落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第23拳「愛を魔弾に――」

 

 変化は確実に訪れる。

 そうであることを望まれていた少年が、そうであることを受け入れたのだから。

 繋がりは目で見えなくても、彼ら自身が感じている。

 伝染する狂奔。零れ落ちるものをかき集めるのではなく、己の意思で広げることを決意したことにより、完全に生じた経路が接続を強化し、一つの個に、一つの全となっていく。

 即ち――覇道の流出だ。

 これらは全てその前兆に過ぎない。

 誰もが解っていた。自分たちは結局はただの前座でしかないことを。

 誰もが笑っていた。自分たちの意思を彼が求めていると信じていたから。

 誰もが信じていた。自分たちの王を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交叉する刃はひたすらに加速を辿っていく。

 最早張遼は異能による牽引転移を常時発動し続け、出現と消失を繰り返している。一切の停滞はない。駆け抜け様の斬撃が止められようとも、そのまま走り抜け、再び駆け出しそれを繰り返す。それらの旋風の中心にて受けるランスロットには少しづつ傷も増えていく。張遼の能力をアロンダイトでキャンセルしても、通常の斬撃には少なからず漏れは生まれてしまう。純白の騎士礼服には破れの血の赤が目立っていく。勿論ランスロットもまたカウンターの刃を張遼へと打ち込んでいく。結局のところランスロットと張遼の強度は均衡しきっており、千日手なのだ。

 そのまま行けば、体力が尽きた方の負けという結果に終わるだろう。 

 でもそれは、

 

「それではつまらんなぁ」

 

 ランスロットが剣を交えるのは掛け値なしに超一流の武人だ。そんな相手にそんな結果で終わるなどと興ざめに程がある。勿論相手の消耗を狙うというのも一つの策ではあるが、趣味ではない。そして今のランスロットには趣味でないことをする気はなかった。

 

「フ」

 

 最早姿すらもまともに視認できない。速度に関しては完全にこちらを超えてきている。

 それもまた愉快だ。

 

「フハハ」

 

「楽しそうだね」

 

「楽しいとも。貴様は楽しくないか?」

 

「まぁ、楽しいね」

 

 疾走する張遼と反撃を行うランスロット、身体は必殺の為に動きを繋げながらも交わされる言葉は気の置けない友人同士のようなものだった。二人ともそれほど繋がりは深くない。互いの噂は聞いていたが、直接会ったのはこれが初めてだ。

 それでも、こうして武に生きる者同士ならばたった一度の交叉は万の言葉よりも意味がある。何より二人には共通する思いを抱いているのだから。

 

「忠義の徒、もう一度言おう、貴様と戦えて光栄だったぞ」

 

「否定はしないが――もう終わったみたいな言葉だね?」

 

「あぁ、そうだな。だから――決着を付けよう」

 

 天秤は完全に均衡している。なればこそ、片方が新たな動きを見せればその均衡は崩すのは容易い。

 切っ掛けは言うまでなかった。

 

「オールハイル・キンジ……!」

 

 忠義の叫びと共にランスロットは新たな動きを見せた。袖から伸びるショートソード二本。それを剣の腹から床に叩き付けたのだ。

 

「……!」

 

 驚愕はねじ伏せながらも偃月刀を振るった。言うまでなくそれまで迎撃に振るわれていた刃を真下に向ければランスロットの身を護るものはなくなってしまう。事実張遼の刃はランスロットの身体を切り裂いた。

 

「ぬぐっ……!」

 

 袈裟に振るわれた刃は言う間もなく必殺の一閃だった。真下に双剣を打ち込んだ技後硬直のせいでまともに受けてしまった。ただ傷を受けるのとはわけが違う。達人クラスにまでなればただ負傷するだけでも無意識下で攻撃に対応してしまうものだ。インパクトの瞬間に身を引いたり、切り傷の

失血を防ごうとして筋肉を固めると言ったことは必須スキルだ。

 しかしその時のランスロットにはそんな余裕はなかった。

 明らかに乾坤一擲の動き。次に繋げるということすらも考えておらず、明らかに自殺行為。実際に致命傷を喰らったのだ。斬撃を放った張遼は技後硬直を技術で潰しながら、反転し駄目押しの為に止めの一撃を放とうとして、

