落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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ばんがーいへん


「……大好き」

 

「ふわぁ……」

 

「すぅ……すぅ……」

 

 ある日の昼下がり。蒼一と恋は二人で微睡んでいた。数か月前に始めた宮廷菜園にはものによっては収穫を終えていたり、まだまだこれから先育つものがあったりと色々彩を見せつつある。収穫されたものは宮廷内で調理され中々の好評だ。

 そのすぐ近くの木陰で、蒼一は木に背中を預け、伸ばした太ももに恋が頭を載せて寝転がっている。所謂ひざまくらというやつだ。特に会話もなく、二人とも半分くらい寝ているようだ。緩く吹く風が髪を揺らし、それを楽しみつつも蒼一は恋の髪や頬を撫でたり、恋は受け入れて唇に触れた指を甘噛みしたり、手に頬をこすりつける。

 

「くぁ……ぁ、あー」

 

「ん……」

 

「なぁー、おいしいのかー」

 

「んー、ふつう」

 

「そっかー」

 

 半分寝ぼけながらの会話は取り留めもないことばかりだ。

 基本的に二人の日常はこんなもの。最上位の武将である二人だが、文官としての能力は言うまでもなく無いに等しい。そのそも難しい文字が読めないのだ。名前や日常生活で使うようなものはともかく、国政に関するような難しい文字の読み書きはできない。さらにいえば机に向かうのも苦手だ。

 なので基本的に蒼一は農作業、恋は料理。他には兵への鍛錬や愛の教育くらいで基本的には暇だ。たまに国土内に出た賊の討伐に駆り出されるが文字通りに鎧袖一触なので暇つぶしにもならない。

 

「蒼一さん、恋さんー」

 

 ふと聞こえてきた呼びかけに目を向ければ――気配は気づいていたが――そこには月、それに詠が軽く手を振りながら歩いていくる。

 

「よう、姫さん、詠。どうした?」

 

「お仕事が一区切りついたので少し休憩と思いまして。最も、仕事をしてくれているのはほとんど詠ちゃんなんですけどね」

 

「何言ってんのよ、月も頑張ってるわ。私だけじゃ手が足りないしね」

 

「ご苦労さん、悪いね。俺たちはそういうのからっきしで」

 

「いいんですよ。お二人には本当にお世話になってますから」

 

「そりゃ重畳。休憩だったな、お茶ならあるぜ? 恋が淹れたやつだけどさ」

 

「じゃあ、ご一緒させていただきますね。あと愛ちゃんは一緒じゃないんですか?」

 

「愛なら華雄と赤兎とそこら辺走り回ってんじゃねーかな」

 

 木陰に月と詠を腰を下ろし、蒼一からそれぞれ湯呑を受け取り竹筒からお茶を受け取る。この間、恋は動くことなく蒼一の膝に頭を預けたままだった。

 

「ほんと仲いいわねぇ」

 

「当たり前だろ」

 

「はいはい、ごちそうさま」

 

 湯呑を傾けて詠が大きく息を吐く。実質国政のほとんどを彼女が担っているのだ。仕事自体は部下がもいるが、最終的な決定や責任は彼女にある。その小さな体にどれだけの重みがあるのかは計り知れないだろう。

 まぁ、好きでやっているのだろうからいいだろう。

 

「殴り合いなら俺たちがどうとでもするもんなー」

 

「ん……」

 

 髪を撫でればくすぐったそうに恋が体を揺らした。手に伝わるのは驚くほどの柔らかさと熱だ。パサついていたり、潤いがなかったりしていない。この時代では珍しいことだ。最近では少し落ち着いたが、黄巾党が蔓延っていた一時期は大陸全体でかなりひどかった。蒼一や恋のいる邑ではそこまでもなかったが、余裕があったわけではない。

 このあたりは考えても仕方ないと思うのだが。

 

「でも、本当に仲いいですよね。初めて会った時からそうだったんですか?」

 

