落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
まず感情を排して今回の配役について論じてみよう。
ICCビル百十八階にキンジ、アリア、ワトソン、ランスロットが待機。香港の街を出歩き、存在を知らしめるのが俺と白雪、レキと理子に別れる。それ自体は、あくまでも性能的観念で見れば握手ではない。
本拠地に所謂将棋でいえば王とか玉、チェスでいえばキングであるキンジと将棋でいえば飛車角、チェスで言えばクイーンであるアリアを置く。キンジとアリアの組み合わせはその性質や精神を最もその能力を発揮できる組み合わせだ。さらにいえば飛行能力を持つアリアならば香港を見渡す高層ビルからなば数分足らずで香港全土ないし、最低でも主街区をカバーできる。ついでに自分の王を護ることに全霊を懸け、迎撃要因であるランスロット。薬物や暗器、罠の類に精通し、拠点周辺に陣地形成を行うワトソン。彼女の話では数時間あればある程度のトラップを仕込み、一日あればビルワンフロアを要塞化できるとのことだ。修学旅行・Ⅱは二泊三日ないし三泊四日。日本における十二月二十六日までには戻らなければならない。たった数日間の要塞だが、必要ないとは言い切れない。
そして俺と白雪、理子とレキのツーマンセル。あまり見ないコンビだと言えばそうだけれどバランス的には寧ろ悪くない。白兵特化の俺に、広域殲滅に特化しているとはいえ全方位万遍なくパラメータを上げる白雪。撤退戦や相手の揚げ足を拾い、しっちゃかめっちゃかにすることに長けた理子が入ればレキも狙撃ポイントを探すのもやり易いだろう。
つまり、総合的に見れば今回の人事はそう悪いものではない。
あくまで客観的に見れば。
感情を排して、第三者として見れば。
さて。
ではここで感情を宿して、第一人者として見てみるとしよう。
今俺がいるのは香港、港町。目の前に広がるのは大海原だ。この大きな青を目にすれば大概の悩みはどうでもいいこに感じられるだろう。海とは、それくらいの母性の塊なのだから。全ての生命の発祥が海なのは科学的に証明だし。
じゃあ。
さん、はい。
「――死のう」
「はいステーイステーイステーイ! 落ち着いて蒼一君! とりあえずキャラ変わりすぎだから……! あ、ちょ、海飛び込もうとしないで! 私じゃ止め切れない……あっ」
「あっ」
●
結論から言えば如何に温暖な香港といえども水は冷たかった。
「いやぁ、悪かったなぁ白雪。おかげで頭冷えたよ、ははは、はは……」
「いや、ホント落ち着いてくれないと私には止め切れないんだけど……」
「悪いなぁ」
全身ずぶ濡れになることで一応、精神は落ち着いてくれた。あくまで一応だけど。ちょっと気を緩ませるとまた海に飛び込みたくなるけど。
「次からは止めないよー、疲れるし。というかそうした方が注目浴びていいのかなぁ?」
「あ、すいません白雪さん。もう大丈夫だから。その腹黒オーラ消そうぜ……?」
この巫女汚れ過ぎだろ。いや、世界規模でNTR巫女とか呼ばれているのだから今更だけど。ただキンジがこの場にいないからその黒さに歯止めが効かないというだけ。そのあたり人の事を言えた義理ではないのだが。
香港の街はどうにも雑多だ。所狭しと並んだビル、その中に納まった露店。道の両側には店員が大きな声で客を呼びかけている。店の種類はお土産や飲食、衣類、装飾品となんでもある。一目見た限りでは字も相まって正直なにがあるのかよく解らない。
「おのれ、バラルの呪詛めが……!」
「何言ってるの? というか蒼一君て昔世界放浪したって言ってなかったけ。言葉解んないの?」
「解らねぇよ。いや、まぁカタコトの会話ならできないこともなかったんだがな。中国拳法習うのに結構中国いるのも長かったけどなぁ。もう何年も前のことだし、その間も全く使わなかったからな。つーか俺の言語って肉体言語だし」
「あー……私も日本の古典とか崩し字とかならすらすら読めるんだけど。どうにか漢字の意味で推測するしかないかな」
「それはそれで凄いけどな。理子とかアリアとかなら何でも喋れそうだけど……そいや夾竹桃って名前的に中国ぽいな。確かジャンヌとシンガポールだったけど。どれ、チャットで会話のコツとか聞いてみるか」
「おお」
●
・蒼 拳:『きょーちゃんきょーちゃん。中国語の喋り方のコツとか教えてくんね?』
・毒 手:『知るか』
●
「セメントだなー」
