落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第16拳「――お前、飢えているな?」

 

 

 

 それは真っ暗な祠の中だった。

 静寂が世界を包み込み、あらゆる概念が死滅しているほどに感じられる。何もかもが押し潰されていた。そこを幼き日の曹操は足を進めていた。手にしている松明のみが唯一の灯だ。彼女がここに足を踏み入れてどれだけの時間がたったのであろう。少女には時間の経過が解らなくなっていた。それほどまでにその空間を常軌を逸している。少なくとも常人であればこの祠に一歩足を踏み入れることすらできないだろう。

 そんな化物がこの奥にいる。

 

「……っ」

 

 思わず彼女は息を呑んだ。

 この後十年足らずでその名を世界に轟かせ、『ただ知っているだけの人外』に王の素質としては類を見せないと言わせしめるほどの覇王ではあるがこの時僅かな七歳足らず。この気配を意に介すなというのが無理というものであろう。

 しかしそれでも尚足を進めるのは流石という他にない。

 口の中を乾かし、汗を拭きだしながらも彼女は足を進めていた。

 そこは藍幇に言い伝えられる禁忌の場所だった。本来ならば立ち入ることができるのは彼女(・・)の世話人と藍幇の幹部のみ。例え三国の英雄の子孫だとしても、没落しかけで、異常すぎて手に余る彼女だとしても足を踏み入れることは叶わなかったはずの場所だった。

 それにも関わらず彼女がここにいるのは一重に偶然という他がなかった。

 たまたまこの近くに来ていた。

 たまたま時間が開いていた。

 たまたま足を動かしていた。

 たまたま誰もいなかった。 

 たまたま。

 偶然。

 そんな程度のことが重なって少女はこの場を進んでいた。何故、どうして、と言われれば答えに困っただろう。当時の彼女からすれば偶然が重なっただけの感覚だったし、確固たる意志はなかった。

 ただそれでも、あえて言うのならば。

 運命に出逢ったと、今の彼女は思い出すように言うのだろう。

 

「――」

 

 それは鎖に繋がれていた。両腕の手首は天井に、両足の足首は地面に。気味の悪い漢字が掛かれたお札が張られている。それ以外に身に着けているのは服とも言えないような襤褸切れで、ほとんど全裸だった。女としては理想を体現しているとも言える豊満な体付きだが、血と泥と汚れが全身に張り付いている。

 何より――放たれる獣気が全てを台無しにしている。

 

「――」

 

 その女を見て、少女の中の何かが騒めく。それがなんであるか考える前に、それ彼女が声を上げた。

 

「……あぁ?」

 

 こちらを見ないままだったが、確かに少女の事を認識していたらしい。

 

「誰だ……お前は。世話の女、ではないな……」

 

 意外にも声に理性はあった。

 

「私は……」

 

「まぁ待て。訪れる人間など滅多にいないからな。少しは考えさせろ。ふむ……どれどれ」

 

 顔も上げないまま笑みを孕んだ声でそれは語り掛けてくる。楽しそうな、まるで孫に話しかけるような優しさすら込まれている。それに対し違和感を禁じ得ない。

 

「……」

 

「流石に名前までは解らんが、こういうのは魂の色を見ればどういう類の人間かはよく解る――」

 

 いきなりそれが口を噤んだ。

 疑問に思った瞬間には鎖が軋ませた。

 

「貴様名はなんだ」

 

「……な」

 

「答えろ」

 

「か……華鈴」

 

「――」

 

 それは後に覇王の名を継ぐ前、彼女の両親から貰った彼女だけの名だった。

 告げた名前に彼女は黙っる。

 黙ったと思った瞬間には、

 

「――!」

 

 目があった。

 鎖が軋み、空間が軋む。真っ赤な、否緋色の瞳が華鈴へと向けられていた。真っ直ぐに突き刺さるような視線だった。

 

「キキ……驚いたな。まさか覇王の血脈が残っていたとは。とうの昔に廃れきったと聞いていたが……」

 

「……なにが」

 

「あぁ、解っているとも。見れば解る。その魂はまさしく王のものだ。先祖帰りというやつか? アイツとそっくりだよ。だが……」

 

「……」

 

「――お前、飢えているな?」

 

「――」

 

「キキキ……面白い。面白いなぁ。こんな面白いのは何百年振りだろうなぁ。まぁ丁度いい。監獄生活も飽きてきた所だ。この身はただの遺物だと思っていたが、お前のようなのがいるなら私にも役目があるだろ……よっと」

 

