落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君   作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定

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第12拳「これで私の――」

「ーーッ!」

 

「……っ」

 

 痛みへの短い悲鳴はレキと夏侯淵同じものだった。本来当たるはずのない超至近距離の銃撃戦だが、しかしこの二人ならば当然の如くお互いに命中していた。レキは右肩に、夏侯淵は左の脇腹にそれぞれ命中していた。弾丸が貫通し、血が流れる。互いに致命傷は避けているものの、肉体的にそれほど高強度ではない二人からすれなそれなりの損傷だ。

 無論二人ともこの相対に参加するにあたって、無傷で済まされるとは思っていない。互いに回復要員は確保しているのだから、それこそ死んでいなければどうとでもなるという覚悟で戦っていた。だから損傷そのものには問題ない。

 そして、

 

「……なるほど」

 

 防弾制服のスカーフを解いて止血をしながらレキは小さく呟く。彼女が発砲した弾丸は夏侯淵を通り過ぎ、コンクリートの地面で跳弾し彼女を穿っていた。それはなんら不思議ではない。

 不思議なことはレキと夏侯淵の位置だ。

 

「先ほどまでは私と貴女と目と鼻の先でした。ほぼ零距離。故に私も跳弾させたわけですが……おかしいですね?」

 

 夏侯淵。彼女の立ち位置が変化していた。距離にすれば一メートルほどの空白。その空間にあるのは構えられた夏侯淵の狙撃銃だ。

 状況は単純だ。

 先ほどまで文字通りに目と鼻の先の距離だった二人が一メートルだけの距離を空けて向き合っている。レキは跳弾を用いたが、夏侯淵はそれだけの空間を使い発砲したのだ。

 

「いつの間に移動しました?」

 

「っ」

 

 少なくともレキの目には捉えられなかった。異常を発動しながらも、観測眼を全開にしながら夏侯淵の動きは捉えらなかった。動きが霞んでなどというレベルではない。これまでの装填と同じように気づいたら目の前にいた栗毛の少女が、距離を空けて引き金を引いていた。

 

「はて、そういえば彼の夏侯淵は『三日で五百里、六日で千里』などと迅速な行軍で讃えられていましたか。つまりは三日で二千キロ、六日で四千キロ。二千年前以上ならばきっととても大変なことでしょうね。それだけ早く動く。より過程を省いて、期間を短縮して」

 

「まどろっこしいわね、解ったならさっさと言いなさい。」

 

「加速――いいえ、行動の省略(・・・・・)ですか」

 

 弾丸の装填や狙撃の照準に必要とする手間を省略している。どういう理屈かは解らないが、他人に認識できるようなものではないらしく気づいた時には行動が完了させているのだ。どこまでの範囲可能かは解らないが、こうして短距離の移動すらも短縮できるとは脅威だ。

 

「……はぁ」

 

 レキの指摘に夏侯淵はため息を吐いた。脇腹から血が流れるのは彼女も同じだが、

 

「――正解よ」

 

「!」 

 

 次の瞬間にはその血が止まっていた。見れば戦闘衣装の下に包帯が巻かれているのが見えた。血が漏れておらず、応急処置でいえば完璧と言えるだろう。コマを切り取ったような展開。タネが解っていようとも驚かずにはいられない。

 

「むぅ……」

 

 どういう能力か解ってもその限界値を見極めなければ話にならない。

 

「ま、アンタの言う通り。私の能力は行動手順の短縮と省略。昨日のアンタの砲撃も飛び退くっていう行動を短縮して避けたわけよ」

 

「……案外語ってくれますね?」

 

「バレタ以上説明するものが筋ってものでしょう? まぁこっちだってアンタの異常のことは知ってたわけだしこれでフェアよ」

 

「なるほど、潔いですね」

 

「ま、これでも将だから」

 

 それに肝心なことは何も聞けていない。レキが勝つためにはここから相手の能力の詳細を割り出す必要がある。表面的には無表情を装いながらも、思考は高速回転を続けている。

 残りの体力に精神力。残弾数、自分の怪我。

 それらの要素を計算しながら勝利への道筋を構成していく。

 

