落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「エル・ワトソンです、よろしくね」
かなえさんの裁判の翌日週明け月曜日の朝。エル・ワトソンは武偵高の制服を身に纏い黒板の前に立っていた。物語のような爽やかスマイルで後光が見えるほど。何処の王子様ど思っていたらクラスの女子が同じことを叫んで、王子じゃなくて子爵家だよとかいう笑えるのか笑えないのか微妙な答えをワトソンは返していた。
女子歓喜である。
中性的というか女子に見間違えそうになるような野郎なのでショタコンも歓喜だ。
まさか実はあれは女で潜入工作的なので男装しているんじゃないかという考えが浮かんできた。
流石に今時ないか。
ないない。
あったらトリプルアクセル土下座……は昔実際にやったので、逆立ちで町内一周くらいでしてやろう。
下らないことを考えつつ、女子に囲まれながら涼しげな笑みを浮かべるワトソン。それを見ながら頭の悪いことを考えつつ、思い出すのはやはり昨日のことだ。昨日殿を務めようとした俺たちの気概をがっつり無に帰してくれたワトソン君。有名人なのかヒルダやランスロットと面識があったらしく、ワトソンの登場で撤退してくれた。俺としては無駄な戦闘を避けることができたので在り難いといえば有り難いが、
「……」
「……」
そうは言いきれなかったのがキンジとアリア。
神崎・H・アリアの婚約者。それがワトソンの持つ肩書きだった。冗談でもなんでもなくアリアの曽婆ちゃんだか婆ちゃんだかが正式に決めた正式な婚約者。言い方を変えればフィアンセである。よくよく考えれば俺にとってのレキもレキにとっての俺も婚約者でフィアンセなわけなのだが、まぁそれは関係ない。
関係あるのはキンジとアリアなのだから。
四月初めでこそ奴隷だ主人だなどと言っていた二人ではあるものの、ここ最近の二人は俺やレキと同じで公認カップルにようなものである。夏休みの間に完全にアリアはデレ期に突入してツンデレどころかツンドロってくらいにデレているし、キンジだってそれを受け入れている。かつて朴念仁とか根暗とか呼ばれていた奴が変われば変わるものだ。
いやこれは人のこと言えないけど。
とにかくどれくらい変わっているかと言えば、あの白雪が一時とはいえ敗北を認めてNTRを狙てNTR巫女などという二つ名を冠するということから伺えるだろう。アリアの曽祖父であるシャーロックからのお墨付きだし、なにより『緋裂緋道』は二人が想いあっている証だ。
炎のように熱く激しく――愛し合っている。
だからこそ発言した異能であり、神崎・H・アリアは緋色の姫であり、遠山キンジは緋色の守護者なのだ。
その二人の間に婚約者の新キャラである。
それが表わすことはつまり――
「波乱の幕開けですね」
「楽しそうだなお前」
というか懐かしいな。
●
とりあえず様子見の数日後。月一のプールの時間だ。
昨日から無表情のキンジに気分を聞いてみる。
「それで兄弟。今どんな気持ちなの? いきなり自分の女の婚約者とかいう見たところほとんど完璧超人ぽい王子様キャラが現れるって。ねぇ、どんな気持ち?」
プールに蹴り落とされた。
キレ芸に迷いがない。
浮上すれば無表情でキンジがこちらを見下ろして、
「もしいきなりレキに婚約者とかいう見たところほとんど完璧超人ぽい王子様キャラが現れたらお前はどんな気持ちだ?」
「ふるぼっこにするな」
ノータイムで答えた。多分、描写も憚られるくらいに。自主規制せざるを得ないだろう。
「そうだろう。俺はお前と違って物事考えるからふるぼっこにしたいという衝動を抑えているんだからちょっと黙れ」
「あいあい」
