落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第1拳「――決着をつけるぞ!」

 真上からの狙撃に対して正直まず疑ったのはレキだった。

 唇が重ねられ、さらに猴の舌が口の中に割り込むように唇を舐められそうになった瞬間、直上から狙撃の気配。

 俺と猴を別つように真上から落ちてくる鉛玉だ。

 

「無粋な」

 

「っ、く……ッ」

 

 飛び退いた。一歩分だけ下がった猴とは対照的に素でできる全力の後退。一足飛びに距離を開けて、塀の上にいた遙歌の下に。猴が突き飛ばしてくれなければ、多分脳天ぶち抜かれていたかもしれない。

 

「れ、レキさんやりすぎじゃないっすか!?」

 

『――あの、なんで私疑うんですか』

 

「じゃ、じゃあ誰が……!? あんなことする奴が俺の嫁以外にいたのか……?」

 

対不起(すまないな)。私の方の連れだ。……まったく少しは気を遣えないのか、文謙?」

 

「あの、無茶言わないで下さいよー。猴さん」

 

 猴の背後に現れたのは一人の少女だった。見た目中学生くらいで、凹凸は少ない。かなりの軽装で見る限り金色のジャージに白のインナーくらいしか着ていない。手にバンテージ、靴はランニングシューズ。見ればわかる、拳士だ。

 文謙――楽進・文謙。

 

「様子見って言って王様にこっそり出たから僕と妙才先輩付いてきたのになんで相手の将に熱いちゅーなんかしてくれっちゃんですか? 妙才激怒してましたよ? というかそのせいで僕が来たんですが」

 

「御苦労、帰ってもいいぞ。私はまだ物足りない」

 

「怒られるの下っ端の僕なんですけど」

 

「私はアレの将ではないよ」

 

 言い切りながら、手の中で偃月刀を一回転させる。右膝を深く落とし、左膝は浅めに沈める。右腕を頭の真上で石突手前を握り、左手を柄の方に添えるように構える。

 その赤い瞳は真っ直ぐに俺を見つめていた。

 

「さぁ、来い蒼一。続きをしよう。夜はまだ始まったばかりだ。私の想いを語るにはまったく足りないぞ」

 

 発せられる覇気は静かに――けれど空間を歪めるほどの圧力。真正面から向けられているからこそ解る。猴がどれだけの強度を保有しているかどうか。

 

「……遙歌。あたりの避難勧告ってどのくらい出してたっけ?」

 

「……出てないですよ。ヤクザの親玉の家の辺りですから、民間人なんて少ししか住んでないですし」

 

「だったら今すぐその少し連れて全力で離れろ。半キロは無人にしろ……護りきれねぇ」

 

「に、兄さん」

 

「急げ」

 

 強い言い方だったのは自覚しているけれど、気にする余裕はなかった。焦りは遙歌にも確かに伝わった。

 

「……解りました。帰ってこなかったら怒りますよ」

 

 言い残し、遙歌は塀から降りて去って行った。スキルを封印したとは素の身体能力自体は俺よりも高いのだ。すぐに距離を取れるだろう。問題は間に合うかどうか。

 

『蒼一さん――』

 

「御免、ちょっと余裕ない。絶対帰るから」

 

 レキの返事を聞く前に耳のインカムを外した。会話している余裕はない。

 

「もういいか? 早くやろう」

 

「……何が目的だお前は」

 

 猴は俺しか見ていなかった。菊代や萌と共に離脱したキンジや遙歌にも欠片も興味を向かずにこの少女は徹頭徹尾俺だけを。意識も戦意も殺意も何もかも。ズレたのは楽進が現れた時だ。それも視線はずっと俺に定まったままだ。

 

「目的? 決まっているだろう。お前を迎えに来たんだよ。お前と一緒に行くためだ。お前と私なら――行けない所はない」

 

「なんだよそりゃ。あーそっちの、楽進でいいか?」

 

「あ、はいどうも。楽進・文謙さん。『拳士最強』で張遼先輩倒した那須蒼一さんですよね。お会いできて光栄ですよー」

 

「……蒼一。私はそれほど懐が広い女じゃないんだ。私の前で私以外の女と口を聞くな。私の前以外でも私以外の女と口を聞くな。まぁ妹だけは許してやるが」

 

「ざけんな。そんなもん誰が聞くか」

 

 拳を構え直す。少しくらい喋って時間稼ぎをしようと思ったが、今ので纏う覇気のイラつきの色が見えた。沸点が低すぎる。見た目は十代後半くらいはありそうだが、精神年齢は子供のソレだ。

 

「文謙。死にたくなかったら離れていろ。妙才にも伝えておけ」

 

「あちゃーこりゃ王様に怒られるなぁ」

 

 楽進が離脱した姿を見ることはなかった。

 

 ――それよりも早くに猴の一撃が迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オオォ……!」

 

「キキッ……!」

 

