落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第14拳「最強をあの人に示すんだ」

 

「この大馬鹿野郎が」

 

 痛みはなかった。けれど代わりにかなめが聞いたのはそんな言葉だった。交叉の瞬間に伏せていた目を開ければ目の前には血塗れのキンジの顔。頬にある一文字の深い傷は自分が与えたものだろう。

 少し視線を落とせば緋色の刃が胸を貫いていた。

 痛みは変わらずない。

 どころか、全身を蝕んでいたはずの寄生薬刃(サクリファイスパラサイス)による痛みも消え去っていた。浮き出た血管なんてどこにもない。

 

「――なん、で?」

 

 そして気づく。自分の胸を貫く一刀。それは緋刀・錵と呼ばれているものではないことに。それはキンジが愛用するもう一つの刀剣。色金合金のナイフ。その刀身が緋色に延長し、実体のない刃を作っている。それは鮮やかな、燃えるような色をしていた。

 見れば解る。 

 それは超高純度の緋々の気で創り出された刃であることに。

 それがかなめの身を蝕んでいた毒性を根こそぎ粉砕していた。

 

「どうして……」

 

「馬鹿が、世の中に妹を殺す兄がいてたまるもんかよ」

 

 乱暴な動作で抱き寄せられた。緋刃は同時に静かに砕け散っていく。

 まるで何かを象徴するように。

 

「いや、やっぱ血なのか。うちの一族はどいつもこいつも頭固いなんだよなぁ。そういうとこ遺伝してるな」

 

「お、おにい、ちゃん」

 

「そうだ、お前のお兄ちゃんだよ」

 

「っぁ、ちがッ」

 

「違わない」

 

 抱きしめられる。痛いくらいに。そんな力がどこにあったのかと思うほどの強さだった。火傷しそうになるほどの熱さも。でもなぜかそれはかなめにとって全然嫌なものじゃなかった。寧ろそれが驚くほどに暖かった。思わず体から力が抜けてしまうくらいに。

 

「お前がお兄ちゃんって呼んだし、俺も応えた。なぁ、かなめ。遠山かなめ。俺がそうつけて、お前だって応えてくれて、兄妹として接してくれただろう。だったらさ、それで十分なんだよ――居場所、欲しかったんだろ」

 

「……それ、は」

 

「解るよ、解っちゃうんだよなぁ。俺、そういうの弱いからさぁ。お前みたいなのほっとけないんだよな。苦しかったら苦しいって言えよ。寂しかったら寂しいって言えよ。辛かったら辛いって言えよ。黙ってないで、思ってることは言ってくれ。そういうのが家族ってもんだろ」

 

「でも……そんなの虫が良すぎるよ……」

 

「そんなの勝手に言わせとけ。それにな、気持ちなんて時間の問題じゃない。お前と過ごした時間は確かにそんな長くはなかったし、滅茶苦茶だったし急展開だったけど。その想いが偽物だったなんてことだけは誰にも言わせない」

 

 その言葉は、どうしようもなくかなめの胸に染み込んでいく。

 そして同時に感じるのは胸の甘い疼きだ。

 遠山の血が宿す異能。『性々働々(ヒステリアス)』であり、別の物。子孫を残すために強くなる男のそれとは違い、女であるかなめは別の形で発現していた。そもそもの異常は子孫を残すのを目的としている。だからこそ、男は女を護るために強くなり――女は男に護られるために弱くなるのだ。益荒男がより護ろうと思うような手弱女。

 性的興奮を互いに与え合い異常を発動して共に強くなると言う『双極兄妹(アルカナム・デュオ)』はそれゆえに崩壊した。

 それがかなめの存在理由だったのに。それを為すために彼女は作られたのに。

 そんな彼女なのに――キンジは受け入れてくれている。

 甘いにもほどがあるし、御都合主義が過ぎるし、今時流行らない展開だなとか思うけど。

 そのことがたまらない。

 

「……いい、のかなぁ」

 