「……さて」

 

 右腕の動きは鈍いがこれくらいならば問題ない。止血は済ましたし、指先が動けば引き金は引くことができる。羅漢銭はできなくなったが、アレは所詮宴会用のネタに過ぎない。彼女の真骨頂は狙撃にある。

 

「白星上げに行きますか」

 

 銃口が瑠璃色に輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏侯淵はレキの変化を見た。 

 これまでのようなただの発砲や小銭投げとは違う。瑠璃色に輝く銃口から飛び出したのは同色の光の礫だ。速度や威力が格段に上がっているわけではない。けれど脅威度が段違いだと夏侯淵は認識していた。

 

「まったく……」

 

 向こうがどう考えているのかは知らないが自分の異能『臆スルモ進ミ往コウ』は言うほど便利な能力ではない。行動の省略といえば簡単だが実際にはもっと細かい制約は存在する。

 

「っち!」

 

 瑠璃色光が頬を掠める。まず一点、単純に消耗が激しい。と言うよりも省略された行動の手順に生じる疲労が総て一度に来るということだ。精神力任せで隠しているとはいえ、夏侯淵は意外にも疲労を感じている。

 そして、

 

「めんどくさい光ね!」

 

「うちの旦那ほどではありません」

 

 瑠璃の魔弾には彼女の異能が発動しない。前日の砲撃を避けた時は距離があったから発動したらしいが、この近距離では影響が全く違う。

 

「……!」

 

 弾切れしていた狙撃銃の薬室を弾丸で満たす。ついでにボルトアクションを完了。本来ならば彼女でも数十秒は掛かる行為だが異能を用いれば零時間だ。

 そして引き金を引く。発砲時にも能力を使用すれば特別な技能を用いなくても、速射は可能だ。

 

「おっと」

 

 レキは回避する。目前、先よりも開いた距離は三メートル。だがまだまだ至近距離。だが今更距離など取ろうとすれば被弾するしかない。だからレキも夏侯淵も退かない。距離が開いたのは回避行動によるものだ。

 

「はっ!」

 

 当然負けるつもりはない。

 こちらの異能が制限されているが、レキとて肉体的には自分よりも遥かに脆弱だ。有効打は肩の一発だけだが、それだけでもかなり彼女にダメージを与えてる。場所で言えば夏侯淵も重傷だが、応急処置は省略したし、出血も問題ないレベル。

 

「――!」

 

 交わされる弾丸は百などとうの昔に超えて、徐々に千まで至ろうとしている。夏侯淵が暗器術で携帯しているだけではなく、レキの魔弾は残弾数など構わない。精神力に限りはあっても、勝利の渇望に限りはない。それが無尽蔵の弾丸となる。

 

「……負けるかっ」

 

 けれどそれは夏侯淵も同じだ。 

 王である曹操へ勝利を捧げる為にも負けていられない。勝ちたいと思う。彼女の為に。あの黄金の覇王の力になりたいと夏侯淵は心から思う。

 自分は臆病な性質だと思う。

 だから少しでも脅威が減るように願ったから今のような形で能力が発言しているのだろう。隙が少なくなればそれだけ危険も減るし。そこらへんはあの義兄は普段だらけていながら、あんな風になるのは内心感心する。絶対口には言わないが。

 ぶっちゃけレキだっておっかない。

 なにこの電波女。

 こわい。

 こわいが――王の命は果たしたい。

 それが夏侯淵妙才としてのなによりの願いだ。

 だから、

 

「恐れていても――」

 

 勝ちたいから。

 

「前へ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 狙撃銃はバトンのように回転しながら振るわれる。本来ならば拳銃よりも脆弱な狙撃銃を用いたガン=カタ。狙撃科(スナイプ)では申し訳程度に教えられる技術だがレキも夏侯淵も当然の如く一級の腕前で使用する。

