空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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第六話 ウヴァさんとノープラン

「かーんちゃーん、かーんちゃーん!」

 

 学園に来て二回目の日曜の朝。俺は本音に連れられて、寮内のとある一室の前に来ていた。

 今日は一日、何かしらの用に付き合えと言われていたが、この部屋の住人に関わることらしい。

 本音はここに到着するなり、名前を連呼しながら扉をガンガンと叩き始めた。近所迷惑な奴だ。

 

「本音……うるさい……」

「おはよー、かんちゃん!さぁ、出かけよう!」

「断ったはず……」

「いいからいいから~」

 

 扉が開き現れた部屋の主は、眼鏡をかけた女だった。

 知性的な、整った顔をしている。

 華奢な体つきで、腰に届くほど髪が長い。青色の髪。見たことのない、美しい色だ。

 本音はこいつと出かけたいらしい。相手は嫌がっているようだが。

 

「ねぇ、ウヴァっちからも言ってよ~」

「あん?」

「え?」

 

 突然話を振られた。何を言えと。

 相手の女は俺に気付いていなかったらしく、驚きを顔に出していた。

 私服姿の俺や本音と違い、休日だというのに制服を着用している。

 学園内で何か予定があるんじゃなかろうか。連れ出していいのか?

 

「も~、気が利かないなぁ。じゃあ、かんちゃん、行こう!」

「じゃあって……引っ張らないで、制服が……あっ、あっ……」

 

 俺が返答に困っていると、本音は眼鏡の女を無理やり引きずり出した。

 ワケが分からんぞ。それに、気が利かないとはなんだ。上手く答えられるわけがないだろう。お前が何をするか説明されてないのだから。

 心の中でそうボヤきながら、女の手を引いてずんずんと進む本音の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 眼鏡の女を連れた本音と俺は、寮を出た後、学園の外へ向かうバスに乗っていた。

 休日だというのに俺達以外に客はいない。

 この時間帯は空いているものなのだろうか? 時刻を確認すると十時過ぎだった。

 

「本音、結局今日は何をするんだ?」

「…………」

「何しよっか? 私はウヴァっちとかんちゃんのお顔合わせがしたかっただけだから考えてないや」

 

 俺の問いかけに本音はそう返した。用もないのに俺達を学園から連れ出したのか。別に困ることは無いので構わないが。

 しかし、本音がわざわざ俺に会わせようとするそいつは何者だ?

 先ほどの寮でのやり取りを考えると、本音とはそれなりに親しい間柄のようだが。

「なぁ、その女、なんなんだ?」

「こちらは更識簪お嬢様! ウヴァっちと同じ倉持技研のテストパイロットで、クラス代表で、日本の代表候補生なんだよ~」

「…………」

 

 俺が訊くと、本音は何故か自慢げに眼鏡――更識というらしい――を紹介した。

 代表候補生か、やはり優れたIS操縦技術の持ち主なのだろうか。つむじを曲げて口を閉ざした様子はとてもそうには見えないが。

 まぁ、どうでもいい事か。それよりも。

 

「テストパイロットだと? 俺はいつの間にそんなものになってたんだ?」

「あれ、聞いてないの? ウヴァっちの『打鉄』のコアは倉持技研の所有なんだよ? それをペルー政府に貸与する代わりに、ウヴァっちのデータを倉持が収集するって契約になってるの。だから、ウヴァっちは倉持のテストパイロットでペルーの代表候補生だよ~」

 

 言われてみればペルーから出る前にそんな説明を受けた気がするな。

 

「ちなみに私はウヴァっちの正式なマネージャーだからよろしく~。『打鉄』に何かあったら私に言ってね」

 

 なるほど、こいつが最初に俺の世話を頼まれていると言っていたのはそういうことか。

 

「ああ、わかった。しかしお前、そういう事は最初に言っておけ」

「はーい。それより、今日何しよっか? かんちゃん」

「……私は……帰りたい」

 

 本音の問いに更識はボソボソと答える。

 無理やり連れだされたことで大分不機嫌になっているようだ。当然の事だろう。

 そんな~、と本音が悲しげな声を上げると同時にバスが停車した。ドアが開き本音たちと同年代の男の集団がぞろぞろと乗り込んできた。

 バスが再び走り出す。本音が更識の機嫌を取ろうとしているのを横目で眺めていると、先ほど乗り込んできた連中がにわかに騒がしくなった。なんとなく聞き耳を立ててみる。

 