「いいさ。駄目なんて不条理は俺がぶっ壊してやるよ」

 

「そ、っかぁ……」

 

 頷いては駄目だろうと思う。それなのに体は勝手に動いてキンジを抱き返していた。それは多分、強い雄に護られるべきだという異常のせいであり、それと同時に誤魔化し切れないかなめの本心だ。一度気づいてしまえばもう、どうしようもなかった。

 

「お兄、ちゃん」

 

「あぁ」

 

「私は――お兄ちゃんの家族になっていいのかな」

 

「いいもなにも――もう家族だろ」

 

「あはっ。非合理的ぃだぁ私……でも悪くないかなぁ、というか嬉しくてたまらないよ」

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、やっぱり故障したかフォース」

 

「!!」

 

 現れたのはジーサードだった。無傷というわけではない。黒いコートは所々焦げて、斬り込みが入っているし、サード自身も少しばかりとはいえ血を流している。しかしそんなことには意に介さず、サードは涙を流すかなめを見据えていた。

 

「フォース、お前はもうどうしようもないな。修理するまでもなく解る。人工天才としても人間兵器としても失敗作だよお前は。……だからまぁ、どこでなにするなり好きにしろ。失敗作に構ってる暇なんかないからな」

 

「さ、サード!?」

 

「と、いうわけだ。初めましてって言った方がいいか? なぁ兄弟」

 

「……」

 

 既にサードはかなめを完全に意識から外していた。サングラス越しに視線を向けるのはキンジ一人だけだ。それをキンジもまた真っ向から迎え撃つ。かなめを庇うようにして背に於き、真っ直ぐに。

 

「アリアたちはどうした」

 

「安心しろ殺しちゃいねぇ。あのお姫様だって俺の目的には必要だからな。PAD砕いて気絶させてるぜ。NTR巫女もリュパンもな。瑠璃の姫のほうはなんかいきなりどっか行ったから知らねぇけどよ」

 

 その言葉に安心する。もしこいつがアリアたちを殺していれば、自分を押さえるなんてことは絶対にできなかっただろうから。多分、かなめがいても関係なくて、激情のままに任せていたに違いない。

 

「……それで。お前はどうするつもりだ」

 

「決まってるだろ、決着を付けようぜ。俺とお前、頭どうしが決めなきゃ話にならねぇ」

 

 解っていたことだ。

 ジーサードたち人工天才勢力との決着は師団の長であるキンジと人工天才側の長であるジーサードの決着を付かなければ終わらないと。

 

「そしてお前は……甦らすのか、サラ博士を」

 

「そうだ。色金の力ならそれができる。俺は人間兵器(オレ)の最強をあの人に示すんだ。だから、お前ら斃して、緋色の研究は俺が頂くぜ」

 

 それは狂気にも至った愛だ。ジーサードは狂っている。彼自身それが間違っているということには気づいているんだろう。自然の摂理に反すると解っているのだろう。それでもサードは止まることはできなかった。

 愛しているから。愛していたから。狂気に身を落としてもサードは諦めらないのだ。

 そしてその狂気は遠山キンジや那須蒼一にも理解できるでことなのだろう。

 

「愛は狂気だ。なぁ解るだろう、兄弟」

 

「あぁ――よく解るさ。いいぜ、決着付けよう」

 

「付いて来いよ、相応しい舞台に招待してやる」

 

「まて、かなめをここ放っておくのは――」

 

「それなら私に任せなさい」

 

 声が降って来たのは真上だった。三人が同時に見上げた先には、

 

「カナ!」

 

「はぁーい」

 

 カナ。ロングコートに編み上げブーツといういつも通りの恰好でクレーンの真上からキンジたちを見下ろしていた。あまりに自然に風景に溶け込んでいる。

 

「かなめちゃんのことは私に任せなさい。貴方たちは気が済むまでやり合えばいいわ。あと、空き島のほうも心配しなくていいわよ。あの子(・・・)が行ったから」

 

 サードとキンジのカナの言葉に対する反応は対照的だった。

 

