落ちこぼれの拳士最強と魔弾の姫君 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
プロローグ 「あー、レキといちゃつきてー」
「結婚してください」
やはりすべての始まりはこの一言だったのだろう。
結婚、人生の墓場、そこに至る為の約束の誓い。それを俺、那須蒼一は、半年前の十月に受けた。場所は俺が通っている武偵高の屋上だった。ああ、そうだ、高校一年生、それが学校としてはかなりイロモノである武偵高であってもそうあることではないだろう。はっきり言って、十五だか十六で人生決めるのは早すぎる。時刻は放課後だったはずだ。十月だったから、日が落ちるには少し早くてあたりはもう黄昏時で少し肌寒かったのを覚えている。東京湾に浮かぶメガフロートにある武偵高の屋上からは東京の街並みや、となりの何もない空き島がそこそこ美観よく映っているが、それでもその時の俺には目に入らなかった。
目に入っていたのは一人の少女だ。
澄んだ翡翠の髪。抱きしめたくなるような矮躯。アンバランスな少しボロいヘッドホンですら少女の魅力の手助けとなっている。触れれば、壊れそうな儚い雰囲気を纏う少女。
そして、無機質な、何も意思の欠片も感じさせない瞳。
彼女が誰だかは俺も知っている。というよりもかなりの有名人だろう。武偵高の専門科目の内の一つである
レキ。
それが彼女の名前だった。だったはずだ。当時の俺は全くといっていいほど彼女とは会話したことがなかった。俺もあの頃は友達は一人もいないとうか、一人が楽だったから、別に友達が必要でも不要でもなかったから、何時も一人でいた。有体に言えば友達がいなかったのだ。
まぁ正直に言えば、レキは無口、無表情、無感情ではあるとはいえ美少女には変わりない。俺も年頃の青少年として嬉しくなかったわけではないのだ。
そう、黄昏色に鈍く光る銃身を眼前に突きつけられていなければ。
「結婚、してください」
ライフルを俺の顔面に突きつけながら、彼女は俺に言った。
「でないと――落ちこぼれに、なりますよ」
それが、全ての始まりだったんだ。
後に『拳士最強』の名を襲名する、那須家きっての落ちこぼれである那須蒼一。
後に『魔弾の姫君』と称されるレキ。
色金の守護者と巫女。恋人にして主従。愛と恋の絆で結ばれた
そんな俺たち二人の物語は――ここから始まった。
●
目が覚めた。
季節は四月。
長袖にするか半袖にするか悩む季節だ。といっても本日より高校二年である俺には制服の長袖がほとんどなのだけれど。ベッドから起き上がり、周りを見渡してみる。男子寮の寝室。二段ベッドで寝ているから、視点は高い。
ベッドの下段には我がルームメイトにして男の敵たる根暗ハーレム男の遠山キンジが睡眠中だ。
相も変わらず暗そうな顔をしているが、あのゼロの使い魔かかの幻想殺しかというほど美少女を惹きつける男である。もはや、新手の誘惑成分を発しているとしても俺は驚かない。キンジンとか。いや、こいつは血筋的な理由があるからトオヤマンとかだろうか。
間の抜けた音が響く。ああ、またこの根暗に誘われた美少女が一人。時計を見れば現在七時。下に降りてキンジを観察してみる。起きる気配はなかった。
「ふむ」
とりあえずかかと落としをキメてみた。なんとなく、モテない男たちの想いを代弁してみた。なんだ幼馴染が毎朝起こしに来てくれるって。
「ぐほぉ!?」
「おお、くの字」
布団を押しのけて腹から綺麗なくの字に折れ曲がった。二段ベットだから屋根があってやり難いのだが、苦労した甲斐があるくの字だった。
「何だ!? 敵襲か!?」
「いや、お客さんだ」
跳ね起きて周囲を警戒するキンジ。
それに優しく声をかけてやる。
「ん、ああ。白雪か……。ところで蒼一」
「ん?」
「なんか腹が誰かにかかと落としされたように痛むんだが……知らないか?」
「 知らん、とっとと玄関行けよ」
「あ、ああ」
寝間着のままで出て行くキンジ。
彼を見送り、ベランダに出て空を見上げる。
自らの朝の行いを思い返して、
「うん」
一つ頷いて、
「いいことした朝は気分がいいなぁ」
今日もいい日になりそうだ。
あ、星伽の悲鳴が聞こえた。
キンジの寝間着にでも興奮したのだろうか。
◆
しかし、しかしだ。
俺、那須蒼一の予想は外れることになる。
おおよそ全てのことに対して非才の身だが勘も大したこと無かったらしい。
この日より、俺はルームメイトとそのパートナーのせいで始め成り行き、途中からは自ら、世界レベルでの戦いの中に飛び込むことになるのであった。
「あー、レキといちゃつきてー」
無論、今はまだ知らない。