落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
香港の空港に降り立ち、雑多な検査は拍子抜けするほどに終わった。
特に持ち物検査というのは存外面倒だ。そもそも武偵――武装探偵は、当然のことながら文字通り武装しているからこそ武装探偵だ。武器を持っていなかったらただの探偵だ。いやだからといって武装していない俺が探偵であるかと言われればまったくもってそうでないのだが。というかうちのメンツに『探偵』と呼べる資格を持った奴はいない。
いずれにしても当然空港での武器の取り扱いはかなり厳しい。武偵のライセンスや修学旅行故の学校からの手配があって初めて機内に持ち込めるし、持ち込む際や出す時も装備のリストが必須になる。そこらへん面倒だったのは特にレキとワトソン。先端科学兵装を持ち込んだレキや街の川に行ってき垂らせば街一つ簡単に崩壊させることができる劇薬を扱うワトソン達にとってはかなり面倒だ。特にワトソンなんかはオリジナルで精製した毒もあるだろうし。なので通れないことはなくても、揉めるだろうなと思っていたのだが、
「女王陛下万歳、あ、当然今はキンジ様の方が上ですから」
とかほざくランスロットが豪華絢爛な書類を出して一発スルーさせていた。
最近忘れそうになるがこの男は存外英国では地位の高い騎士だったのでそこら辺融通が効くらしい。
そうしてあっさり空港を出つつ、迎えてくれたのはアホみたいに高そうなロールスルイス。あの呼称なんてしないと豪語する超高級車にて空港から移動し、九龍地区というウォーターフロントのビル街に移動。事前にアリアとワトソンが予約していたICCビル百十八階、ワンフロア毎貸し切ったという理解できない感覚を味わう。バーなんかが普通にあって、金持ち振りに軽く引きながらも荷物を整理して、一端落ち着けばやることは決まっている。部屋の中央にある円卓にそれぞれ腰を下ろしぱんぱん、とキンジが二度手を鳴らした。
「じゃ、対曹魏軍ブリーフィング始めるぞ」
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香港の街を一望できる超高層ビル。その広い部屋で俺たちは円卓を囲んでブリーフィングを始める。上座がキンジでそこから時計回りにアリア、理子、レキ、俺、ワトソン、白雪。ランスロットはキンジの背後で直立だ。理子がパソコンを用意しているのはチャットで他の師団のメンツに会議の内容をリアルタイムで送るためだった。
「まず第一にここで俺たちバスカービルはこの香港で曹操とその部下たちとの決着を付ける――そのために来た。つまりは戦争しに来たってことだな。ぶっちゃけて言えばここで決着を付ける必要はないんだが……何としてもクリアしたい条件が一つ」
「殻金、だね」
「そうだ。アリアの殻金七星、ランスロットとヒルダから取り返したが曹操も持ってる。タマモの話ではそれで五つ、当座の危機は凌げるって話だ。だからなんとしてでもそれは取り返す。これが香港における第一目的だ」
キンジの言葉に誰もが頷いた。それに関しては今更言うまでもない。アリアは大事な友達でだからこそ、彼女の為になら協力を惜しむことはない。
「だけどよキンジ。あの王様がそんな簡単に渡してはくれないだろうぜ、前提としてやっぱり決着を付けざるを得ないだろう」
「解ってる。だからそれについて今から話すぞ」
適当に茶々を入れながら、机の下でスマートフォンを操作する。
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・蒼 拳:『やっべやっべどうしようレキさんずっと目を合わせてくれないんですけど!』
・正性男:『落ち着け馬鹿野郎』
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・電波嫁:『そ、蒼一さんが凄い見てきてます。にらまれてないですか、大丈夫ですかっ?」
・緋 桃:『いや、目を合わせてあげなさいよ』
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「あー、まぁ蒼一の言う通り第一目標が殻金にしたってそれを手に入れるのには連中に勝たなきゃいけない。多分、香港にいる間に向こうから何かしらのコンタクトがあるはず……京都の時の司馬懿みたいにな。ただ、ここで大事なのは、だ」
「香港って土地だよねー。此処、藍幇のお膝元だもん」
スマートフォンに文字を打ち込みつつも藍幇という単語から情報を引き出すが、特に覚えはなかった。ただ、あの宣戦会議でそれに該当しそうなのは一人しかいなかった。
「あの糸眼鏡か」
