空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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第三話 ウヴァさんと打鉄

「あとはー、このページのここと、こっちのページ読んでおけば、今日の授業は大丈夫だよ~」

「そうか、助かったぞ布仏」

 

 入学式翌日の朝。俺は食堂でケーキをつつきながら布仏に勉強を教えてもらっていた。

 こいつはボンヤリとしているように見えて、なかなか優秀な人間のようだ。

 

「おはよう、ウヴァ、布仏さん。ここいい?」

「織斑か」

「おはよー。いいよ~」

 

 教本を片付けて二皿目のケーキに手を伸ばそうとしたところで、朝食を乗せたトレーを持った織斑に声をかけられた。

 隣には昨日の休み時間に織斑を連れ出した女の姿もある。

 

「ありがとう。箒、ここ座ろう」

「……ああ」

 

 席に着き食事を始める織斑と女。

 食べながら織斑が女に話しかけているが、女は不機嫌そうに生返事を返すばかりだ。

 

「ウヴァも布仏さんも朝からケーキなんだな。ひょっとして二人とも甘党?」

 

 女の態度に会話をあきらめたのか、織斑がそんなことを聞いてくる。

 

「甘党かどうかはわからんが、俺はこれより美味いものは知らん」

「私はちょおちょおちょおちょお~……甘党だよ~」

「そ、そっか……けど体に悪いぞ。それにウヴァ、ここの食堂は和食も美味いぞ。せっかく日本に来てるんだから試してみろよ」

 

 そう言って焼いた魚と米を交互に口に運ぶ織斑。確かに美味そうだ。

 

「そうだな、昼に注文してみるか」

「そうしろよ。それよりウヴァ、来週の試合どうするんだ? セシリアって、なんかエリートらしいぞ?」

 

 弱気な顔で織斑がそんなことを聞いてくる。

 戦いにどうするもこうするもないだろうに。

 

「何だろうと、俺の敵ではない。お前こそ、不安なようだがどうなんだ?」

「すごい自信だな。まぁ俺も、やるからには勝ちにいくさ。セシリアにも、もちろんお前にも」

「俺に勝つのは無理だな」

 

 ホントすごい自信だな、と苦笑する織斑。布仏も同じ様子だ。

 フン、試合を見て驚くがいい。

 

「……織斑、私は先に行くぞ」

 

 一人黙々と食事を続けていた織斑の連れの女がそう言って立ち去った。

 すると、見計らったように三人組の女が近づいてくる。

 

「お、織斑君、ウヴァ君、ここいいかな?」

「へ? ああ、別にいいよ」

 

 三人組の問いかけに織斑が答える。

 辺りから妙なざわめきが起きた。

 俺や織斑を遠巻きに観察していた連中だ。

 俺が部屋から出た瞬間からそういった視線を感じたのだからもう気にするのもバカらしい。ここはそういう場所なのだろう。

 

「織斑君、朝すっごい食べるんだー」

「お、男の子だねっ」

「ウヴァ君ケーキ好きなの?」

 

 女どもはテーブルに着くと何やら騒ぎだす。

 相手をするのが面倒だと考えていると、織斑の姉が食堂に現れ生徒たちを急かした。良いタイミングだ。

 

「ウヴァっち~モンブラン、一口ちょーだい?」

「やらん、俺のだ」

「ウヴァっちのけち~」

 

 

 

 

 

 

「というわけで、ISは宇宙での作業を想定しているので――」

 

 今日二コマ目の授業、教壇には山田真耶が立ちISと人体の関係について講義している。

 織斑は今日も苦労しているようだったが、俺は問題なく理解できている。

 実力の差、と言いたいところだが布仏のおかげだ。

 

「それとISには意識にも似たようなものがあり、お互いの対話、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うというか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

 

 山田の口から聞き逃せない言葉が出た。ISの意思?

