落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

115 / 225
第10拳「相手にとって不足はない」

 そして時間は遡る。

 アリアがワトソンに薬を仕込まれて眠っている間にワトソンがいかにしてアリアを籠絡しようとしていた時に。

 理子がヒルダと共にと大好きな友達が眠らされて、ヒルダの隣で無表情、内心どうするのかなとかへらへら笑っている時に。

 つまりは日没頃に我らが主人公遠山キンジは空き島にいた。

 戦闘装束『桜傾奇』を纏い、左腰には緋刀・錵、腰後ろには二挺拳銃。左腕の袖にはバタフライナイフを隠しており、下駄は特殊合金で軽くも頑丈だ。空き島の入り口には『緋影』を配置しておいて、呼べばいつでも自律走行で召喚可能である。つまり、現時点におけるキンジの事実上完全装備状態であった。

 一人では――ない。

 二人だ。

 そしてなにをやっていたかというと。

 

「このランスロット、貴方という人間が聖剣に相応しいか試させてもらいましょう。――全力で!」

 

 白衣の騎士、『最後の円卓(ナイトオブゼロ)』ランスロットに絡まれ――もとい決闘を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 勿論言うまでもなくこの決闘はワトソンに利用されたものだった。

 数時間後、ワトソンはアリアに対してキンジが決闘に来なかったと言ったが、そもそもキンジが受け取った決闘状はワトソンが書いたものではなくランスロットの手によるものだ。ワトソンが行ったのは日本の事情に疎いランスロットに決闘の場所や時間、それに完璧な読み書きはまだ出来ない――京都における戦闘でキンジを知ってから日本語を覚え始めたのだから、少し間違える程度でも喋れるだけでも驚きである――からランスロットが書いた英文にルビを振ったということ。これにより決闘の時間と場所はワトソンが仕組み、同時に自分はアリアへの懐柔作戦を進めたのだ。

 ワトソンの計画ではランスロットにキンジを殺害ないし再起不能にさせて、アリアにはそれを自分との決闘への不参加と偽り、不安定になったアリアの精神を言葉と薬物によって操作し、キンジへの不安感を限界まで高めて仲たがいさせるというものだった。

 後に聞いた人間が全員鬼畜やら外道やらと突っ込んでいた。

 どちらかというと過負荷気味のワトソンではあるが、過負荷とか異常とか言う前に人間の所業ではない。

 勿論ランスロットもワトソンが何かをたくらんでいるということには気づいていたが、しかし今の彼にはそんな企みなどどうでもよかった。もっと言えば彼からすればFEWも色金すらもどうでもいい。

 ランスロットは遠山キンジと戦うためだけにFEWに参加しているのだから。

 

「そも、円卓の騎士というものがなんであるが解っていますか?」

 

「アーサー王に従う騎士だろ? 十二人くらいだっけか」

 

 ランスロットは右手の袖から伸ばしたショートソード。キンジは緋刀とバタフライナイフの二刀流にて切り刻み合いながら言葉を交わしていた。未だ二人に傷は無い。実力が拮抗しているというわけではなく、ただ単にランスロットが話を聞かせ、応えられるだけの余裕を与えているだけだ。それを解っているからこそ内心忸怩たる思いがありながらもキンジは応答する。

 

「実際の円卓は十二人どころではなく、一説によれば三桁にもなるほどの騎士がその名に連ねていました。誰もが一騎当千、万夫不当。円卓の名に恥じぬ誇り高き騎士であったでしょう。では――彼らの末裔は今どうしているでしょうか」

 

「……?」

 

 問いの意味をキンジはよく理解できなかった。だから考えるための時間を必要とし、そのために二刀を振るう。ランスロットの動きは単調だ。ただの斬撃を放ち、避けられたり受け止められ足りしたらキンジのカウンターよりも先に引き戻し、それを受け止めて弾き、再びの斬撃。それをただ繰り返すだけ。特別なスキルや虚実織り交ぜた武はない。けれどそんな単調なことを実現するのにどれだけの武威が必要になるのか。少なくもキンジにはランスロットの動きを崩すことはできない。

 だから、問答に付き合うしかない。

 

「そりゃあお前みたいに、イギリスで――」

 

 そう言って、キンジは口を噤んだ。問われたことには意味があるのだろう。それが解らず、なんとなくで答えたが、言葉の途中で思い当たることがあったから。

 『最後の円卓(ナイトオブゼロ)』。

 それがそのまま全てを物語っている。

 最後の円卓――つまりそれは、

 