 身体の捻りと共にぶち込まれた螺旋運動の果ての一撃。おそらくはそのまま行けば背後を百メートル近くは割砕させていたであろう。だからそれを殴った(・・・・・・)。真正面から拳を猴の斬撃を打撃する。 

 偃月刀の刃と俺の拳。

 拮抗した。

 

「……!」

 

 衝撃波が待ち散らされ、周囲が一気に吹き飛ぶ。瓦礫と爆風、そして瑠璃色と血のような赤い猴の気とぶつかり合う。二色が夜を駆け昇り――さらに激突と拮抗は連続する。

 それはまるで踊るように。猴はその肢体を演舞のように動かしていた。時には驚くほどに体を縮め、かと思えば長い手足を思い切り伸ばし、身体を回しながら遠心力と共に偃月刀を叩き込む。それだけではないだろうが、基本的に猴の一撃の重さは遠心力と螺旋運動が元だ。

 それ自体は誰もが行っている槍の類の基本だ。

 だが猴の場合、それの練度が高すぎる。

 

「っ……!」

 

 受け流せないこともないが、そんなことをしたら周囲への被害は計り知れない。

 故に選ぶのは打撃による相殺。

 

「キキ、キキキッ! あぁ、あぁ! もっと、もっとだよ蒼一ッ。これだけ刃と拳を交えるなんてアレ以外では何時振りだろうなぁ! あの三国の世にも数は多くなかった、あの人外や覇王くらいで、それから先だってこうやってやれるのはなかった! アレが生まれても、アレでは私の渇きは癒せない――そう思った時にお前を知った」

 

「だから、なんだよッ」

 

 大地を割りながら迫る斬り上げを踵で受け止める。鏡高組の豪邸なんて既に見る間もなく砕けた。左半身は偃月刀を振るうのに使っていた。だから右腕が動く。無手だが、しかし偃月刀と全く同じ動きで振られた。袈裟切りめいた爪撃。踏んでいた偃月刀を足場にしてバック転。飛び退く際に髪が数本持っていかれ、爪が振りぬかれたのと同時に中空を蹴って、踵落とし。驚くほどに軽い動きで回避された。

 

「おいおい蒼一――まさか解らないのか(・・・・・・)?」

 

「――なにが」

 

「キキッ!」

 

 突き。

 ズバン(・・・)という轟音と共に空間をぶち抜き、周囲に水蒸気の輪が生まれて放たれた。 

 

「グッ……!」

 

 防弾仕様のカッターシャツなんてあってないようなものだ。左の脇腹を当たってもいないの(・・・・・・・・・)に《・》服が敗れ、脇腹が浅く裂けた。構わない。この女相手にこれならば好機。脇に受けたと同時に拳を射出する。

 

「乾坤一蒼……!」

 

「ガッ……!」

 

 直撃はしなかった。拳を放ったのほぼ同時に偃月刀を引き戻し、胸の前に掲げることでガード。さらには背後に跳ぶことで威力を減衰させていた。

 身軽すぎる。

 まるで猿みたいに。

 

「キキ……解っているだろ? 解らないわけがないだろ? 私はお前の映像を見て、一瞬で解ったよ。お前のその在り方に。私しか解らない。お前のソレは。お前の魂と同じなのは私だけだろ」

 

「うる、せぇ!」

 

「図星か?」

 

「……ッ」

 

 飛びかかり、けれど結果は変わらない。激突と拮抗。周囲に衝撃波をまき散らすだけ。

 俺も猴も全力で戦っているわけではない。しかし確実に本気で、それが示し合わせたように噛み合っている。

 ふざけんな、なんだこれは。

 これじゃあまるで。

 本当に―― 

 

「――何やってんだ馬鹿野郎!」

 

「!」

 

「――」

 

 全方位から弾丸が迫った。いや、緋色と瑠璃の弾丸だけではない。緋色の刃弾。灼熱の奔流。感覚の強奪。毒が塗られた投擲刃。純白の剣閃。さらに人影が俺と猴を割り込むように現われる。

 

「お前ら……なんで」

 

 レキ、キンジ、アリア、白雪、理子、ワトソン、ランスロット、遙歌。

 

「なんでもなにも、旦那が思い切り口説かれてるのに来ないわけない……というのもありますけど」

 

「それだけじゃねぇんだよ。……ほら、出てこいよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――きひっ」

 

 それは圧倒的存在感以て出現した。猴も覇気そのもので劣るわけではない。けれど、周囲を圧倒するということに関しては今この世に彼女に勝る存在などいない。空間が悲鳴を上げ、彼女にひれ伏していく。ただ現れたというだけで世界を染め上げる。

 そんな存在は一人しかいない。

 

「曹操――!」

 

「久しいなキンジ」

 