「そいやアンタたちの馴れ初め聞いたことなかったわね。せっかくだし今聞かせなさいよ」

 

「ん……んー」

 

 二人の言葉に何故か蒼一は困ったように頬を掻いた。膝の上も恋もどことなく苦笑気味である。普段から飄々とした蒼一にして珍しい仕草だ。語りにくそう、というのがいかにも見て取れる。

 

「あんまいい話じゃねーんだけど……聞く?」

 

「えっと……話したくないなら――」

 

「聞く聞く。さっさと言いなさい」

 

「え、詠ちゃんっ」

 

 

 

 遠慮の欠片もない詠に月が声を上げるが、この場合は月が遠慮のし過ぎだ。蒼一だったらこういう時大体根掘り葉掘り聞くだろうし。本当に優しい少女だ。その優しさ故に自分は仕えているわけだが。

 

「んじゃまぁ……そうだなぁ。どこから話したもんか……。やっぱ親父とお袋死ぬ少し前かなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、那須蒼一は虚無的な子供だった。

「なんていうのかな。生まれた時から自意識っていうのははっきりとあってな。物心つくのは村の誰よりも速かった。だから、というわけではない、寧ろ全く関係ないけど俺はどうにも物事に興味を持つことができなかったんだよ。

「何もかもどうでもいいって。そういう風に育ってきたんだ。

「そうだな、今の俺とは大分違う。だからいい話じゃねーんだが

「親父もお袋はそれでもそんな俺を愛してくれていた。俺みたいなガキを、よく解らない子供を、よく解らないまま愛してくれていた。

「鍬の振り方とか一年かけて教えてくれたしな。口減らしに殺されててもおかしくないっていうのに。不器用とかそんな話じゃなくて、ガキの頃は輪に掛けて色々ひどかった。そんな俺を親父もお袋も馬鹿みてーに優しく教えてくれた

「……うん、そうだな。いい両親だった。好きだったよ。愛してた。今でも好きだ、愛してる。自分も親になってそう思うさ

「その親父とお袋も……俺が十歳になる前に死んだ。その話は悪いが省かせてもらおう。別に珍しくもない話だ。

「生まれて生きて、そして死んだ。それだけの話だよ

「そんなわけで俺は天涯孤独の身になったわけだ。

「邑の人たちも最初の方はそんな俺に色々力を貸してくれてたけどそれも一年くらいで終わってな。

「いや、邑の人たちが悪いんじゃなくて、悪いのは俺だった。両親が死んで、ホントに興味持つものがなくなったからな。それに俺の家自体、邑の少し外れにあったし、邑全体もそれほど余裕があったわけじゃない。たまに村長とかが様子見に来るくらいでほとんど交流が途絶えていた

「そして俺はというと、まぁ基本的にそれまでと変わらない風に生きていたよ。一人になったけど、生きること自体にはそれほど困らなかった。困ってはいたけど、無理ってわけではなかった。小さくも畑はあったし、金もちょっとはあった。近くの森に行けば食料もなんとかとれたし。

「ちなみにその森は猛獣とかうじゃうじゃいる魔の森だった。いろいろおっかなかったな、別に正面から戦ってやられるとは思わなかったけど無理して戦う理由もなかったし特に近づかなかった。

「ほら、初めて月や霞と会ったあの森だよ

「ただ飯食って糞して寝て起きて、人形みたいになんとくなく生きて、でも育ててくれた両親のこともあって死ぬのは嫌で。そんな風にして一年が過ぎて――恋と出逢ったんだ。

「そうあれは……アホみたいに熱い夏の日の朝だった。作物は枯れ、水も少なく、結構きつかった。

「そんな時に俺の家の前に倒れてたんだよ。

「その時の恋も両親亡くして、もといた邑から離れて俺のいた邑に来ててな。丁度俺の家の前で力尽きたらしい。

「それで、朝起きたら家の前に意識を失い倒れる美少女。

「――普通に無視した」

 