「えぇ、今の世には私以外の円卓の末裔は存在していません」

 

「――」

 

 思い当たったとはいえ、実際に聞かされると驚きが強い。これまでキンジは多くの英雄や偉人の末裔と出会って来た。那須与一、源義経、卑弥呼、アルセーヌ・リュパン、ジャンヌ・ダルク、風魔小太郎、佐々木小次郎、平賀源内。武偵高の知り合いを少し見回しただでもいくらでもいるし、シャーロック・ホームズや武蔵坊弁慶やらブラトとは本人と戦ってきたこともある。目下キンジの最大の敵である曹操も、彼の英雄の末裔であることには変わりない。

 だからだろう。なんとなく無意識下でかつての英雄たちは誰もが今の時代にもその血を繋げているのだろうと漠然と思っていた。

 そんなことあるわけがないのに。

 

「別に珍しい話でもありません。栄えれば滅びる。それは当然のことでしょう。実際かつて映画を誇った王たちは、王であるからこそ、今の世の生き残りは少ない。現在では曹操殿が最高峰であり、覇道は覇道を食いつぶすものですから」

 

「覇道は、覇道を食いつぶす――」

 

 自分以外を征服する。己こそが絶対の法であると信じ、自己を他者に伝播するからこそ、自分以外の法則を認められない。出会ってしまえば戦うしかないのだ。そして今、その素質を持つ最高峰(ハイエンド)が曹操であり、実際彼女の魂は破格の一言。単純な戦闘で彼女を打倒できるのかは遙歌やカナですら怪しいのではないかと思う。

 キンジが知る限り可能性があるとしたら――やはり蒼一なのだろう。

 覇道という概念からは正反対の彼ならばもしや、とキンジは思う。

 思考が深くなりかけ、ランスロットは言葉を続けた。

 

「時代というものがあるのでしょう。運命であると言わざるを得ないでしょう――だがしかし」

 

 キンジを見据える瞳には殺意も敵意もなく、あるのは品定めするような冷たい瞳。

 けれど何故か――必死に見えた。

 

「王を護るはずの騎士が王を護りきることができなかった。その事実は、変わりません。妖精郷より帰還した赤竜の系譜を十五代前の円卓は守りきることができず失わせてしまった。それにより我が先祖は衰えを迎え、八代前にてついに残された聖剣を当時の女王陛下に献上し、そして今の代にて円卓は私だけになってしまった」

 

「っ……」

 

 少しづつ、ランスロットの剣の苛烈さが増していく。一太刀一太刀。ランスロットの感情が込められていくかのように。刀身からキンジの手の平に伝わる衝撃が彼の激情を語っている。

 

「傅くべき王も、仕えるべき主も、捧げるべき忠義も私にはなくなってしまった。これでなにもかも終わっていくのだろうかという時に……貴方が現れたのだ遠山キンジ」

 

 振るわれた一閃を今度こそキンジは受け止めることはできなかった。ただ片腕で袈裟に振り下ろされただけだというのに、十字で受けそのまま数メートル後ろに飛ばされた。そのまま距離を取りながら態勢を建て直し、追撃に備える。

 来なかった。

 代わりに来たのは感情だった。鋭い片目には静かに燃え上がる意思の炎。

 

「故に貴様の全霊を見せてみるがいい。死力を振り絞れ。貴様の器を私が見定めてやろう」

 

「いやいやマジ勘弁してくださいよ。別に王様とか言われても困るしただでさえ曹操に目を付けられてるんだから帰ってくれないですかね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんてことは勿論言えるはずもなかった。

 そんなことを言えば間違いなく瞬殺される。そう確信できるほどにランスロットは強い。

 これまでのキンジの人生の中で、どうしようもないくらい強い相手というのは何人か存在する。

 例えばそれは実兄の金一の裏で未だに実力の底を見せないカナであり、一度だけ喧嘩を吹っかけてボロボロにされた握拳裂であり、戦友と二人がかりで挑んだにもかかわらず結局勝った気にさせてくれなかったシャーロック・ホームズであり、一度完全敗北した金色の覇王曹操孟徳や――もうすでに亡き父の遠山金叉のことだ。

 那須蒼一に関しては――少なくとも絶対に負けたくはない。

 ともあれ彼らのような最高峰(ハイエンド)とも呼べる存在は確かに存在し――ランスロットの武威もまたそれに近かった。

 

「ぐ……!」

 

「どうした、その程度かッ!」

 

