落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「……」
見上げた寮の一室は消火は終わっているものの、煙は上がっていて煤だらけだ。昨日の朝、家を出た時とは別の場所のよう。思わず呆れてしまうほどに一室だけが綺麗に炎上していた。
ほんの十何時間前までは当たり前のようにあったはずの家も見る影もない。
それを私は呆然と見上げていた。
男子寮の手前には野次馬や捜査や危険物撤去に来た
「……兄さん」
昨夜の寮の部屋の爆発より一番開けて、昼過ぎになっても兄さんが帰ってくることはなかった。他の人たちはそれぞれ深夜から未明にかけて武偵高や病院、警察施設等に保護されて病院へと搬送されている。命に係わる怪我は誰も負っていないのは幸いだったが、それでも兄さんだけが戻ることはなかった。
昨夜襲撃したドライとフォースと呼ばれていた少女の行方も解らずじまいのままで、彼らが遺していったのは兄さんの右腕だけ。少なくとも死亡確定ではないが、それでもあの人にとって腕を失うというのは軽くないことのはずだ。
「……っ」
歯がゆかった。
自分の無能さが辛かった。
元々兄さんには私のスキルが効かない。その身が宿す異能無効はこの私ですら破ることはできない。少なくとも私が知る限り、夏以降では純粋な異能だけによるダメージを負った姿は見たことはない。あっても、それは異能による二次効果。
いや、もっといえばそもそも私が兄さんに勝てる気がしないというのが大きいのだろう。どんなスキルを用いても、私ではあの人には届かない。兄さんは私の方ができた妹だっていうけれど、そんなことはあの人の勘違いなのだ。
現に私は何もできない。
スキルが何千何万あろうとも意味は――ない。
「遙歌殿」
「……陽菜ちゃん?」
背後の木陰から見知った気配の無さと声だった。木の枝にぶら下がり、上下逆さまになっているスタイルだ。
「師匠たちが呼んでいた御座る。早急に病院へと行くで御座る」
「キンジさんが……?」
何の用かは愚問だろう。どう考えても昨日のことだ。襲撃者や逃亡中、それに兄さんのことにについて。私は簡単な事情聴取を受けたが、我ながら冷静になれず答えれたかが曖昧だし、キンジさんたちもまだ昨日の今日でそういうことは行っていないだろう。
だから教師陣たちの事情聴取が始まるよりも早く話し合い、FEWについて悟られないようにしなければならない。
「……解りました。今から行ってきます」
「うむ」
そして陽菜ちゃんは一瞬黙って、
「某も一緒に行くで御座る」
普通に地面に降り立った。
「いいんですか?」
「某は師匠の忍であるが、遙歌殿は友で御座る。ならば共に歩くくらい何の問題があろうか」
「……ありがとうございます」
「ニンニン」
何かが変わるということはなくても、嬉しいことには変わりなかった。
●
「はふはふ、んぐっ、あぐ……ふ、ふぉうふぁふぁ、ふぉっふぉはっへふへ」
「え、あ、はい」
病院へとたどり着いた私と陽菜ちゃんを迎えたのは口に食べ物を大量に詰め込んで籠ったキンジさんの声だった。思わぬ光景にメガテンになるのを自覚しつつ、周囲を見渡せば六人は入るであろう大部屋の中央に丸い円卓を起き、キンジさんたちが食事をしていた。いや、病室に入る前から凄く食欲を誘うような香りが漂っていたのだが、病院でまさかまさかと思ったら中華料理屋もかくやという有様だ。よくよく見れば円卓を五人で囲んでいるが置かれているのは和洋中様々で節操がない。量もかなりのもので十人前だか二十人前くらいあるだろう。
もっと言えばみなさん全員がハロウィンのコスプレしているので違和感がすごい。
「あぐ、もぐもぐ」
妖精姿のアリアさんはひたすらにももまんにかぶりつき、
「ん、いい出来」
味に頷きながらも露出度の高い天使白雪さんの箸は止まらず、
「うまぁー! なにこれおいしいぃー!」
右手に箸、左手に蓮華で料理を取る理子さんは魔女っぽい服で歓声を上げながら口へと運び、
