「来ないな、俺のIS」
「来ないね~」
「おい、いつまで待たせるんだ?」
「…………」
俺がオルコットと戦ってから六日目の放課後。
クラス代表を決める試合のために、俺達は第三アリーナにいた。さっさと試合を始めたいのだが、ピットで待機している。織斑のISが届いていないからだ。
ピットにいるのは俺と布仏と織斑、そして織斑の同室の女、篠ノ之箒の四人だ。
「なあ、箒。気のせいかもしれないんだが」
「そうか。気のせいだろう」
ピットに入ってから十数分、一度も口を開かない篠ノ之に織斑が話しかけた。
「ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」
「…………」
ああ、その話か。
この一週間、織斑は篠ノ之からひたすら剣術の扱きを受けていたらしい。
稽古を付けてくれるのはありがたいが、そのせいで他の事が出来ないと愚痴っていた。
織斑の言葉にバツが悪くなったらしく、篠ノ之は目をそらしている。
「……まあ、かなり勘を取り戻せたからいいんだけどさ」
「っ、そうだ! ISも剣も、武として通じるものだ、役に立たないハズがない!」
「ああ、ありがとうな」
「わかっているならいい」
ここ数日で気付いたことだが、篠ノ之は織斑に気があるようだ。
織斑はそれを察するそぶりさえ全く見せないが。
篠ノ之の態度に問題があるのか、織斑がそういったことに鈍いのか、あるいは両方か。
そういえば、篠ノ之のような女からヤミーを作ったことがあったな。あれは強いヤミーだった。
カツカツと壁を叩きながらそんなことを考える。
爽やかに笑う織斑と顔を赤く染める篠ノ之を眺めていると、布仏がよってきた。
「青春してるね~」
「くだらん」
「むぅ、ウヴァっちもおりむーと篠ノ之さんのこと見てたのに。ホントは恋に恋する思春期のくせに~」
布仏がおどけながらそんなことを言う。何が思春期だ、馬鹿らしい。俺の年齢は八百三十代だぞ。
おれが布仏に反論しようとすると、駆け足の音が近づいてきた。副担任の山田麻耶だ。後ろには担任の織斑千冬の姿もある。
「織斑くん織斑くん織斑くんっ! 来ました、織斑君の専用IS!」
ようやくか。遅れて歩いてきた織斑千冬が弟の前に立つ。
「織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」
「え?」
ほう、なかなか厳しいことを言う。だが織斑は何を言われたか理解できていないぞ?
「この程度の障害、男子たるもの軽く乗り越えて見せろ。一夏」
「え? えっと、あの?」
篠ノ之が発破をかける。
しかし失礼なやつだな? 俺を『この程度』扱いとは。
戸惑う織斑をよそに、重い駆動音と共にピットの搬入口が開く。
その奥では真っ白なISが操縦者を待っていた。
「これが織斑くんの専用IS『白式』です!」
山田が力強く宣言する。
「すぐに装着しろ。時間がない、フォーマットとフィッティングは実戦でやれ」
織斑千冬に急かされ、織斑がISを装着し始める。
俺は右手の薬指に目を落とした。
黒い宝石が飾られた無骨な指輪がある。俺の専用IS『打鉄』の待機形態だ。
「織斑、先に上がっているぞ」
「ああ、俺もすぐ行く」
俺はISを展開しアリーナに飛び立った。
♢
俺が飛び立って数分後、『白式』の装着を終えた織斑も上がってきた。
速そうなISだ。非固定浮遊部位の大型推進装置がその出力を主張している。
「さっさと始めるぞ」
「ああ……」
俺の言葉に織斑は武装を展開する。剣か。面白い、付き合ってやる。
俺は近接ブレード『葵』を実体化した。
織斑と目が合う。
「行くぞ!」
「ヌゥン!」
俺と織斑は互いに踏み込み、ぶつかり合った。
「なにぃ!?」
「パワーは俺の方が上みたいだな!」
一瞬の鍔迫り合いの後、俺と『打鉄』は弾き飛ばされた。
織斑の言葉通り、馬力はあちらの方が上のようだ。だが!