「そうだ。彼が香港藍幇の代表、諸葛静幻。名前の通り諸葛孔明の子孫だね。数年前まではかなりの強度の戦士であり策士だったが、ここ最近はまったく前線に出た記録はないね。噂によればあのシャーロック・ホームズと共互角に渡り合えるだけの戦闘能力を持っていたらしいが」
「曾お爺様と……?」
「私自身手合わせしたことはありませんが確かに噂は何度か聞いています。相当な切れ者であることも。恐らく、何かしらの手を出してくると思います」
シャーロックと同等の戦闘力の上に頭もいいとかちょっと相手にしたくない。あの全能ではなくても全知であった人外と頭脳戦でも匹敵するとか俺たちだとどう考えても罠とかに嵌る。
「静幻のことはともかく、藍幇についてだな。ワトソン、頼んだ」
「あぁ。……おほん、藍幇というのは中国全土に散らばる組織の総称だね。この香港は言う間もでもなく中国各地に支部は大量にある。元々海賊から発展した組織だからイ・ウーとも協力関係にあったというのは有名な話だね」
「うんうん。実際私もそれ関係で八極拳齧ったしね」
「構成員は末端まで数えれば百万に近い」
「なにそれひどい」
ポロリとキンジが漏らした。気持ちは解る。
解るが、
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・蒼 拳:『そんなことよりねぇ大将! 俺たちのリーダー様! フラグ王子! まじどうすればいいんだ!? さっきから視線送ってもまったくスルーなんだよ! 助けて!』
・正性男:『えぇい黙ってろお前は。というか誰だお前は』
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・電波嫁:『凄い蒼一さんの指が動いてるんですが。私もしかして悪口言われてます?』
・火巫女:『いやないと思うよ……? というかよく全く見ずに言えるね』
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「まぁ百万というのは裏社会に関係しない人、一般の会社や学生とかも含めた最大人数だかからね。この香港に限定すればそんなにいかないし、FEW、それもバスカービルや曹魏軍の戦闘に介入できる戦闘員となると百人もないだろう。そもそもFEWは雑兵の使用を認めないから、そこまでナーバスになることはないだろうね」
此処にいる面子はそれぞれが一騎当千、曹魏の将たちとも劣らないだろう。だから雑兵がいくら来ても問題ないといえば問題ないのだが、雑魚が邪魔といえば邪魔なのは変わりない。意識が削がれるのは鬱陶しいし。
「組織としては戦略傾向は各支部でかなりバラバラ、この香港はカウンタータイプ……やられたらやり返すという感じ」
「やられたら、倍返しだっ!」
「シャラップ理子……はい、ワトソン続けて」
「あぁ、うん。向こうのアジトの位置は不明……リバディー・メイソンでも調べられないというのは、城自体が海上で放浪しているらしいので調べようにも調べられないというのが正直な所だ。まぁ今回の件に関して藍幇がどういう風に対応するかはよく解らない。……何故か無所属だしね」
「そういえば……あの静幻が無所属とか言ったときに曹操がなんか言ってたなぁ。そこら辺どうだよ」
キンジの言葉にチャットの打ち込み作業を止めた。
記憶を振り返れば確かになんか揉めていた気がする。眷属じゃなかったのか、みたいなことをいっていた。中国関係だから何かしらの繋がりがあってもおかしくはない。
「と、いうのもだね。調べた限りでは元々曹操自身が香港藍幇の出身だったらしい……らしいのだが、記録がほとんどないんだよ。十七年前に曹操の子孫が生まれ、十年前程度まで藍幇に在籍していたという話は掴んだのだけれど、記録が復活したのはここ数年の話だ」
「……曹操がイ・ウーにいたのは二年前くらいだったかなぁ。といってもいるだけでなにかしてるわけでもなかったけどさぁ。えっと、そう言えばあの時は曹仁とか張遼が一緒だったけなぁ」
「その眷属に関しても情報がなくてね。曹操の記録が復活した時には既に彼女に従っていたようだ」
「それは……つまり、空白の期間になにかあったってこと?」
「んん……? それはなにかおかしくないかしら。あの連中がその時期に何をしていたとかそこまで秘匿度が高い情報なの?」
「……各国の要人の経歴は調べれば簡単に出てくるでしょう。有名過ぎて隠しきれない、というべきですが。しかしリバディー・メイソンでも調べきれないということはそれだけやっきになった藍幇の上層部が隠している、ということではないでしょうか」
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・蒼 拳:『誰かやっきになって俺とレキの仲を復縁してくれ』
・正性男:『追い詰められたのは解ったから真面目な話の時にやめろ』
