見つけた。
俺は岩ばかりが転がる孤島の上空で、奴を、ポセイドンを見つけた。
ポセイドンは織斑の姿のまま『白式』を展開し、浮遊していた。
本音を振り払い、『紅椿』で飛び立ってから三十分ほどが経っている。
「来たか、グリード。まずは、この玩具で遊んでやろう」
織斑の顔を悪意に歪めながら、織斑の声で、織斑の中から、ポセイドンは言った。
どこまでも癇に障る野郎だ。
「キサマ……」
俺は『紅椿』の両腰の鞘からブレードを抜いた。
右手に『空裂』、左手に『雨月』。それぞれを逆手に握る。
「返してもらうぞ! 俺のメダルを!」
『紅椿』のメインスラスターを全開にして、俺はポセイドンが操る『白式』へと突撃した。
それに対しポセイドンは『雪片弐型』を抜刀し、迎撃の構えをとった。厄介なことに織斑のワンオフアビリティ、『零落白夜』が発動している。
あの一撃必殺の光剣を相手に、迂闊な接近戦は避けるべきか。
俺はそう判断し、『白式』の間合いに入る直前、『紅椿』の推進方向を強引に上方へと逸らした。
ハイパーセンサーによって拡張された視界の端で、『白式』の大振りの斬撃が空を切る。
隙だらけに見えた。まるで素人の剣だ。
奴はまだISを上手く使えないのか? 一気に勝負をかけるべきか?
そんな思考が頭の端に浮かぶ。
俺はその考えを振り払った。
ポセイドンが俺を油断させるために、わざと無様な姿を見せている可能性があるからだ。
俺は上昇しながら、左手の『雨月』の先端を『白式』に向け、エネルギー弾を連射した。
「ぐおお!?」
ポセイドンが驚いたような声を上げた。ロクな防御も回避も行えなかったのだ。
急な進路方向の直後に行った射撃であるため、全弾命中とはいかなかったが、それなりのダメージは与えることができたはずだ。
俺の射撃を受けたポセイドンは、体勢の立て直しに手間取っているように見えた。
その姿に再び疑念が浮かぶ。
本当にポセイドンはISの扱い方を知らないのではないか?
いや、そんなはずはない。織斑の体を乗っ取っている以上、その記憶を己の中に取り込んでいるはずだ。ISの使い方は理解しているはずだ。
だが、相手を油断させるための芝居にしては、奴の手際の悪さは出来すぎている。
ではなぜ……?
ようやく態勢を整えこちらに体を向ける奴の姿を見て、俺は疑問の答えに思い至った。
そうか。おそらくポセイドンは、『白式』に手こずっているのだ。
『白式』は扱いが特に難しい、ピーキーなISだ。
『打鉄』や『ラファール・リヴァイヴ』のような、適性さえあれば扱えるISではない。
織斑の知識を表面的に読み取っただけで、自由にできる存在ではなかったのだ。
愚かな奴だ。ISを玩具と馬鹿にするからそういうことになる。
「墓穴を掘ったな。活け造りにしてやる!」
俺は嘲笑を浮かべながら、追い打ちをかけるために『紅椿』を上昇から急降下へと転じさせた。
まともに動けない相手が振るうのなら、『零落白夜』とて怖くはない。
接近戦で一気にケリをつけてやる。
俺は真っ直ぐに『白式』へと躍りかかった。
逆手に構えた二刀による高速の斬撃を浴びせる。
ポセイドンは『雪片弐型』を振るって俺の攻撃を捌こうとしたが、数秒と持たなかった。
怯み、動きを止めた『白式』の装甲が次々と切り裂かれていく。
「くぅ、調子に乗るな! 虫ケラが!」
俺の攻撃に耐えられなくなったようにポセイドンが叫んだ。同時に、『白式』の全身から緑色の雷撃が迸る。
これは!? 俺のメダルの力か!
「グァッ!? キサマァ!」
雷撃に吹き飛ばされながら、俺は怒りの声を上げた。
よくも俺に向けて、俺から奪った力を!
俺が距離を取って体勢を立て直し、反撃の構えを取ると、ポセイドンは逃げるように孤島の海岸に向かって高度を落とした。
逃がすかッ!
俺はポセイドンを追った。距離がぐんぐんと縮まる。『紅椿』の推進装置の性能は、高機動を誇る『白式』のそれさえも凌駕していた。
「墜ちろッ! ヌッ!?」
俺が『白式』に斬りかかるべく、最後の一歩を踏み込もうとした時、眼下の海面が勢いよく弾けた。
十数本の水の鞭が、俺と『紅椿』に向かって襲いかかってきたのだ。ポセイドンの水を操る力による攻撃だ。
奴が高度を落としたのは、これが狙いか!