毒使い夾竹桃。特徴ガチレズ……らしい。少なくとも百合の同人誌を書いているらしい。男に冷たいがホモには優しいのだろうか。そんな接点ないからよく解らない。
「夾さんは今頃ジャンヌとかとシンガポールだったけ。向こうはどうしてるかな」
「さぁな。シンガポールは行ったことない」
「それを言ったら私とかキンちゃんとかは日本も出たことないけどね」
確かにその二人以外は何気に国際的だ。そもそも日本人自体が俺キンジ、白雪で後は皆外国人だし。その上でそれぞれ任務とかで世界中巡っているのだ。それに武偵というのは世界規模での活動も推奨されているし。実際アリアや理子はちょくちょく二、三日外国に出向くことはあったし、レキもあまり聞いていないが中学時代はそういう風に――。
「レキぃ……」
「ダメだこりゃ」
●
・火巫女:『想定以上に蒼一君が使えない件』
・ルパン:『こっちもだよぉー! レキュ全然注意力散漫でブツブツ呟いてるだけだし! 狙撃ポイントどうするのって聞いたら。ビルから見下ろした時に全部把握したとか言ってるし』
・助 手:『優秀だから性質が悪いね……釘は指したつもりだったんだが』
・正性男:『構重傷だなぁ。ここまで来て放っておいたけど、そろそろ真面目にどうにかしねーと。……合流ポイントまでどれくらいだ』
・火巫女:『蒼一君が今完全死んでるからちょっと時間掛かりそう』
・ルパン:『こっちもそんな感じー』
・緋 桃:『どーするのよ』
・正性男:『うーむ……とりあえず白雪と理子でどうにか精神を安定させてくれよ。愚痴とかあるなら吐かせるだけ吐かせればとりあえず少しはマシになるんじゃなないか……?』
・火巫女:『キンちゃんキンちゃん、ムリゲ過ぎだよぉ』
・正性男:『頼む白雪、お前と理子が頼りだ』
・火巫女:『私だけが頼りだなんてキンちゃん様そんな積極的ぃー!』
・ルパン:『ナチュラルに理子のこと除外してるよねー』
・緋 桃:『この子もう駄目じゃないかしら』
●
「そ、蒼一君!」
「……ん、ん……おう。どうした」
軽く絶望に浸って崩れ落ちていたが、なんとか復活して起き上がれば白雪がポケットにスマートフォンを仕舞いながら叫んでいた。しかし今更ながら道の真ん中で崩れ落ちたり、叫んだりして思い切り目立っている。観光客感丸出しでちょっと恥ずかしい。注目を浴びるのは目的通りなのだが、色々危ないことには変わりない。
「レキのことだけど……」
「……おう」
「えっと……やっぱ男の人は純愛貫く方がかっこいいと思うよ!」
「……それ、自分にブーメランじゃないか」
「ぐはぁ……!」
崩れ落ちる日本人が二人になった。
●
「……」
「ねーえぇーレキュー、ねぇってばぁー」
露店の間の屋台を梯子しながら理子は黙々と街を進むレキの背中を追いかけていた。始めてきたはずの街を迷いもせずに彼女は足を進めていく。先ほど少しビルから街を少し見下ろしただけで大通りや細かい路地裏までも完全に把握しているらしい。地形把握は狙撃主の基本技能とはいえ理子ですら思わず舌を巻かずにはいられない。
「レキュー」
問題なのは無言で歩き続けるレキ。先ほどのチャットで自分と白雪がある程度どうにかしようということになったが、既に白雪は失敗という結果が出てきている。なので自分がどうにかするしかない。それ自体に異論はない。理子だって、蒼一とレキには普段通り馬鹿みたいにイチャイチャしていて欲しいと思う。過負荷である自分はそこら辺滅茶苦茶甘いという自覚はあった。
けれど、それらが出来るかどうかというのは問題だった。
「レキュー、なんでそーくん無視したのさぁー。ちゃんと話したらぁー?」
「……」
「そんな確かにあんなアグレッシブにゆきちゃん張りにNTR狙ってくるのには驚いたけどさぁ。そーくんのこと気にしてるっていうこと自体なら今更じゃないかなぁ。そーくんのこと気にしてるって娘は結構いたよ? レキュがいたから皆行動に動かさなかっただけだし。ホラ、ライカちゃんとかあからさまだったと思うけど」
それは、ちょっと前の自分のことでもあっただろうと思う。
もしかしたら自分は彼の事を好きになっていたのかもしれない、なんてことを想ったり想わなかったりする。あのヒルダへの勝利の前は揺れている自覚はあったし、似た者同士ということならば蒼一の方が近かった。そういう展開もあったかもしれない。
勿論意味のない話だけど。
「……別に」
ポツリと、レキが言葉を零した。