 

「おい」

「は、はいウヴァ君、質問でしょうか?」

 

 嫌な考えが浮かんだ俺は山田の授業を遮る。

 

「ISの意思と言ったな、暴走の危険は無いのか?」

「暴走……ですか? そのような事例は今まで存在しません。あくまで相互的な理解によってより性能を引き出すため機能と考えられています」

「……そうか」

 

 今一つすっきりしない答えだが仕方のないことか。ISのコアは未だ大部分がブラックボックスらしいのだから。

 しかし、意思と力を持つコアか。まるで俺達のメダルだな。

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、織斑君さあ!」

「はいはーい! 質問しつもーん!」

「ウヴァ君、今日のお昼もケーキ? 夜もケーキ? 三食ケーキ?」

「千冬お姉さまって自宅ではどんな感じなの!?」

 

 授業が終わると女どもが俺と織斑の周りに詰めかけてきた。

 コソコソと様子をうかがう程度なら我慢してやるが、これは鬱陶しい。

 そう思い蹴散らしてやろうと立ち上がった瞬間、鋭い音が辺りに響いく。

 織斑が、いつの間にか背後にいた姉に出席簿で殴られた音だ。

 

「休み時間は終わりだ、散れ」

 

 俺達に群がっていた連中を解散させる織斑千冬。またしても良いタイミングだ。

 

「ウヴァ、お前の専用機の搬入と受領の手続きが先ほど完了した。今日の放課後、第二アリーナで調整を行う。織斑のISは準備まで時間がかかる。少し待て」

「おぉ、そうか!」

「へ?」

 

 これは朗報だ。

 数日ではあるが、思っていたよりも早くISが手に入る。

 俺が喜びに震えていると、教室中がざわめく。

 俺と織斑への羨望の声だ。

 

「なぁウヴァ、専用機ってそんなにいいものなのか?」

 

 織斑がそんなことを聞いてくる。

 話がよくわかっていないらしく、何がそんなに羨ましいのか、という顔をしている。

 その様子に呆れた織斑千冬がISの現状に関する軽い講義を行った後、空中での制動に関する授業が始まった。

 瞬時加速という技術が強く印象に残った。

 一度放出したエネルギーを再度取り込んで圧縮、再放出することで爆発的な加速を得る。

 意味不明だが興味深い技術だ。

 

 

 

 

 

 

「ここが第二アリーナだよ、ウヴァっち」

 

 授業終了後、ISスーツに着替えた俺は、布仏の案内で第二アリーナを訪れていた。

 

「やぁ、ウヴァ君。こちらの準備はできているよ。さっそく始めよう」

 

 アリーナに入ると、俺の後見人でもあるペルー政府の男が現れた。やけに嬉しそうな様子だ。

 待機していた技術者の指示に従い、足早にISが保管されているピットへと向かう。

 

「こいつは……」

 

 重厚なシャッターがゆっくりと開くと、そこにはリマの検査会場で俺が動かしたIS、『打鉄』が鎮座していた。

 

「では最適化を開始しましょう。背中を預けるように……はい、そんな感じで」

 

 ピットの中に控えていた白衣の女の指示に従い打鉄を装着する。

 あの時と同じ感覚だ。

 視界が人間の狭いものから全周囲を見渡すものに変わり、解像度が上がる。

 システムが働いているのだろう、次第にISが俺に馴染んでいくのがわかる。

 

「IS側に問題は発生していないね、気分はどうだい?」

「問題ない。今すぐにでも戦えるぞ?」

 

 政府の男の問いかけに、俺は少しだけ冗談めかして答える。

 気分が高揚しているな。

 

「それは頼もしい。では、実際に動いてみようか」

 

 その言葉に従い『打鉄』を起動する。

 問題ない、意志のままに動かせる。

 浮き上がった俺に男は言葉を続ける。

 

「では、飛んでみたまえ」

 

 ああ、そうさせてもらう。

 俺は『打鉄』と共に飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 自由に飛び回るというのは、思いの他気持ちがよい。

 加速、減速、上昇、下降、旋回、滞空。

 俺はそういった一通りの動作を試し、『打鉄』の挙動を確認していた。

 完璧とは言えないが、俺のイメージにかなり近い起動を描く。

 システムのバックグラウンドで今も進行している初期化・最適化処理が済めば、より完全な動きを見せるだろう。

 飛行しながらそういったことを考えていると、センサーがISの起動を察知した。

 

 ――IS『ブルー・ティアーズ』中距離射撃型――

 

 ピットから飛び立ちこちらに近づいてくる。ISを纏っているのは昨日の喧しい金髪だった。

 

「呆れましたわ。まさかその訓練機で対戦しようと思っているのですか?」

 

 金髪は俺のそばで静止すると、そんなことを言い出した。嘲るような調子で言葉を続ける。

 

「まぁ、南米のさもしい後進国がまともなISを用意することなど不可能でしょうし当然ですわね。惨めな姿を晒したくないというなら、今ここで謝れば、許してあげないこともなくってよ」