「チィ! 面倒な!」
俺は『紅椿』の高い機動性で水の鞭を回避しようとした。
だが、いかんせん、数が多かった。
避けても避けても現れる水の鞭に、数秒間で追い込まれ、捕縛され、宙に磔にされた。
「グリードごときが、手間をかけさせるな!」
20メートル程離れた場所に滞空しながら、ポセイドンが言った。
いつの間にか『白式』の右手に、あの紅い槍が握られていた。
その穂先には既にエネルギーが集中し、禍々しい光を放っている。
奴は俺を、俺に近付かずに仕留めたいらしい。
俺を恐れているのだ。
「死ね!」
「馬鹿が!」
ポセイドンの槍から光弾が放たれると同時に、俺は『紅椿』の『展開装甲』を変形させ、全身からハリネズミのようにエネルギーブレードを発生させた。
俺を縛っていた水の鞭を切り裂き、光弾を回避する。
「なんだとぉ!?」
「舐めるな!」
俺は右手の『空裂』を振るい、エネルギーの刃を『白式』に向けて飛ばした。
直撃。
だがポセイドンは、ダメージを受けて弾き飛ばされながらも、その右手の槍から光弾を放ち反撃してきた。
その攻撃を、俺は高度を上げることで回避した。
あの光弾は連射はできないようだが、威力は凄まじい。『紅椿』といえども直撃を受けるのは危険だ。
そう思考しながら、左手の『雨月』から『白式』に向けてエネルギー弾を発射する。今度は避けられた。
一拍の間を置いて、ポセイドンは再び光弾を放った。
それを回避しながら奴を観察する。
どうも、距離を詰めようとする気配が無い。
中距離での撃ち合いをやりたがっているのか?
いや、違う。
ポセイドンは既に『紅椿』の圧倒的な性能を理解している。
本来の姿、オーズもどきの仮面ライダーに変身しても、この『紅椿』には不利であるとわかっているはずだ。
おそらく、ISに対して一撃必殺の攻撃力を発揮する『零落白夜』で『紅椿』を破壊したいと考えていることだろう。
中距離戦を始めたのは、真っ当に斬り合っては勝てない俺と『紅椿』に、『零落白夜』を命中させる隙を作るためだ。
姑息な野郎だ。
だが、油断はできない。
ポセイドンは以前の戦いで見せた水や風を操る力に加え、俺の雷撃の力を手に入れている。他にもまだ使っていない力があるかもしれない。
それらを組み合わせた攻撃を繰り出されるのは、少々厄介だ。
では、どうするか。
面倒なことをされる前に、わざと隙を見せて奴をおびき出す。
そして『零落白夜』の一閃を回避し、接近戦で決着をつける。
俺はそう決めた。
それと同時に、ポセイドンがまた光弾を放ってきた。
ギリギリで回避し、反撃を行う。
『雨月』からのエネルギー弾連射と『空裂』からのエネルギー刃発射を同時に行った。いかにも隙の大きな攻撃だ。
ポセイドンはそれを避けると、間髪置かずに光弾で反撃してきた。
先ほどまでの牽制とは違う、命中すると確信しての攻撃だ。
俺はそれを両手に握るブレードで受けた。
刀身が砕ける。
その向こうから、奴が突っ込んでくるのがわかった。
瞬時加速だ。
かかりやがった。
俺は心の中でほくそ笑んだ。
超音速で迫り来る『零落白夜』の光刃。首を狙った横薙ぎだ。
必殺を期したであろうポセイドンの斬撃。
それを俺は、PICと『展開装甲』の推進機能をフル稼働させ、剣閃に合わせてその場でぐるりと後方に宙返りをすることで回避した。
『銀の福音』が織斑の攻撃を避けた時の動きだ。
並のISには真似できない、『紅椿』だからできた芸当だ。
奴の驚愕が手に取るようにわかった。馬鹿め、この俺を侮るからそうなる。
愉悦を感じながら、無防備に背を晒す『白式』へと『紅椿』を向ける。
瞬時加速を発動した。
一瞬で『白式』との距離がゼロになる。
衝突と同時に俺は『白式』に組み付き、背後から羽交い締めにした。
「ぐぅ!? 離せ!」
ポセイドンが喚く。
俺はそれを無視して、『紅椿』の『展開装甲』からエネルギーブレードを発生させ、『白式』の全身に突き刺した。完全に、捕らえた。
損傷箇所からバチバチと火花を散らす『白式』を抱えたまま、『紅椿』を真下に向ける。
二度目の瞬時加速。
目標は眼下に在る孤島の大地。
超音速で地に叩きつけ、『白式』ごとポセイドンを潰す。
それが俺の狙いだった。
しかし、ポセイドンは抵抗した。
『白式』のスラスターを滅茶苦茶に噴かして、俺の瞬時加速の軌道を僅かに逸らしたのだ。
海岸沿いの浅瀬に落ちた。
数十センチの水深によって、俺の攻撃の威力は僅かに緩衝され、ポセイドンを完全には仕留められなかった。
だが、構わない。
俺に押し潰され、無防備にその身を晒すボロボロの『白式』とポセイドンが目の前にあるからだ。
その背に馬乗りになった状態で、『紅椿』の右腕から鉤爪状のエネルギーブレードを発生させた。
狙いは、首だ。
器の首を落とされれば、ポセイドンとてタダでは済むまい。
俺は歓喜した。ようやく、俺のコアメダルを取り戻せる
「トドメだ……」
俺は織斑の首に、右腕を振り下ろした。
ウヴァさんの二刀流はガタキリバ的逆手持ちなので刀の左右が箒さんと逆です。
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