空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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 お久しぶりです。
 エタったかと思いましたか? 僕もです。(二回目)


第二十二話 ウヴァさんと断絶

 無機質な蛍光灯の光に照らされるベッドの金属フレームを、コツリ、コツリと拳で叩く。だが、臥せる女達は何の反応も返さない。

 午後六時、織斑が変身したポセイドンが消えてから、三時間が過ぎた。

 俺は一人、重傷を負ったオルコットとボーデヴィッヒが寝かされている部屋を訪れていた。

 槍で胸を貫かれたオルコット。暴風によるダメージとVTシステムの反動で昏睡状態に陥ったボーデヴィッヒ。

 二人とも、いつ意識を取り戻せるかすら分からない状態だ。

 特にオルコットはISの致命領域対応によってかろうじて生き永らえている状態にあり、その命はいつ消えてもおかしくない。そして、たとえ回復したとしても重篤な後遺症が残ることだろう。

 生と死の中間を漂うその姿に、コアメダルを奪われた自分が重なって見えた。

 フツフツと怒りが湧き上がる。

 メダルを取り返す。ポセイドンを潰す。今、俺の中にある意思はそれだけだ。

 織斑が暴れた理由だとか、メダルやベルトをどこから手に入れたかなんてことは、もうどうでもよくなった。

 血液を失い過ぎた、オルコットの青白い横顔を見つめながら唇を噛んでいると、ドアの開く音がした。

 

「あ……」

「お前か」

 

 入ってきたのは凰だった。暗い顔で俺の隣に来る。

 

「一夏は、一夏が、何で……」

 

 掠れた声で不明瞭な疑問を口にする凰。織斑の行いによって深く心を傷つけられたようだ。

 だが、俺はそれを無視して無機質に答えた。

 

「なんだろうと、やることは変わらない。俺も、お前も」

「っ………」

 

 学園は俺達に対し、『銀の福音』の撃墜に加えポセイドンへの対処まで要請してきた。どうやら、突如出現した危険な力を極秘裏に滅ぼすつもりのようだ。

 奴が発見されれば、織斑千冬の指揮の下でポセイドンを、織斑を狩るための作戦が実行されるはずだ。

 そして、その作戦の中核は俺の『打鉄』と凰の『甲龍』が担うことになるだろう。

 

「アンタ……なんでよ……」

 

 ボソボソと悲嘆の声を漏らす凰。俺はその女々しい有り様が癇に障り、凰の胸倉を掴んだ。

 

「お前に迷われると困るんだよ、アレを潰すためには」

 

 唸るような低い声が俺の口から流れ出た。突き飛ばすと、凰は床に転がり弱弱しく咳き込んだ。

 その姿に更なる苛立ちが募る。

 俺一人ではポセイドンに勝てないというのに、最も頼りになるはずのこいつが、このザマとは。

 どんなに考えても、奴を倒す手が思い浮かばない。

 俺が自由に動かせる戦力は、『打鉄』と近海に潜ませているオトシブミヤミーだけだ。

 状況によってそこに未完成の『打鉄弐式』や数台の訓練機、そして腑抜けた凰が加わるだろう。

 だが、それだけの戦力ではポセイドンを殺しきれない。メダルを取り戻せない。

 

「畜生が」

 

 応急処置を終え俺の手に戻ってきた『打鉄』の待機形態に目を落としながら、俺は毒突いた。

 同時に、部屋に設置されたスピーカーがビープ音を発する。続く放送。

 

『A班の教員及び専用機持ちの生徒は全員、風花の間へ集合せよ。繰り返す、A班の教員及び専用機持ちの生徒は全員、風花の間へ集合せよ』

 

 管制室への召集。ポセイドンが見つかったのだろうか?