 

「爆散……!」

 

「――な」

 

 そののスキルが発動せず、今度こそ驚愕を押し殺せなかった。

 視界一杯に埋まっていたのは大量の瓦礫と絨毯の残骸だ。何であるかは明白だ。先ほどランスロットが叩き付けた床。戦いが始まってすぐから疾走の余波で豪奢な絨毯はボロボロだった。その程度を気にする未熟者ではなかった故に張遼の意識からも完全に外れていたのだ。なまじ張遼の技術が高すぎた。床が爆散するよりも早く斬撃を放ち、次撃を用意していたのだから。

 

「っ……!」

 

 張遼の異能、振るった斬撃を加速し、対象に届かせるという『疾馳参者(トクハセサンジモノ)』。転移にも等しいが、あくまで本質は移動補正だ。移動していることには違いない。計測したことはないが恐らく光速に近い速度で動いているのだろう。だからこそ光速機動の拳士である那須蒼一に敗北したのだ。

 そしてそれだけの速度で動けば当然ちょっとの傷害に当たっただけで被害も甚大になる――その当然を気合いと愛でねじ伏せので那須蒼一は理不尽極まりないのだが――のでいくら張遼としてもやれと言われればできないこともないが基本的に望まない。というよりも彼がこの能力を身に着けた場合、移動中に障害物があれば軽く死んでしまうからそういう風に調整した名残とも言える。

 無意識レベルで傷害が多ければ能力の発動を制限するようになっていた。

 それをランスロットが看破していたというわけはないだろう。

 いくらなんでもそれを悟っていたというには無理がある。

 ランスロットとしても賭けだった。もしも直前の一閃でこちらが行動不能になっていれば。爆散させた床が目くらましとして十全に機能しなかったら。張遼が一度離脱せずに連撃を放っていたら。

 それでも賭けに彼は勝った。

 

「『最後の円卓の騎士(ナイトオブゼロ)』……!」

 

「そう、私は最後の円卓の騎士!」

 

 そしてランスロットはその隙を見逃すはずがなかった。純白の礼服を鮮血に染めながら、それでも張遼へ瞬発する。間を遮る瓦礫は聖白の右剣で薙ぎ払う。

 

「そしてなにより――遠山キンジの騎士である!」

 

「オォ……!」

 

 体を無理矢理駆動させ放った偃月刀を両断し

 

「――『王に捧げし(アロンダイト)忠義の聖剣(ロイヤリティ)』……!」

 

 緋色に覆われた純白の一閃にてランスロット・ロイヤリティは張遼文遠を打倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曹仁子考は本来曹操に対して送られた暗殺者だった。最も差し向けられた先に返り討ちに会い、彼女の軍門に下ったのだが。それより前に関して彼女の経歴は存在しない。ある組織にて幼い頃から暗殺者としての技能を鍛えていただけだ。それだからこそ曹仁の隠密暗殺技能は極まっている。それに関しては彼女に匹敵する存在は世界に五人すらいないだろう。

 彼女の異能『我法背不許(ワガホウニソムクコトユルサヌ)』にしても、できることは意識があるうちに限られているというのにワトソンを圧倒しているのだから押して図るべき技量だろう。実際に彼女の肉体と経験が止めと判断した必殺は心臓と首への同時攻撃。

 首はワトソンの手のひらに止められたが三分一は喰い込んだが、心臓は確かに短刀が左胸を貫いた。

 殺したと彼女の経験は判断した。

 少なくない返り血を浴びるのと同時に僅かながら意識を取り戻し、

 

「Good.思った通りだ」

 

「……え?」

 

 笑みを浮かべたままのワトソンと目があった。

 顔面蒼白なのは間違いない。口から血を、額から脂汗を流し、明らかに体調は悪そうだ。けれどその程度。首を半ば断たれ、心臓を貫かれた人間にしては軽微すぎる。急所を二つ潰したのだ。そんな風に笑えるはずがない。

