落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第17拳「とびっきり強く、とびっきり優しく」

 人工天才人間兵器ドライには回想するべき過去はない。 

 勿論彼もサードやフォースと同じようにサラ・ウェルキンから生み出された存在であるし、彼女の理念にも感銘を受けていた。人工天才としての教育もほぼ完全にこなし、トップだったサードの少し遅れて自他ともに認めるナンバーツーという奴だった。

 勿論、彼にも個性があり、性格があり、意識があり、意思があった。

 自分の出生、握拳裂と那須遙歌という人外と化物のハイブリッドであることにはそれなりにショックを受けた。そのショックもサードやフォース、サラや他の仲間たちによって立ち直りもした。

 それでも態々記憶を掘り起し、回想して他人に語って聞かせるような過去というものは存在しない。

 ドライは何時だって、サードの背中を護って来たから。サードの行いを支え、影となって手伝い続けてきた。

 故にドライにとって回想するべき過去とはサードの過去であり、裏仕事をしただけの自分が他人に聞かせるような話を持ち合わせていなかった。

 たぶん、彼にとってサードの影であることは過去の話ではないのだ。いつだってドライは今と先を見続けている。ドライにとって過去は所詮過去で、振り返るものでも省みるものでもない。サードはサラの夢に固執しているが、サードはそうでなく、寧ろドライには固執しているものがないのだ。今もかつてもいつかも一緒くたに。誰よりも現実主義(リアリスト)

 ではここで一つ誰もが疑問を持つだろう。

 

 ――どうしてドライはそこまでサードと共に在るのか。

 

 或は那須蒼一と遠山キンジのように。

 或は握拳裂とシャーロック・ホームズのように。

 或はどこかの覇王とどこかの英雄のように。

 相反する性質で、互いに鏡合わせにしたような同一で、けれど決定的に違っている。

 対極で、正逆で、反対で、逆さまで、逆しまなのだ。

 上も下もない。その強さ故に従うフォースやその在り方に引かれた九九藻たちとは決定的に違う。

 だからといって一体二人の間に何があるのかというと――本人たちだって応えられないだろう。

 そういう関係なのだ。

 誰もかれもが関係を明確にしているわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負は一瞬で終わっていた。

 一撃、と言ってもいい。

 

「……」

 

 ドライは決して弱くなかった。寧ろその戦闘力はかなりの高位だ。恐らくだが師団のメンツの中でも高位を張れるだろう。勿論、戦闘力なんてものは時の運とか相性とかでどうしたって差異ができてしまうし、世の中には弱さにて強さをねじ伏せるような存在というのは少なからず存在する。だからこそ私たちバスカービルはそれぞれ自分が最も得意とする分野に特化させているのだが。

 そういうことを考えてもドライは総合的に見て強いのだろう。

 恐らくは真っ向から兄さんと戦ってもいい勝負をするくらいには。

 そう思っていた。

 

「……っぐ、かはっ……」

 

「おいおいそれで終わりかよ。ん? でかい口の割には大したことねぇな」

 

「……すごい……」

 

 凄いなんて言葉で片付けられる話ではなかった。

 全身を緋色に染めた兄さんとドライが交叉し、互いに叩き込み、外れることなく命中し――戟は兄さんの身体をに傷一つつけず、兄さんが顔面に一撃叩き込んだ。

 それで、終わった。

 ドライの攻撃が決まらなかったのは多分すぐに解除された『緋々神之不条理』という新技だろう。おそらくはキンジさんと同じようなスーパーアーマーや耐久の超強化。それはすぐに想像できる。けれど、兄さんの方は想像を絶した。殴っただけのはずだ。勿論今の兄さんの力で殴られたというならば尋常ではない威力だったのだけれど、それでも立ち上がれなくなるほどじゃあないはずだ。

 まるで――兄さんの怒りが残らず全て威力に追加されたように。いくら色金でも限度があるだろうという、ましてや本来とは正反対の性質である緋々の力を使っているのだからなおさらだ。

 少なくとも私の知っている兄さんでもただの拳でドライを沈めるのは無理だ。無理なはずだ。

 じゃあ――この人は誰だ(・・・・・・)

 

「――何を馬鹿な」

 

 頭を振って過った思考を振り払う。

 そうじゃない、そうじゃないのだ。さっき感じていたあの温もりは間違いない私の兄の那須蒼一だ。間違えるはずがない。賭けたっていい。 

 兄さんなのに――兄さんじゃない。

 兄さんじゃないけど――兄さんだ。

 

「貴様は……っ」

 

 私が抱える疑問はドライも感じていたのだろう。信じられないものを見るような目で兄さんを見ている。こっち側だと多分ライカちゃんが少し違和感を持っているという程度。いや、これは彼女たちに違和感を持てというほうが無茶だ。

 『緋々神之不条理』のせいで何もかもが隠れている。

 そして睨み付けるドライに兄さんは笑みで返していた。

 

「かはは、元気いいなぁお前は。何かいいことあったのか?」

 

 ニヤニヤと――兄さんは笑っていた。

 