 

 謂われのない罵倒。

 ふざけた女だ、殺してやろうか。

 俺の怒りに反応した『打鉄』が装備の情報を提示する。

 

 ――アサルトライフル『焔備』、近接ブレード『葵』――

 

 なかなかに気の利く奴だ。俺はライフルを実体化させ手に取った。

 

「貴様……この場で叩き潰してやろうか?」

「あら、よろしいのかしら? お国の方々の前で恥をかくことになりますわよ」

 

 女がそう言って武装を構えた瞬間、ピットから通信が入った

 

『かまわないよ、ウヴァ君……好きにしたまえ』

 

 ペルー政府の男だ。

 ISを通して俺たちの会話を聞いていたのだろう。その声からは怒りが滲み出ていた。

 

「では……お別れですわね!」

 

 通信が閉じると同時に、女は後退しながら、手に持った大型のビームライフルによる攻撃を開始した。独特な音と共に閃光が走る。

 回避しながらこちらもアサルトライフルを構え、トリガーを引く。しかし、あちらも上手く避けたようだ。

 

「さあ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲で!」

 

 精度の高い射撃が連続して迫る。

 クソッ、中距離での攻撃力は完全にあちらが上か!

 

「待てゴルァ!」

 

 近付かなくては話にならない。

 そう考えた俺は、近接ブレード『葵』を実体化し、打鉄の腰部ブースターを吹かし接近を試みる。

 その間も敵の射撃は続くが、非固定浮遊部位の物理シールドを前面に置き強引に進んだ。多少のダメージは無視する。

 

「ふふっ、所詮は獣ですわね」

「何ッ!?」

 

 あと一歩で捉えられるという距離で、奴のISから何かが分離した。

 同時に四方から射撃が襲い掛かる。

 ダメージで姿勢を崩しながら、奴との距離をとる。

 

「『ブルー・ティアーズ』というのは本来、この装備の名前ですわ」

 

 ISの周囲に浮遊するユニットを撫でながら、奴は口を開いた。

 先ほどの攻撃を仕掛けたのはあれらしい。

 

「第三世代型武装による攻撃、旧世代機でどこまで耐えられて?」

 

 勝ち誇るように口調だ。こいつの中では勝負はもう決まったものらしい。

 ああ、こいつの声がなぜ気に入らないかわかった。

 メズールの声に似ているからだ。

 自分以外の全てを見下しているような態度もそっくりだ。

 

「なめるなよ……」

 

 

 

 

 

 

「まだ粘りますの? いい加減あきらめた方がよろしいのでは?」

 

 金髪女がいったん攻撃の手を止めてそう言った。

 戦闘開始から二十分が経過している。

 奴が『ブルー・ティアーズ』を使い始めてから、俺は奴に近付けずにシールドエネルギーを削られ続けていた。

 現在の残量は148。

 機体に目立った損傷はないが、エネルギー切れによる行動不能が近い。

 思うようにいかない展開に苛立ちが募る。

 奴の自立起動兵器、あれは人間の死角を狙うことで効果を発揮する武器だろう。

 本来ならば、全周囲を見渡す視界を持つ虫の王たるこの俺に通用するものではない。

 人間の体に入り込んでいる今でも、ISの補助もあり全てのビットの動きを把握している。

 だが、避けられない。

 意識に『打鉄』が追従できていない。

 

「クソがッ」

 

 俺が吐き捨てるのに合わせて『ブルー・ティアーズ』による攻撃が再開する。

 四基のビットと本体が構えるライフルからの同時射撃。

 ビットの攻撃を回避し、本体からの射撃を物理シールドで防御する。

 その瞬間、機体が衝撃に弾かれた。

 

「なにぃっ!?」

 

 クソッ、右のシールドが逝った。ダメージが蓄積しすぎたらしい。

 体制が崩れたところへ自立起動兵器による追い打ちが入る。なんとか直撃は避けたがブレードを失った。エネルギー残量108。

 

「おのれ…このままでは」

 

 俺がつぶやいた瞬間、『打鉄』からデータが送られてくる。

 

 ――フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押してください――

 

 これはっ! すっかり忘れていたぞ! ようやくか!