「なぁ、見てみろよ、あの三人」

「うわっ、なんだあの緑の革ジャン」

「隣のあれ、着ぐるみ?」

「三人目の眼鏡に制服の子、可哀想じゃね? すげえ恥ずかしそうにしてるし」

「いや待て、あのグリーンマンよく見てみろ。何故か似合ってるように見えてくるぞ」

「ホントだ。なんだろう、革ジャンをハードに着こなすクールガイって感じだな」

「あの着ぐるみの子、おっぱいデカくね?」

「あの衣装の上から見てもはっきりわかるってことは相当……」

「あの制服ってIS学園のだよな、カスタム自由の」

「だな……もしかして腰から下げてるプレートは自分で付けたのか?」

「そうなんじゃね? かなり重そうだ。修行かな?」

 

 俺達のことを好き勝手言っていた。失礼な奴らだ。グリーンマンだと? 緑の何が悪いと言うのだ。

 

「ウヴァっち、今日はウヴァっちの服を買いに行こっか。緑の服しか持ってないのはおかしいよ」

「本音も……普通の服を買うべき……」

 

 こいつらにも聞こえていたらしい。本音の提案で、俺達は駅前へ買い物に向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ~ウヴァっち、これどお~?」

 

 白い猫の着ぐるみを試着した本音が問いかけてくる。

 俺達は駅前のファッションビルにいた。本音は俺の服を買うと言っていたが、ここに来るまでに忘れてしまったようだ。ビルに入るとファンシーな商品が並ぶ店に直行した。

 

「本音、俺は猫が嫌いだ」

「え~可愛いのにー。色違いもあるからお揃いで買おうよ~」

「猫は嫌だ」

「ぶぅ~。かんちゃんはどお?」

「私には……必要ない……お願いだから普通の服にして…」

「二人ともノリが悪いなー」

 

 本音は俺と更識の反応に不満だったらしく、また新しい服を物色しに行った。ノリが悪いなどと言っていたが、どう考えてもあいつがおかしいだけだ。

 ふと、更識に目を向けると、もう全て諦めたといった表情をしていた。どれくらいの付き合いかは知らんが、それなりに本音に振り回されてきたのだろう。

 

「おい」

「っ……なに?」

「本音はいつもこうなのか?」

「止める人がいないと……だいたいは……」

「お前も苦労しているんだな」

「…………」

 

 俺が話かけると更識は怯えた様子で応じた。

 学園には、俺に対してこういう態度をとる奴がそこそこいる。普段から、ガキの相手をする時のように愛想よくしていた方が良いのだろうか? いや、それは疲れるな。

 

「ウヴァっち! かんちゃん! これならどうだ~!」

 

 再び着替えて本音が戻ってきた。今度は着ぐるみではなかったが、それでもかなり特徴的な格好だった。

 下半身はオリーブ色のつなぎを、腕の部分を腰で縛りベルト代わりにしてズボンのように穿いている。

 上半身は、白のプリントTシャツの上から首の周りにボアの付いた茶色いレザージャケットを羽織っている。

 着ぐるみよりはマシだが、えらく男らしい雰囲気だ。この店の商品とは思えないのだが、どこから引っ張り出してきたのだろうか。

 

「どう? カッコいいでしょ~」

「ああ、そうだな」

「えへへ~、そうでしょ。お会計言ってくるねー」

 

 付き合うのが面倒になってきていたので適当に答えると、本音は上機嫌に会計へと向かった。そういえば、あの組み合わせどこかで見たことがあるような……

 本音を待っていると、今度は更識から声をかけてきた。

 

「よかったの……?」

「何がだ?」

「……なんでも……ない」

「やーやーおまたせ~」

 

 会話は本音が戻ってきたのですぐに打ち切られた。何を言いたかったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、ランチセットとチャンピオンパフェ、オリンピックケーキになります。ご注文の品は以上となります。」

「は~い、ありがとうございま~す」

 

 本音が会計を済ました後、俺達は昼食のために@クルーズという店に来ていた。本音のお気に入りの店らしい。

 

「ウヴァ君……ケーキ、好きなの……?」

 

 注文していた食事をテーブルに並べた店員が立ち去った後、更識がおずおずと口を開いた。

 

「そうだよ~ウヴァっちはケーキ大好きだからね~」

 

 俺の代わりに本音が質問に答えた。服装は先ほど店で買い替えたものだ。試着した状態から着替えなおすのが面倒だったらしい。

 

「どうでもいいだろ。それより早く食うぞ」

「そうだねー、いただきま~す」

「……いただきます」

 