「いやまぁどう見ても動けねぇ身体なのに目だけは死んでないからすげぇよな。俺から言わせれば人の妹とか言葉攻めして泣かしてるんだから死んだほうが増しとか思うんだけど。ん、まぁその言葉攻めも妹ちゃんとその親友ちゃんたちの友情パワーで愉快痛快不愉快不快に打ち砕かれたわけだけどさ。残念だったなぁ。いろいろ考えったぽいけど、俺の誇るべき妹と後輩はお前の外道思考の上行ったというわけだ。ざまぁみろくそったれ」

 

「に、兄さん!」

 

「ん?」

 

 たまらずに勝手に叫んでいた。

 やっぱりおかしい。

 少なくともそんなことを言うような、倒れた相手に皮肉を浴びせるような人ではない。

 

「あの、えっと、その……」

 

「あー……悪い。らしくなかったな」

 

「え? あ……はい」

 

「んーどうにも調子悪いなぁ。慣れないスキル使ってるからか……」

 

「大丈夫、ですか?」

 

「うんまぁ心配するな。お兄さんを信じろ」

 

 信じてはいる。けれど心配はしてしまう。するなというほうが無理だ。

 それでも兄さんは再びドライへと視線を戻した。ポキポキと首を鳴らしながら向き直る。そこには変わらず倒れたままのドライ。いや、彼もなんとか立ち上がろうともがいている。先ほどの皮肉の通りに目は死んでいない。呻き声を漏らしながらも立とうとするが、それでも全身は震えたまま、力は入らない。

 

「……ふうん」

 

 それを見て兄さんはどう思ったのだろう。

 

「お前、頑張るなぁ。変な奴だぜ、お前さぁ、頭いいだろう? 俺たちよか全然さ。だったら、自分が詰んでること理解できるよな。お前じゃ俺を斃せないし、俺を退けても、遙歌たちは絶対守るし、キンジたちがジーサードとかフォース、かなめのほうも手を打ってるし、体育祭はジャンヌたちが護るしお前がそっち行っても蘭豹とかに潰されるのがオチだ。それくらい、解ってるだろ?」

 

「……」

 

 沈黙は肯定だ。

 ドライはもう詰んでいる。この場の彼の敗北は決定しているのだ。どうしたって、兄さんは倒せない。後々聞かされた話では体育祭もジャンヌさんたちが守り、例え彼女たちが抜かれても先生たちがいる。

 どうしようもなくどうしようもなくどうしようもない。

 私たちの勝ちだ。

 そのはずだ。

 

「何故、か」

 

 くくっ、とドライは喉の奥を鳴らした。碌に力が入らない身で、なんとかというように手を伸ばして顔のサングラスを外す。露わになった顔は意外にも普通の顔だった。私に似ているわけではない。

 少しだけ兄さんが息をのんだということは握拳裂さんには似ていたのかもしれない。

 私と共通するのは、その赤い瞳だけだ。

 

「お前がそれを聞くのか、那須蒼一」

 

 兄さんをあざ笑うように、口端を歪めていた。

 

「あぁ解っているとも。俺は負けた。策を練って化物を封じ、滅するためだけにここ数か月動いていたというのに女子高校生の友情に俺は負けたさ。情けない話だ。哂うしかないなぁ……あぁだがな、一つ訂正しよう――勝手にあの馬鹿が負けたなどと決めるな」

 

「――」

 

「アイツが、俺以外に負けるか。アイツの願いは叶う。アイツは貫き通す。絶対にだ。例え相手が遠山キンジであろうと、誰であろうと――あの男は負けない」

 

 それは剥き出しの感情で、信頼と友情というには生易しいものだった。私には理解できないって、根本的に思わせる。

 私には、多分女には解らない。

 だからこそ兄さんは理解したのだろう。彼もまた口端を吊り上げて、

 

「かはは」

 

 笑みを零す。

 

「あぁそうか。そういうことか」

 

「そうだ。立ち上がろうとする理由など――それで十分だ」

 

「いいねぇ好きだぜそういうの」

 

 でも、

 

「アイツだって負けねぇよ」

 

 言い切った。

 誰がなんて、言うまでもない。

 

「そりゃアイツはまぁしょっちゅう負けてるけどよ、サードはアレの弟なんだろ? なら負けねぇだろうさ。アイツは家族の為なら絶対負けねぇ。家族絡みと女絡みの時のアイツの怖さは俺が一番よく知ってるからな――だからアイツは負けない」

 

「抜かせ」

 

 ガタガタと震えながら、ドライの身体は動く。

 

「理由なんてあってないようなものだ。俺は俺だから、アイツがアイツだから。ただそうしたほうがいいと、そうするべきだと……そうしたいと。そう思っているだけだ」

 

「戦う理由なんてそれだけで十分、ってことか。なるほどなぁ……小難しいこと考えるのは遙歌とそっくりだけど、そういうとこあの人にそっくりだ」

 

「知るか、俺は会ったこともない」

 

「俺は六年間一緒にいた。ま、あとでゆっくり聞かせてやるよ」

 

