空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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第二十五話 ウヴァさんと欲望

『自己紹介でも言ったけど、織斑一夏だ。よろしくな、ウヴァ!』

 

 初めて顔を合わせた日に、あいつは明るい声でそう名乗った。

 柔らかな笑みからは、社交性と人の良さが伺えた。

 

『やるからには勝ちにいくさ。セシリアにも、もちろんお前にも』

 

 初めての戦いを前に、あいつはこんなことを言った。

 生意気な口を利きながらも、不安を隠しきれない様子だった。

 

『お、おい、二人とも落ち着けって!』

 

 俺が初めて凰と揉めた時、慌てて仲裁に入ろうとしていた。

 思えば、いつも周りに振り回されて苦労しているように見えた。

 

『ふざけんな! だいたい、二対一なんて卑怯だろ!』

 

 俺と篠ノ之の扱きを受けた時に、そう愚痴をこぼしたこともあった。

 それでもあいつは厳しい訓練から逃げ出すことはしなかった。

 

『……たぶん、ドイツ軍絡みだ』

 

 ボーデヴィッヒに殴られた理由を尋ねると、あいつは短く答えた。

 辛い経験を、心の内に隠していたのだ。

 

『やっぱりケーキ以外の物も食べて欲しくてさ。それに、相棒に体調崩されちゃ困るしな』

 

 そう言って俺に弁当を作ってきたこともあった。

 美味かった。美味い弁当だった。

 

『はぁ〜、ヒドいな、もう』

 

 俺が裏切りを働いた時、あいつは困ったようにそう言った。

 怒ってもよさそうなものだが、あいつは寂しそうに呆れるだけだった。

 

『ウヴァとラウラが相手なんだ。危ない橋を渡らずに勝ちは見えない』

 

 タッグトーナメントで戦う前に、あいつは力強く言った。

 その言葉通り、あいつは戦術と強運と精神力で圧倒的な実力差を跳ね返し、俺たちと引き分けた。

 

『こりゃすごいな……あ、虹も出てるぞ!』

 

 一緒に山に登ったこともあった。

 あの時に見た景色は、俺がこれまで見たものの中でも特に美しいものの一つだ。

 

『やります、俺がやってみせます』

 

 『銀の福音』を撃墜するための出動要請に対して、あいつは迷うことなくそう答えた。

  自分の力と命を、顔も知らない他人のために使える男だった。

 

『ありがとうな、ウヴァ』

 

 出撃する前のあいつに、必ず戻ってこいと俺が言うと、あいつはそう答えた。

 だが、あいつは今……

 

 

 

 

「……なんで、なんでだ!?」

 

 気付くと、俺は喚いていた。

 織斑の首を刎ねるために、歓喜に震えながら振り下ろしたブレードが、その肌には傷一つ付けることなく、背後の岩礁を穿っていたからだ。

 なぜだ!? なぜ俺は刃を逸らした!? こんな奴より、織斑なんかよりもコアメダルの方がずっと大切なはずなのに!

 

「馬鹿がっ!」

「グアッ!?」

 

 自分の行いに混乱して動きを止めた瞬間、ポセイドンの体から風の波動が放たれた。

 俺は『紅椿』ごと弾き飛ばされ、ゴロゴロと岩礁の上を転がった。

 

「覚悟も無く戦場に出てくるとは、愚かな奴だ。変身!」

『サメ! クジラ! オオカミウオ!』

 

 ボロボロの『白式』を量子格納すると、ポセイドンは本来の姿に変身して紅い槍を構える。その舐めた言葉に、真紅の怒りが湧き上がった。

 

「ふざけるな!」

 

 俺は激情に身を任せて『紅椿』のスラスターを噴かし、拳を振りかぶってポセイドンに襲いかかった。

 そんな俺を迎撃すべく、ポセイドンは槍による突きを放つ。

 鋭い一撃に、肩を抉られた。神経を荒らす激痛。喧しく表示される警告。

 だが俺はそれらを無視して踏み込んだ。握りしめた拳を振るった。

 殴る、殴る、殴る、殴る。

 駆け引きなど考えず、一切の防御を捨ててガムシャラに攻撃を続けた。

 何度も槍で切り裂かれながら、その倍の数の拳を叩きこんだ。

 その勢いに怯んだポセイドンに、勝負を決める一撃を放とうとした瞬間。

 ガクンと振動が走り『紅椿』が動きを止めた。

 なんだ!?