 金色の覇王曹操孟徳は残骸となった家屋の中でも最も高く伸びる瓦礫の頂点に現れていた。纏うのは京都で見た中華風の衣装の上から金の羽織を袖を通さずに肩に掛けている。前に会った時のようなツインテールは解き、風になびかせ、ふざけた日本語を使う様子もない。

 不敵な笑みを浮かべた曹操は金色の瞳を輝かせ、キンジを見据えている。

 その視線が動いた。

 

「猴」

 

「ふん。お前も来ていたのか、曹操」

 

「お前が来たから私が来る羽目になったのだろうが。まったく……私はもう少し待てと言っていたはずだぞ?」

 

「そもそも私がお前の言うことを真面目に聞いた試しがあったか?」

 

「あぁ、それもそうだな。だがまぁしかし、今日はこれくらいにしておけ」

 

「……解ったよ」

 

 猴が跳ねる。曹操が足場にしていた瓦礫とほぼ同じ程度の高さの場所に飛び乗った。

 そして二人はそこから俺たちを見下ろす。

 金と血の色の目で。

 

「きひっ」

 

「キキッ」

 

「いい目になったなキンジ。円卓を降し、魔女を封じ、兵器を退けここまで来たか。私の予想よりも随分速かった。最初はこのFEWの最後としてお前と私が戦うべきだと思っていたが――どうやらいらぬ心配だったらしい」

 

 心の底から楽しそうに曹操は笑う。新しいおもちゃを見つけた子供のようであり、それは何千年も生きた化け物が浮かべるような壮絶な笑みでもあった。一挙一動が空間を歪めていく。それは世界全てに伝染しながらも、彼女自身の意思はキンジだけに向いている。

 猴が俺だけを見ていたように。

 

「せっかくお前にも全てとはいかないにしろ将が揃っているのだ。どれ、お披露目と行こうか。私も向こうに残してきたのは何人がいるが」

 

 曹操が右手を高く掲げ、指を鳴らした。

 

「――来い」

 

 そして、

 

「――御意」

 

 金色の配下が集結する。 

 或は静かに、或は派手に、或は力なく、或は勢いよく。覇王に狂う将たちが俺たちの前に集まった。偃月刀を握る男。気だるげそうな少年。険しい顔の少女。気配の無い無表情な少女。哲学者めいた空気を持つ男の子。褐色白髪の少女。眼鏡に緑の髪の幼女。

 張遼。夏候惇。夏侯淵。曹仁。司馬懿。楽進。

 最後の幼女は知らないし、全てではないとしても見ればわかる。間違いなく曹魏の中核を担う将軍たち。一人一人が一騎当千、神算鬼謀を持つ者たち。

 

「これが私の愛し児らだ――」

 

 広げた覇王の腕が金色の覇道に染められた狂奔せし従僕たち。

 

「キキッ――」

 

 それ故に異彩を放つのは猴だ。圧倒的覇道を創り出している曹操の隣に、立ちながらその狂気に犯されることはない。

 それが果たしてどれだけ埒外であるのかを彼女は気づいているのだろうか。シャーロック・ホームズをして最高峰の王である彼女の隣にいること自体が在りえない。

 

「それはお前も同じだろう」

 

「――」

 

 向けられた言葉は他でもない。猴はこの期に及んでもまだ俺だけを見ている。

 それがどういう意味なのか――

 

「あぁ、くそ。解ってるよ。お前に言われなくても気づいていたさ。ずっと前からな」

 

「蒼一」

 

「……兄さん」

 

「いいんだよ」

 

「――あぁ」

 

 そして緋色の益荒男は向けられる金色を迎え撃つ。かつて一度敗北した相手に、キンジはそれでも真っ直ぐに視線を返していた。決して覇王より強いわけでも、対等になっているわけでもない。しかしそれでも臆することはなかった。キンジにもまた配下は――戦友と仲間がいる。

 星伽白雪、峰理子、エル・ワトソン。ランスロット・ロイヤリティ。巫女と怪盗と医師と騎士。遠山キンジを居場所と定めた友たちだ。

 

「キンジ……」

 

「……蒼一さん」

 

 緋々と瑠璃の姫君もまた。それぞれの男の名を呼ぶ。その声を背に受けながら俺たちは前に出た。

 

「曹操」

 

「あぁもう、いいだろう」

 

「年末に修学旅行で香港に行く。それでどうだ?」

 

「よい。この前もそれだったな。同じように終わるのも面白い」

 

「だったら、私たちもそこで祝言を上げよう。蒼一。忘れるなよ、お前の居場所を」

 

「うるせぇ。そんなもん忘れたことは一瞬もないんだよ。俺の居場所はたった一つだ」

 

 遠山キンジと曹操。

 那須蒼一と猴。

 互いに互いを睨みつけながら――

 

「――決着をつけるぞ!」

 

 

 

 

 




まぁこれが実質九章プロローグ。プロローグのノリ……?
まぁ気にしない。
香港編は30話分くらいになるんじゃねーだろうかな。


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