 レキも夏侯淵も纏う衣類は防弾仕様だが流石にライフル弾を防げるようなものではない。

 故にバトン――あるいは槍のように狙撃銃を駆動させて、銃口を向けることに二人は専念する。行動短縮を使えば夏侯淵に有利――などと簡単な話ではない。

 レキから発する瑠璃の波動。それは淡いが確実に存在し、夏侯淵の異能発動を邪魔している。少なくとも最初ほど自由に使えはしない。

 

「しっ!」

 

 短い呼気と共に銃口が跳ね上がる。夏侯淵の集中線を追い、顎へとカチ上げるような動きで振るわれて、

 

「せい!」

 

 横合いから黒の銃身がが打撃して軌道がズレる。相応の威力と遠心力のせいで互いに銃身が歪むが構っていられない。いいや、構う必要がないのだ。レキのには淡い瑠璃色、夏侯淵には確かな金色の波動がそれぞれ纏っている。それが銃身の歪みを防いでいた。

 

「!」

 

 軌道がズレたのと同時にレキが引き金を引く。栗色の髪をわずかに千切りながら飛び、コンクリの壁を穿ち跳弾。背に飛来する瑠璃色を夏侯淵は金色で打撃し対処する。少なくとも受け身的な範囲では能力の仕様に制限はない。欲を言えばどこまで十全に能力が使用できるのか試したいがそんな余裕もない。

 

「――」

 

 長期戦だった。

 もとより狙撃戦を主にする二人の戦いに派手さはない。千日手にも似た戦闘を続け、どちらが先に力尽きるのかという消耗戦を彼女たちは行う。

 

 ――そして遥か彼方で巨大な火柱が空を照らした。

 

「――!」

 

 それが別の場所の相対の決着、あるいはそれに導くものであることを二人は同時に悟っていた。

 だから二人は勝利を掴みに行く。

 

「やりますか」

 

 レキの唇から零れたのはそんな言葉。同時に銃口に集う瑠璃色の光が強さを増した。光量が増したというわけではない。より鮮やかに、深い色合いを持ったのだ。

 それがなんであるかは夏侯淵も理解していた。

 

「させない……!」

 

 昨夜の『砲撃』。あれは彼女からしてもギリギリだった。回避と仲間と王の回収を省略したから疲弊は大きく、僅かでも遅ければ能力そのものが無効化されていたかもしれない。今のこの距離ならば発射されれば即座に異能が消え去ってもおかしくなかった。

 

「……!」

 

 乱射する。異能に頼らない彼女自身が行う射撃。ボルトアクションを挟む必要があるが、それでも早い。当然言うまでもなく異能だけが全てではない。行動は省略されても、行われているのは確かだ。故にその武威こそは彼女のものに他ならない。

 しかし光輝は止まらない。レキは致命傷だけを避けて、残りの弾丸は構わずに受ける。太ももや脇腹から血が吹き上がる。それでも体を回転させ回避行動を取りながら、銃口に瑠璃の光を集めいていく。

 

「こな、くそッ!」

 

 乙女に有るまじき叫びと共に夏侯淵が狙撃銃を大降りに振った。

 

「!?」

 

 それはこれまでとは違う動きだ。威力は大きいがその分隙も大きい。後先考えないような無茶な動きで、当然そんな攻撃は容易く回避される。

 回避された――それでもリズムは崩した。

 刹那、『臆スルモ進ミ往コウ』を発動する。これまで温存していた分溜めがあり、能力行使に淀みはない。

 装填照準、さらには狙撃位置の移動。レキの真後ろ十五メートルまで行き、狙撃態勢を完璧にする。

 発砲まで、余さずに省略して、

 

「これで私の――」

 

「――勝ちです」

 

 弾丸が飛翔する。省略によって六発同時に吐きだされた鉛玉は無防備なレキの背に吸い込まれ、

 

 レキの指先から放り投げられた五百円玉六枚が直撃コースから弾いた。

 

「な――!?」

 

「羅漢銭は無理ですが、投げるくらいなら問題ありません。そして、投げればそれが何であろうと当てるのが私の異常です」

 

