落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「ふむ……」
足を取られたアンガスは髭に手を当てながら立ち塞がる敵たちを睥睨する。敵は六人、こちらも六人。数は同じで向こうの強度は中々であると判断できるし、話にも聞いてる。
だが、
「所詮は負け犬の集まりじゃん」
エレナが言う。それと同じくして、
「そうで御座りましょうな。今更九九藻たちの前に立って何ができると?」
九九藻が懐から取り出した符がそれぞれの足元に飛散し、氷の束縛を溶かしていた。白雪や玉藻の使う巫術だ。ジャンヌの氷を解かすだけの熱量を生み出せるだけ彼女の実力が伺える。半獣人の類、元々人から外れている故に異能との親和性が高いのだ。
「負けたことは否定などできんし、しないが何ができるかと言われれば私たちがやることは簡単だ」
「いや、僕としては今ここにいるのは忸怩たる想いがあるんですけどねぇ」
愚痴を零すの小夜鳴だ。
かつてキンジやアリア、理子、レキに追い詰められ、蒼一に止めを刺された彼は長野の対異能刑務所にて収容されているはずだった。理子たちのように司法取引には応じない彼であったが、
「
「ほほほ、そんなことになったらお主が次に殺されるぞえ? 少なくとも死ぬより酷い目にあわされそうじゃのう」
「というかさせるわけないでしょうそんなこと。あの子がいないと次のコミケのアシが足りないのよ」
「む、それなら私が」
「貴女は秘密兵器だからなにもしなくていいのよ」
「君たち少しは緊張感を持ちたまえ」
「そうだ、話すならばもっな話をしたまえ――キンジ様の話とかな!」
「それは違う」
全員に突っ込まれて忠義の騎士が落ち込んだ。落ち込んで、
叩き込まれた不可視の衝撃波を白刃が叩き落とした。
「雑談の最中に邪魔をするのは無粋かと思わないかね? お嬢さん」
「そうやって無駄口叩いてるやつから死んでいくのよ」
答えたのは右の赤い瞳を怪しく輝かせたエレナだ。色の違う両眼、赤と金。右目だけでなく左目も輝いているということはそれぞれに別の異能を宿している可能性もある。しかしそんな考察する暇もなく、
「仕事は迅速にやるべきだぜ」
BEがどこからともなく銃を取り出した。ただの銃ではない。筋肉に包まれた二メートル近い巨体をフルに使って抱え込むミニガン。銃身は六本あり秒間百発、先端科学兵装にてチューンアップされそれ以上の球数と威力を弾きだす暴力の塊。それをBEは何の躊躇いもなく引き金を引いた。
銃身が回転し、数十数百発の弾丸が射出され、
【ガタガタうるせぇぞこの下等生物が! 下らねぇ鉛玉なんかいくら使っても俺様に傷つけられるわけがねぇだろうが弁えやがれぇ!】
「!?」
小夜鳴の絶叫と共に全ての弾丸が等しく
数百発はあったであろう弾丸は、さながら何かに打撃されたかのように塵になっていた。
「全くこういうのは彼の言葉なんですけどねぇ。いくら表裏一体と言っても、表裏一体だからこそ僕と彼には差異がある。あまりこういう汚い言葉は嫌いですよ。まぁ、彼を真似すればいいという話でもありますが」
眼鏡を抑え、肩をすくめる小夜鳴の舌には『暴』という一文字。理子やカナと同じような言葉の証。そしてそれは小夜鳴だけの話ではなく、
「
煙管を手の中で遊ぶ夾竹桃も同じだった。彼女は戦う動きを見せるわけではなく、ただ九九藻に視線を向け、
「貴方可愛いわね」
「へ?」
【でも今時狐耳なんて流行らないんじゃないしら? あざとい、あざとすぎるわね。勿論狐耳も悪くないけどすでに玉藻がいてキャラ被りよこの劣化狐】
「なにを、――ッ!?」
いきなりの毒舌に驚いた九九藻の膝が崩れ落ちた。膝立ちになった彼女が見たのは自分の肌に所々浮かぶ紫の斑点。腕や衣服の下、顔や首筋にすらも。即座に治癒符を用い大半の毒を打ち消す。
それでも驚愕は消えない。九九藻は事前に巫術により対異能加護を自分には掛けていたはずなのに、あっさりとそれを超えて彼女の身体を蝕んでいたのだから。
そのことは他の彼女の仲間たちも知っていた。