 

「……行くぞ」

 

 数回、深く呼吸して自分を落ち着かせた後、俺は床に座り込む凰を強引に立たせて廊下へと連れ出した。

 

 

 

 

 

 

「何があった?」

 

 凰を連れて管制室に入った俺は、入り口付近にいた本音に訊ねた。隣には簪の姿もある。

 

「ウヴァっち、箒ちゃんが帰ってきたよ。篠ノ之博士が救助してきて……」

「ほう」

 

 朗報だ。あの『紅椿』が戦力に加われば、ポセイドンにも対抗できるかもしれない。

 

「では、篠ノ之は――」

「全員揃ったな、注目してほしい」

 

 俺は篠ノ之が戦える状態かを本音に訊ねようとしたのだが、管制室に響いた織斑千冬の声に遮られてしまった。

 声の発生源、大型モニターの横へと目を向ける。俺達や数人の教師を前に、織斑千冬が険しい顔で佇んでいた。

 

「この映像を見て欲しい。回収された『紅椿』が記録していたものだ」

 

 織斑千冬の言葉に合わせてモニターに映像が流れ始める。

 連携し『福音』を追い詰めていく『紅椿』と『白式』の姿。『銀の福音』との戦闘記録だ。

 

『待っていたぞ! それは『紅椿』には通用せん、押し切る!』

 

 篠ノ之の気迫と共に『紅椿』が『銀の鐘』の一斉射撃を強引に突破し、『銀の福音』に斬撃を浴びせた。あの時、通信が途絶えたのはここだ。この後、何が起きたんだ?

 全員が同じ疑問を胸に、固唾を呑んで見守る中、モニターに映る空に紫電が弾けた。

 そして次の瞬間、あの真っ黒な『空間の穴』が唐突に出現した。

 空間の穴から銀色のなにか――映像では不鮮明で分かりにくいが、きっとセルメダルだ――が大量に吐き出される。

 メダルの奔流は、今まさに『福音』に斬りかかろうとしていた織斑の体に全て吸い込まれた。

 動きを止め、待機形態へと戻る『白式』。海へと落下を始める織斑。

 それを追って急降下する『紅椿』の背中に『銀の鐘』の光弾が襲い掛かる。

 映像はそこで途切れた。

 俺は映像の意味を、ほんの一部だが理解した。

 織斑はメダルの器にされていたのだ。俺が使っている『体』と同じように。

 俺が織斑千冬を人質にした時にポセイドンの動きがおかしくなったのは、織斑の意識がまだ残っていたからだろう。

 小さく頷く俺と違い、周囲の人間共は全く理解できない異質な現象に、慄きざわめいている。

 その困惑の中を、鋭い声が走った。

 

「我々は」

 

 織斑千冬の声だ。静まる一同。モニターの表示がポセイドン、そして不鮮明なセルメダルの拡大画像へと切り替わる。

 

「この未知の脅威の駆逐を最優先に行動する。『銀の福音』の件は既に航空自衛隊へと引き継いだ」

「駆逐って……千冬さん! 一夏を助けないんですか!?」

 

 今後の方針を表明した織斑千冬に対し、俺の隣にいた凰が非難の声を上げた。

 その愚かな物言いに、俺の口から呆れた声が漏れる。

 

「ハッ、何を甘いことを。奴はなにをした?」

「わかんないの!? あの仮面ライダーとかいうのになって暴れたのは、一夏の意思じゃない! あのメダルを引っぺがせば助けられるかもしれないでしょ!?」

 

 先ほどまでの悲しみに暮れた様子はどこへ行ったのやら、猛々しく俺に噛みつく凰。どうやら現実を見失い、己の願い以外は目に映らなくなっているようだ。

 俺は冷たい声で確認するように問いかけた。

 

「おい、鳳。寄生虫ぐらい、知っているだろう?」

「っ……何が言いたいのよ?」

 

 一瞬、怯えの表情を見せる小娘。俺は淡々と、虫の話を始めた。

 