 例え相手が超音速で疾走するライフル弾であろうとも。

 例え投げたものが指ではじいた五百円玉であろうとも。

 滞りなく、問題なく、卒がなく、異常に、正常に――姫君の魔弾は必中の理を具現する。

 

「『魔弾姫君』――!」

 

「では――」

 

 くるり(・・・)とレキは回る。そして差し出される狙撃銃。そこに蓄えられる瑠璃の光輝。充電が完了したと言わんばかりに狙撃銃全体を輝かせる。目もくらむ、というわけではない。けれど目が離すころのできない、高い空のような、深い海のような蒼。

 引き金が引かれた。

 

「――比翼連璃」

 

 射出されたのは夜明けよりも輝く瑠璃色の光。闇夜の中、遠く白雪の紅蓮よりも輝いている。

 夜をぶち抜いた極光は狙撃ではなく砲撃(・・・・・・・・)となって空間を打撃しながら突き進む。

 

「――ッゥ!」

 

 夏侯淵も回避をする。能力を発動し、全身を回避のために駆動させる。光の一撃だとしても僅かでも直撃を避ければその技後硬直を付ければまだ勝利の目はあると信じ、

 

 しかし発動した彼女の力は砂上の楼閣の如く消失する。

 

 瑠璃神之道理と同じ異能無効化。瑠璃色金の特性を最大限に用いられた彼女の必殺技。昨夜は回避されたが、

 

「――私の勝利です」

 

 今宵は確かに夏侯淵を飲み込み打倒した。

 

 『宣戦会議(バンディーレ)』京都前哨戦。

 レキ対夏侯淵妙才。

 勝者――レキ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ」

 

 二条城場内で静かに坐していたココはふと顔を上げた。

 

「……?」

 

 戦う様子のない曹操を壁にもたれて待っていたキンジが眉を潜めるが彼女は構わない。

 

「きひっ。文遠と妙才は落ち、元譲は相打ったカ。流石というべきカバスカービル,総軍でないとはいえ、これこちらの負け越しね」

 

「……いや、その計算はおかしい。こっちの二勝一分けならもうこっちの勝ちが決まってるだろ」

 

「きひきひっ。なにを勘違いしているネ? 私がまだいる。王が落ちていなければ国は終わらない。故にまだ我々は負けていないヨ。……ま、喧嘩吹っかけたほうがこれでは些か恰好が付かないかネ。ふむ、これは負け恥を晒したアレらには――」

 

「――」

 

 ココの言葉にキンジの目が細まり、仄かに緋色に染まりかけ、

 

「きひっ。冗談ネ」

 

 彼女は笑い飛ばす。

 

「負け恥を晒したから用無しなどと私が言うと思たカ? まさか、大体私は負けを恥をとは思わないヨ。例え結果がどうであっても我が将は全霊を掛けて戦たネ。ならばなにを恥じることがあるのカ。寧ろ、バスカービルの戦力を見誤った私に非がある。彼らとてこの敗北を胸に刻み、より前に進ム。きひっ。我が軍はまた一つ強くなた。これだけでもこの戦いに意味があるネ」

 

「……」

 

 笑うココに――キンジは思わず圧倒される。

 虚勢を張ったわけではない。キンジという相対者を前にして余裕を見せつけたというわけではないだろう。

 コレが素なのだ。

 曹操孟徳。

 かつて大陸を征服しようとした覇王の末裔。

 キンジが蒼一と共に全霊を以て打倒したシャーロック・ホームズをして今世紀最大の王と言われる金色の少女。

 未だ戦うという気配を見せないにも関わらず、にじみ出る覇気を確かにキンジは感じている。

 

「――」

 

 それは今のキンジにはないものだ。

 

「さて」

 

 ココは立ち上がる。酒を飲んでいたからか、少しだけふら付きながら、けれどそれが余興であるかのように余裕を以て立つ。そして持っていた瓢箪を投げ捨てながら、

 

「――始めようか」

 

「――!」

 

 開戦の言葉と共に遠山キンジの全身を衝撃が打撃した。

 




あと二話くらいで六章終わりですかねー。


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