「あの野郎、また俺に隠れてなんかやってるなぁ……」

 

 頭を掻きながら苦笑するサードに、

 

「ったくおせーっつうの」

 

 文句を言いつつもニヤリと笑うキンジだった。

 二人ともカナの物言いで悟ったことがあったらしい。二人の様子にかなめが目を丸くするほどだ。これから決着をつけるというのにこの二人はどこか似通った気配を漂わせて笑みを浮かべていたのだ。

 

「ま、アイツのやることならいいだろう。今度こそ行くぜキンジ」

 

「あぁ」

 

 肩を並べて、コンテナ群から離れようとする二人。二人とも全く振り返らなかったけど、

 

「お兄ちゃん頑張って!」

 

 かなめの声援は確かに届いていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サードがキンジを連れていったのは――空の上だった。

 高度四百メートル近い天空にて時速百キロ程度の速度でキンジたちの足場になっているステルス戦闘機はゆっくりと飛行していた。

 先ほどサードが案内したのは海の中で待機していた先端科学兵装製のステルス戦闘機だった。眼下の光景がそのまま透けているように見えるほどの迷彩。おまけにエンジン音も小さく、風の音にまぎれて微かに聞こえる程度だ。全長二十メートル、全幅は五十メートル程度。全力で動くと少し手狭に感じる程度だ。

 その上でキンジとサードは対峙していた。

 

「さてと、初めに言っておくぜキンジ。俺の身体は色々弄っててな。両腕両足はカートリッジ仕込みの義手だし、両目も先端科学兵装の義眼だ。体感時間を遅らせる効果付きのな。あと胸に斥力フィールド発生装置が仕込んであるから普通に銃撃っても効かねぇぞ」

 

「……余裕のつもりか? 自分の手の内を晒して」

 

「いいや? フェア精神ってやつだ。俺はお前の戦闘を、シャーロック、曹操、ランスロットとの戦いを全部見て、お前の手札を知っている。俺ばっかり知ってるのは不公平だろう? だからだよ」

 

「律儀な奴だな」

 

「対等な条件で勝たねぇと意味がねぇからな」

 

 サードは笑った。そして頭上、なにもない空間を指さした。

 

「俺たちの戦いは衛生で監視されてるぜ。まぁ、俺もお前も大概有名人だからな。知ってるか? お前、ランスロット負かしたから超人ランク一気に五十位まで上がってるんだぜ」

 

「最悪だ、一生知りたくなかった」

 

「ちなみに俺はアメリカの奴だと常に十位以内にはランクインしてる」

 

「そうかよ」

 

 聞きたくなかった。まぁランキングなんてどうでもいい話だ。大体蒼一なんて拳士最強なんて名乗ってるやつがいるんだから今更どうでもいい。

 

「じゃあ始めるぜ。俺が勝ったら緋色の研究を渡してもらう。お前が勝ったら好きにしろや。ま、お互い手札されたした後だからギャラリーからしたらつまんねぇかもしねぇけど、派手にやらせてもらうぜ」

 

「派手好きな奴だな、お前。恰好と言い顔といい。……まぁ笑えることに最近俺も随分派手な感じに偏ってるけど」

 

 言葉と共にキンジは二挺拳銃を握る。緋刀は右腰のベルトに挟み、バタフライナイフは右手で銃のグリップごと握る。

 装備を確認し、

 

「お前が派手に行くなら、俺は静かに行かせてもらうぜ」

 

 刹那――キンジの姿が変わった。

 髪が背まで伸び、ボロボロになっていた制服の下に幾何学的な刺青模様が浮かぶ。髪と瞳はそれまでとは正反対の蒼に。普段ならば周囲を圧倒するように放たれるはずの覇気はキンジの身体から洩れずに、肉体だけに無駄なく収束していく。収束された分、普段よりも純度の高い色金の気はキンジの身体を循環し、全身の傷、特に右足の損傷を高速で回復していった。

 