 軽い口ぶりでそれは鎖を引きちぎった。その束縛は藍幇の術師が数年かけて作成した呪物であり、例え高位の妖魔化外だとしても触れただけでその力を減衰させるというにも関わらずだ。それがただの紐か何かと勘違いしているようですらあった。

 ぺたぺたと足をならし華鈴へと歩み寄ってくる。

 身長の差は倍近くあるので華鈴は見上げねばならないが張り付いた髪が邪魔をして表情は見えなかった。けれどその緋色の眼光だけは真っ直ぐに華鈴を貫いていた。

 

「さぁ行こう」

 

「……どこへ」

 

「決まっている」

 

 笑みと共に、彼女は、斉天大聖孫悟空は凄惨な笑みを浮かべながら告げた。

 

「行けるところまで――私とお前の足が進む限りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――そしてここまで来た」

 

 蚩尤天最上階、そのさらに上の空中庭園。

 香港の街と海を眼下に置きながら一人曹操は呟く。あるいは見ているのはただの一都市だけではなく、世界そのものかもしれない。彼女の目にはそれが手に入るのも遠くないと実感していた。

 

「……なぁ、猴」

 

「――なんだ」

 

 誰もいなかった庭園に猴が現れた。彼女の用いる術の一つである空間転移。隠すようなものではない。そのあたりの本屋の絵本でも開けば知ることができるものだ。そんな彼女は偃月刀や矛ではなく朱塗りの棍を手にしていた。

 

「ほぉ、それを持ち出すか」

 

「無論だとも。お前もまたそれを手にしてるじゃないか」

 

 刺されたのは曹操が手にした二振りの長剣だった。右腰に一振り、床に立て柄頭を両手で押さえたもう一振り。指摘に苦笑しながらも曹操は頷いた。

 

「まぁ私も同じ気持ちだがな。……なぁ、猴。初めて会った時のことを覚えているか?」

 

「ん……覚えているとも。あの時は随分小さな子供だと思っていたがお前はあまり変わらなかったな。その魂は一層輝きを増した。まぁ身長はあまり伸びなかったが。その所まで似なくてもいいというのに」

 

「余計なお世話だ。だが、お前は変わったな」

 

「そうか? ……そうだな、お前がそういうのならばそうなんだろ」

 

「きひきひ――」

 

 喉を鳴らしながら曹操は笑う。

 無邪気な子供みたいな笑みだった。

 そんな曹操に猴はため息をつき、背中を向けた。

 

「お前は変わらないよ、本当に。昔のままだ。子供みたいに笑って、子供みたいに欲して、子供みたいに求めて。そんなところまで初代とそっくりだ」

 

「だが――それでは我が祖は届かなかった。彼のままでは至らないのだ。そして私は二千年近くも前と同じではないよ。人間とは重ねて来た分だけ前に進むというものだろう? ……まぁ、これは私が言えた義理ではないがね」

 

「まったくだ」

 

 曹操は笑って。

 猴は鼻を鳴らした。

 

「なぁ()

 

「なんだ華鈴(・・)

 

「もう一度見えよう。今度は私の世界で、我が友よ」

 

「あぁ――新世界で。また」

 

 そう言葉を残し、猴は姿を消した。彼女の戦うべき相手へと向かったのだろう。

 そして曹操にもまた。

 雌雄を決するべき相手はいる。

 

「きひ、きひきひ。さぁ、来いキンジ。私の飢えを、渇きを、全てを満たしてくれ。お前ならば、それができるはずだ――」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、今行くさ」

 

 応えと共にキンジは天へと緋色の目を向けた。

 

「そして行こうぜ皆」

 

 蚩尤天一階の大広間。彼は背後の仲間たちに声を掛けながら足を踏み出す。身に纏うのは枯れ枝が描かれた緋色の着流しと袴。腰には刀と二挺拳銃。袖の中にはバタフライナイフが。

 

「えぇ、そうね。行きましょう」

 

「この城燃やしそうで心配だけどなぁ」

 

「くふくふ。さぁて私は今日も勝てるかなっと」

 

「やれやれ、今夜くらいは羽を伸ばそうかなぁ」

 

「オールハイル・キンジ……!」

 

 アリア、白雪、理子、ワトソン、ランスロット。アリアと理子は制服姿、白雪は巫女服、ワトソンは全身スーツからのロングコート、ランスロットは騎士礼服。

 彼らだけではない。

 

「祭りだ、祭りだ。楽しいねぇ全く」

 

「その割には楽しそうではないですけどね」

 