「…………」
狼耳と尻尾のレキさんは無表情で等間隔で驚くべき速度で機械的に口へと放り込んでいた。
そしてミイラ男だろうか全身に包帯を巻きつけたキンジさんも他の四人と変わらない。時間的に見ればもう二時過ぎている。遅めの昼食というのも考えられなくもないが、それにしたって怪我人だったはずの人たちがこれだけ食べるのは問題ではないのだろうか。
「おお、このカツ丼は見事で御座るな」
「って何食べてるんですか!」
いつの間にか当たり前のように陽菜ちゃんも席についてカツ丼に喰らいついていた。
「遙歌殿。いいで御座るか? 兵糧とは、食べられる時に食べられるだけ食べるべきで御座る」
「アンタ、いいこと言うわね。もっと食べなさい」
「御意」
「遙歌も食べよー!」
「じゃ、じゃあちょっとだけ」
理子さんに促されて、私も置いてあったパイプ椅子に座る。大部屋の中央に無理やり置いているので正直七人も座ればかなり狭い。というか机が大きい。それぞれがベッドとベッドの間に座っているという状況だ。どうなんだろうなぁと思いながら、よく考えれば昨日の夜から何も食べていないことを思い出し、急にお腹が減ってくる。
「こ、これってどうしたんですか?」
「私が作ったんだよ。ちょっと前に起きて無理言ってここの厨房を借りてね」
「な、なるほど」
すごいバイタリティだ。ミイラ男のキンジさんは言うに及ばず、誰もが至る所に包帯やガーゼを張っていて怪我が軽くないことを伺わせる。
それでも、五人が五人とも暗い顔を一つせずに食事を続けていた。
とりあえず目の前にあったスープをスプーンで掬って口に運んだ。病院でよく見る簡素な器だったが、匂いや色を見る限りコンソメだろう。洋食も完璧に作る白雪さんである。食欲を誘う香りのままに一口飲み込んで、
「あ、おいしい」
――涙が零れた。
「……え、な、なんで……」
いきなりの落涙だった。本当に唐突でこぼれた涙がスープの中に落ちて生まれた波紋を見て気づいたほど。でも喉を通った液体は暖かくて、空腹に染みた。そしてなにより、心に。
「あの人は生きてますよ」
「え……?」
涙を零す私に言ったのはレキさんだった。私を見ながら、けれど箸は止めずに、
「蒼一さんは絶対に生きています。腕一つ失ったくらいで死ぬような人じゃありません。どこで何をしているかはしませんが……帰ってきます。あの人の帰る場所は、他でもない私や遙歌さんの場所ですから」
「レキ、さん」
「あぁそうだ。あの馬鹿が死ぬかよ」
頷くのはキンジさん。無表情で顔を半分くらい包帯で覆いながら、けれどその言葉に偽りはなかった。レキさんもキンジさんも自分の言葉を心から信じていた。
「だから、今は喰え。喰って力を付けて、それから――」
目があったキンジさんの瞳は、緋色に燃えていた。私の赤と似ているようで違う、兄さんと正反対の色に。
「――次は勝つんだ」
その言葉にレキさんも、アリアさんも、白雪さんも、理子さんも頷いた。ついでに何故か陽菜ちゃんも。
だから私も頷いた。
「はい」
そして、涙を拭って、
「いただきます」
●
たっぷり一時間かけて食事を終わらせた。やっぱりお腹が空いていたようで、自分でも驚くほどに食べていた。基本的に食べようと思えば食べれるし、食べようとしなくても食べられる身体だが、これほどまで食べようと思ったのは初めてだった。
食後に一服としてお茶を飲んでいて――彼女は現れた。
「頼まれたものを届けに来た」
水色に近い銀髪のツインテールに薄い赤い瞳。幼女体型というかまんま幼い女の子。簡素な私服の上から白衣と着てランドセルを背負っていた。人形めいた少女。レキさんのように無表情で、けれど彼女のように個性も感情も見受けられない。
「キリコ、ちゃん?」
「久しぶり、那須遙歌」
京菱キリコ。
日本有数の大財閥、京菱グループの一人娘。レキさんのファンだとか。また、キンジさんやアリアさんのPADの作成者でもある幼き天才少女。
そんな彼女がどうしてここに――?