 それまでの畏まった口調を捨て去り、乱雑な物言いでありながらその剣技は圧巻の一言。蒼一が自分と同格と称していたのも納得だった。先ほどの問答でどれだけ手心を加えられていたのかが身に染みて理解させられる。

 重く、速く、巧い。

 言ってしまえばただこれだけ。けれどほぼ極限の領域だ。

 

「遅い遅い遅い!」

 

「ぐ……!」

 

 閃く白刃をキンジは捉えらない。通常とはいえ『性々働々(ヒステリアス)』は発動しているにも関わらずだ。元々常人の何十倍の高速思考や肉体機動を可能にする異常はキンジ自身の強度の上昇に伴い、その強化の度合いも跳ね上がっている。通常発動でも常人の五十から七十倍近くの反射神経を得ることができるだろう。

 しかしそこまで強化しているにも関わらずランスロットの剣には届かない。単純に彼の動きがキンジの反射神経を上回っているのだ。

 ショートソード一本に対して、こちらは刀とナイフの二刀流。その武器にも身体にも薄く緋色は纏われ強度も上がっている。それでもランスロットのほうが上。

 振るった刀は逆の軌道の斬撃で潰される。刺突のサバイバルナイフはあろうことか刃先を合わされる。

 

「冗談じゃないぜ……!」

 

「当然、私は本気だ!」

 

 振り下ろされた斬撃を緋刀で受け止める。そこまではいい。けれどその衝撃に踏鞴を踏み、押し込まれ体勢が崩れた。それを補うためにナイフがあるが、それも直後に来る斬撃を逸らすので精一杯。

 完全に剣技においては封殺されている。

 手も足も出ない。

 でもそれはシャーロックや曹操の時と同じだ。

 だから、彼らの時と変わらずにキンジは止まらなかった。逸らした時の衝撃に逆らわず、受け流そうともせず、そのまま地面を無様に転がった。転がりながらナイフを収納、緋刀の柄を口で加えながら、腰から二挺拳銃を掴み出し――即座に発砲する。緋色の弾丸。単発の点ではなく、乱射による面の攻撃だ。

 

「――温い」

 

 それをランスロットは残らず切り飛ばす。十発近くをばらまいたにも関わらず一瞬だ。だがまぁそれはあまり驚くことではない。ランスロットの技術から考えれば十分に予想できる範囲だ。一瞬でも時間を稼げたのだからそれでいい。

 その一瞬で動けばいいだけの話だ。

 剣技では絶対に届かない。

 銃技でも同じだろう。

 だから――それを混成させる。

 

「行くぜ……!」

 

 二挺拳銃を振り上げながら発砲する。曲芸撃ちだ。アクション映画の合成映像でしかやらないような腕を振り回しながらの精密射撃。放たれたそれは銃弾逸らしや銃弾弾きが織り込まれ、複雑な軌道を描きながら互いにぶつかり合いランスロットへと飛ぶ。そしてキンジは両手を振り上げ――そのまま拳銃を手放した。

 

「む」

 

 振り下ろしの左手でバタフライナイフを投擲する。緋色に輝く刃は、弾丸の群れに意図的に(・・・・)開けられた(・・・・・)空白(・・)に飛び込んでいく。それがランスロットに届いたのは、彼が弾幕を漏れなく切り落とした直後。

 緋色が白刃を抜けた。

 

「狙いはよし――だが相手が悪い」

 

 それを逆袖から抜いた新たなショートソードが叩き落とす。強化され、ランスロットの膂力でコンクリートの地面に柄まで深々と突き刺り、

 

「オオォ……!」

 

 それを超えながらキンジは距離を詰めていた。右手には緋刀、左手にはベレッタの一剣一銃(ガンエッジ)。緋刀を左肩から斜めに振り下ろしながら、それを追いかけるように照準が定められている。

 打ち出された銃弾がそのまま緋刀の峰を直撃し――剣速が急加速した。

 

「――ほう」

 

 少なからずランスロットから驚きの声が漏れた。真後ろに銃弾を受けた一刀はその勢いを受け取り飛躍的に加速した。同時、元々が緋々の気で構成されていたからそのままそれすらも刀身に譲渡され強度を上げた。

 右剣は弾幕を断った。左剣はバタフライナイフを叩き落とした。両腕の武装を封じた上での一撃。これならば通るとキンジは思い、

 

「惜しいな」

 

「な――」

 

 技後硬直の両腕はそのままに、後退しながら蹴り上げた右膝が振り下ろし気味の緋刀の柄に激突した。それにより振り下ろしは一瞬の停滞を生じさせ、

 