「オラァ!」
「うおっ!?」
俺は再び『白式』に向けて踏み込んだ。
迎え撃つ織斑の一閃を非固定浮遊部位の物理シールドで受けながら、『葵』をフェイントに使い、織斑に前蹴りを叩き込んだ。
「手札はこちらの方が多いぞ!」
「確かにな! 銃は使わないのか? この『白式』、飛び道具ないぞ」
「ふん、お前の一次移行までは剣だけで遊んでやる」
「それはありがとさんっ!」
今度は織斑の方から仕掛けてくる。どう捌くか。真正面からの競い合いを俺は楽しんでいた。
♢
「というわけでっ、ウヴァ君クラス代表決定おめでとう!」
「ウヴァっち、おめでと~!」
パンパンっとクラッカーが乱射される。よせっ、ケーキにテープがかかるだろうが!
織斑との試合は俺の勝利に終わった。
その後、クラス代表決定記念パーティーをやるだとかで布仏に食堂に連れてこられた。
一年一組の生徒はほとんど全員そろっているようだ。各自飲み物を手に騒いでいる。
――いやー、これはクラス対抗戦が楽しみだねぇ。
――ラッキーだったよねー。同じクラスになれて。
辺りからはそんな声が聞こえる。
「……人気者だな、ウヴァ」
柚子タルトをぱくついていると、隣に座る織斑が声をかけてきた。その口調は暗く落ち込んでいた。
俺は試合の決着を思い出す。
試合が始まってから、俺と織斑は休むことなくぶつかり合っていた。織斑は強かった。不完全な機体にも関わらず、その斬撃は実に鋭かった。
激しい接近戦を十五分程続けたあたりで、織斑の『白式』の一次移行が始まった。俺は攻撃の手を止め、距離を取った。
『白式』が光に包まれ、それまでよりも洗練された姿に変化して現れた。
アリーナの空気が引き締まった。
本当の戦いはこれから始まるのだと、その場の誰もが理解していた。
『白式』が右手の剣から光の刃を発生させる。
眩い光に強大な威力を予感した俺は、ブレードを持つ手と反対の手にアサルトライフル『焔備』を呼び出した。強いプレッシャーを感じていた。
そして、織斑は感慨深げに光の剣を見つめながら口を開いた。
「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」
「俺は、俺の家族を守る」
「とりあえずは、千冬姉の名前を守るさ!」
何を考えているのか、あいつは自分が如何に姉を愛しているのかを語り始めたのだ。
そして、演説が終わると同時に俺に向かって勢いよく踏み込み、俺の三メートル手前でエネルギー切れを起こして墜落した。
あいつは何が起きたのかわからないという顔をしていた。俺も何が起きたのか理解できなかった。わかってるやつなんていなかった。
残酷な沈黙だった。あの時ハイパーセンサーが捉えた織斑千冬の表情は、一生忘れられそうにない。
「ウヴァ、お前はいいよなぁ……」
やさぐれた声に引き戻され、織斑の顔を見下ろす。その額は痛々しく腫れあがっていた。姉に受けた折檻の跡だ。可哀想に。
「おいウヴァ、俺をそんな目で見るな…」
「…………」
「なんだよ……笑えよ……」
「……這いつくばって床でも舐めてろ、ブサイクな負け犬め」
「ひどい!?」
まともに相手をするのが面倒だと思ったので、追い打ちをかけてみる。すると織斑は机に突っ伏して、ブツブツと恨み言を呟きだした。これなら絡まれることはないだろう。
止まっていた手をタルトに伸ばそうとすると、今度は織斑と反対側に座っていた布仏が話しかけてきた。
「ウヴァっち、おりむーイジメちゃだめだよ?」
「こいつが馬鹿なのが悪い。ところで布仏、織斑が出した光の剣、あれはなんだ?」
俺は試合が終わってからずっと気になっていたことを布仏に聞いた。