 目の前に現れたウインドウの中央を押す。金属的な音が鳴り響き、同時に膨大なデータが送られてくる。

 一瞬、俺を包む『打鉄』が光の粒子に分解され、再び姿を現す。

 外見は右肩のシールドが再生していること以外、先ほどまでと変わらない。

 だが、ISとの繋がりが全く新しいものになったことを俺は理解していた。

 これでやっと、この機体は俺専用になった。

 

「まさか……一次移行!? あなたっ、初期設定だけの機体であの動きを!?」

「クッ……ククク、俺の本当の力、見せてやる!」

 

 気分がいい。今の俺と『打鉄』ならあの女を滅茶苦茶にしてやれる。

 俺は敵ISに向かって突進した。ビットが迎撃に来るが無駄だ。レーザーをかわしながら『焔備』を奴に向ける。

 全弾命中。

 奴め、『ブルー・ティアーズ』使用中はまともに動けないらしい。とんだ欠陥兵器だな。

 回避のために速度が緩んだ俺に再び奴の射撃がせまる。ライフルとビットの同時射撃による牽制。

 難なくかわせる。

 あの女、動揺しているらしい。

 二度目の迎撃は明らかに精彩を欠いていた。

 このまま行けるな、速力は落ちていない。俺は推進し続けた。

 

「『ブルー・ティアーズ』は六基ありましてよ!」

 

 あと一歩で殴り合いに持ち込める、という間合いで奴が叫んだ。

 同時に奴のISの腰から広がるアーマーが動いた。

 ――ミサイル――  打鉄からの警告。知るかっ!

 俺は両肩のシールドを前面に回しながら前進した。

 激しい衝撃。

 エネルギー残量36、ライフルも失った。だが、捕まえた。

 

「無茶苦茶な!?」

 

 金髪はビームライフルを構えようとするが、この間合いなら俺の方が早い。

 

「ゴミが!」

 

 ライフルの銃身を掴み、握り潰した。追い打ちに前蹴りをくれてやる。

 怯んだ奴に組み付き、喉を締め上げる。声にならない呻きが聞こえた。

 

「トドメだ……」

 

 生意気な小娘を地面に叩き潰すべく、俺は真下に向かって瞬時加速を発動した。

 

 

 

 

 

 

『試合終了。この勝負、引き分けとする』

 

 アナウンスがアリーナに響き渡る。

 ……チッ、引き分けか。

 奴をフロアに打ちつける瞬間、突き立てられた短剣で『打鉄』のエネルギーが持っていかれたせいだ。

 

「ハッ、散々威張り散らして引き分けとは、ざまぁないなぁ?」

 

 俺は動けなくなった『打鉄』から抜け出して金髪に声をかける。

 奴はISごと打鉄の下敷きになっていたが、すぐに這い出してこちらを睨みつけてきた。

 

「ああ? なんとか言ったらどうだ?」

「わたくしは……っ!」

 

 何か言おうとしたようだが言葉にならなかったようだ。悔しそうに踵を返し立ち去った。

 フン、負け犬が……

 

 

 

 

「ウヴァっち~大丈夫~?」

 

 『打鉄』を回収に来る小型車両の荷台から布仏が声を張り上げた。

 女が立ち去って数分が経っている。

 問題ないと手を振り返すと、あちらもブルンブルンと手を振り出した。元気なやつだ。

 

「すごかったね、ウヴァっち。ペルーの人たち大喜びしてるよ」

「当然の結果だ」

 

 作業車が横たわる打鉄の傍で停車すると、ヘルメットを被った布仏が飛び降りてきた。

 車の荷台は打鉄と俺が一緒に乗るには小さい。ピットに向けて歩き出すと布仏も駆けるようについてくる。

 

「でも、あんまり危ないことしちゃダメだよ~。最後のとか、セッシーすごい怖かったと思うよ?」

「怖がるぐらいなら、戦いなど始めなければいい」

「ん~、まぁ、そうなんだけどね。でもやっぱり女の子をイジメるのはよくないかな~」

「知るか」

 

 布仏とそんなことを話しながら歩いているとピットに到着した。

 先に到着していた打鉄の周りで技術者達が慌ただしく動いている。

 

「お疲れ様、ウヴァ君。素晴らしい試合、そして戦果だったよ」

 

 政府の男がニコニコと声をかけてきた。母国を侮辱した金髪に報いを与えたことが嬉しいのだろう。

 

「しかし、無茶するものだからひやひやしたよ。幸い打鉄に大きな損傷は無かったし、データも十分に採れた。残りの調整をこちらで行い、明日手渡すことになるそうだ。君はもう帰って休みなさい」