 口ずさむのは蒼一で、呆れたように言うのはレキだ。蒼一は青い着流しと袴。胸の十字傷は露出させ、腕には肘から指先までバンテージ。レキも制服姿だが、アリアと共にPADは既に装備していた。最もレキのバイザーやコンテナ型の弾倉は使えないが、太もものホルスターに変形させた『ハルコンネン・Ⅲ』が収まっていた。

 キンジと蒼一は並び立ち、その背後にアリアやレキたちは控えていた。

 

「どうだよ兄弟。勝てばお前が世界の王様だぜ」

 

「下らねぇよそんなもん。ほんと要らねえ、缶コーヒーの百二十円のほうがよっぽど欲しいぜ」

 

「かはは、超同感だなぁおい」

 

「だったら、王にならずに我が王の下にいればいくらでも飲めるよ」

 

 応えと共に正面の大きな階段を降りてきたのは張遼だった。彼は偃月刀を手にし、笑みを浮かべながらキンジたちの前に立ちふさがった。

 

「勿論、そんなことは今更認められないけどね」

 

 偃月刀を一度振り、

 

「そして言わせてもらおう――ここを通りたくば僕を斃してから行け」

 

「マジで?」

 

「勿論。こういうのが王道だろう? 我が王はそういうのがすきだからね。ここから先、最上階への王へと至る道の各所に我が戦友たちが待ち構えている。一人一倒……となるのかは僕たち次第かな。勝った方はできるのなら昇って味方に加勢するべきだろうしね。そして僕が一人目だ」

 

「ルール、なかったんじゃないのか?」

 

「ないさ。畢竟君たちがここで僕をタコ殴りにしようというのならば止められないが……するかい?」

 

「するわけがなかろう」

 

 答えと共に踏み出したのは――ランスロットだった。

 

「そんな無粋な真似を我らがするはずがない……そうでしょう? キンジ様」

 

「あぁ? ――当たり前だろ」

 

「ふっ……それでこそ我が主。では私もまた言わせていただきましょう。我が王、そして我が戦友たちよ。此処は私に任せて先に往け!」

 

「いいのか?」

 

「はっ。彼もまた忠義に身を捧げる男。ならば、この忠義の騎士ランスロット・ロイヤリティこそが相手をするべきかと」

 

「そうかい、なら頑張れ」

 

「えぇ、頑張ります!」

 

 ランスロットが応えた時にはキンジは走りだしていた。アリアたちも振り返ることなく、躊躇うことなく、大広間を抜け、張遼も通り過ぎる。彼もまたそれを止めなかった。

 残ったのは彼ら二人と、

 

「蒼一さん?」

 

「ん、俺はそっち側(・・・・)じゃないから。行ってくれ、レキ」

 

 蒼一だけは外への扉へと足を向けていた。

 レキが声をかけても足を止めない。

 まるで、どこかへ去っていくように。

 

「……」

 

「大丈夫だって、心配することねぇよ。俺は負けないから」

 

「……解ってますよ。私だって負けません」

 

「おうよ」

 

 そしてレキは上層への階段を上りきり、蒼一は大広間の外へと姿を消した。

 残されるのは張遼とランスロットの二人。

 張遼は階段を降りて行って、目線を合わせる。

 

「僕としては『拳士最強』にリベンジしたかったんだけどね」

 

「私では不服だと?」

 

「まさか。彼の最後の円卓の騎士と刃を交えるなんて光栄だよ」

 

「私もまた同じだ。『張来々』、君の槍と私の剣。腕比べと行こうではないか」

 

「ははは……ほんと、光栄だよ」

 

 力ない笑みを一瞬浮かべ、次の瞬間には雰囲気を一変させていた。偃月刀を指動きにて回転させてから構える。腰を落とし、切先を突き出し、

 

「お相手願う。我が王の覇道の為に」

 

「是非もなし。相手にとって不足はない」

 

 ランスロットもまた袖から双剣を伸ばし構えを取る。

 立ち上るのは二つの覇気。金色と緋色まじりの白。

 

「曹操孟徳が一の槍、張遼文遠」

 

「遠山キンジが騎士、ランスロット・ロイヤリティ」

 

「己の忠義を示すために」

 

「一番槍、務めさせてもらおう」

 

「いざ――ッ!」

 

 忠義と忠義の激突が開戦の狼煙を上げた。

 

 

 

 

 




曹操の真名みたいのは考えるの面倒だったので恋姫の字変えで。特に大事なことはない、はず。

総力戦になるのかなぁ……? 


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