「リベロイア。()()()ジャ()()()に寄生する。寄生されたオタマジャクシは成長すると、まともに歩くこともできない六本足の奇形蛙となり、水鳥の餌食となってリベロイアの生息域拡大のための生贄となる。

 ハリガネムシ。カマキリに寄生する。宿主の体内である程度成長すると産卵のために宿主を操り入水自殺させる。

 テントウハラボソコマユバチ。名前の通り、テントウムシを宿主とする。宿主の体を喰い蝕むと同時に作り替える性質を持ち、宿主はコマユバチが体内から出た後もゾンビのようにコマユバチを護衛し続ける」

「アンタ、一夏が、そうなってるって?」

 

 震える声の問いかけ。俺は溜息を吐いて答えた。

 

「器となって体を与え、倒されそうになれば変身を解除してお前達の動揺を誘った。餌で盾。同じだろ。どのみち、あんなモノを抱え込んでタダで済むはずが無い。織斑の命は諦めろ」

 

 乾いた声でそう諭すと、俯いて唇を噛む鳳。

 重く静まる管制室の空気。体のどこかがズキリと痛みを発する。メダルを奪われたダメージか。

 ふと、簪が酷く温度の無い顔でこちらを見ているのに気がついた。小さく息を吐きながら思考を走らせる。

 鳳に対して織斑の死を強調したが、実際はメダルを取り除けば助かる可能性は高い。

 人の欲望から産まれたメダルは、そういうものだ。

 しかしそれは、ただ倒すよりずっと困難なことだ。今の戦力では実現不可能な望みだ。

 だから鳳は、余計なことを考えず、奴を倒すことだけ考えていればいい。俺のメダルを取り戻すことこそが最優先であり、それに比べれば織斑の命など、本当にどうでもいいものなのだから。

 なのに、だというのに。

 

「……ふざけんな!」

 

 下を向いていた鳳は突然、激昂して平手を振るった。

 予想外の行い。避け損なった。左の頬に痛み。この……っ

 

「分からず屋が!」

「ぐぅ!? う、おぇえ」

 

 気付くと俺は拳を鳳の腹に叩き込んでいた。

 床に崩れ、胃液を吐き散らす凰。

 吐瀉物で汚れた鳳の口が、耳障りな荒い息の音を立てる。

 無様だ。こんなものは見たくない。酷く気に入らない。

 凍り付く周囲を余所に、苛立ちのまま力任せに凰を引き起こしたところで、本音と織斑千冬が動いた。

 

「やめてウヴァっち! 酷いことしないで!」

「そこまでだ!」

 

 俺の腕にしがみつく本音。こちらに足早に近付いてくる織斑千冬。

 俺は舌を打ち、織斑千冬に向けて凰を突き飛ばしながら言った。

 

「コイツは出たところで、足手纏いになった挙げ句に死ぬだけだ」

「お前……」

 

 織斑千冬は凰を抱きとめると、苦悶と悲嘆と憎悪に顔を歪ませて沈黙した。

 俺はその姿に深い落胆を覚えた。

 この女も駄目か。弟を失ったことで、外面を取り繕うこともできないほど精神が乱れている。

 優秀な指揮能力が失われたことを残念に思いながら、俺は女に問いを投げかけた。

 

「おい、篠ノ之は戦えるのか?」

「無理だ、衰弱が激しい。今は医務室で休ませている」

 

 篠ノ之は使えないか。まぁ、どちらにしてもアイツは織斑を相手に戦えないか。

 だが、『紅椿』は要る。あの、オーズのコンボにも匹敵しかねない超兵器を使わない手はない。

 ならば……

 

「本音、付いて来い」

「なにを、するの?」

 

 委縮した態度で疑問を返す本音に対し、俺はこれから行うべきことを口にした。

 

「『紅椿』のコアを初期化して使えるようにするぞ。この場の戦力だけで奴を倒すのは無理だ。それから簪、今すぐに『打鉄弐式』を実戦用に調整しろ。かまわんな、織斑千冬」

「待て、『紅椿』にしても『打鉄弐式』にしても、学園上層部と協議してからーー」

 