「ああ、了解した」

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わってから二時間程が過ぎた。俺は食堂で夕食のケーキを食べている。

 昼は和食にしようと、布仏の勧めで烏龍茶漬卵かけごはんというのを食べてみたが俺の口には合わなかった。

 やはりケーキが一番だ。美味いし、見た目も良いし、腹も膨れる。

 布仏が烏龍茶漬明太子マヨネーズごはんをズルズルとすするのを眺めながらそんなことを考えていると、後ろから呼びかけられた。

 織斑だ。今回は一人のようだ。

 

「ウヴァ、布仏さん。ここいいか?」

「ああ、構わんぞ」

「やあやあ、おりむー」

 

 よっこいせ、と妙に年より臭い声を出しながら織斑が俺の隣に座る。

 

「うわ、布仏さん、なんかすごいの食べてるね……っと、そんなことよりウヴァ、セシリアと戦って引き分けたって本当か? なんかすごい話題になってるぞ?」

「まあな。もっとも、引き分けといっても内容は俺の完全勝利だったがな」

「いやいや、完全勝利なら引き分けにはならないだろ……」

 

 織斑の目線は呆れたといわんばかりだ。

 試合時間のほとんどが一次移行完了前だったんだぞ?

 そんなハンデ付きで引き分けなのだから俺の方が強いことは明らかだろう!

 腹を立てた俺が、織斑にいかに不利な状況で戦ったかを説明しようとすると、またしても後ろから声をかけられた。

 

「いいえ、試合内容はウヴァさんの勝利でしたわ」

「へ?」

「ンァ?」

 

 先ほど叩き潰してやった金髪だった。腰に手を当てて、俺と織斑を見据えている。

 

「何の用だ?」

「謝罪に。あなたと、あなたの母国を侮辱したことをお詫びしますわ」

 

 そう言って女は頭を下げた。

 あん? こいつは何を言っているんだ?

 いままでと違うその態度に混乱した俺は、とりあえず威嚇してみることにした。

 

「女、何が狙いだ?」

 

 睨みつけながらそう尋ねる。最初に突っかかってきた時のようにこれで怯むことを期待したが、女は堂々と応じた。

 

「狙いなどありません。自分の非に気付けば謝罪して改める。当然のことでしょう? あと、わたくしにはセシリア・オルコットという名前があります。女、などと呼ぶのはやめていただきたいですわ」

「フン」

 

 なんとなく不利な気がした。

 俺は適当に返事をして話を打ち切りチーズケーキに手を伸ばす。

 

「本当か、セシリア? ウヴァってそんなに強いのか?」

「ええ、間違いなく強いですわ。相当な訓練を積まなければ、クラス代表決定戦、織斑さんに勝ち目はありませんよ?」

 

 織斑の問いにオルコットが答える。なかなか分かったことを言うではないか。

 

「そうか、なら頑張らないとな」

「ええ、頑張ってください、織斑さん。それとウヴァさん?」

「む、なんだ」

「わたくしはクラス代表決定戦を辞退することを織斑先生に伝えました。ですから何時になるかはわかりませんが、再戦の機会があれば――

 

 ――次はわたくしが勝ちます。

 そう言い残してとオルコットは立ち去った。よくわからんやつだ。唐突に豹変しすぎだろう。

 

「セッシー、なんだかかっこよかったね~」

「ん、そうだな。ウヴァ、クラス代表決定戦、負けないぞ」

「言ってろ」

 

 その後は、やんややんやと騒ぐ布仏と織斑を眺めながら、俺はチーズケーキをゆっくりと味わった。

 

 

 

 

 

 

 おまけ セシリアと真面目狼

 

 ウヴァとの戦いを終えた後、セシリア・オルコットはアリーナから寮への道を一人歩いていた。

 太陽はすでに沈み、辺りは薄暗い。

 先ほどの試合のせいで彼女の頭の中は滅茶苦茶だった。

 思考がまとまらない。様々な思いが浮かんでは消える。

 

(私は、負けた――)

 

 判定は引き分けだったが、セシリアの胸は敗北感で押しつぶされていた。

 相手は不完全な状態の機体に乗った、ろくな訓練も受けていない初心者だったのだ。

 そんな相手に追い詰められ、堕とされた。

 プライドが砕けるには十分だった。

 ふと、戦いが始まる前の自分の言動を思い返す。

 