だから、動きを見せる。
サイクとクラストが同時に。
クラストは真っ直ぐに。それはさながら戦車が全速力で急発進したようだ。一歩一歩がコンクリート製の地面を砕いていく。サイクは彼を壁にして顔に巻き付いてた包帯をはぎ取った。手の中に束ねられた包帯はそれ自体が意思を持ったかのように蠢き、サイクの腕の振りと共に奔った。伸びながら数十条に分岐して全方位から負け犬軍団を取り囲み、布の槍となって降り注ぐ。
全方位を全く同時に殺意が殺到し、同時に唯一の空白にはクラストが迫る。
物理的に封殺した攻撃で、遊びも何もない必殺だ。
「無粋じゃのう、つまらなさ過ぎてあくびが出るわ」
「Goodとはいい難いね。常人相手には必殺でも僕ら相手には遊びだろう」
「ぐっー!?」
「ッ!」
金色の奔流がクラストを飲み込み、黒い影が布槍瀑布を残らず叩き落とした。
指運で砂金を叩き付けたパトラと異能で身体能力や感覚を超強化させたワトソンだ。
「しかしお主らはいいのう。新技お披露目ができて。妾の使いどころが難しくていかん」
「それを言ったら僕なんて新技もなにもないんだけどね」
「ぬぅ……」
上がった声は砂金に飲まれていたクラストだ。超高速で放たれた砂金の本流。それはけた外れの威力の散弾銃なようなものだ。事実、クラストの身体は満身創痍であり、所々骨の露出さえ見えている。
だが、
「ほう、超速再生か」
パトラの言葉通りだった。彼女の砂金で喰らった傷が残らず巻き戻し動画のように再生していく。治りきらないのは最初からあった傷だけだ。
「ふむ……これは一筋縄ではいかないようですな」
クラストが傷を治し切り、一端引いたのと同時にアンガスは口を開く。自分たちと負け犬軍団を見比べながら顎の髭を撫でつけていた。
「それに奇妙なこともありますの。私たちが戦闘しているのにも関わらず眼下の体育祭には一切の変化が見れられない。……これは貴女の力と見てもいいのでしょうか?」
「そうだ」
頷いたのは――ジャンヌ。聖剣を地面に突き立て他の五人の中央に立ち、アンガスの視線を受け止めている。
「
ジャンヌの言葉にほうほうと聞きつつ、九九藻に視線を向けるが振られた彼女の首は横だ。つまりこの隔離をやぶることは自分たちにはできない。おそらくはこれもジャンヌ・ダルクの
「まぁ当初の予定とは変わりませんな。ここで貴女たちを斃せばそれなりの見せしめになるでしょう。しかし……よいですかな?」
「なにがだ」
「そもそも我々の目的は体育祭を蹂躙し、かの化物にダメージを与え、殺し切ることです。いくら我らを足止めしようともドライが動けば関係ない」
「心配には及ばない」
「……ほう」
アンガスとしては少しでも動揺したならば飛びかかって首をへし折ってやろうかと思っていた。確かにアンガスの言葉は真実だが、任務遂行が可能ならな遂行するに限るのだから。
それでもジャンヌは全く揺らがずに言葉を返した。
「貴様たちの戦力はそれで頭打ちかもしれないが私たちはそうでないということだ。それに何のために最初にあんな下らない雑談をしてお前たちの気を引いたと思っている」
「――!」
アンガスは即座に気付いた。先ほどこれから派手に動くからと投げ捨て物がいつの間にか消え去っていることに。負け犬軍団の登場に気を引かれていたとはいえ、しかしこれ以上ない不覚に思わず己を叱咤する。
そんなアンガスに誇らしげにジャンヌは笑う。
「――頼りになる後輩たちがいて嬉しい限りだよ」
●
「……アンガスたち、しくじったか。いや、単純に足止めでも喰らったか?」
ドライが何か言っている。携帯端末を操作しながら顔を顰めるのは体育祭を蹂躙しにいった彼の仲間からの連絡がないかららしい。
それを私は他人事のように見ている。痛みとか吐き気とか、そういうのはもう通り越してただただ気だるさだけが全身を占めていた。
「ふん、まぁいいだろう。予定を早めればいいだけだ」
