9時を少し過ぎた辺りで詩乃の家に着いた。マンションの中に入って呼び鈴を鳴らす。
「はっ、はい……」
「和人だけど、入っていい?」
泣いているような詩乃の声が聞こえて来た。
「うん、来て……」
慌てて階段を上がっていく。詩乃の部屋の前に着いたので呼び鈴を鳴らすと鍵が開けられた。俺は直ぐに中に入る。
「大丈夫かっ!?」
「うっ、うんっ、平気……」
「ならよかったけど……」
「いいから入って」
「わかった」
ずっと泣いていたのか、赤い瞳になっている詩乃に迎え入れられて部屋の中に入る。中は質素な感じで私物があまり置かれていない。
「あっ、座ってて」
「わかった。それとこれ……美味しかったよ」
「そう、よかった」
お弁当箱を渡してお礼を言う。詩乃は台所の方に行ってお弁当を浸けてお茶を淹れて持ってきてくれた。顔は少し赤い。
「はい」
「ありがと」
「それで、これの事なんだけど……」
「どうだった?」
「ほっ、本当の事なの?」
「ジャーナリストの母さんの伝手と探偵に依頼して頼んだ事だから本当だね。信じられない?」
「そっ、それはだって……」
「なら、電話してみるか」
携帯を取り出してテレビ電話をかける。
「ちょっ、待ちなさいっ」
「待たない。あちらさんにも連絡はしてあるし、10時までなら構わないという事だしね」
『はい。もしもし』
「あっ……」
「すいません、前に連絡した件なんですが……」
『そちらの子が朝田詩乃さんですね。私は……』
無理矢理詩乃に電話対応させて話させる。俺は離れてお茶を飲んでいる。次第に眠そうな子供の声まで聞こえてきて、詩乃が泣き出した。俺は近付いて背中を撫でてやる。それから少ししてまた今度は会う約束を取り付けて電話が終わった。
「どうだ? 自分が何をしたか理解した?」
「うぅっ」
「詩乃は負の一面を見すぎなんだよ。感謝している人は居るよ」
「わかったわよっ、バカ和人。だいたいいきなりだし、やりすぎなのよ……ぐすっ」
「治療には劇薬が必要な場合もあるよ。それに詩乃にとっては特効薬だろ」
「うぎぎぎっ」
「ほら、今は泣きなよ。付き合うからさ」
「ばーか」
詩乃を抱きしめて撫でていると、しばらく泣いていた詩乃はそのまま力尽きたのか眠ってしまった。鍵はちゃんとかけてあるし、抱き上げてベッドに移動させる。
「って、離れねえ……」
俺の服をきつく握っている詩乃が離してくれない。しかも、泣きつかれて寝ている詩乃の顔は起こすのには謀られるようなものだ。
「仕方ないか……役得役得」
詩乃のベッドの中に入ってヘッドボードに身体を預けて腕の中で寝ている詩乃に毛布を掛ける。それから詩乃の事を考える。
「やっぱ、幸せになって貰いたいよな~」
それに対する一番の問題は詩乃の母親だろう。精神科なんて行ってるだろうし、余程の事がないと無理だろう。それこそ、奇跡でもないと。どうにかして起きないかな。やれるならやるんだけど。しかし、どうやら本当に俺は詩乃の事が好きみたいだな。
気が付いたら見覚えある白い場所に居た。目の前には何もいないと、思ったらなんか光の塊があった。それも人型の。
「何者?」
「すいません。奇跡を願いましたよね?」
「願ったけど……」
「叶えてあげますので、こちらにサインをください」
「悪徳商法?」
「違います。実はですね、色々と問題が発覚しました。まず、特典をほぼ与えていない事はこのさいどうでもいいんですけど、SAOの発注ミスが……」
「おい」
「担当官がさぼっておりまして、本来βテストから参加するはずの抽選漏れに加えて他の転生者による妨害などありまして……」
要約すると、奇跡を起こしてあげるから許してという事だった。それで文句言わないという誓約書だ。
「それで、何が欲しいですか? お金ですか? 地位ですか? 最強の肉体ですか? 精神支配の魔法とかですか?」
「何それ怖いんだが……」
「さあ、貴方の望みを言ってください。今なら出血大サービスでそちらの女の子にも色々としてあげますよ」
「え?」
振り向くと詩乃が居た。こっちを驚いた表情で見ている。
「どういう事だ?」
