Go ahead!」
一刀の振り下ろしと共に射出する。二十五づつ、波状弾幕だ。
「……!」
砕ききる。
五回に別れる弾幕。自分自身の拳で最低限の量を殴り壊し、続く幕を異能による衝撃波で粉砕。それを再び繰り返した。視界が鮮やかな色に染まり、砕けていく飛沫で占められた。いう程簡単ではない。気を緩めば色金の異能破壊の押し負けていたはずだ。
それでも潜り抜け、
「――BREAK-DIVIDE」
「――」
巨大な緋色の大刀が振り下ろされていた。刃渡り十メートル以上はあっただろう。アリアと楽進の距離を埋めるに容易く、天井にも断ち切りながら迫って来ている。己の正中線へと軌道を描く大刀。切先に水蒸気の尾を引き、例え打撃し異能を用いても破砕が届かないほどの速度。
殴りはしなかった。
両の目を見開かせ、振り下ろされていく大刀の腹に右拳を叩き付けた。インパクトの瞬間に肩から肘、手首を回転させ受け流す。白羽流し。右腕のジャージの袖が破れ、褐色の肌も裂け血に濡れる。白銀の髪もまた断ち切られ宙を舞った。楽進のすぐ隣を大刀がすり抜け、大きな斬撃痕を刻んだ。
「っハァー、ハアッー……アァ!」
息は荒く、しかし動きを止めるわけにはいかなかった。
アリアが続け様に緋刃を投擲してきたからだ。それまで射出したものとは違い、手で直接投げた分より早く鋭い。並びながら疾駆する刃がそれまでもより強い緋色の輝きを纏い楽進へと突き進む。大刀を受け流した直後の身体では反応が困難だった。それまで一定だった速度を上回っている故に此方のリズムもズラされたのだから。
「舐、め、る、なーーッッ!」
同時に床を蹴りつけた。距離が空いていては話にならないのだから。膝を沈め、瞬発し、加速を敢行。疾走を生み出そうとし、
――炸裂した鉄の破片が楽進の全身に降り注いだ。
「――ぁ」
全身を飛ばす直前の身体に細かい鉄片が全身を万遍なく突き刺さったのだ。身体の全面がズタズタになる。思考を埋め尽くすのは驚愕と疑問だ。
なぜこうなったのか。その答えはすぐに出た。
小太刀だ。
「色金の気を、纏わせて――」
当然のことながら小太刀のようなものを砕けば刀身が破裂して即席手榴弾のようになる。そういう使い方も場合によっては行っていたし、下手にそうしないように気を付けていた。それなのに、自分は砕いてしまった。
色金の気で偽装されていたせいだけではない。そういう風に誘導させられていたのだ。この戦いで自分が砕いたアリアの刃など数えるのも億劫だ。少なくとも数百近い数を打撃し、粉砕している。これまで見てきた映像でその形成した刃を直接振るう姿も見てきた。だから今も砕いた。小太刀が隠されているとも思わずに。
「そこまで読んで……!?」
「別に、ただの直観よ。そうしたほうがいいってなんとなく思っただけだから――」
「――ホームズ!」
神崎・H・アリア。彼女の真骨頂は言うまでもなくその勘だ。別にアリアは楽進を誘導していたわけでも、策を練っていたわけでもない。ただ一瞬一瞬自分がしたい動きを考え行動していただけだった。
ただそれが結果的に最善に繋がっていたというだけのこと。
「さぁ、喜びなさい。風穴開けてあげるわよ」
身に纏うPADの変化も疾走も一瞬だった。
「
PADの装甲が展開し、ラインが走りそこから緋色の燐光が溢れていく。同時に各部のスラスターもまた同じ色の火を噴き莫大な推進力を発生させた。両手に創造されるのはアリアの身の丈もある大剣だった。
気づいた時には大剣を振りかぶり、懐に潜り込まれていた。それを目の当たりにした楽進に打つ手はなかった。
だから一言だけを発することを選んだ。
「――楽しかったよ」
「ライジング――ブレイザアアアアアアアアアアアアアアーーーーッッ!!」
苦笑を浮かべながら楽進は緋の大斬撃を受け入れ、神崎・H・アリアは大剣を振りぬいた。
●
「……全員負けちゃいましたね」
「ふん」
『蚩尤天』地下二階。最下層の潜水ドッグに司馬懿と程昱はいた。戦闘が届かないだろう最も安全な場所だ。
「名高き曹魏の将が極東の学生と教師に惨敗か。笑えないな」
「えぇ、笑えないです」
皮肉気に笑う司馬懿に、程昱は無表情のままで腕を広げながら身体ごと彼に向けた。
「だから、皆で笑うために……後は貴方の仕事でしょう」
「……あぁ解っているさ」
彼ら曹魏の将は誰一人かつての英雄と同じ血を宿す者ではない。曹操自身が直接出会い、その魂の色で己の配下として選んだ者たちであり、将としての力はその時に与えられたのがソレだった。曹操自身が身に宿す異能の切れ端だ。それを彼らは己の渇望や意思に従って改変し、自分の能力としていた。
自分の仲間の状況を完全把握する。攻撃を高速で届かせる。倒れた後に体を動かす。過程を省略する。傷を力に変える。認識した攻撃を拒絶する。打ち込んだ衝撃を破裂させる。結界を生み出し空間を分割する。
そう言った力は全てそういう風に彼らが作ったのだ。そして司馬懿の場合、直接的な戦闘に使える物でもなければ、間接的に使えるものでもなかった。
彼は軍師である。場を整える荀彧。状況を把握する程昱。そして策を練るのが司馬懿だ。そして彼が生み出す策は一切の異能を用いず彼自身の頭脳から生まれるものだった。齢十歳程度にしては驚異的な思考能力だろう。彼はその類稀なる頭脳であらゆる状況を考える。
そして司馬懿が創り出した能力は最悪の状況の場合、それを打倒するためのものだった。
最悪の状況。それは全ての将が打倒され、敵を王に届かせること。あるいは将たちの届かない所で王が孤立し、攻撃されるということだ。
故に、その力は、
「――『
分配された力総てを王に還元することに他ならなかった。
程昱が広げた両腕の中、胸の中から光が溢れた。金色に輝く光球だ。それがなんであるかは、当然二人は解っている。それを持っているのは程昱だけではない。司馬懿もそうだし張遼も曹仁も夏候惇も夏侯淵も徐晃も楽進も荀彧もその身に宿しているものだった。全く同時に打ち倒され、敗北した将たちからも同じものが生まれているだろう。司馬懿にも掲げた右手から同じものが出現した。
それこそ、
「僕たちの異能の源――」
同時に王の力を損なわせているものだ。
本来あるはずのものを他人に譲渡しているが故に曹操孟徳とは
「行け、我が君。僕たちは皆、貴様の後を追いかけているのだ。挫折と苦悩に塗れ、汚泥を啜りながら生死の差を理解していなかった僕たちに意味を与えたのはお前だろう。
「えぇ我が王よ。私たちは貴女の勝利を信じております。正誤など知りません。世界など知りません。
覇道も知りません。求道も知りません。私たちは、貴女が貴女であるから、お慕いし、その背へと手を伸ばしているのです。存分にお心を振るい、貴女の全てを世に知らしめてください。それができると、私たちは確信しています。言葉が過ぎるかもしれませんが――私たちの王は強いのですから」
●
「よい。その忠節、褒め称えよう。私は素晴らしい臣を得た」
●
「――御意」
そして彼らより光は消失し、
――黄金の覇王はついに真の姿を顕した。
というわけで臣下戦終了。
次回より最終決戦。
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