いや、怒り溜まっているなぁ。昨日もキンジ単体で狙って高級車に載せたり、体育の時間にわざとボールぶつけたり、学食で一番高額な神戸牛のステーキ・プレートを見せつけるように食べたりと完全に煽っていた。金欠のキンジに金持ちアピールをするところらへんが厭らしい。
夏休みからの俺たちが死に掛けながらこなした任務はほとんど金にならなかったし、川神での一件ではそこそこ入ったがキンジの金欠は変わらない。京都の損害賠償取られなかっただけ僥倖だっただろう。
「よっと」
プールから上がる。
プールというと当然ながら上半身裸なわけなのだが、そこらへん体に十字傷とか細かい傷があって普通のプールに行きにくい。なのでこういう時にちゃんと泳ぐのは中々希少だ。今日は二十往復というのがノルマだったので、
「競争しようぜ。負けた方が後でジュース」
「缶コーヒーしか飲まないだろ俺もお前も」
まぁそうだけど。言いつつもキンジは拒否はしなかった。裂傷のある腕をストレッチしながら、キンジもゴーグルに手を掛ける。
「水の上走るのは無しだからな」
「解ってるって」
当然立つのは縦方向。教師である蘭豹が往復の縦横指定していなかったので大体ほとんどの奴が横の二十で済ましているが、ちゃんと縦で泳ぐ。その方が距離があるし。キンジとしても長く泳げるほうがストレス発散になるのだろう。文句はなかった。
「掛け声はなんだ? よぉーいドンか」
「よぉいドン!」
「せけぇ!」
提案が即座に採用されて実行されていた。
怒りの溜まり具合が予想以上だった――などと感想を抱く間もなく俺も飛び込んだ。飛び込んで、水中の中を飛び出した。距離を開けられたとしても、基礎的な身体能力では俺の方が上で、モーターボートの操作も覚束ない俺ではあるが泳ぐのは苦手ではない。
だから早々に追いついた。
「ふん!」
「ふぉが!?」
水中で蹴られた。横に往復していたからコースロープは撤去されていたからできたことで、追いつくために泳ぎに専念していた俺の脳天にキンジの足の裏が激突していた。
「ふぇめぇ!」
蹴り足を掴んで、それを殴る。水中は動きにくい。構わず殴った。それは三分ほど上下無茶苦茶になりつつ繰り返して、
「ぶはぁっ!」
息が切れて同時に浮上。
「はぁーはぁーっ」
「ふぅーふぅーっ」
「……」
呼吸を繰り返して、
「!!」
殴る――と見せかけて泳ぎを再開した。
「お前ら何がしたいんだ!」
武藤の突っ込みが遠くに響いた。
●
「いやー大丈夫か、あれ。キンジ滅茶苦茶気が立っていたんだけど。なにあいつ怖いよ、俺でも引く、地雷原が擬人化したようなキャラになってたぞ」
「アリア先輩もすごい機嫌悪くて……、怖い、怖いですよ。もうなんか、無言で不機嫌オーラが……ううぅ」
「私の弄りにも全然反応してくれないというか弄ったら物理的に風穴空きそうですからねぇ。どうしたものでしょうか」
「弄らないという選択肢はないんですか……」
放課後。
俺、レキ、、遙歌、間宮ちゃんはお台場『エステーラ』にて集合していた。ガールズ三人はベンチに座り、俺は立ったまま。手には当然リーフパイと缶コーヒーを装備。そろそろポイントカードがたまってタダで一枚は食べれるほど。集まった理由は言うまでもない。
キンジとアリアだ。
『バスカービル』のダブルリーダー、さらに言えばFEWにおいて『師団』の中核と言っても二人だ。そんな重要な二人だ。俺のような殴る蹴るだけの人間よりも勢力的見ればよっぽど重要だろう。だから放っておくわけにもいかない。
だがここで問題になるのは誰が放っておかないのか、だ。白雪に任せると三角関係が四角関係――というか元々白雪で三角関係でワトソンの出現によって四角関係になったのだが――になって人間関係の破滅が加速しそうなのでなし。元々アレはFEWや色金についての調べもので忙しい。理子はヒルダのせいで色々心配だ。精神ケアをするべきだと思うがあいつも表面上はいつも通りだし俺たちとの接触を避けている。