 

 

 

 

 

 

 

「は!?」

 

「え……?」

 

 月と詠は蒼一が何を言ったのか一瞬理解できなかった。

 無視――つまりは知らんぷり。

 

「アンタそんなことしたの?」

 

「言っただろ、飢饉で大変だったんだよ。実際邑でも餓死しかけてた子供も多かったしな。俺だって余裕はなかった……むしろ軽く死にかけてた。だからまぁ無視したというか無視せざるを得なかった」

 

 少し子供っぽくムキになった蒼一だったが、けれど言い切ってから脱力して嘆息した。

 

「……いや違うな。やっぱほんとのところどうでもよかったんだ。じゃあ食い物に余裕があったら助けてたかって聞かれたらちゃんと答えられないだろうしな。だからしたくないんだよこの話。俺が糞みてぇな話だからさ」

 

「蒼一」

 

「ん」

 

 自虐的な笑みを浮かべていた蒼一の頬に恋が手を伸ばす。その手を重ねて嘲笑が苦笑に変わった。

 

「それでその恋は気づいたらどっか行ってた。地力で邑に行ってたらしい。そっちでは受け入れられてたらしいし。そんなこんなで俺は完全に恋のことなんて忘れてた。それから大体一か月くらい後だったかなぁ」

 

 思い出す。

 あの日もアホみたいに熱い日だったはずだ。今日のように暖かい日ではなくて、ただ立っているで辛いようなそんな気温。喰う物も水もなくて、今にも死にそうな身体を鞭打って森まで行って食料を得ようとした。

 したのだけれど。

 

「森入ってぶっ倒れたんだよなー」

 

「大丈夫、だったんですか……?」

 

「ううん。まじ死ぬかと思った」

 

 頭のてっぺんから足の先まで欠片も動かせずに森の真ん中で倒れていたのだ。仰向けになって目を閉じて。当たり前のように死を覚悟した。後悔は別になかったと思う。あぁ、ここ死ぬんだなぁとかその程度。十歳少しかいて気なかったけど、それも仕方ない程度にしか思っていなかったはずだ。

 それはよく知っていた。

 あの時(・・・)と同じ感覚だったのだから。

 

「そんな時に――恋が現れたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――」

 

「……?」

 

 自分を見下ろす視線に対し、最初蒼一は獣だと思った。この森の獣は滅法強い。かつての世界とは比べ物にならないくらいだ。前世において得た武威は魂に染みついているかのごとくに蒼一から消失しなかったけれど、それでもその時の状態では何もできずに死んでいただろう。

 だから死を覚悟したし、それを受け入れた。

 それなのに視線しかなかったから不審に思い、残りかすのような力で目を開いた。

 

「……っ」

 

 そこにいたのは赤い少女。

 褐色の肌と刺青、真紅の髪に真紅の瞳。感情を見せない無表情。そんな少女が蒼一を見下ろしていた。それが誰であるか、最初は気づかなかった。なんとなく見覚えがあって、この数か月に見た顔の中から消去法で一月ほど前に家の前に転がっていた少女だと気づいた。

 

「……ぉ」

 

 言葉は出なかった。それくらいに衰弱していたのだ。確か、なんだよ、とかそんなことを言おうとしたはずだ。そのまま彼女はしばらく自分を見つめて、去って行った。

 これは仕方ない。

 一月前に自分はそうしたのだ。助けを求める気にもならなかったし。それでいいと思って今度こそと目を閉じた。

 そして意識を失い――顔に水がぶちまけられた。

 

「―!?」

 

 鼻の穴や半開きの口の中に入って盛大に噎せた。せき込み、反射的に体はうつ伏せになって吐きそうになるが、吐くものがなくてえづくだけだった。

 

「がほっ、ごほっ……っ」

 

「ゆっくり、息をして」

 

「っ……」

 