「猴さんのことは……初めての恋敵ということで思うところがないわけじゃないですけど、でもそれがどうこう思っているわけじゃありませんよ。それくらいで蒼一さんのことを嫌いになるわけがないですし、蒼一さんが向こうに靡くなんてこれっぽちも思っていません」
「だったらどうしてさっきとかあんなセメントだったのさぁ。体が云々気にしてるの? そーくんがそういうこと気にすることないと思うけど」
「……」
レキの脚が止まる。
「正直……なんというか気まずさで、この微妙な距離感出してましたけど、なんというか。私も蒼一さんも楽しんでたんだと思います」
「……は?」
「だって、なんだか普通の恋愛ぽいじゃないですか、そういうの。私たちは零からいきなり百に想いが変わりましたから、こういう感じって味わったことなかったんですよね。今更お互いを見捨てるなんてこと絶対にないって思ってますし。私は蒼一さんのもので、蒼一さんは私のもの――それは揺るぎない事実です。宇宙の真理の一つですね」
「……あぁ、うん」
「どうしようどうしよう、と思いつつ問題を先送りにして楽しむ、という風に遊んでて……そういうのを楽しんで。私も蒼一さんも根っこのところではそうやって感じていたのだと思います」
「ん、んー? そんな簡単な話?」
「だってどっちが抱きしめて愛を囁けば終わりですよ?」
半目になるのを自覚した。
それはこいつらとかキンジやアリアだけだと思う。
「なので正直それを期待して香港来たら仲直りしようと思ったんですが」
「ですが? なんでそうしなかったのさ」
「だって」
「だって?」
「愛を囁くどころか言うことに欠いて課題とか狙撃ポイントですよ? 酷くないでしょうか」
「あー……うーん……」
解らなくもない、かもしれない。
確かに愛の囁きを期待したのにそんな事務的な事だったら残念かもしれない。けれど、どう考えてもあんなのは口実だ。大方気まずかった蒼一が口火を切るための切っ掛けで、そこから先でその愛を囁こうとしたはずだ。それなのにどうやらその切っ掛けがレキには許せなかったと。
めんどくさっ、と心の中で盛大に突っ込んだ。
自分も人のことは言えないけど目の前の女の子は正直どうかと思うくらいにめんどくさい。
「というわけで、もう少し私は蒼一さんに対してセメントでいることにしました。えぇ、今の私はおこですから。ちょっとやそっとじゃ仲直りしません」
「だったらその間に男を寝取られて文句は言えないよな?」
●
「――」
それは何時の間に現れた。
さらに、いつの間にか周囲には誰もいなくなっていた。人っ子誰一人。まるでゴーストタウンであるかのように。何百、何千人が足を進めいてたはずの街並みに気付いた瞬間に誰もその姿を消していた。在りえない――という思考は当然ながら発生する。理子は言うにも及ばず、レキの感知範囲の中で全く気付かれずに接近するなんて瞬間移動でもなければ不可能だ。さらにこんな街中で一般人を全員消すなんてできるはずがない。こんな街中で一般人が消えているなんてことに気づかないはずがない。
伽藍洞の街だ。後にも先にも、現在過去未来どこにも誰も訪れそうなどんな気配もない空白。
一体何時から。
一体何時から理子とレキは無人の街で足を止めて話していたのか――。
それを思考する余裕もなかった。
誰もいない街でありながら、理子とレキの正面に一人いる。
黒い髪の女。ゾッとするくらいに綺麗な少女。赤いカットオフのセーラー服に外套。右手には巨大な歪な形の矛、左的には偃月刀。
「お前が手放したのが悪い。あぁそうだ手放したのはお前だ。捨てたのはお前だ。拒絶したのはお前だ。だったらもうアレはお前のじゃないよな。私のだよな。あぁ――だからこそ貴様は邪魔だ」
その刹那、間違いなくレキも理子も呑まれていた。
その圧倒的殺意と殺気と覇気。そして拒絶と絶望の気配に。
死を覚悟する。
自分たちがいる場所が戦場であることを自覚する。喉がカラカラに渇き、目が見開き、息が荒くなり、汗が零れ落ちた。
「私の求める世界にはアイツだけいればいい。アイツと私だけで完結していればそれでいいから、他の有象無象など認めない。消えてなくなれ塵となれ。滅尽滅相、お前の存在は私の世界の癌細胞だ――故疾く死ね」
――狂気と絶望が咲き乱れた。
純愛っていいですね(
しかし猴さん動きすぎである。フットワーク軽すぎ、一応二部(六章から九章)ラスボスなんだが。
さぁ次回から香港前哨戦ですねー。