(まるで道化ですわね――)

 

 本当に笑える話だ。

 一次移行が完了し、実力を発揮できるようになったウヴァに、機体の性能差で作り上げていた優位をあっけなく崩された。

 それ程の力量差があったのに、男だから、後進国の人間だからと見下し、蛮人と蔑んでいたのだ。

 なんと滑稽なことか。

 歩いているうちに、寮の入り口に着いた。扉の前で立ち止まる。

 

(脚、震えて――)

 

 戦いの中で感じた恐怖を思い出す。

 『打鉄』に組み付かれ、首に手を掛けられた瞬間、命の危機を感じた。

 本能的な恐怖がセシリアを支配していた。

 ISを起動しているのだから死ぬことはないと頭では分かっているのにだ。

 最後の『インターセプター』による反撃。

 あれは勝利するためではなく、逃げ出すためのものだった。結果はどうあれ、心はそのように動いていた。情けない。

 

(自分より強いものがいなければ、こんな思いをすることもなかったのに)

 

 階段を上るセシリアの頭にそんな考えがよぎる。

 無意味な妄想だとは分かっている。だが、ネガティブな思考は止まらない。

 

(だいたい、あのような男がなぜ力を持っている? なぜ、私が弱い? 私より強いものなど、みんな消えてしまえばいい)

 

 逃避的な心の動きは止まらない。彼女は疲れていた。自信を無くし卑屈になっていた。

 

(力が欲しい。どんな敵も退けて、私に勝利をもたらす力が)

 

「おい、オルコット」

 

 自室へ向かう廊下の角を曲がったところでセシリアは声を掛けられた。担任の織斑千冬だ。

 反射的に左耳のイヤーカフス――待機形態の『ブルー・ティアーズ』――に手を伸ばす。

 

「第二アリーナでウヴァとやりあったそうだな。少し経緯を……おい、どうした?」

 

 話ながらセシリアに近づいた千冬が、言葉を止めてセシリアの顔を覗き込む。

 

「はい? どうかしましたか、織斑先生」

「どうかしましたかって、お前そんな……ちょっと来い」

 

 千冬はセシリアの手を取り歩き出す。

 

「織斑先生? どこへ?」

「私の部屋だ」

 

 そういえば、人と手をつなぐなんて何時以来だろうか?

 千冬に引かれるセシリアの心には、ぼんやりとそんな問いが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

(意外、ですわね)

 

 千冬の部屋、寮長室に入ったセシリアが抱いた感想だ。

 床に散らばる書類と脱ぎ散らかされた洋服。

 不衛生とまではいかないまでも、整った部屋とは言い難い。

 室内を眺めるセシリアに、千冬が言葉をかけた。

 

「座れ。あと、部屋は気にするな。それより、何があった?」

「戦って、負けた。それだけ、ですわ」

 

 ソファーに着いたセシリアは、投げやりな態度でテーブルの向かいに座った千冬に答える。

 

「負けた? お前が? ……いや、勝ち負けの話はいい。オルコット、何があった? 自覚が無いようだが、酷い顔だぞ」

 

 千冬は再び問いかけ、身を乗り出してセシリアの手を握った。

 全てを見透かすような、けれども真っ直ぐな視線。力強く、同時に柔らかな温もり。

 それらに捉われたセシリアは、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

 

 見下していた男に敗北したこと。

 その敗北が、実に一方的な物であったこと。

 戦いの中で恐怖に囚われたこと。

 自分より強いものを憎いと思うこと。

 そんな自分が恥ずかしいこと。

 そしてなにより、力が欲しいということ。

 

 そう言ったことを静かに、ゆっくりと語り終えたセシリア。

 対して織斑千冬は鋼のように揺るぎない態度で言葉を与えた。

 

「お前は運がいい。求めるものが、力が確実に手にはいるのだから。なんせ、この私の、世界最強(ブリュンヒルデ)の指導を受けられるのだからな」

 

 ハッと顔を上げるセシリアに千冬は問いかける。

 

「強くはしてやるさ。もっとも、それがお前の本当に欲しいものかは知らんがな?」

 

 本当に欲しいもの。

 その言葉に戸惑うセシリア。

 千冬は小さく笑った後、柔らかく、優しい表情で言った。

 

「なあ、お前が既に持っている力。いままでその手で成し遂げてきたことを、思い出した方がいいんじゃないか?」




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