「あれはね―」
「あれは零落白夜ですわ!」
俺の質問に答えようとした布仏が遮られた。オルコットだ。いつの間に現れたのだろうか? 腰に手を当てたポーズで得意気に言葉を続ける。
「織斑先生が
「だね~」
一撃必殺か、それはすごいな。だが、あらゆるエネルギーを消滅させるとはどういう意味だろうか? まぁどうでもいいか。どんな威力があろうと、当たらなければどうということはない。
織斑の剣の冴えは素晴らしいが、それしか武器がないのなら防ぎようはいくらでもある。
俺は柚子タルトを口に運んだ。うん、やはり美味い。酸味が甘みをよく引き立てている。
♢
「何格好つけてるんだ? すげえ似合わないぞ?」
「んなっ……!? なんてこと言うのよ、アンタは!」
試合の翌朝。
教室に入ろうとすると、入り口で織斑が小柄な女と何やら言い争っていた。おかしくなっていた織斑の調子も元に戻っているようだ。
「おい」
「なによ!?」
邪魔なので声をかけると、女が勢いよく振り返る。
「入り口を塞ぐな。それにお前、このクラスの生徒じゃないな。そろそろ戻らないと遅れるぞ?」
「っ、またあとで来るからね! 逃げないでよ一夏!」
女は時計を確認すると、勢いよく飛び出ていった。
「織斑、今のチビはなんだ?」
「中学の時の友達。二組の代表らしいから、来月のクラス対抗戦で当たるかもな」
二組の代表か。まぁ大したことはないだろう。
この学年、入学試験の時点でオルコットより強い奴がいなかったらしいのだから。
俺や織斑に勝てる奴はいないだろう。
「そうか……そうだ織斑。今日の放課後、付き合え。IS戦の訓練をやるぞ」
「ああ、いいぜ。こっちからも頼もうと思ってたんだ」
♢
「なんだお前は」
授業が終わった放課後。
織斑と布仏を連れて第三アリーナへ行くと、なぜか朝のチビがピットで待ち構えていた。
チビは見慣れない、刺々しいデザインの赤いISを展開している。専用機持ちは学年に三人だけじゃなかったのか?
「一夏に訓練するって聞いたから、手伝いに来てあげたのよ。二人目の男性IS適合者さん?」
チビがこちらを見下ろしながら俺の問いに答えた。計るような視線。何様のつもりだ? 癇に障る態度だ。
「ハッ、手伝い? お前のようなチビに、俺や織斑の相手が務まるとは思えんな」
「チビ、ですって? それに相手が務まらない? 今から試してみる?」
俺の言葉に女はスッと目を細め、ISの右手に武装を実体化させた。面白い。
俺は『打鉄』を呼び出した。左手に『葵』、右手に『焔備』を握る。
「いいだろう、力の差を教えてやる」
「ウヴァっち~?」
「お、おい、二人とも落ち着けって!」
布仏と織斑が止めに入るが、知ったことか。
「一夏、アンタは下がってなさい!」
「布仏、データを取っておけ」
俺とチビはピットからアリーナへと飛び立った。
♢
「ヌゥン!」
「はぁっ!」
ピットからある程度離れたところで、俺はチビに仕掛けた。『葵』で切りかかったのだ。
だが、奴の剣で受け止められ、押し返された。またパワー負けか!
チビのISは『打鉄』が提示するデータによると『甲龍』という名前らしい。
おそらく織斑の『白式』のような近距離タイプなのだろう。もしかしたら『零落白夜』のような大技があるかもしれない。
まずは様子見が必要だな。
「くらえ!」
「甘いっ!」
『焔備』による牽制射撃を行いながら、俺はいったん距離を取ろうとした。その瞬間、見えない衝撃に殴り飛ばされる。なんだ今のはっ!?
「落ちなさい!」
態勢を崩した俺に再び不可視の攻撃が襲い掛かる。
奴の肩の武装によるものだということ以外、何もわからない。とにかく離れるのはマズイ!