「静かさと道理――『璃性装悉(ロストブルー)』」

 

 那須蒼一の瑠璃神之道理を彷彿とさせる姿にジーサードは引きつった笑みを見せ、

 

「お前も大概目立ちたがり屋だぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 二挺拳銃の引き金を引く。射出されるのは当然緋色ではない蒼の閃光だ。通常の銃弾のようなマズルフラッシュや発砲音はない。サイレンサーのようなヒュン(・・・)という小気味のいい音だけで、さらにいえば実態のないレーザーに近い。つまりは光速に届かないまでもその弾速は極めて高速であるということ。当然のことながら銃弾撃ちを初めとした弾丸技術に支障はない。

 

「ハッハー!」

 

 しかしそれをサードは当然のように打撃する。光弾の威力は通常のそれを同等、或はそれ以上。生身の人間が打撃すればただですむはずがない。そして今更言うまでもなくサードの腕は先端科学兵装によって作られた義手だ。両腕が肩に掛けてまでのそれにはほんの僅かとはいえ色金を含有しており、通常の物質とは一線を画する硬度を有している。

 そしてそれがサードの狂気に当てられて、弾丸を打撃しきる。

 

「景気づけに一発行ってくかオラァ!」

 

 ガシャンッ(・・・・・)という轟音がサードの右腕と左足から発生する。義手に内臓されたカートリッジが炸裂し、莫大なエネルギーを生む。左足で足場を強く蹴りつけ、右腕と共に馬鹿にならない推進力を生んでキンジへと突貫した。

 

「――」

 

 音速を軽く突破し、突き進むサードにキンジは慌てなかった。引き金を引きまくる。狙いを付けたようには見えなかったが、しかしそれらは正確にサードの関節部へと放たれていた。

 体感時間の低速化と思考速度の超高速化が『璃性装悉(ロストブルー)』の効果だ。通常の異常にもある思考の高速よりもさらに発展させ、そもそも感じる時間を引き伸ばし、思考速度をほぼ零に近いまでに短縮している。

 傍から見れば、サードが飛び出した瞬間にはキンジは発砲していた。

 

「効くかよォ!」

 

 サードを中心に発生する不可視の球体の力場が光弾を弾いてた。サードの体内に仕込まれた斥力フィールド発生装置。脳波にて起動するそれは一切の予備動作を必要としない。レキの狙撃を問答無用で弾いていたのもこれだった。

 

「チッ」

 

 止められないと判断したキンジはすぐにサードの軌道上から飛び退く。その直後には彼の拳は振りぬかれて、

 

「――!」

 

 大気が爆散する轟音がキンジを打撃する。莫大な威力で放たれた拳が空間を打撃し、それ振動がキンジにも届いてたのだ。損傷を喰らうようなものはないが、脅威であることには変わりない。その結論も、次なる行動も一瞬だった。

 銃弾を連続発砲。それも今度は込める色金の気のイメージをより明確にしてだ。より小さい点。弾丸というよりも針、さらにそれよりも細く鋭く。そして螺旋を宿しより貫通力を上げる。

 

「――尖光弾(スパイラル・ショット)

 

 即席の新技は見事に斥力フィールドを貫いた。

 

「……効かねぇって」

 

 だが同時に悟る。そんなものではサードには何の効果もなさないことを。斥力フィールドを突破した後では威力が損なわれ過ぎる。

 

「……なら別の技を試すまでだ」

 

 超高速化された思考ならばいくらでも考える余地はある。今この瞬間にもキンジの脳内では大量の銃刃技の候補が浮かんでは消えていく。それらを全て洗練し、最も効果の出るであろう技を試せばいい。

 『緋裂緋道(スカーレット・アリア)』による超攻撃性とはまた別の境地へと今のキンジはたどり着いている。

 

「いいぜぇ、最高だ。曹操に認めれるだけのことはある。楽しくなってきたなぁ、兄弟」

 

「俺は全く楽しくないぜ」

 

 




キンジはいつもで主人公だなぁ(


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