「いやはや、抱き合って一緒にいましたからまとめてお呼びしました。面倒だったので」
「おい」
「っと、発言と行動できるようにしてあげましょう」
光がそういうと、詩乃が動き出した。
「和人、これは何?」
「あ~まあ説明するよ」
転生した事など色々と話すと、詩乃は至極どうでも良さそうに聞いていた。
「詩乃さん?」
「和人は和人でいいでしょ。それ以外の何者でもないし」
「うわっ、ドライですよ、この子」
「五月蝿い黙れ」
「はぐっ!?」
「まあ、でも和人と出会わせてくれた事には感謝してあげる」
「それは確かにそうだな。俺も詩乃と出会えて良かったし」
「はいはい。熱いですね。抱き合って寝てるんですからわかりますけど」
「あっ!?」
詩乃が真っ赤になって顔を隠しだした。恥ずかしかったのね。
「それで、奇跡は何を願うんですかー? 死者の復活以外なら大概なんとかなりますよー」
「一つだよね?」
「他の人達って結構馬鹿な事頼んで面倒がってその通りにした人達も居ますので言うだけならただですよー」
「じゃあ、2つかな」
「言ってみてください」
「詩乃が病気とか怪我とかしないように」
「私っ!?」
「ほいっ」
驚いている詩乃を無視して、さっさと手っぽいのを振ると詩乃の身体が光った。
「じゃあ、詩乃の……」
「また私なんだ……自分の事を叶えたら?」
「断る。このままで十分だし。ああ、そうだ。今現在、世界中の人々の病気を全て完膚なきまでに完全に治療して。肉体と精神全部」
「ぶっ!?」
「さっ、流石に普通の人は……」
「いいからやれ」
「サー・イエッサー! こっ、これで願いは叶えたのでサインをお願いします! じゃないと上司に殺されますので!」
大人しくサインしてあげると消えていった。残ったのは俺と詩乃だけだ。
「私の事ばっかりでよかったの?」
「いいよ。俺、詩乃の事が好きだし」
「っ」
「軽蔑した? つまり、今までの事も下心ありだったんだよ」
「馬鹿じゃないの? 人間が綺麗な人ばかりじゃない事を知ってるわよ。それにそんな人の方が裏で何考えてるかわかったもんじゃない」
「確かにね。それで、俺の彼女になって欲しいけど……返事は?」
「……ごめんなさい」
「なっ、なんで……? 好かれてると思ってたんだけど……俺の事嫌いだった?」
告白したら受け入れられると思ったんだけど。
「違うわよ!」
「じゃあ、なんで?」
「だっ、だって……私は人殺しだし、私なんかと付き合ったら和人に迷惑かけるから……」
「そんな事ない!」
「あるの! だって、モデルとか俳優してるんだから! 今でも本当はかなり危ないのに……」
「じゃあ、辞める」
「え?」
「仕事より詩乃の方を取るって言ったんだ」
「馬鹿じゃないの!? 私なんかの為にそんな事しないでよ!」
「どうしようと俺の勝手だろ!」
2人で睨み合う事数分。
「……わかった。じゃあ、私が都合のいい女とかセックスフレンドになってあげるから彼女にはならない」
「いや、そういうのじゃないって。俺は詩乃を幸せにしたいんだし」
「だから……」
辞める、駄目という話がループしていく。ちょっとここで嵌める事にする。
「じゃあ、詩乃は俺の都合のいい女……奴隷になるっていうの?」
「それでいいわよ。和人には本当に色々と世話になったし、それくらいしか私には返せないから」
「詩乃は俺の事は好きなんだよな?」
「そうよ。じゃなかったらこんな提案なんて絶対にしないから」
「じゃあ、それでいいから奴隷になってくれよ。でも、絶対服従で辞めるとかはなしだからな」
「いいわよ。全部あげるって言ってるでしょ」
「じゃあ、これから詩乃は俺の物だ」
「ええ、私は和人のものよ」
「じゃあ……」
「あのーそろそろこの空間、消していいですかね? そっちの子にもちゃんと訓練空間使えるようにしますんで、そっちでやってください」
「「すいません」」
わざわざ待っていてくれた光の人にあやまる。
「じゃあ、目をつぶって起きる事を意識してください」
言われた通りにすると意識が覚醒していく。目を開けると、詩乃の顔が飛び込んで来てしばし見つめ合ったあと、恥ずかしそうにする詩乃。離れようと身体を起こしたあと、思い出したのか身体をそのまま預けてくる。