「余計なお世話だ」

 

 そうしてドライは立ち上がる。どう見ても頼りない。吹けば倒れるような有様だ。子供の一撃で崩れ落ちてもおかしくない。それなのに。その姿は兄さんと重なった。

 そして重なった兄さんもドライも同じように拳を握る。

 それは――間違いなく私の知っている兄さんだった。

 

「んじゃあ、ぶん殴って意識飛ばしたら家に連れて帰ってやる。あの人の子供で、遙歌の弟見てぇなもんなんだから、俺にとっても弟だぜ」

 

「なんとまぁ情けない兄貴だ」

 

「その分下が最高だぜ」

 

 そして行く。

 やっぱり交叉は一瞬で、幕引きも呆気ない。

 互いの拳は互いの頬に突き刺さり、倒れたのは片方だけだった。

 

「――良い拳してるよ」

 

 そして一連の闘争は終わりを告げる。この時の私は知らないが、ほぼ同じタイミングで海上及び上空のキンジさんとサードの戦いも終わりを告げいてた。

 だから、

 

「――んが!?」

 

 いい笑顔で拳を開いた兄さんの額に衝撃が炸裂したのはあくまでも別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うぎごごごごご……!」

 

 脳天に炸裂した衝撃に兄さんは思いっきりひっくり返って頭を打った。はた目から見ても絶対痛い。

 突然のことにすわ敵襲かと周囲を見回し、

 

「……これは」

 

 直ぐそばに転がってくるものがあった。手のひらにすっぽりと収まる小さな円柱形の物体。そこそこ硬い。見れば解る。暴徒鎮圧用のゴム弾だ。そりゃあ当たれば痛い。というか兄さんじゃなかったら死んでる。

 そしてこんなタイミングでこんなものを放つのは一人しかいない。

 

「……ぐあああああ……ぁ――あ」

 

「――」

 

「レキ、さん」

 

 カツカツ(・・・・)と音を立てて早足で歩いてくるのはレキさん。翡翠の髪で、少し俯き気味で表情は見えない。狙撃銃から硝煙が上がっているので間違いなくレキさんが兄さんを打ったのだろう。

 

「あ、あの……レキさん?」

 

「――」

 

 距離はすぐに縮まった。兄さんは大量の脂汗を書きながら迫るレキさんに声を掛けて、

 

「ぐはぁ!?」

 

「殴った!?」

 

「しかもボディ!」

 

 レキさんが兄さんの鳩尾にその拳を叩きこんだ。そのまま受けてくの字に体が折れて、

 

「ほげぇ!?」

 

「昇竜拳!?」 

 

 下がった顎がかちあげられた。

 惚れ惚れするくらいのアッパーだった。兄さんの身体が頭上に跳び、レキさんもまた軽く浮いているほどに。クリーンヒットなんて言葉が生易しいくらい鮮やかだった。

 そうして浮き上がった兄さんはそのまま落ちて、尻餅を付きながら崩れる。倒れそうになるのをなんとか堪えて、

 

「レ――」

 

 兄さんの胸にレキさんが飛び込んだ。

 今度は攻撃とかではなくて、普通に抱き付いていた。

 

「……蒼一さんは嘘つきです」

 

 声が震えているようには聞こえなかった。少なくとも私には。

 

「……レキ」

 

「嘘つきで、約束も全然守ってくれません。いつもボロボロになって滅茶苦茶で、今回なんて腕なんか切り落とされて……嘘つきです」

 

「……ごめん」

 

「許しませんよ」

 

「許さなくていいよ……でも、やっぱごめんな」

 

「忘れないでください。私は蒼一さんと生きるって決めたんです。貴方の命が明日までなら私の命も明日までいいんです。だから……お願いですから、どこにも行かないでください。離れないでください……一人きりになるにも一人ぼっりになるのは耐えられても、蒼一さんがいないのには耐えられません」

 

「俺もだよ」

 

「ホントですか?」

 

「おう」

 

「だったら――抱きしめてキスしてください。とびっきり強く、とびっきり優しく」

 

 その先に兄さんは答えなかった。私たちはすぐに後ろを向いたので何があったのかは見ていないけれど、まぁ何があったのかなんて語るのも野暮というものだろう。いきなり私たちや倒れているドライのことも忘れて二人きりの世界を作ってるのはどうにも酷い話だ。

 けれどやっぱあの二人はこうでなくっちゃなぁ。

 まぁだから、思うことは一つだ。

 

「おかえりなさい、ダーリン」

 

「ただいま、ハニー」

 

 お帰りなさい、お兄ちゃん。

 

 

 




ひっさびさに、ホント久々にレキがヒロインした気がする。何時振りだ。

いろいろ主人公へのしこりを残しつつ?八章はあとエピローグ。

番外編で土下座聖杯戦争とかやってるけど、まぁ別の書こうかなと。
TS蒼一×キンジとかネギま世界で不死人なって広域指導員?やりながらエヴァの眷属下僕になって周囲にロリコンってさげすまれるとか箱庭学園行って安心院さんのぱしりとかどれか。

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