落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「ジュース回った?」
「はい」
「大丈夫だぜ」
「じゃあ、皆。文化祭一日目お疲れ様ー! かんぱぁーい!」
「乾杯!」
あかりちゃんの音頭と共に私たちは手にしていた缶ジュースを軽くぶつけ合ってから口に運ぶ。
一年A組の教室にて私たち戦妹グループで行っているお疲れ様会だ。皆で机をくっつけてお菓子を広げながらの騒ぎ合いだ。当然私たち以外にも教室のあちこちでクラスメイトや先輩後輩たちもそれぞれのグループを作って一日目の打ち上げ会をしている。ちなみに明日は明日で皆でどこかのお店で知り合いほぼ全員を――師団の仲間も含め――集めての打ち上げだ。
流し込んだ炭酸で喉が焼けるような独特の感覚を楽しみつつも、一気に缶の半分ほどまで流し込む。肉体的な疲労は私にとっては些細なことだけれど、さすがに精神的には疲れている。私からすれば、どこぞの違法組織やら街を吹き飛ばすのよりもずっと大変な一日だったと思う。午前中の雑用はともかく、午後の相談には疲れた。変な子たちだったなぁと思うけど、
「楽しかったですね」
全体的に振り返ればその一言だ。
「くすくす、まだ明日もありますわよ? 遙歌さん」
「えぇ、そうですね。遊びといえでもいつ何があるのか解らないのですから気を引き締めていかないと」
「解ってますよ? まぁ桜ちゃんはもっと遊んでもいいと思いますけどね」
「というか私は別にそういうつもりで言ったわけではないですし」
「えぇ!?」
理子さんを思わせるフリルの多い改造制服に金髪の女の子と婦警さんのような恰好をピッシリと着込んだ女の子。それぞれライカちゃんとあかりちゃんの戦妹の島麒麟ちゃんに乾桜ちゃん。この二人に私とあかりちゃん、志乃ちゃん、ライカちゃんが所謂
だが、
「あっちは闇鍋……」
「正直断って正解でしたね……」
「アリア先輩も張り切ってたしなぁ……」
二年生組は何故か闇鍋とかいうチャレンジャーなことをするとか言っていた。私たちも当然誘われたけれど、あの人たちの構成でそんなものに手を出したくない。
「キンジさんや白雪さんはともかく、他の人が……」
「アリア先輩はモモマンオンリーにジュース掛ける」
「理子様は……なんかすごい甘い物とか入れそうですわね……」
「先輩は……なんだろう、安牌持って行ってもなんかすごい空回りしてそうだよなぁ」
少なからず誰もが色々因縁有りなので――というか戦妹ラインなので当然だが――簡単に想像できる。
だが、しかし問題は、
「……レキさん、ですよね」
ごくり、と誰もがつばを飲み込んだ。
「あの人は全く想像できないよね……」
「武偵高七不思議の一人ですから……」
「あぁ、あの『恐怖!電波受信のスナイパー』か……」
「それ中等部とか街にも届いてますわ……」
「貧乳とか陰口叩くとゴム弾飛んできて、褒めると実弾に足元に『more』って文字刻むってやつですよね……」
七不思議というか都市伝説の類だった。
あの人はどこを目指しているのだろうか。私も人のことは言えないがスキルの乱用にもほどがある。多分、今頃鍋に顎が外れるくらいに驚愕しそうなものを鍋にぶち込んで、無表情支配者ポーズでドヤっているのだろう。
無表情であっても無感情でもなければ無個性などの言葉とはかけ離れた人だ。
ちなみにたまに兄さんが、
『あれは流石に俺の影響関係ないって……』
とか哀愁漂わせながら呟いていた。
「あはは、そういえば皆明日何着るか決めてる?」
あかりちゃんが口にしたのは文化祭二日目のことだ。
文化祭一日目が無事に終われば、十月三十日だったのが当然のことながら次の日は十月三十一日だ。そしてその日は言うまでもなくハロウィンであるので自動的に武偵高ではそれ相応の企画が行われる。ほぼ全生徒が思い思いのハロウィン風のコスプレをすることになるのだ。
本当、物好きな学校だと思う。
楽しいからいいのだけれど。
「私は幽霊で、あかりちゃんの分も用意してあるよ。天使の小悪魔コスを」
「わーありがと、志乃ちゃん!」
「天使の小悪魔っていうのは突っ込まないんだな……。ちなみにあたしは吸血鬼かな」
「なるほど、黒のゴスロリですね」
「なんでだよ!」
「ちょっと前にキンジさんたちが戦った吸血鬼がそんな恰好をしていました」
「んなアホな……」
「じゃあ私が明日の朝までにお姉さまの黒ゴス用意して届けますわ……!」