 

「どう、して……」

 

「君ならば絶対に心臓と首を狙うと思った。普通ならばその二つを潰せば絶対死ぬからね。だからこそ、対処は簡単だったよ」

 

 簡単だった、なんて言いつつ現実として傷を与えている。

 現実として曹仁の目はそれを見ている。己の右手が握る短刀は首に食い込んでいるし、左手の刃は左胸に突き立てられている。

 その返り血によって曹仁自身も顔が塗れている、が――

 

「けいどうみゃくをきったのに……ち、がすくなすぎる……?」

 

心臓と血管(・・・・・)の位置をずらした(・・・・・・・・・)

 

「な、ぁ……?」

 

「驚くほどのことじゃないだろう。内臓の位置を操作するなんてことは武術にも存在する。僕の場合はスキルの応用で、血管にも適用しているだけだ。どうして死なないのか? 何の器官もない肉と皮を切っただけじゃあそう簡単に死なないだろう」

 

「……っ!」

 

 対暗殺の手段を講じている相手は今までいくらでもいた。数えるのも億劫になるような数々のトラップ、熟練のボディガード等は当たり前のように暗殺へ赴いた。そしていつだって曹仁はそれらを殺し、暗殺を成功してきた。曹操だってそうだ。あの時は一切対侵入者用の仕掛けがなく、しかし待ち構えていた曹操にひれ伏した。

 でも、それでも――殺された後に反撃する為の対策を練っている相手なんて初めての事だった。

 

「そん、なばか、な……」

 

「馬鹿だと思うだろう? 僕だって同じだよ。ちょっと前の僕だったら絶対こんなことしなかった。……どっかの誰かの馬鹿が移ったらしい」

 

 ワトソンは苦い笑みを浮かべながら胸に突き刺さり、首に食い込む刃を持つ曹仁の腕を鷲掴みにする。

 

「あぁ、あとそもそも首を半分くらい断っただけじゃ死なない。出血は流れ出た端からその血で固められる。血管だって応急処置レベルなら繋ぎ止められる。君はその自慢の刃で、両側から首を刈り飛ばす必要があった。君はオーバーキルだと思ったかもしれないけどね」

 

 ゆっくりとナイフから手を引きはがした。曹仁の異能にて無理矢理動かしていたが、本来ならばワトソンの毒によって指先一つ動かせないような体なのだ。意識を取り戻して能力が発動していない以上今の彼女にできることはない。

 これでもしも曹仁が目を覚まさなければ――、

 

「っまさ、か」

 

「勿論都合よく君が目を覚ましたのも偶然ではない。言わなかったかな、君に打ち込んだ毒の血清は僕の血にあると。顔一杯に浴びれば解毒させるには十分だ。……僕としてもここまで上手くいくとは思わなかったけどね」

 

 自分から曹仁を引きはがし、ワトソンは曹仁の首筋を鷲掴みにした。だらりと曹仁の身体は脱力したまま動かない。

 ワトソンが掴んだままの首に爪を突き立てた。

 

「今から君に流し込むのは体の自由だけを奪い、意識は奪わない。これでもう君には動けない。ついでに後で念の為に全身の関節外して拘束してやる。悪かったね、話が長いのは僕の悪い癖だ」

 

「ぁ、ぐ――」

 

「最後にいいことを教えてあげよう。馬鹿とまともに相手をすると痛い目に見るんだよ? 今の君のように、ちょっと前の僕のように」

 

 そして曹仁子考は意識をはっきりとしたまま、敗北を刻まれ、

 

「――チェックメイト」

 

 エル・ワトソンは己の勝利を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!」

 

 壁をぶち壊しながら隣接する部屋に潜り込んだ時点で決着はすぐそこだった。もつれ合うように転がり込んだ以上、二人の態勢は大きく崩れていたのだ。

 勝利するのは先に一撃を叩き込んだ方だ。

 いくら損傷を強化に変える夏候惇だとしても片目を潰し、レキの魔弾にて蹂躙された時点で限界を迎えている。これ以上の致命傷を受ければ変換できずに落ちるしかない。さらに言えば夏候惇は破損した細胞を剣を振るう機能に特化、修復させるが白雪クラスの超高熱で細胞を焦がし尽くされれば限界を迎えると言うのは京都の時に発覚済みだ。