 俺の横暴に対して織斑千冬が焦ったように割り込む。

 しかし、その内容は叱責でも肯定でもなく、決断の先延ばし。

 愚鈍だ。狼狽えやがって。

 

「おい、そんな時間あるわけないだろ。あの怪物はいつまた襲ってくるかわからないのだぞ?」

「……許可する」

 

 嘲りを含んだ俺の非難に、前言を撤回し同意を示す織斑千冬。

 不様としか言い様がない。いっそのこと、この手で潰して指揮官をすげ替えた方がいいか? 

 そう思い適任者がいないかと管制室の教員を見回して気付いた。

 ここにいるのは二十そこそこの若い女ばかりだと。どいつもこいつも、一目で分かる程に動揺している。

 俺は苛立ちがさらに大きくなるのを感じながら、棘のある言葉を発した。

 

「『紅椿』は俺が使う。お前達も、教え子を手に掛けたくはないだろう?」

 

 沈黙する管制室に、俺は無言で背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 本音を引き連れて足早に歩く。

 廊下は人の気配が無く、ガランとしている。ポセイドンの襲撃後、一般の生徒は全員避難したからだ。

 

「ウヴァっち……」

 

 後ろを歩く本音が、おずおずと声をかけてきた。

 

「なんだ?」

「羽が……」

 

 俺が聞き返すと、本音は何かを言おうとして、その途中で言葉を詰まらせた。

 

「羽? 何の話だ?」

「ううん、なんでもない」

 

 目を伏せながら、本音が首を横に振る。まあいい。何を言おうとしたのか知らないが、それほど重要なことではないだろう。

 無言で歩き続け、目的地である医務室にたどり着く。扉をガラリと開けた俺は、中の光景に面食らった。

 複雑な数式をびっしりと表示するディスプレイが、何十枚も宙に投影されていたからだ。

 そしてその中心にいるのは、篠ノ之博士だ。妹の眠るベッドの傍で、ブツブツと早口に何かを呟きながらキーボードを叩いている。

 

「おい」

「うっさい、話しかけんな」

 

 何をやっているのかと尋ねようとしたのだが、会話を拒否された。まあいい。今はコイツに用はない。

 本音を部屋の外に待たせると、俺は篠ノ之の枕元へ進み、布団の中からその右腕を引き出して待機形態の『紅椿』を取り外した。

 すると、話しかけるなと言ってきたばかりの篠ノ之博士が話しかけてきた。

 

「おい茶髪、お前なにやってんだよ?」

「『紅椿』、少し借りるぞ。この一件にケリがついたら返す」

「ハァ? 馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。お前みたいな馬鹿に使わせるかよ」

 

 目の前のディスプレイに顔を向けたまま発せられる篠ノ之博士の暴言。

 俺はその細い首をつい締め上げてしまいそうになりながらも、努めて無機質に答えた。

 

「現状、あの化け物に『紅椿』抜きで挑める戦力はない。そして学園の教師共は狼狽えて使い物にならん。織斑千冬も含めてな。だから、俺が使う」

「ちーちゃんが?」

 

 部屋に入って初めて、篠ノ之博士が手を止め、こちらに顔を向けた。どす黒い隈で飾られる、濁りきった眼で俺の顔を見つめる。

 

「……ああ、いっくんがああなったからダメなのか……どうする? どうしようもないか……なら、クソ、おい茶髪!」

 

 濁った目をさらに虚ろにしながら独り言を呟いた後、篠ノ之束が再度呼びかけてきた。

 

「なんだ……ヌッ!?」

 

 

 俺が応じると同時に、空中にISの腕部らしきものが現れ、殴りかかってきた。

 咄嗟に両手で受け止め、捻り潰した。バチバチと火花が散る。

 

「貴様……」

 