「あれって本当の事なのよね?」
「そうだな。もう詩乃は俺の奴隷だよ?」
「わかってるわよ。それより……」
詩乃が何かいいかけた瞬間に詩乃の携帯が鳴り出した。
「出ていい?」
「もちろん」
「うん」
詩乃が携帯を取って電話に出ると、向こうから声が聞こえてくる。
『詩乃ちゃん、音夢が、音夢が』
「お母さんがどうしたの?」
『元気になって病気が治ったみたいなの!』
「本当っ」
『ええ。代わるわね』
詩乃は俺に身体を預け俺の手を握りながら母親と会話して涙を流していく。少しして電話を切ってこっちを見てきた。
「ありがとう。和人のお陰だね」
「詩乃が喜んでくれたならいいよ。他の連中はついでで助かっただろうけど」
「そうね。それじゃあ本当にこれから私の事を好きにしていいよ。和人に私の人生も全部あげるから。エッチな事もする? お尻にあたってるし……」
「そっ、それは朝の生理現象だから! まあ、できたらしたいけど、その前に最初の命令だ」
「なに? なんでも言って」
「じゃあ、俺と結婚を前提に付き合って」
「は? ちょっと待ちなさい! だから、それは駄目だって……」
「拒否は認めない。詩乃はもう俺のものだし、自分で絶対服従だって言ったんだから」
「あっ……このっ」
「ふははははは、もう遅い! 詩乃がなんと言おうが関係ないからな」
詩乃を抱きしめると、真っ赤になりながら睨みつけてくる。でも、言い返せない。
「ああ、それと自分を卑下する事も禁止だ。誰が詩乃を認めなくても俺が認めているんだから。それに他にも詩乃の事を認めている人達はいるんだから」
「うっ……わかったわよ……もう勝手にしなさい」
「ああ、勝手にする。こんなふうに」
詩乃の顔に俺の顔を近づけると、詩乃は目を瞑って力を抜いてくる。俺はそのまま詩乃に口づけを交わす。
「ぷふぁっ。キスって何か不思議ね」
「そうだな」
「それと今何時……ねえ、携帯が光ってるけど……」
「そういえばサイレントマナーにしてたっけ」
画面を見ると無数の着信とメールがあった。送り主は直葉と母さんだった。今も鳴っているので詩乃を見てみる。
「出れば? 朝帰りを咎められるでしょうけど」
「だね」
出てみると、母さんの心配そうな声が聞こえてきた。
『大丈夫なの? どこにいるの?』
「あ~うん、今彼女のとこ。お弁当箱返しに言ったついでに色々とあって告白した」
『そう……連れてきなさい。そしたら許してあげるわ』
「わかった」
「ちょっ、ちょっとっ!?」
「諦めて」
『と言いたい事だけど、今色々と大変だから今度でいいわ。とりあえず今度からはちゃんと連絡をしなさい』
「わかった。それとしばらく仕事も学校も休むから」
『どういう事?』
「あちらのお家に挨拶しに行ってくる」
「えっ!?」
『わかったわ。好きにしなさい。直葉には伝えておくから』
電話を終えると、何とも言えない表情の詩乃がいる。それを無視して仕事先に連絡していく。といっても、しばらく映画の撮影だけなのでVR空間なら問題ない。アミュスフィアに入れてある認証カードを持っていけばいいのだ。
「さて、これで問題ないよ。詩乃の家に旅行ついでに行こうか」
「学校は?」
「休む。詩乃もちゃんと母さんに会うべきだよ」
「わかった。準備するけど何で行くの?」
「バイク。一度旅行に行ってみたかったんだよな」
「じゃあ、色々と準備しないと」
「着替えて買い物に行こうか」
「言っとくけどお金ないからね?」
「彼氏が全部出すさ」
「そうね。それに和人は私のご主人様だし?」
「それもあったな。まあ、恋人の方が嬉しいしかな」
「ふん。知らないわよ」
ニヤニヤとこっちを笑いながらみてくる詩乃にそう返すと、今度は赤くしてそっぽを向いた。可愛いな、詩乃はついつい頭を撫でるとそっぽを向いたままどことなく気持ち良さそうにする姿は猫のような感じだ。猫耳ヘッドフォン、探そうかな。とりあえず、バイクにサイドカー着けたり詩乃のライダースーツとか買いに行かないとな。
シノンの他に好きなキャラ?
ユウキですが、何か?
不覚にも最後泣いちゃったよ!