「私たちが呼んだんです」
「皆さんが?」
「そう、本日午前六時七分にレキ、遠山金次、神崎・H・アリア三名から武装注文があった。速達と言われたので、キリコ自身が配達物と共に来た。いくつかの武装については持ち運べずに駐車場のトレーラーに積んである」
つまり、全員が揃ってすぐということだ。多分、私が仮眠を取っていたあたりの頃。私が自分の不甲斐なさに鬱になっているときに、この人たちは決して折れずに次の為に動いていたのだ。
「まず、神崎・H・アリア」
「ん」
キリコちゃんが指を鳴らし、病室の外からアタッシュケースを手にした黒服が現れ、キリコちゃんに手渡して消える。一瞬、疑問に思ったが皆スルーしてキリコちゃんがアリアさんへと手渡したアタッシュケースに注目する。大きい。キリコちゃんが胸に抱えなければ持てないほどの大きさだ。それを食器が撤去された机の上に置く。
「九月末の時点よりチューンアップを依頼されていた『緋翔天滅』が完成した。依頼にあった通りに携帯性と召喚機能を向上した。ブレスレット、髪飾り、ベルトの三つが異能の調整受容体の役目を果たしている。PADの装甲がなくても、最低限の緋殺傷指定はこれらにて可能。装甲本体は外のトレーラーにあるが、そちらの自立飛行機能も装甲の軽量化により十二パーセント向上している。ただし、耐久力自体は十七パーセント減」
「構わないわ。そっちは私のほうでどうにかするしね。……うん、デザインも悪くないわ。あとで試してレポート送るわね」
「そうしてもらえるとこちらも助かる。続いて遠山金次」
「あぁ」
「PAD『緋影』。走行性能は二十七パーセント増しになったが、機械鎧としては神崎・H・アリアを優先した為に未完成。故に各部に武装を搭載した。前後輪に小型化のアサルトライフルを搭載し、変形機能も追加した」
「……変形? なんだそれ、頼んでないぞ」
「ナンセンス。ロボット物には変形機構はお約束」
横でレキさんがすごい頷いていた。キリコちゃんのロボアニメ好きはまさかこの人の影響だろうか。
「時速四百キロまで出る超加速形態と水上を走る水上走行形態。詳細はこれもトレーラーにある本体に付属した取説を見ること」
「……まぁ、あって悪くはないか」
「当然。……また、平賀文より以前より注文されていたグローブ等が完成したとの報告を何故かキリコが伝言を頼まれたので伝達する。退院後は早急に行くべき」
「お、おう。悪いな」
微妙に引きつった笑顔で苦笑しながらキンジさんは頷く。レキさんを超える無感情、無表情なのでどうにも怒っているように聞こえるのだ。けれどもそんなキンジさんには構わないというか気づかない様子で、レキさんへと視線を向ける。
またもやパチンと指を鳴らし、
「……!?」
現われたのは巨大な箱だった。二メートル近くはあるであろう巨大な木箱。黒服も二人係で運んでいる。
「
「……戦争でもする気ですか」
思わず呟くのも無理はないと思う。それくらいの過剰兵装だ。いくら暗器術を使っても持てるのかどうか怪しいし、持てたとしてもかなり行動は制限されるだろう。それこそ、戦争に行くような大量武装。先端科学兵装が使われているのならば通常よりも高威力だろうし。
「そして
言われて黒服が机の上にソレを載せた。アリアさんのアタッシュケースを退かしておいたが、縦の長さに関しては全く足りない。机の耐久度を心配しながらも開けて覗きこむ。
出てきたのは巨大な対物ライフルだった。
「アンチマテリアルライフル『ハルコンネン』。単発のブレイクオープン式で巨大さ故に持ち運びも困難だが、徹底して威力を追及してある。三十mmの専用弾――先端科学兵装で作られた特殊弾頭で最低でも武偵弾の
「パーフェクトです、キリコ」
「感謝の極み」
楽しそうだが、内容は恐ろしく物騒だった。というかこんなの振り回せるのだろうかという疑問はあるが、まぁレキさんならばなんとかするだろう。狙撃ということに関しては私ですらも上回る
「……そういえば白雪さんや理子さんは頼んでないんですか?」
「私は玉藻様に符をいくつかお願いしてあるよ」
「私もエルエルに吸血鬼絡みの呪物頼んでるしねー」
「……頼もしいなぁ」
真剣に思う。
少なくとも私は、強くなろうと思ってなにをすればいいのか解らないのだから。
それでも前を向かなけば始まらない。
兄さんは死んでいるなんて信じられないのだから。
『――
その言葉が胸に傷を残しているのに自覚しながらも。
ゲスト出演のキリコちゃん?
ちなみにレキさんかつてなく激怒してます(
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