 篠ノ之博士を射殺さんばかりに睨みながら、俺は唸った。

 篠ノ之博士は何も言わず、じっと俺を見ている。

 こいつ、どうやら死にたいらしい。

 その細い首を捻って千切るために手を伸ばそうとしたところで、篠ノ之博士は口を開いた。

 

「フン、いいよ。『紅椿』使わせてやる。セキュリティ解除してやるからよこせ。その後は自分達でやれ。束さんはコア・ネットワークの復旧で忙しいからな。お前の専用機のデータを移植すれば、そこそこ動けるはずだ」

「チッ……」

 

 舌を打ちながら待機形態の『紅椿』を投げ渡す。再びISの腕部が篠ノ之束の傍らに実体化して受け止めた。

 

「三時間だ」

 

 凄まじい速さでとキーボードを叩きながら、篠ノ之博士が言葉を発した。軋むような声だった。

 

「コア・ネットワークの復旧まで、あと三時間かかる。多少、前後するけどな」

「それがどうした?」

 

 突然、コア・ネットワークの復旧について話し始めた篠ノ之博士に、俺は疑問符を返した。

 

「お前、やっぱり頭が悪いな。あの仮面ライダーとかいうのが現れたら、三時間後まで、時間を稼げってことだよ。コア・ネットワークさえ復旧すれば、あの程度の敵を殲滅できる戦力は用意できるからな、束さんは」

 

 口の悪い女だが、流石は稀代の天才科学者というべきか。

 篠ノ之博士は、第三世代型IS三機と渡り合ったポセイドンを倒しきれるほどの戦力を隠し持っているらしい。

 だが、『紅椿』が俺の手に渡った今、それは不要なものだ。

 

「ハッ、時間稼ぎ? お前の力など借りるまでもない。アレは俺が倒す」

 

 俺はそう宣言して、キーボードを叩き続ける篠ノ之博士に背を向けた。

 

 

 

 

 日が沈み暗くなった空の下、設置された高輝度ライトが辺りをギラギラと照らしている。

 旅館の庭園に機材を運び込んで急造された整備場。

 本音がコアの初期化を終えた『紅椿』の調整作業を行う隣で、俺はそのスペックを確認していた。

 『紅椿』。やはり凄まじいISだ。

 駆動馬力、推進出力、耐久性。それら全てにおいて『打鉄』を凌駕する機体性能。

 遠近両用の万能兵装である二振りの刀、『空裂』『雨月』。

 そして、それらが霞んで見えるほどの強力なシステム『展開装甲』――全身の装甲がエネルギー砲、ブレード発生器、防御フィールド展開装置、高出力スラスターの四つの機能を持ち合わせているのだ。

 第四世代IS。

 それが『紅椿』がカテゴライズされる枠組みだ。

 全ての既存のISの一歩先を……いや第三世代ISは実験機が形になり始めたばかりだということを考えれば、時代の二歩先を行くISだ。

 勝てる。

 この『紅椿』を俺が使えば、ポセイドンに勝てる。

 投影ディスプレイに表示される情報に目を通しながら俺はほくそ笑んだ。

 

「本音、『紅椿』の調整はあとどれくらいかかる?」

「『打鉄』のデータ入れる作業はもう少しだよ。でも勝手に……て、えっ!?」

 

 俺の質問に答えようとした本音が、驚きの声を上げた。突然、庭園を囲む石垣がガラガラと大きな音を立てて崩れたからだ。

 目を向けると、ワラワラと十数の奇妙な人影が庭園に侵入してきていた。

 所々に白い包帯のようなものが絡んだ黒いヒトガタ。あれは……屑ヤミー!? ポセイドンの手先か!

