空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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第七話 ウヴァさんと傀儡

「本音、ウヴァ君……今、いい……?」

「む? 更識か」

「どったの? かんちゃん」

 

 強盗事件から一週間程が過ぎた日の昼休み。

 本音と共に食堂に入ると、更識が声をかけてきた。俺達を待っていたようだ。

 

「……これ……この間の御礼……」

「おおっ! この箱はリッツカールトンの! やったねウヴァっち!」

「うん? ああ、感謝するぞ更識」

 

 更識はなにやら手の込んだ細工が施された箱を差し出してきた。

 本音が喜んでいるので、受け取りながら礼を言っておく。

 しかし、何が入っているのだろうか?

 

「……ケーキ、二人で食べて……美味しいから」

 

 俺の疑問は態度に出ていたらしく、更識が補足する。

 ケーキか。箱を見る限り、かなり高級なものだろう。

 恩返しに美味いケーキを持ってくる。うむ、更識はなかなかに分かっている人間だな。

 

「ありがとう、かんちゃん。そうだ、かんちゃんもお昼食べに来たんだよね? いっしょに食べようよ」

「……いいの?」

「いいよね? ウヴァっち」

「ああ」

 

 本音が更識を昼食に誘う。一瞬、せっかく貰ったケーキの取り分が減るかもと思ったが、更識ならそんなことにはなるまい。問題ないだろう。

 とりあえず、手近なテーブルに座る。本音と更識は注文に行ってしまった。

 ケーキの箱をいろんな角度から眺めて暇を潰していると、トレーを持った織斑が現れた。いつも通り、篠ノ之を連れている。

 

「ウヴァ、ここいいか?」

「構わんぞ」

「うん、ありがとな」

「失礼する」

 

 織斑と篠ノ之がテーブルに着く。更識が相席になることを気にするかもしれないが、まあいいか。気弱なあいつの事だ、文句は言うまい。

 

「なぁ、その箱なんなんだ? すごく高そうだけど」

「貰い物だ。美味いケーキが入っているらしい」

「へぇ、よかったじゃん。そういえば布仏さんは?」

「注文に行っている。すぐに戻ってくるはずだ」

「そっか。そうだ、今日の放課後なんだけど――」

「ウヴァっち、おまたせ~。と、おりむー?」

 

 織斑と話していると本音と更識が帰ってきた。

 本音は織斑を見て困ったような表情を浮かべる。どうした?

 

「本音……ごめん……」

「あー、うん。またね、かんちゃん」

「……うん」

 

 俺が疑問に思っていると、更識が立ち去ってしまった。

 

「布仏さん、さっきの子は?」

「あ~、私の友達。ちょっと人見知りだから、おりむーにビックリしたんだと思う」

「ごめん、悪いことしちゃったな」

「気にしないで~」

 

 人見知りか。確かに、学園に二人しかいない男子生徒が相手なら気後れしてしまうこともあるのかもしれないな。

 本音と織斑の会話を聞き、納得していると、織斑がこちらに話しかけてきた。

 

「なぁ、ウヴァ。アリーナ使えるの今日で最後だろ? だから、今日は俺とタイマンで模擬戦してくれないか」

 

 そういえば、明日からクラス対抗戦の準備のためにアリーナが使えなくなるのだったな。最後の仕上げに一対一の勝負か。

 

「いいだろう。訓練の成果を見てやる」

 

 織斑に答えながらケーキの箱に手を付ける。

 リボンやテープを解いて、やっと取り出せたのは、繊細な細工が施されたチョコレートケーキだった。ミルクチョコ、ホワイトチョコ、イチゴチョコの三種類が一切れずつ。

 うむ、これは美味そうだ。しかし、ここまで手が込んだケーキは食べるのがもったいなく感じるな。素晴らしい。

 喜びに震えていると、視線を感じたので顔を上げる。

 

「じ~」

「…………」

 

 本音と篠ノ之が物欲しそうにこちらをじっと見ていた。

 本音はともかくとして、篠ノ之、お前もか。やらんぞ?