 驚く俺の目前に投影される、エネルギー残量ゼロの表示。

 クソ! こんなところで!

 

「く、う……フン、終わりか? ハァ!」

 

 動きを止めた俺に、ポセイドンが槍を振るった。

 閃光、衝撃。

 『紅椿』ごと吹き飛ばされ、浅瀬に落ちた。

 

「グウウゥ……」

 

 落下の痛みに呻きを上げる。

 ダメージによって『紅椿』が具現維持限界を迎え、量子の光へと分解されて姿を消した。

 だが、まだだ。まだ俺は戦える。俺は必ず取り戻す!

 欲望のまま戦いを続けるために、俺は『打鉄』を展開しようとした。

 その瞬間、周囲の海水が鞭となって絡みついてきた。

 しまった、奴は水を!

 

「そろそろ、お前のメダルを頂くとしよう。中々に楽しめた」

 

 水の鞭によって磔にされ、身動きの取れない俺に向かって、ポセイドンがゆっくりと歩いてくる。

 

「終わりだ」

「まだだ!」

 

 目の前に立ったポセイドンがコアメダルを奪おうと手刀を構えたのと同時に、俺は手の中にセルメダルを取り出し、二つに割って投げ捨てた。

 メダルの欠片は二体の屑ヤミーへと姿を変え、ポセイドンへと組み付く。

 

「死に損ないが、悪あがきを!」

 

 腕力に任せてポセイドンが屑ヤミーを投げ飛ばし、槍から放った光弾で撃ち抜く。

 数秒で俺の屑ヤミーは倒されてしまった。

 だが、ポセイドンの集中を途切れさせる事には成功したようだ。

 俺を拘束していた水の鞭の力が弱まったため、脱出して『打鉄』を展開することができた。

 『打鉄』は数時間前の戦闘で破壊された右腕が取り外されているが、それ以外は万全の状態だ。

 俺は『打鉄』の左手にカタール『ルームシャトル』を呼び出し、ポセイドンに襲いかかった。

 

「お前の倒し方は、知っているんだよ!」

 

 ISの慣性制御能力を最大限に駆使して地面を滑るように高速移動し、小刻みに距離を変えながらポセイドンに連撃を加える。

 単純なヒット・アンド・アウェイ。

 織斑千冬が鳳とボーデヴィッヒに行わせた戦術だ。

 『打鉄』はパワーと防御力に関してはポセイドンに敵わないが、スピードなら負けない。

 さらに『紅椿』で与えたダメージのせいか、ポセイドンの動きは精彩を欠いている。

 俺は浅い傷を、次々とポセイドンに刻んだ。

 

「チィッ、ちょこまかと!」

 

 苛立ちながら槍を振るうポセイドン。

 大振りの一閃。

 それを待っていた!

 槍の切っ先を紙一重で回避しながら、俺は突貫した。

 

「オラァ!」

「ぐうぅ!?」

 

 『打鉄』の左手が握る『ルームシャトル』による強烈な刺突が、ポセイドンの腹部、三枚のコアメダルを納めたベルトに命中する。

 ポセイドンの体中から火花が弾けた。やはりオーズ同様、ベルトへの攻撃は有効らしい。

 苦しみながらも、ポセイドンは後ろに跳んで距離を取ろうとする。

 逃がすか!

 俺は『打鉄』のスラスター全開にして、空中に跳んだポセイドンにショルダータックルを放った。

 弾かれ、地面に激突するポセイドン。岩礁の上を二度、三度と跳ねながらと転がる。

 

「トドメだ……」

 

 決着をつけてやる。

 俺は空中へと舞い上がった。

 そして、倒れた状態から起き上がろうとするポセイドンに向かって、瞬時加速を発動した。

 爆発的な推進力により一瞬で音速を突破する。

 その勢いのまま空中で反転、『打鉄』の脚部からポセイドンに突っ込む。

 踏みつぶしてやる!