 学園の食堂以外のケーキは初めてだ。どんなものか楽しみだ。生クリームの上の様々なフルーツに目を奪われながら、俺がフォークを手に取った瞬間。

 

「全員、うごくんじゃねえ!」

 

 店のドアを蹴り破り現れた三人の男が怒号を発した。

 

「あん?」

 

 俺が視線を向けると三人の内の一人が手に持った銃を天井に向けて発砲した。店員の悲鳴が響く。

 

「騒ぐんじゃねえ!静かにしろ!」

 

 男たちは全員、骨格のような模様の入った黒い服を着ていた。顔は目と口以外は覆面で隠されている。それぞれが手に銃と札束が飛び出た袋を持っていた。強盗でもやった帰りか?

 そんなことを考えながら、ケーキを切り分け口へ運ぼうとすると、外から拡声器を通した声が聞こえてきた。

 

『あー、犯人一味に告ぐ。君たちはすでに包囲されている。おとなしく投降しなさい。繰り返す――』

 

 ふむ、やはり強盗か。しかし、このケーキ見かけ倒しだな。サイズが大きいのは良いが、載せられているフルーツはどれも安物のようだ。

 

「ウヴァっち、どうしよう?」

「…………」

 

 本音がパフェをつつきながら不安そうな声で尋ねてくる。更識もどうしたものかといった様子だ。

 ああ、そうか。

 人間は俺たちよりずっと弱い存在だったな。こいつらは銃で撃たれれば、死ぬ。

 それは嫌だな。

 

「お前ら、机の下で伏せてろ。始末してくる」

 

 俺が『打鉄』を呼び出そうとすると、本音が声を上げた。

 

「ウヴァっち、学園以外ではISは使わない方がいいよ」

「なぜだ?」

「うん、ウヴァっちペルーの代表候補だから、外交とかいろいろ絡んでくると思う」

「面倒だな。まあいい、素手で十分だ」

「大丈夫なの?」

 

 心配した様子の本音の問いに、問題ないと頷く。しくじったとしても、グリードである俺は銃弾程度でダメージを受けることは無いからな。

 少し暴れるか。俺がそう決めると、強盗の内の一人が近寄ってきた。

 

「お前ら、何をコソコソしている!」

 

 銃身をこちらに向け、ゆっくりと歩いてくる。本音と更識を見ると、既に机の下に潜り込んでいた。よほど運が悪くない限り流れ弾が当たることはないだろう。

 強盗犯との距離は3メートル程。やるか。

 

「馬鹿が!」

 

 俺は強盗犯に向かって跳躍した。

 敵は銃の引き金を引いたが全て外れだ。ロクに訓練もしていなかったらしい。

 俺は跳躍の勢いのまま、強盗犯の頭部に拳を落とした。

 骨が砕ける音が聞こえた。俺の拳と奴の頭蓋骨、両方が壊れた音だ。

 砕けた拳を再生しながら、残り二人の強盗に目を向ける。突然の事態に反応が遅れたのか、こちらに銃を構えようとしているところだった。ノロマ共が。

 両手に数枚づつ、体内のセルメダルを取り出し、奴らの顔面を狙って勢いよく投げつける。一人は当たり所が悪かったらしく、それだけで気絶したようだ。もう一人は銃を乱射しながら転倒した。さっさと決めるか。

 起き上がろうとする最後の一人に駆け寄った俺は、奴のアゴを蹴り飛ばした。

 

「こんなもんか」

 

 俺がそう呟くと、本音と更識がテーブルの下から出てきた。

 

「お疲れ、ウヴァっち。すごかったよ~」

「フン、俺の実力だ」

「うんうん! ウヴァっちはすごい!」

 

 投げたセルメダルを拾いながら本音と話していると、静まり返っていた店内がざわつき始めた。

 

「お、終わった?」

「いったい何が……?」

「私たち、助かったの?

 

 窓を見ると警官隊が詰め寄ってきていた。その後ろにはマスコミも控えているようだ。このままここにいると、事情聴取だのなんだの面倒臭いことになりそうだな。

 

「本音、更識、帰るぞ」

「えー、インタビュー受けようよ~ヒーローインタビューだよ?」

「面倒だ、行くぞ」

 

 そう言って店から逃げ出そうとすると、強盗の中の一人、セルメダルの投擲で気を失っていた男が突然起き上がった。

 

「捕まってムショ暮らしになるくらいなら、いっそ全部吹き飛ばしてやらあっ!」

 

 そう叫んだ男は、ズボンの中から何かを取り出した。あれは、爆弾か? クソ、油断した!