 

 

 

 

「うおおおおっ!」

「甘いっ!」

 

 篠ノ之が駆る『打鉄』の近接ブレード『葵』による斬撃を、こちらも一歩踏み込み、組み付くことで防ぐ。

 振り解こうとする相手の動きを抑えながら、アサルトライフル『焔備』の零距離射撃をくれてやった。

 

『そこまで~、勝者ウヴァっち!』

 

 アナウンスが響く。俺の勝ちか、当然の結果だな。

 放課後のアリーナ。

 俺は篠ノ之と戦っていた。本来なら織斑と戦うはずだったのだが、アリーナに顔を出したオルコットの“『甲龍』対策の確認ならば第三世代射撃兵装を装備した『ブルー・ティアーズ』の方が適任”という主張によりオルコットが織斑と戦うことになったからだ。

 織斑とオルコットの戦闘終了後、なんとなく物足りないと感じていたところに、篠ノ之が模擬戦を持ちかけてきたので了承した。

 篠ノ之は剣士なだけに、接近戦の技量は高い。だが、基礎的なISの操縦技術が未熟なためにそれを活かせていなかった。

 専用機を持たない以上、練習時間が限られるので仕方のないことだろう。

 そんなことを考えながらピットへ戻ると、俺達が戦っている間に入り込んだらしい『甲龍』のチビ、凰が織斑に対して怒鳴り散らしていた。織斑はヘコヘコと謝っている。

 どうした? また馬鹿をやったのか?

 

「どうやら死にたいらしいわね…… いいわよ、希望通りにしてあげる。全力で叩きのめしてあげるわ」

 

 言いたいことを一通り言ったのか、凰は物騒な言葉を残してピットから出て行く。

 

「一夏、何があった?」

「あー、ちょっと怒らせることを言ってしまったというか……」

 

 俺に遅れて帰投した篠ノ之が問いかけると、織斑は歯切れの悪い答えを返す。どうやらこいつに非があるらしい。

 

「なんでもいいが、凰に手心を加えたりするなよ。お前に勝ってもらわないと、俺の欲しい物が手に入らないからな」

「手加減なんてしないさ。特訓に付き合ってくれた皆に悪いしな」

「分かっているならいい。練習を再開するぞ。おい、オルコット! この間の三次元躍動旋回、あれ、もう一回教えろ」

 

 この日はアリーナの閉鎖時間ギリギリまで訓練を続けた。

 俺がやれることは全てやった。後は織斑に任せるだけだ。

 

 

 

 

『それでは両者、試合を開始してください』

 

 アナウンスと共にブザーが鳴り響く。

 クラス対抗戦初日、第二アリーナ第一試合。

 織斑と凰の戦いが始まった。俺は本音や篠ノ之、オルコットと共に観客席最前列に陣取っている。

 織斑は、凰の奇襲気味の初撃は防いだものの、完全にペースを持っていかれている。『甲龍』の見えない砲撃から逃げ惑うばかりだ。

 特訓の成果か、どうにか直撃は避けているが、このままではジリ貧だろう。

 

「ええい、何をしている、織斑!」

「劣勢になるのは仕方のないことですわ。ISに触れて間もない織斑さんと、代表候補生の凰さんでは、地力に差が有りますからね」

「まーまー、これからだよ」

 

 思わずこぼれた苛立ちに、本音とオルコットがなだめるように返す。

 確かに不利な展開になるのは分かっていたことだ。もともと『零落白夜』に勝負をかける作戦なのだ、逃げに徹してチャンスを待つのは間違ってはいない。

 俺は思い直して、試合に目を向ける。

 織斑と凰は仕切り直しといった感じで言葉を交わしている。最後に凰が何かを叫んだ瞬間、織斑の『白式』が瞬時加速を発動した。

 織斑め、不意打ちとはなかなかやるではないか。

 『零落白夜』の眩い光を発する『雪片弐型』が『甲龍』を切り裂くかと思われた瞬間。

 

 ズドオオオオンッ!!!

 

 アリーナ全体に大きな衝撃が走った。もうもうと砂煙が立ち込める。何が起こった?

 『打鉄』の頭部ユニットを部分展開しハイパーセンサーを起動すると、警告が表示された。

 

 ――ステージ中央に熱源。所属不明のIS。戦闘態勢――

 

 IS? あれが?

 センサーが捉えた映像は、俺が知る一般的なISの姿とはかけ離れていた。

 全身を装甲で覆い、異様に長い腕を備えた灰色の巨人。

 織斑たちにビーム兵器による攻撃を行っている。

 何者だ? シールドで覆われたステージにどうやって侵入した?