「フンッ!」

 

 その一瞬はランスロットに反撃の機会を与えるのに十分だった。半歩分下がった動作だけで直前の動きをアジャスト。自由になった腕でバランスを取りながら膝を勢いよく伸ばした。

 

「が……!」

 

 そのままキンジの左の脇腹にブーツが叩き込まれる。下手をすればバランスを失い、転倒しかねない動きだった。ただの訓練では身に付くことの無い咄嗟の反撃。最後の円卓の名にふさわしく、その名に恥じないだけの戦場を彼は潜って来たのだ。

 

「だから、どうした……!」

 

 けれど――それはキンジも同じだ。

 去年の握拳裂からの圧倒的敗北。イ・ウーの超人たち、ただ知っているだけの人外、そして京都での曹操の相対。楽な戦いは一度もなかったし、いつだって一歩間違えれば死んでいた。キンジも蒼一もレキもアリアも誰も彼も。彼らはそうやって戦ってきたのだ。相手が最後の円卓で、完璧の騎士等と呼ばれようとも、緋色の益荒男が怯むはずもない。

 叩き込まれた衝撃により左のあばらが軋み、砕ける音が聞こえる。口から血が零れ、身体が後ろに吹き飛びそうになる。ランスロットの蹴りはキンジ一人では到底受け止めることができるはずもなく――、

 

「グ……!」

 

 しかし、耐えきった。

 

「!」

 

「ハッ」

 

 種明かしは簡単だ。先ほどランスロットが叩き落とし、コンクリートに突き刺さったバタフライナイフ。距離を詰めるときに超え、そのままそれの直前に足を置いていたのだ。押し込まれても深々と刺さった柄を支えにできるように。

 押し負けると解っていたからこそ――押し負けた後の為の備えだった。

 

「行け……!」

 

 行った。

 超至近距離。蹴りを放ったランスロットは依然不安定なまま。双剣も両袖から生じている故に近すぎて当たらない。それはキンジも言えることで、この距離からは緋刀を再度振ることはできないが、

 

 銃撃による再加速は可能だ。

 

 先ほどの繰り返しのように、銃口から吐き出された緋色が刀身を打撃し、加速すると共に緋色が強くなる。

 当たった。

 

「く……!」

 

 浅い。咄嗟に背後にランスロットが跳んだから純白の礼服と薄皮一枚程度しか切り裂くには当たらなかった。

 それでも、一撃は一撃だ。

 少しばかり、けれどキンジもランスロットも一瞬あれば詰められるだけの距離が開き、

 

「もう一撃、そしたらもう一撃。それを繰り返していけば勝てるよな」

 

「ふっ、なるほど。ただの子供ではない」

 

「ガキさ、俺はまだ子供だよ。王とか覇道とか興味のない、ただ明日を皆と一緒に過ごせればそれでいいとか思ってる高校生だ。でも」

 

「でも?」

 

「――漢だからな。そしてこの刀はシャーロックから俺が受け継いだんだ。出自が聖剣だろうと魔剣だろう手放す気はない」

 

「……くっ」

 

 そのキンジの啖呵に、ランスロットは思わず笑ってしまった。言葉自体は彼が望むものとは違っていたけれど。

 いいやもしかしたら望んでいたことの一端であったかもしれないけど。

 それでも彼が意図せずして笑みを零してしまったのは、

 

「認めよう。王としてではなく、少なくとも漢として。遠山キンジ――相手にとって不足はない」

 

「光栄だ、涙が出るぜ」

 

 そして。

 キンジは右腕を着流しから引き抜く。その腕に桜の花びらのような緋色の刺青。そして同じように輝く瞳と髪。二挺拳銃は腰に仕舞い、サバイバルナイフは踵に残したまま、緋刀だけは一度納刀して腰だめに。

 そしてランスロットもまた。今度こそ明確な笑みを。戦場を恐れぬ英雄が益荒男と認めた漢と相対することに歓喜している。袖から伸ばした双剣を胸の前で十字に構える。

 

「『緋裂緋道(スカーレット・アリア)』――煌めき星花火」

 

「宝具開帳――『気高くは湖光の聖剣(アロンダイト)」』

 

 




一話分でおわらせようかと思ったけど終わらなかったで御座る。
世の中はモンハンの発売日であれらしいけど昨日更新しなかったのはべつにそういうわけじゃなくて学校行っててお疲れだっただけですね(

感想評価推薦お願いしますよー

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。