 

「チッ、バカにしやがって」

 

 俺は不機嫌に呟いた。

 あんな雑魚をけしかけられるとは、侮られたものだ。

 気配を探ると、ここだけでなく、旅館全体が屑ヤミーに襲われているようだ。

 

「なにあれ!?」

「作業を続けろ! 俺が片付ける!」

 

 怯える本音を怒鳴りつけ、屑ヤミーの群に突っ込んだ。先頭の屑ヤミーを殴り倒す。

 大半のコアメダルを奪われた状態であっても、グリードにとって屑ヤミーなど一捻りに出来る相手だ。

 首を折り、背骨を抜く。

 腹を裂き、腕を捥ぎ取る。

 膝を砕き、頭蓋を踏み潰す。

 次々と湧いて出る屑ヤミー共を相手に、俺は苛立ちをブチまけるように暴れた。

 そして庭園に侵入した最後の一匹を、顔面を剥ぎ落して倒したその時、背筋にザワリとした感覚が走った。

 強大な欲望のエネルギーを、遠くに感じた。ポセイドンが俺を誘い出そうと挑発しているのだ。

 

「いいだろう、乗ってやる」

 

 俺は憎しみに顔を歪めながら、整備ハンガーに固定されている『紅椿』に乗り込もうとした。そんな俺の手を、本音が引き止めるように取った。

 

「離せ、本音。奴の居場所がわかった」

「ウヴァっち、行っちゃ駄目」

 

 妙な事を言い出す本音。

 その声も、手も、震えていた。

 

「やめようよ、もうウヴァっちは戦っちゃだめ。織斑先生達に全部任せようよ」

 

 本音が何を言っているか、一瞬、理解できなかった。

 一呼吸の間を置いて、吐き捨てるように言葉を返す。

 

「あんな奴らに任せておけるか」

「じゃあ逃げようよ。学園まで戻ればあの怪人も手出しできないから。とにかくウヴァっちはもう戦わないで」

「ふざけるな! あいつは俺が潰す!」

 

 俺は苛立ちから声を荒げた。

 ワケのわからんことを! なぜ急に、お前が、俺の邪魔を始める!?

 

「なんで!? そんなこと、ウヴァっちがやらなくても!」

「うるさい! お前に何がわかる! 俺はグリードなんだよ! 一番欲しいものは、必ず手に入れる!」

「グリード……? それに、欲しいものって……」

 

 怒りのあまり、今まで避けてきた言葉を俺は口に出してしまう。

 それに対して疑問符と怯えを浮かべる本音。

 

「お前たちじゃない」

 

 俺はそれだけを唸るように言って、本音を突き飛ばし、『紅椿』に乗り込んだ。PICを作動させ宙へと昇る。

 

「待って!」

 

 悲痛な叫びが聞こえたが、俺は振り返る事無く、星の見えない空へと飛び立った。

 メダルを取り戻すことだけを考えながら、『打鉄』とは比べものにならない『紅椿』の巡航速度で戦場を目指す。

 途中で俺はオトシブミヤミーと合流した。一瞬の思考の末、海中へと飛び込む。

 ヤミーが溜め込んだセルメダルを取り込むためだ。下手に連れて行ってポセイドンにセルメダルを奪われてはたまらない。

 『紅椿』が完全に水中へと沈むと、分解されたヤミーが膨大な銀色の奔流となって俺の体に滑り込んだ。

 漲る力に勝利への確信を深めながら再び空中へ。

 忌まわしい欲望の気配を感じる。奴は、近い。




 こんな感じで再開しました。
 今回は少し書きだめがあるので四日か五日くらい連続して投稿できると思います。
 あと、このサイトの挿絵機能が改良されたようなので、僕も挿絵を作ってみました。

 
【挿絵表示】


 ゼロから描いた訳じゃないです。アニメのキャプやら自分で撮影したフィギュアの写真やらから作ったコラージュに版画風フィルターをかけてソレっぽくするという方法で作りました。
 コラージュについての著作権を調べたところ、原型を留めないレベルまでいじくれば問題ないそうです。

 指摘・感想は随時受け付けています。気軽に書き込んでください。

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