 

「あきらめが悪いぞ!」

 

 俺は『打鉄』を展開し男に飛び掛かった。そのまま男の首を掴み、上空へ向けて最大出力で加速した。

 

 

 

 

 

 

 俺は男を持ったまま、地上から百メートルの位置で滞空していた。この高度なら、爆弾が爆発しても地上へ被害は及ぶまい。どうにか間に合ったようだ。

 

「ぐっあぁ、IS? なんで……」

「どうした? 爆発しないのか?」

 

 さて、この男をどうしてくれようか。そう考えていると、茫然としていた男はメソメソと泣き始めた。

 

「うぅっ、畜生……金さえあれば、俺も……金があれば……」

 

 気色悪い、男が泣くな。俺は手ごろなビルの屋上に降り立った。こいつにはもう自爆する気も無いだろう。

 しかし、金銭欲か。わかりやすい欲望だな。せっかくだ、ヤミー作っとくか。

 俺は男を放り転がし、ISを解除した後、セルメダルを一枚取り出した。男の額にメダルの投入口が現れる。

 

「うっ……金が……うぅ……」

「その欲望、解放しろ」

「金……ぇ……」

 

 セルメダルを男に投げ入れると、男の体から全身に白い包帯を巻いたような見た目の怪人、白ヤミーが生まれた。反動で男は気絶したようだ。

 俺のヤミーは、生み出した親の欲望の対象を喰らうことでセルメダルを増殖させて成長する。

 金銭欲から生まれた今回のヤミーなら、何を喰っても成長できるだろう。なんせ、今の人間社会はありとあらゆるモノに値段がついているのだから。

 さて、何を喰わせようか……ん、いや、まてよ……

 

「…………」

「いかが致しましょう?」

 

 指示を出さない俺の顔を白ヤミーが覗き込んでくるが、俺はそれどころではなかった。とても重要なことを思い出したからだ。

 それは、オーズの事だ。

 学園の生活やISの事で一杯になってすっかり忘れていたが、奴の足取りは一切掴めていない。

 まだ生きているのかもしれないし、もう死んだのかもしれない。何一つ奴の情報を俺は持たない。

 わかりやすい欲望の持ち主がいたのでついヤミーを作ってしまったが、下手に暴れさせては藪蛇になる恐れもある。

 

「……おい」

「ハッ!」

「時間はいくらかかってもいい、目立たないようにセルメダルを増やせ。ある程度増えたら俺の所へ来い」

「御意」

「絶対に騒ぎを起こすんじゃないぞ!」

 

 俺の命令を受けた白ヤミーは、辺りを見回しながら非常階段を下りて行った。

 

「さて、行くか」

 

 俺は『打鉄』を展開し、気絶した男を抱えると、警官とマスコミが囲む@クルーズへ向かって進んだ。

 ああ、面倒なことになりそうだ。

 

 

 

 

「ウヴァ、布仏さん、お帰り。強盗事件解決したんだって?さっきからTVでずっと流れてるぞ」

「ただいま~。そうだよー大活躍だったんだよ~」

 

 日もすっかり暮れた時間。寮に帰り更識と別れた後、部屋の前で織斑に出迎えられた。

あの後、店に戻った俺に、事件解決についてマスコミからのインタビューが殺到した。

 蹴散らしてしまいたかったが、また本音を怒らせるかもしれなかったので、警察が追い払うまではできる限り愛想よく答えた。

 その後は警察の聴取だった。

 事情が事情だけに、ISの使用について咎められる無かった。だが、何時間も同じ事を繰り返し訊かれたので、正直たまったものではなかった。

 

「強盗犯、爆弾とか持っててホント危なかったんだろ? ウヴァ、感謝状もらえるんじゃないか?」

「そんなものに何の意味がある。俺は疲れた、今日はもう寝る」

「ん、そうか。おやすみ。布仏さんもね」

「ああ、また明日な」

「じゃあね、おりむー」

 

 さっさとシャワー浴びて寝るか。明日からはまた授業だ。織斑の特訓もしなければならないしな。

 




ごめんなさい!ISの9巻買ったり、ヤフオクでクワガタメダル落としたりしてたら投稿遅れました。

今回は簪さん登場と4巻の強盗イベントでした。
ついでに白ヤミーも生成。カマキリさんみたいにウヴァさんより頭よさそうな感じにしてみました。
本文中で布仏さんが購入した服は、初代仮面ライダーバースこと伊達さんの初期衣装をイメージしたのですが、伝わりましたかね。

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