 白雪も肉体自体は然程強靭ではない。態勢が崩れている状況で夏候惇の一撃を受ければ彼女の体など容易く両断されてしまう。例え炎熱の一刀でも夏候惇の閃撃には耐えきれないのは自覚している。

 だから二人は部屋の中に転がり込んで姿勢を建て直しに全力を注いだ。崩れた態勢を勢いのままに転がり、剣を握る手をアジャストし持ち直しながら、立ち上がりかけ、

 

 ――二人とも机にぶつかり、再び態勢を崩した。

 

「邪魔……!」

 

 彼らがいたのは客人用の寝室がメインの階層で、案の定そこも一般的な寝室だった。部屋の中央にある丸机に椅子。壁際にはクローゼットとベット、化粧台に付属の姿見。寝室としては極めて一般的な調度品だ。

 その中の机と椅子が邪魔をしたのだ。

 

「――!」

 

 白雪が刀を持たぬ手で机を夏候惇の方に殴りつけた。炎化した手に触れたことですぐに燃え上がり夏候惇へと弾ける。それを彼は避けなかった。必殺となるのはイロカネアヤメの斬撃だ。燃えているだけの、崩れた姿勢で殴られただけの普通の机などでどうにかなるわけではない。そのまま気にせずに、同じように転がった椅子を投げつけた。

 

「きゃっ!」

 

 ぶつかり、そのまま灰となった。だが白雪が姿勢を崩すには十分だ。さらに燃え滓で視界も遮られた。

 

「女の子に椅子を投げつけるなんて……!」

 

「今更そんなこと気にするかよ……!」

 

 言葉の間に夏候惇が姿勢を直そうとしていた。

 

「っ、さ、せ、る、かぁー!」

 

「――がっ!?」

 

 夏候惇の顔面で炎が爆発した。視界が潰され、大きくのけ反らされる。超能力として基本的な炎操作。肉体炎化に大きなリソースを裂いているが故に高い威力は見込めなくても目くらましや熱風による強制のけ反りくらいは可能だった。

 その間に白雪はイロカネアヤメを握り直し、

 

「おらぁ!」

 

「ぐーッ!」

 

 先ほど自分が殴り飛ばした机を蹴り返されて、背中から地面に倒れた。

 

「しつ、こいなぁ!」

 

「それはこっちのセリフ……!」

 

 のけ反りから机を蹴り飛ばした夏候惇はそのままの勢いで跳躍した。ムーンサルト気味に背後に跳び、壁を蹴りつける。その動きの中で姿勢を今度こそリカバリーしきった。今度こそ夏候惇を妨害するものはなかった。壁を蹴り、床に着地、勢いを殺さぬまま、膝を沈めて、瞬発。長剣を腰だめに構え、立ち上がったばかりの白雪へと――振りぬいた。

 

「っ……!」

 

 そして彼は斬ったという確信と共に、斬れなかったという感覚を同時に得た。確かに夏候惇の一刀は白雪を斬った。加速の勢いを十分に載せ、振りぬき、確かに彼女の胴を薙ぎ払ったはずだった。何度も彼が繰り返してきた行為。今更違えることなどない。動きそのものには一切の不備はなかったはずだ。

 おかしかったのは斬った感触だった。肉でも骨でも内臓でも血でもなく、全くと言っていいほど感触がない。

 まるで霞か雲か煙のように。

 或は炎のように。

 炎。

 

「星伽白雪――お前、まさか……!」

 

 視線だけで無理矢理振り返った。それが無茶な動きだとしても、振り返らずにはいられなかった。

 そして見る。叩き込んだはずの斬撃痕が炎に包まれていたのを。いいや、包まれるというレベルの話ではない。

 体そのものが炎(・・・・・・・)となっていたのだ(・・・・・・・・)

 

「未完成じゃなかったのか!」

 

「そうだよ、ついさっきまではね」

 