 殺意の蹴撃がポセイドンに命中する直前、ポセイドンの体が光に包まれ、織斑の姿へと変わった。

 馬鹿が! この俺が、二度も同じ過ちを……っ!

 

 

 

 

『君たちは私に勝てると思っていたはずだ。それが一転して私に敗れ、今まさにコアメダル奪われようとしている』

 

『失うことへの恐怖が、欲望の力を最大限に膨らませているはずだ』

 

 

 

 

「人間に近付き過ぎたな、グリード」

「ふざけるな! クソがッ!」

 

 水の鞭で縛られながら、俺は喚いた。

 俺はポセイドンを、いや、織斑を殺せなかった。

 踏み潰す直前に、織斑を死なすのが()()()と思ってしまい、つい攻撃を逸らしてしまった。

 その隙に、ポセイドンの水の鞭に捕らえられた。

 織斑の方が自分のコアメダルより大切というわけではない。

 ただ、織斑を殺す直前に、メダルのことが頭から抜け落ちてしまったのだ。

 目先のことだけで一杯になる虫頭。

 そう罵られたのはいつだったろうか。

 縛られた俺の目の前で、織斑の姿のまま、ポセイドンが手刀を構える。

 もう屑ヤミーを使って逃げることもできないだろう。二度も同じ手が通じる相手ではない。

 クソ、畜生が。

 俺はこんな所で終わるのか。

 それも、大切なもの全てを失ったまま。

 絶望の中、本音のことが頭をよぎった。

 あいつは俺とポセイドンが戦うのを止めようとしていた。

 こうなることを予見していたのだろうか。

 そうであっても不思議ではない。あいつは頭がいいからな。

 その本音を俺は拒絶した。

 握られた手を振り払い、突き飛ばした。

 馬鹿なことをしたものだ。

 本音だけではない。

 鳳を殴ったり、織斑千冬を罵ったりした。

 簪には『打鉄弐式』を調整しろと、おこがましく命令を出したきりだ。

 鳳や織斑千冬はともかく、せめて簪に助けを求めていれば、こんなことにはならなかっただろうに。

 全く、俺も焼きが回ったものだ。

 刹那の間に、多くの後悔が、心の中を走った。

 そして、ポセイドンの手刀が、俺に襲いかかる。

 その時。

 

『セル・バースト!』

 

 どこからともなく力強い電子音声が響いた。

 一拍の間をおいて巨大なエネルギーの塊が、俺とポセイドンのすぐ傍に、隕石のように落下してきた。

 大爆発を起こす海面。なんだ!?

 

『ショベルアーム キャタピラレッグ』

「せいやぁあああっ!」

「うぉおお!?」

 

 突然の事態に、俺とポセイドンが驚き、動きを止めている間に、再び電子音声が響いた。

 そして上空から高速で飛来した何かがポセイドンに衝突し、弾き飛ばした。

 そいつは一度宙を舞った後、俺の傍らに降り立った。

 全身を覆うシルバーとメタリックグリーンの装甲。腕や脚、背中に装備される外付けの武装。赤く発光するU字型のバイザー。こいつは……

 

「バースだと!?」

 

 俺は驚愕の声を上げた。

 なぜ、バースがここに!? 目的はなんだ!? オーズや、もう一体のバースも近くにいるのか!?

 混乱と疑問が俺の頭の中を満たす。

 さらに次の瞬間、俺は完全なパニックに陥った。

 ゆっくりと俺に向き直ったバースが声を発したからだ。

 

「……ウヴァっち」

 

 その声が、俺が振り払ったはずの、本音のものだったからだ。




 ついにライダーバトルです。
 そういえば単独飛行能力持ちの二号ライダーって結構珍しいですよね。
 バースの他はナイトとビーストくらいですかね? スイカアームズはどちらかといえばビークル枠ですし。
 書き貯めは今回の文化までです。週末までには次の話を投稿したいです。

 指摘・感想は随時受け付けています。気軽に書き込んでください。

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