俺は瞬時加速で無理矢理に距離を詰め、ブレードで切りかかる。受け止められたが、構わない。近接していればあの攻撃はこないはずだ。そう思った瞬間、再度吹き飛ばされる。馬鹿なっ!?
態勢を立て直そうとしていると、『打鉄』が解析したデータを表示した。
――腕部、肩部に『空間圧作用兵器』――
『空間圧作用兵器』!? なんだそれは!? 俺が混乱しているところに奴が切りかかった。なんとか受け止める。
だが、安定を失ったところに再び『空間圧作用兵器』とやらが連続して叩き込まれ、『打鉄』のエネルギーがゼロになった。おのれ……
♢
「“お前に相手が務まるとは思えない”なんて言っておいて、まともに触れることもできないなんてね。まぁ、実力の差はわかったんじゃない?」
「ぬうぅっ……」
「おい鈴、煽るなよ」
ピットへ戻ると『甲龍』のチビがそれはもう尊大な態度で語りかけてきた。クソが……
「一夏、わかったでしょ。そんな奴に頼んなくても、あたしがISの練習手伝ってあげる」
「あ、ああ」
「うん。じゃあ今日は汗かいちゃったし、いったん帰るわ。また夕食でね?」
「おう」
いかにも上機嫌といった様子でチビは立ち去った。
ぬぅぅ、このままでは済まさん……
俺が怒りに震えていると、布仏が心配そうに近づいてきた。
「ウヴァっち、ケガしてない?」
「……ああ」
「そう、よかった~。でも困ったなぁ~、このままだとデザートパスが……」
聞き逃せない単語が布仏の口から出た。デザートパス?
「おい、布仏。デザートパスとはなんだ?」
「え? ウヴァっち知らなかったの? クラス対抗戦で優勝したクラスは、食堂デザートの半年間のフリーパスがもらえるんだよ~」
「なん……だと……」
デザートのフリーパスだと!? それがあればケーキ食べ放題じゃないか!
「でも、凰さんが来ちゃったからねぇ。ウヴァっちならクラス対抗戦、絶対優勝できるから手に入ると思ってたんだけどなぁ」
布仏が落ち込んだ様子で言う。確かに、先ほどの戦いを考えれば、俺があのチビに勝てる見込みは少ない。
だが、デザートパス。なんとしても……
「いや、二人とも落ち込みすぎでしょ」
織斑が呆れたように言う。なんだか腹が立つな。いや、待て、そうだ。
「織斑!」
「な、なんだよ?」
「クラス対抗戦、お前が出ろ!」
「え、俺? なんで? セシリアとかの方がいいんじゃ…」
何を言っているんだこいつは。俺より弱いオルコットがあのチビに勝てるわけがないだろう。それにだ。
「お前の『零落白夜』は当てさえすれば一撃必殺なのだろう!? どんな相手にも勝てるチャンスがある!」
「お、おう。確かにそうだけど……」
「よし、決まりだ。明日から俺が訓練してやる。お前は絶対に優勝しろ!」
俺は織斑の両肩に手を置いて、熱く檄を飛ばした。
用語解説 打鉄
ライトノベル『インフィニット・ストラトス』に登場するパワードスーツ『IS』の一種。
世界第二位のシェアを誇る日本製の量産型モデルだが、本編の時間軸では次々と新型機がロールアウトしており、旧式化している感があるのは否めない。
火力が低いため、単騎での運用には向かないが、高い防御力を持つため支援機としては優秀とされる。
また、拡張性が高く、オプションとして用意されている『換装装備』は最多数を誇る。
武装は近接ブレード『葵』とアサルトライフル『焔備』の二つが標準装備されている。
『打鉄』待機形態:黒い宝石が飾られた無骨な指輪
オリジナル設定。
指輪の形はオーズ公式サイトのプロフィール写真でウヴァ(人間態)が見せびらかしてるものと同一。
ウヴァさん、わからん殺しの巻
ごめんなウヴァさん。僕、セカン党員なんだ。