なので残ったのは俺、レキ、遙歌。
人間関係ということについては恐ろしく不安が残る三人である。
なのでアリアの戦妹の間宮ちゃんに協力してもらったのだ。
「そして! 協力してもらうのは間宮ちゃんだけではない!」
「ほほう」
「誰ですか!?」
「テンション高いですねー」
「カモン!」
呼んだ。
現われたの黒髪ポニーテールの少女。遠山キンジの戦妹。風魔の末裔。
風魔陽菜。
彼女が出現した。
――普通にエステーラの移動屋台の裏側から走って。
「風魔陽菜、お呼びに預かり参上し仕った」
「って待てぃ! なんだその極普通にバイト休憩に現れた感じは! もっといつも通り木の上とか煙に乗じて現れろよニンジャっ子!」
「あれは師匠専用の演出でござる。那須殿にする義理は御座らん。あと、実際にバイト休憩中なので三十分経ったら戻るでござる」
「世知辛いなニンジャ……!」
すごい残念感だった。しかしまぁそんなことにめげていては始まらないので、
「ほら報告頼むよー。キンジいないんだから面倒な忍者作法なしで担当直入に。お前の大好きなお師匠さまの言なんだから真面目に頼むぞ」
「御意。まぁ拙者は妾ポジでも構わぬがそれはそれでちゃんと報告してもらうでござる」
「え、今すごいこと言わなかった?」
「蒼一さん、いちいち突っ込んでると進まないので抑えて抑えて」
ぬう。
口にリーフパイを突っ込んで物理的に黙って、風魔ちゃんの話を聞く。
「まずワトソン殿で御座るが、転校早々大した人気で学校中に噂は広まりつつあるで御座るな。能力、容姿、性格ほぼ全て文句ないとのことで」
「一年の間でも噂が持ち切りですね。すっごい先輩が転入してきたって」
「間宮殿の言う通り、情報収集に乗り出さなくても手にいられる情報で御座るな。で、肝心の師匠やアリア殿関連というと、一昨日ワトソン殿とアリア殿が一緒に喫茶店に出かけたり、ワトソン殿が行った教務課への備品修繕の為の寄付で師匠が平賀殿に依頼していた武具の完成が遅れるということもあるで御座るな。まぁ遅れるといっても、二、三日程度で御座るらしいが」
「ほえー。さすが一年諜報科エース」
「ニンニン。師匠関連なのでこれくらいは当然で御座る」
「ま、私もやろうと思えばこのくらいは」
「張り合うな」
まぁ遙歌の場合は問題なくできるだろうが。
しかし、
「二人で喫茶店ねぇ……。確かに一昨日くらいに帰ってくるの遅かったなぁ」
「夜は普通でしたが、何を話していたんでしょうか」
「というか、未だにアリア先輩や遠山先輩は一緒に暮らしてるんですよね? 話し合ってる様子ないんですか?」
「ないからこんな作戦会議開いてるんだよ」
同じ空間にいてもほとんど目を合わせようよしないし、そもそも同じ空間にいることも避けている。俺たちの知らないとこで話し合っているのかもしれないが、
「険悪なままだよなぁ」
「本人たちも機嫌悪いですね」
困った。
そもそも俺では人間関係が悪くなった。さぁどうする、までは考えられても解決法は出ないのだ。そういうのを考えるのは本来キンジの役目なのだから。
「ふむ、ではこういうのはどうか」
「ほほう、聞こうじゃないか風魔ちゃん」
「風魔家秘伝の媚薬を師匠やアリア殿に飲ませて同じ空間に閉じ込めるというのは――」
「絶対やめろ!」
ギャグ回というかグダグダ回?
まぁ修羅場の外野はグダグダあーでもないこーでもないって言い合うしかないっていうか本人たちじゃないと解決しないですよねぇ。
諸事情によって更新が二週間ほど空きます。
詳細は活動報告にて
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