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・電波嫁:『蒼一さんがなにか凄い真剣に考えてます。ちょっと誰か調子悪いのか聞いてください。お腹痛いとかかもしれません』
・ルパン:『自分で聞こうよぉ!』
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思い切り拒否られたので思わず唸りながら、円卓の上の菓子を喰らいつく。そんなことをしてもレキはこっちを見たりせずに黙ってキンジたちの真面目な話を聞いているだけだ。まったく興味を向けられていない。
つらい。
「それでだ。俺たちがこの香港でどうするかだがな。なにか案あるやついるか?」
全員を見回したキンジの問いかけに全員肩をすくめた。勿論、俺も含めてだ。
これから先どうするか。
「愚問ね」
「勿論解ってるよ」
「あはは、やっぱあれだよねー」
「……」
「無論、解っております我が王よ」
「それしかねぇよな」
「……そうだな、やっぱ作戦といえばアレだ」
誰もが頷き、キラーンとかピカーンとかいう風に目からビームを発生、ランスロットはポーズを取りながら全身光った。
そう、チームバスカービルの不変の作戦。
それこそ、
「成り行き任せ大作戦……! 壁があったら殴って壊せ……! はい、かいさーん」
「君らは作戦という言葉から学び直せ!」
●
「とにかく適当に香港観光しようぜ。修学旅行なんだしな。撒餌作戦だ。だから香港味わおうぜ。俺本場中国料理食べたかったんだよ」
「やぁねぇキンジ。そんな食い意地はってはしたないわよ。まぁ私も食べたいけど」
「広東料理は薄味! 上海料理は味濃いめ! 四川は辛い! 北京は塩味だよ!」
「私でも作れるかなぁ。でもここで覚えてキンちゃんにアピールすれば……!」
「勿論、食事代交通費はこの忠義の財布ランスロットにお任せください! ――貯金、下ろして来ましたので」
「いえーい!」
拍手喝采を浴びるランスロットだったが、その横ではワトソンがげっそりやつれながらピルケースから薬を出していた。
「あぁ……僕は中国料理より胃薬が必要だよ……そういえば良い漢方とかないのかなぁ……」
この騎士と医者は同じタイミングで現れて、同じタイミングで敵になって、同じタイミングで仲間になったはずなのどうしてこうも差ができたのだろうか。キチガイ度だろうか。ランスロットはちょっと類を見ないくらいに頭おかしいし。登場した時はイケメン騎士だったのに今では完全にキチガイ騎士だ。逆にワトソンなんかは外道から苦労人に変わってるけど。このあたり因果応報という奴だろう。
いや、しかし問題はそこではなくて。
キンジの周囲ではしゃいでる面子は置いておいて、窓際に行く。
「……」
無言で香港の街を見下ろすレキだ。恐らくは狙撃に適したポイントを探っているのだろう。狙撃主である彼女からすれば最も重要なこと。
ちなみに今日はまだ目を合わせてくれてない。
「な、なぁレキ」
頑張って声かけた。
「一緒に街観光しねーか?」
「……」
反応がなかった。振り向くことすらしない。心が折れかけてて、思わず振り返ったらキンジたちが皆でガッツポーズで励ましてので頑張って再び声を掛ける。
「あー、そのだな。ホラ、学校の課題とかもあるだろ? あれも一緒にやろう」
「……」
「あ、あと、狙撃ポイントも探すの手伝うよ。って、まぁ俺にはそういうの解らんけど、護衛とかなら任せて、くれ……ない……です、かね……」
「……」
またもや反応はなかった。
思わず崩れ落ちそうになって、
「――」
「れ、レキ――」
振り返って、声を掛けようと思ったら――素通りされた。
そのまま円卓の方へ向かって、正確には理子のところまでいって、
「理子さん、一緒に回りましょう」
「へ!? り、理子!?」
「はい。相性的には適任かと。行きますよ」
「え、ちょ、えぇ!?」
さっさと無駄なくレキが狙撃銃を背負って部屋から退出する。それを理子も焦りながら追いかけ、
「あ、あとで連絡するよ!」
部屋から消えた。
残ったのは微妙な空気の沈黙。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「………………なぁ、アリア」
「な、なによっ」
「このビルって地上何メートルだっけ」
「ご、五百メートルくらい?」
「そっかぁ。そうかぁ……ちょっと飛び降りてみるけど、俺なら多分死なないよな。いや、俺なんか死んだ方がいいか。あははははははははは――」
「と、取り押さえろぉー!」
さぁワトソンは何回胃に穴が開くのだろうか()
諸葛さんは多分戦闘力復活する。
そしてまぁ蒼一とレキはどうなるのか。不安しかない。
まじどーなんだこれ()
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