「えっと私は……」
「桜ちゃんは夏の時の猫又水着コスね!」
「あれですか!?」
「話には聞いていましたけど、見てみたいですねぇそんなあられもない桜ちゃんの恰好」
「あ、あかり先輩!」
話していたことは些細なことで、取るに足らないことだった。益体のないただ楽しいだけの笑っているだけの時間。でもそれが私にとってはなによりも愛しく感じることができた。半年くらい前の私では絶対に思うことがなかったこと。
何度でも思ってしまうし、何度でも感じ入ってしまう。
これから先、FEWがあるとしても、私が将来どうなるとしもこの日々の記憶は掛け替えのないものになるというは確信できる。この日々を当たり前にできるのかどうかは解らないけど、それでも大事に思うことはできるだろう。
例えそれがこの身には過ぎたものだとしても。
それでもこの時の私は己の罪深さを理解していなかった。
●
寮への帰りは志乃ちゃんの厚意で車で送ってもらうことになった。あかりちゃん以外はそれぞれ女子寮で、私だけが男子寮なのだが場所的にはそうは変わらない。私は何度か見たことがあるリムジンにあかりちゃんや麒麟ちゃんは興奮していたり、さくらちゃんは若干ビビっていたのが面白かった。
「すぅーすぅ……」
移動する車の中で響くのはお喋りではなく寝息だった。一日疲れて、その後のはしゃいだのだから当然といえば当然だろう。うたた寝しているライカちゃんにもたれる麒麟ちゃん。寝ないようにしていながら船を漕いでいるさくらちゃん。姉妹のように肩を預け合って眠っているあかりちゃんと志乃ちゃん。微笑ましい光景だ。こういうのは何度見ても飽きないと思う。楽しさを感じるのもいいけれど、眺めるというのも悪くない。
車のこともあるかもしれないが、志乃ちゃんの家の運転手さんの腕は確かで走行中は最低限の揺れはなかった。私自身、半分くらい寝ていたら寮が見えてくるのはすぐに感じた。距離的にもそれほど離れているわけではないし。
「……ん」
そして、窓の外から私の玄関側が見えて、
――爆炎と共に部屋が吹き飛んだ。
●
「――!?」
「きゃあ!?」
驚愕と同時に車体がスリップし、悲鳴が上がった。鈍い音がしたので誰かが頭をぶつけたのかもしれない。けれどそんなことに構わず、
「――兄さんッ!」
車から飛び出した。
道路の真ん中で停止し、周囲にも爆炎で驚いた一般人の人もいる。そして誰もが爆炎の上がった寮の一室を注視していた。
「……ッ!」
足を踏み出しかけ――止まった。
躊躇したのだ。
ほんの一瞬。
部屋が爆破されたということはまず間違いなくFEW関連だろう。眷属かそれとも無所属か保留を決め込んでいた面子が考えを変えたか。それでも『バスカービル』を狙ったのは間違いない。あそこには私と新参のエルさんを除けば全員がいて、彼らは『師団』の中核だ。狙う理由など有り余っている。
だから襲撃そのものには体が即座に反応していた。
けれど脳裏に過ったのは周りのこと。
私の友達たち。
車から出て炎に驚愕するあかりちゃんたちや野次馬であろう一般人の人たち。
もし私が、あそこに飛び込んで、もし――彼女たちに被害が出たら? 一般人はともかくとしてあかりちゃんたちは大事な友達だ。彼女たちがこの戦争に巻き込まれるなんて考えたくもない。だから、或は。ここで残って彼女たちを護るという選択肢もあるのではないか、という思考が生まれ、動きが止まったのだ。
そしてその停止と共に彼は現れた。
「――平和ボケにもほどがあるぜ」
「……!?」
首まで延びた袖無しのアンダーシャツのような体にピッタリと張り付くような黒のボディスーツ。防具の類はなく、下半身はゆったりとしたツナギめいた同色のズボンにメタリックなブーツ。目元には目を隠すようなスポーティなブルーのサングラスで、耳の後ろにはセンサーのようなアタッチメントが付属されていた。
午後で相談室で見た二人組の少年だった。恰好は違えど、彼に間違いはない。
近代的な服装であり――彼が肩に担ぐ武器だけは異質な戟だった。如何にも骨董品めいた、しかし圧倒的な存在感を持つ得物だった。
「
言う。
志乃ちゃん家のリムジンの屋根に腰かけ、私を見下しながら。
「セカンドも落ちこぼれも女共も全員フォースにくれてやったっていうのに、なんだこの様は。期待外れが過ぎるだろう」
落胆と失望が確かに籠っていた。そしてそれは間違いなく私に向けたものに違いなかった。身に覚えは――ない。