 ふざけんなと叫びたかった。

 そんな都合のいい話があってたまるとか思い、けれどそれがただの御都合主義でないことは夏候惇自身が一番よく知っていた。

 

 

「――あぁ、くそ」

 

 白雪は最早振り返る必要はなかった。イロカネアヤメを逆手で持ち、切先を背後で振り返ろうとする夏候惇へと向けた。肉体完全炎化。それによって生じる炎はそれまでの比ではない。刀身に灼熱に揺らめいて、炎の竜が蜷局を巻き、

 

「星火繚乱――炎竜撃」

 

 夏候惇元譲を飲み込み、星伽白雪は勝利の星を掴みとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃弾が銃口から排出された瞬間にはレキの閃弾によりぶち抜かれていた。

 

「――!」

 

 最早光弾(ブレッド)という形容では足りなかった。光線(レーザー)だ。夏侯淵も孫悟空の如意棒のことは知っているし、見たことはある。あの馬鹿げた必殺技は思い出すのも嫌になるが、レキのそれは否応もなしにそれを思い出させた。 

 それと同じだ。

 レキの銃口から放たれたのは孫悟空の如意棒と同じ光速を宿す閃光だったのだ。それにより夏侯淵が射出した銃弾は全て落とされた。

 解っていたことだ。

 自分では狙撃射撃の土俵で戦う限りレキには勝てない。自分が意地っ張りだから、無理して対抗してたに過ぎないのだ。

 

「だからなによ」

 

 負けると解っていた。

 ならば、負けた上でどうするか。引き金を引き、弾丸が射出した傍から撃ち抜かれることを解っていながらも夏侯淵はひたすらに打ち続けた。レキの性格ならば、彼女のように自分の技術に絶対的な自負を持っている上で、これだけの閃弾を放てるというのならば自分の弾丸を全て潰してくるのは解っていた。

 だから彼女は己の行動を省略に省略を重ね、レキの色金によるせいか普段の倍以上の労力を使いつつ、銃弾をばらまき続ける。

 それによって夏侯淵自身への被弾は防ぐことができた。

 

「やりますね」

 

「まだ、よ……!」

 

 それだけやっても夏侯淵は完全に劣っている。だがそれこそが、その逆境が、それに対する恐怖が、彼女に力を与えてくれるのだから。そのままに足を進めた。一歩進むごとにレキが放つ閃弾は密度を増していく。けれど我武者羅に彼女は穴だらけになった廊下を走った。レキもまた、一見無造作に、結果だけは精密機械も真っ青な精度で引き金を引き続けてながら前に踏み出していた。

 それは京都の時と同じように。

 互いの距離は一瞬でつまり、後三歩という所で、 

 

 ――夏侯淵の保有する弾丸が無くなった。

 

「ッチィ!」

 

 例え夏侯淵が卓越した暗器術にて物理法則を無視した量の弾丸を保有したとしても、当然ながら限界はある。寧ろ秒間数百発という消費量の戦闘の中で数分間も続いてたというのだから驚異的である。対してレキには弾切れという概念は存在せず、ほぼ無尽蔵だ。それだけでもレキのアドバンテージは大きすぎる。

 

「銃が無くなったくらいで!」

 

 けれどそれすらも夏侯淵は自らの力に変えられる。

 

「――」

 

 瑠璃色に輝くレキの瞳に油断はない。感情を感じさせない視線は夏侯淵の動きを一切逃さない。

 ちょっとくらい油断しろよなぁと思う。

 油断されたら興ざめかなぁとも。

 そんな相手だったら京都の戦いで自分は負けることはなかったはずだ。あの時全力で戦い、しかし敗北した。だからこそ今身命を賭して挑む価値がある。

 

「来なさいよ電波女――」

 

 声は震えているかもしれない。

 それでも前を向け。

 身体も震えているかもしれない。

 それでも前に進め。

 負けるかもしれない。

 だからこそ頑張る意味がある。

 

「私の恐怖は――アンタの愛に負けはしない!」

 