 なにより奇妙なのは、奴の中から人間や欲望の気配を感じないことだ。無人機か? だが、ISは女が中に入らないと起動しないのではなかったのか?

 状況を掴めずに混乱していると、『打鉄』のオープンチャンネルに通信が飛び込んできた。

 

『織斑くん! 凰さん! 今すぐアリーナから脱出してください! すぐに先生たちがISで鎮圧に行きます!』

『いや、先生たちが来るまで俺達が食い止めます。いいな、鈴』

『誰に言ってんのよ! 当然でしょ!』

『織斑君!?』

 

 山田真耶が離脱を指示している。だが、織斑たちはアレと戦うつもりのようだ。さて、俺はどうしようか。

 観客への避難指示のアナウンスを聞き流しながら、こういう時に頼りになりそうなオルコットに目を向けた。

 『ブルー・ティアーズ』のヘッドドレス型ハイパーセンサーを部分展開している。奴も情報を集めていたようだ。

 

「ウヴァさん」

 

 俺の視線を感じたのだろう。オルコットが口を開いた。

 

「外部からアリーナの制御システムがクラッキングを受けています。遮断シールドと隔壁によって先生方も救援に向かうことができないようです。」

「なんだと……」

「そんな……」

 

 オルコットが淡々と語る現状に、篠ノ之と本音が絶句する。

 ステージでは、織斑と凰が敵ISの火力に圧倒されているようだ。これは確かに危険だな。

 どうしたものか。グリードの力を使えば織斑たちを助けに行けなくもないが、人間でないことがばれると学園にいることは出来なくなるだろう。それは無しだな。

 少々冷たいようだが、この場は静観することにしよう。

 

「……っ!」

 

 短い逡巡の後、俺は方針を決定した。同時に、篠ノ之がどこかへ向けて走り出す。

 なんだ? どこへ行くつもりだ?

 

「ウヴァっち、追って!」

 

 本音が声を張りあげる。確かに、あの篠ノ之だ。織斑の危機に何をしでかすか分かったものではないな。

 

「ああ、行ってくる」

 

 俺は篠ノ之の後を追って駆け出した。

 

 

 

 

『一夏ぁっ!』

 

 篠ノ之の声が拡声器を通して響き渡る。コイツは中継室に向かっていたのだ。織斑を自分の声で応援したかったらしい。馬鹿か。

 耳障りなハウリングを気にした様子もなく、篠ノ之はマイクに向かって大声で言葉を続けた。

 

『男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』

 

 えらく高圧的な励ましだな。もっと素直な言葉を選ぶことが出来れば、織斑との関係も好転するだろうに。

 呆れ半分にそんなことを思っているうちに、織斑が敵ISを撃破した。

 『甲龍』の『衝撃砲』を上乗せした瞬時加速で突っ込み『零落白夜』を叩き込んだのだ。無茶をする。篠ノ之の激励でその気になったのか?

 エネルギーが空になったのか『白式』は墜落してしまったが、操縦者保護機能で織斑は無事だろう。

 破壊されたISを見ると、胴体部分が大きく抉られて、機械部品が露出している。やはり無人機のようだ。何処の国で開発されたのだろうか。まあ、俺には関係のない話か。

 

「終わったな。篠ノ之、戻るぞ」

 

 俺がそう言うと同時に、部分展開したままになっていた『打鉄』から警告が入った。

 

 ――未確認ISの再起動を確認。ロックされています――

 

 なんだと!? とっさに『打鉄』を全展開する。

 奴は腕部を変形させてこちらに向けていた。高エネルギー反応。マズイ!

 

「どけっ!」

 

 俺は篠ノ之を後ろに放り投げ、ステージの方向へ踏み出した。非固定浮遊部位のシールドを二枚とも前面に展開する。奴の砲撃が迫る。防げるか!?