 身体は勝手に聞こえてきた声に従っていた。幸い掛けられた水そのものは多くなくて、息を整えるのにはそれほど時間は掛からなかった。なんとか息を整え、

 

「飲んで」

 

「っぅ……」

 

 口元に突き出された竹筒の水をのどに流し込んでいた。正確に言えば流し込まれていた。向こうのほうから竹筒傾かせていたのだ。飲まないと窒息するし、無意識のうちに体は水分を求めていて飲まされた分をそのまま飲み干した。

 

「っはぁ……はぁー」

 

「……大丈夫? こっちも食べて」

 

 そう言って差し出したのは葉っぱにくるまった握り飯や森で採れるだろう果物だった。自分が意識を失っていたのがどれだけの時間だったが解らないが、この森でそんな風に食料を得るのは簡単ではないはずなのに。

 

「っ……なんで」

 

「?」

 

「なんで、こんなこと……」

 

 助けなんて、求めてないのに。

 

「食料なんて……自分で食べればいいだろうが」

 

「だって」

 

 乱暴な物言いに、けれど彼女は揺らがなかった。

 

「お腹減るのは辛いから」

 

「……は? なに、を」

 

「お腹減ったら、大変だから。恋は今お腹減ってないし大丈夫だから。貴方が食べて」

 

「……なんだそりゃ」

 

 意味が解らなかった。

 意味が解らなかったけれど、気づけば体は勝手に動いて少女が差し出した食料を手にしていた。

 どうやら生きたかったらしい。それを気づくのはもう少し後の事。

 そして本当の意味で生きたいと願ったのはそれからさらに四年を必要としたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、俺と恋の出会いはこんな感じ。その後なんとか動けるようになった俺は恋に連れられて森の中で食料漁ってなんとか復活し、ついでに溜め込める分とかも手に入れて無事帰宅って感じだよ」

 

「なんか別人の話聞いているみたいね……」

 

「今の蒼一さんからは考えられないです」

 

「うん、蒼一は変わった」

 

「変わったのは恋のおかげだよ」

 

 心から。切実にそう思う。恋がいなければ間違いなくあそこで死んでいただろう。

 

「ん? でも、そこからどうやって今みたいな関係に発展したのよ」

 

「それはまた別の話になる。出逢ったのが十一歳の話で、ちゃんと結ばれたのが十五だからな」

 

「四年もあったんですか」

 

「色々あったんだよ。なぁ」

 

「ん」

 

「そっちもちゃんと教えなさいよ……ってそろそろ休憩の時間も終わりか。行きましょ月。蒼一、この話の続きはまた今度ちゃんと聞かせてもらうからね」

 

「あ、待ってよ詠ちゃんっ。蒼一さん、恋さん失礼します」

 

「んじゃなー」

 

「……がんばって」

 

 月と詠が去って、また二人きりだ。

 なんとなく感傷的になって黙ってしまう。

 色々あったのだ。

 全て終わったことだとしても、終わったことだからこそ思うことは色々ある。

 

「なぁ、恋」

 

「?」

 

「……なんでもない。そろそろ愛探しに行くか」

 

「ん」

 

 恋が起き上がって、蒼一が立ち上がり、手を重ねて彼女を引き上げる。そのまま手をつないだままに中庭を後にしようとしてふと思い出した。

 あの出会いの直後、森を徘徊した時も確かこうやって手を繋いでいた。あの時はフラフラだった自分を支える為とかそんな程度の理由だったけれど今は違う。

 少し強く握れば、少し後に同じように握り返される。特に意味はないが、それでも幸せだと感じられる。

 繋いだ手は同じだけど、繋いだ心は随分変わった。

 これはいいことだ。

 多分、きっと。

 少なくとも蒼一や恋はそう思っている。

 

「行こうか」

 

「うん……蒼一」

 

「?」

 

「……大好き」

 

「俺もだよ」

 

 

 

 

 

 




恋マジ天使(
かわいい
うへへへへ

レキにも見習わせなければ(白目

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