 絶叫と共に、夏侯淵は最後の動きを行った。

 握っていた、もうすでに弾倉が空となってただの鉄塊となった銃をレキに投げつけた。

 

「――っ」

 

 一瞬、ほんの僅かな刹那。能力を使い向こうからしたらいきなり虚空に跳んできたようにしか見えなかったはずで、隙とも言えない隙がレキに生じた。驚異的な動体視力を誇るレキがコンマゼロ秒以下で投げつけられたものに視点を合わせるのに必要な空白だった。

 けれどそれのほんの僅かな空白を己の物とするのが夏侯淵の異能だ。

「『臆進往(オクスルモススミユコウ)』――!」

 

 レキが反射的に投げつけられた銃を撃ち抜いていたと同時には夏侯淵は目と鼻の先にいた。

 

「しまっ――」

 

「遅い!」

 

 殴りつけた(・・・・・)

 

「ぐっ……!」

 

 籠ったようなレキの悲鳴。頬を強打し、視界が揺れる。今更言うまでもなく肉体的に見ればレキはこの場の誰よりも脆弱だ。例え瑠璃神之道理を発動していたとしてもそれは変わらない。レキの身体がのけ反り、その肌蹴た胸ぐらを掴みかかった。

 

「お、ラァ!」

 

 もう一発。

 人形みたいな整った顔に拳を叩き付け、勢いのままに壁に打ち付けた。

 

「このまま、殴り潰す……!」

 

 思い切り振りかぶり、顔面を破壊しようと思い拳を固く握り、

 

 ――緩い動きの手の甲で逸らされた。

 

「――え?」

 

「私の旦那が誰なのか忘れたわけではないでしょう。私自身身体の強度が低くても――受け流しや見切りのような技術は彼と共有しています。知らないわけではないでしょう、『瑠璃神之道理』そういう力なのですから」

 

 膂力強化、超速駆動が那須蒼一特有の発言。傷の回復や異能の消失を共通として、レキの場合は魔弾の光線化と蒼一すらも上回る見切りだ。観察眼。あるいは空間の完全把握。シャーロックの推理、静幻のような予測、アリアのような直観、あるいはそれら以外の経験でもなく、レキは空気の流れで周囲の流れを完全に己の物としていた。

 

「――私は一発の銃弾。全てを撃ち抜く一発の魔弾。瞳は照準、指は引き金、意志を撃鉄に」

 

 紡がれるのはレキが常に口ずさむ詩だ。一種の自己暗示、或はレキという人間の証明。

 それが耳に届いた夏侯淵は拳を振るうことは――できない。先ほどの動きは完全に見切られていた。例え何百、何千回拳を振るおうと、或は銃自体を狙おうと意味がない。。所詮は勢い任せの博打打ちだったのだから。

 

「駆け抜けるは風を。巡るは満天を。揺蕩うは海原を。私は留まらない気ままな颶風。私を捕まえるのは貴方だけだから――」

 

 能力もまた発動しない。

 それまでレキの瑠璃の閃弾に囲まれながらも異能が発動していたのは、色金と同じように意思を力に変換することが曹魏の将たちの力の源であるのと同時に、状況が夏侯淵にとって圧倒的窮地だったからだ。

 けれど今は違う。

 一瞬とはいえ自分がレキを追い詰めた。

 けれど今、逆襲されているのは自分の方だ。

 

「く、そ、がああああああああああああ!!」

 

 無駄だと思っていても拳を振るうのを止められなかった。

 武器はなくした、状況は積んでいる、力も消えてしまった、拳闘は得手ではない。

 それでも、諦めたくなかったから。

 負けたくなかったから。

 視界の全てが瑠璃色に飲み込まれた後もそう思い続け、 

 

「愛を魔弾に――『比翼連璃(スナイプ・バイ・ミー)』」

 

 夏侯淵妙才は最後まで諦めず、レキは己の愛を貫いた。

 

 

 




流石に六人分を纏めるのはつらたん(
次で配下戦は終了で、ラストばとーる。

夏侯淵がすげぇ熱血になって予想外。
あと正直白雪と夏候惇のバトルは書いてて笑った。キャットファイトかよ(

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