 

「ヌゥゥゥゥゥッ!」

 

 

 

 

 

 

「う………?」

「よう、起きたか」

 

 隣のベッドで目を覚ました織斑に声をかける。

 俺は学園の医務室のベッドで横になっていた。時刻は夜の九時過ぎだ。

 

「ウヴァ? あれ? ……そうだっ、あのISは!?」

「落ち着け、織斑。奴はオルコットが始末した」

 

 半身を起こし問い詰めてくる織斑に答える。

 未確認ISはオルコットの『ブルー・ティアーズ』によって破壊された。

 俺が受け止めた最後の砲撃によってアリーナの遮断シールドがダウンしたため、侵入が可能となったのだ。

 

「セシリアが? ええと……状況が掴めないんだけど。ここ、医務室だよな?」

 

 キョロキョロと周りを見回しながら織斑が訪ねてくる。状況を全く把握できていないようだ。

 当然か。『白式』が記録していたバイタルデータによると、織斑は奴に『零落白夜』を打ち込んだ時点で失神していたらしいのだから。

 外部からの砲撃を吸収しての瞬時加速などという無茶をやったのだ、意識も飛ぶだろう。

 それでも一太刀を浴びせた事は褒めるべきかもしれないな。

 

「ああ。お前は特攻かまして意識を失い、ここへ運び込まれた」

「失敗したのか、俺……」

「いや、完全に沈黙させることは出来なかったが、『零落白夜』は直撃していた。大ダメージを受けた奴にトドメを刺したのがオルコットというだけだ。少々情けなかったが、奴を倒せたのはお前の手柄だ。俺達以外に怪我人も出なかったしな」

 

 事の顛末を簡単に説明してやる。織斑も落ち着いてきたようだ。

 

「そっか……あれ? ウヴァも怪我したのか? なんで?」

「そこで寝ている馬鹿のせいでな」

 

 織斑の問いに、通路を挟んで向かいのベッドを、包帯が巻かれた腕で差しながら答える。中で寝ているのは篠ノ之だ。

 

「箒……だよな、寝てるの。何があったんだ?」

「フン、本人に聞け」

「あ、ああ」

 

 俺の『打鉄』と『体』は未確認ISの最後の砲撃で浅くはない傷を負った。

 『打鉄』はダメージレベルがCを超えてるとかで、自己修復が完了するまで起動を禁止されてしまった。

 『体』の方も、何ヵ所か酷い火傷をしていた。治療を受けた後、大事を取ってここで一晩過ごせと言われている。既にセルメダルを消費して修復したのだがな。

 ちなみに、篠ノ之は全身打撲で安静を言い渡されている。俺に投げられた時に負ったものだ。

 今は鎮痛剤が効いて眠っているが、先ほどまで痛みでウンウン唸っていた。

 

「他に何か聞きたいことはあるか?」

「いや、疲れた。もう寝るよ」

「そうか」

「ああ。おやすみ、ウヴァ」

 

 やはり体力を消耗していたのだろう。織斑はそれだけ言うと、すぐに寝息を立て始めた。俺も寝るか。

 

 

 

 

 

 

「……いくか」

 

 深夜。目を覚ました俺は、医務室を抜け出そうとしていた。セルメダルの、俺のヤミーの気配を感じたからだ。

 織斑と篠ノ之が寝ていることを確認した後、窓を開けて中庭へ出た。気配の強い方へ歩いていく。

 

「ここか……出てこい」

 

 校舎の陰で、辺りに人がいないことを確認して俺が命じると、地中からヤミーが現れた。体長数メートル程でオトシブミのような姿に成長している。

 

「最後に一稼ぎだ。この学園のどこかに、灰色のISの残骸がある。それを喰らえ。その後は、この近くの海底に身を隠せ。学園にメダルを保管できる場所がないんでな」

「仰せのままに」

「厳重なセキュリティが敷かれているハズだ、気を付けろよ」

「ハッ」

 

 ヤミーが再び地中に潜るのを見届けて、俺は医務室への帰り道を歩き始めた。

 世界に500弱しか存在しないIS。さらに、今まで確認されていなかった無人型。凄まじい価値だ。

 金銭欲から生まれたあのヤミーに喰わせれば、莫大な量のセルメダルになるだろう。

 しかし、あのIS、どこの差し金だ? IS学園を攻撃するとは。何が狙いだったのだろうか?

 なんにしても、この俺の城に攻め込んだのだ。タダで済ませるわけにはいかん。クラス対抗リーグマッチが中止なったせいでデザートパスの話もパアだ。

 

「何処の誰か知らんが、この落とし前、必ず付けさせてやる……」

 

 俺はそう決意を固めながら、医務室のベッドにもぐりこんだ。

 




クラス対抗戦とゴーレム戦でした。

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