「だ、誰ですか貴方は!」
「ドライ。少なくともそう呼ばれてきた。ドイツ語に意味はないから気にするな」
あっさりと口にした名前は明らかな偽名だった。いや、名前ですらない製造番号にしか思えない。
いや、そして聞いているのは名前などではなかった。
今この場で最も問題なのは頭上に燃え上がっている炎なのだから。
「アレは、貴方がっ」
「俺の仲間の仕業だ」
あっさりと認め、
「まぁあれくらいで連中が死ぬとも思えないが」
「なにを――っ」
ずっと遠く、正確には寮の向こう側から音が微かに聞こえた。
「まず間違いなく死んでいないだろう。どうせあの炎もNTR巫女のものだろうな。アンチステルスは使っているはずだがよくやるが……フォースは爆発物は好まない。安心しろ、誰も死んでないだろうさ。無傷かどうかは知らんがな」
こちらを言い聞かせるような言葉に汗が流れるのを自覚した。
得たいが知れない。なんなのだこの人は。存在感が違う。曹操さんのようであり、けれど違う。あの何もかもが染め上げられそうな強烈な意思ではない。まるで彼自身が一つの世界であるかのように。あまりの存在感に、麒麟ちゃんやさくらちゃんは失神し、他の三人も辛うじて意識を残している状態だった。やはり、放っておける場合でもない。
「意外だ」
「……何がですか」
「向こうに行かないことが、だ。俺の予想では一目散に何千何万あるかは知らないスキルを駆使して兄の加勢に行くのかと思っていたがな」
「っ、それは」
確かに――半年前の私ならそうしていた。
兄さんと再開したすぐの私ならば、兄さん以外の存在なんてどうでもよくて、せめて共に原潜を潜り抜けたあのメンバーくらいしか価値を見出さなかっただろう。
けれど、今は。
どうでもよくない人が増えた。増えて――しまった。
「
言い捨て、そして同時に、
「おーい、ドライー!」
いきなり女の子が落ちてきた。
少年と同じような近代的で、全身を包むスーツとプロテクター。各部に取り付けられた刀剣類。ドライとは色違いの赤のサングラスとアタッチメント。彼女もまた相談室に現れた少女だ。口端から血を流し、身体の各所に火傷や切り傷を負っているが堪えている様子はない。
恐らくは寮から飛び降りてきただろう彼女はリムジンの屋根をへこませながら着地し、
「いやぁードライの言った通りだったよ。お兄ちゃんのお邪魔虫を片付ける前に落ちこぼれさんが邪魔だからお姫様を狙ったら
そうして放り投げられて私の前に落ちたのは――腕でした。
「――」
男の人の、二の腕から先当たりの部位。多分、右腕。着ていたであろうはシンプルな青い着流し。その青には見覚えがありました。多分、私と、あとレキさんが最も見ているであろう服。私の大好きな人の一部。この腕に胸を貫かれたいと想いつづけてきたのだから忘れられるはずもない。
「ぁ」
見間違えるはずもないのです。
「う」
兄さんの腕です。
「う、ぁ……」
あれは間違いなく――那須遙歌の兄の那須蒼一の右腕。
「う、あ、ぁ……」
『拳士最強』であるあの人の魂とも言える腕。
「――――うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
絶叫と共に瞬発した、のだろう。思考は動いてなかった。ただ、胸から溢れる感情のままに二人へと体を跳ばしていた。そして激情と共にありとあらゆる、可能な限りのスキルを気づかぬうちに発動し、それは間違いなく全てが兄の魂を引き裂いた二人へと叩き込まれ、
「
気づいた時には――右肩に衝撃が爆発していた。
「ガッ……!?」
地面に体がめり込む。めり込んで――放射線状に亀裂を入れた。
何が起きたのかは――解らなかった。
「拍子抜けにもほどがあるぜ。弱い、弱すぎるよ。お前みたいのがお前だなんて失望するしかない」
「ちょっと、ドライ。やりすぎじゃない? あんまあれだとサードに怒られちゃうよぉ?」
「解ってる。あぁ、だから最後に一言だけ言っておこう」
そしてドライはようやく車から降りた。そしてそのまま衝撃にて動きを取れなかった私の耳元に顔を近づけて、
「――
●
そしてこの日、『バスカービル』は決定的な敗北を迎え――――兄さんだけは、那須蒼一だけは帰ってこなかった。
さぁどうなるのか(
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