ドライが屈んで私の髪を掴んで、持ち上げる。私の顔がドライのヘッドセットに写っていた。それを見慣れたようで、けれど何かがおかしいと思わせる私の顔。涙とよだれと吐しゃ物と鼻水で見っともなく、何よりひどく濁っている。歪んで、歪んで、時間が経って汚くなった血のようだった。
そんな私を見て、どう思ったかは知らないがすぐに手を離し吐き捨てる。
「壊れたか。予想以上に精神が脆い」
精神が脆い――まさしくその通りだろう。
私は脆いのだ。儚くて、柔くて、薄くて――脆いのだ。弱いというのは少し違う。だって私は知っているのだから。弱くて、それでもその弱さで強さをものともしない人たちを。
だから私は脆い。硝子細工のように。飴細工のように。あるいは砂上の楼閣か。一見すれば凄いのだろう。他人のスキルを見取るスキル。それによって得た数千数万数億数兆のスキル。スキルなしでも人を超えた身体能力と回復力。ありとあらゆることに発揮される万能の才能。
凄くて、凄くて、凄すぎて――それだけだ。
驚くべきことではあっても誇るべきことではない。なんでもがやれるとしても、なんでもやるべきではなかったのだ。やれるとやりたいは違う。
私はそれを解っていなかった。どうでもよかった。どうせ兄さんに殺されるのだからそれ以外なんてどうでもいいと思いつづけて、いろんなものを台無しにして、壊して、滅茶苦茶にしてそのツケが今更回って来たということだろう。
因果応報、自業自得、自縄自縛。
そう、結局全部私が悪いのだ。
「そうだ、お前が悪い」
「私が……悪いんだ」
「あぁ、だから。お前はここで俺に殺されろ」
「――」
拒絶する気にはならなかった。
寧ろそうしてくれるのならどれだけ有り難いだろうか。兄さんは私に生きていていいって言ってくれて、私はそれを受け入れたけれどそれは勘違いだったらしい。私には背負った罪が多すぎる。
こんな、私みたいな化物は生きて、生まれてきてはいけなかったのだ。
「俺は戦闘力ではお前には及ばない。だからロスアラモスから失敗作の烙印を受けた。本当ならば戦えば勝つのはお前だ。この前のはお前が勝手に錯乱して自滅しただけだしな」
兄さんの腕を見て錯乱した時。
私は千切れ千切れになった思考の下に、滅茶苦茶にありったけのスキルを発動したが為す術もなくドライの一撃を喰らい沈んだ。けれどそれはよく考えれば当たり前のこと。何千何万何億何兆のスキルをなんの制御もなく発動した。そんなことをすれば、スキル同士が反発し合い自滅し合って当然なのに。その隙をドライは見逃さずについていたのだ。
「お前を殺せば俺はお前よりも上であることを証明できる――なんてことは言わないがな、サードの目的にはお前は邪魔だし、俺自身さらに先に進むきっかけになるだろう。俺にも固有技能はあるがそれもまだまだ研鑽中だからな」
だからまぁ、
「死ね」
ドライの戟が今度こそ振り下ろされた。狙いは頭部外しようがなく、当たれば今の私の頭蓋を完全に粉砕する。
それを私は受け入れる。受け入れて、
――
「なん、だと」
ドライの戟、それが中空で止まっている。振りおろしの最中、彼の頭部あたりで何かに受け止められたように虚空に停止し、
「!!」
ドライの下に苦無と銃弾が降り注いだ。即座に飛び退いたから無傷だが、しかし彼にも驚きの表情は浮かんでいた。焦りではないけれど、確かにドライは驚いていた。けれど驚いたのは私も同じだ。どころか人生で一番驚いたかもしれない。
「……っぁ」
何かを脱ぎ捨てるような動作と共に彼女たちは現れた。その何かが体育祭に襲撃を掛けたアンガスたちの光屈折迷彩の外套であることを知るのは後のことになるが事実として。
彼女たちは現れた。
佐々木志乃。
火野ライカ。
乾桜。
島麒麟。
風魔陽菜。
そして、
「助けに来たよ、遙歌ちゃん!」
「――あか、りちゃん」
私が人生を台無しにして、壊して、滅茶苦茶にしたはずの――間宮あかりちゃんは私に笑いかけてきた。
兄貴が来ると思ったか?
AA勢でした(
心完全に砕けた遙歌はどうなるのやら
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