空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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第二十話 ウヴァさんとカイジン

『目標『銀の福音』視認しました』

「織斑、篠ノ之、手筈通りだ」

『了解!』

 

 織斑と篠ノ之からの通信に、織斑千冬が落ち着いた態度で指示を返した。『白式』と『紅椿』が暴走した『銀の福音』撃墜のために出撃して十分弱が経過している。

 俺は本音や他の専用機持ちと共に、広間に機材を設置して作られた急ごしらえの管制所で織斑達の作戦遂行を見守っていた。

 

「あれが『福音』か」

 

 俺はボソリと呟いた。

 広間に運び込まれた大型モニターに、高速で接近してくる『銀の福音』が小さく映ったからだ。モニターには出撃した二人のISから送られてくるリアルタイム映像が映し出されている。

 距離が縮まるにつれて『銀の福音』の姿がハッキリとモニターに映る。その名に恥じない銀色の装甲、高出力推進装置を搭載するために歪に膨れ上がった脚部、頭部から展開する巨大な翼。

 確かに速そうだ。篠ノ之博士の言う通り、俺の『打鉄』の機動性では追従できそうにない。そういえばあの変人、何時の間にかいなくなったな。

 

『加速するぞ! 目標に接触するのは十秒後だ。一夏、集中しろ』

『ああ!』

 

 通信を通して響く織斑と篠ノ之の気迫。『白式』を牽引する『紅椿』がスラスターを全開にした。凄まじい加速で『銀の福音』に迫る。

 

『うおおおおっ!』

 

 織斑が『零落白夜』を起動、それと同時に瞬時加速を発動した。超音速の踏み込みと共に『福音』に斬りかかる。一撃必殺の剣閃。

 決まった。この場の全員の確信。だがそれはアッサリと裏切られた。『銀の福音』は、斬撃に合わせてグルリと後方宙返りすることで織斑の一撃を凌いだのだ。文字通り紙一重の回避。神業染みたその行いは、暴走した機械のものとは思えなかった。

 そして交錯から一瞬後、織斑に光の雨が襲い掛かった。『福音』の翼に搭載された広域射撃兵装『銀の鐘』の弾丸だ。

 

「織斑! 損傷を報告しろ!」

『大丈夫です! 箒、援護を!』

『任せろ!』

 

 織斑千冬の叫びに織斑が作戦続行の意思を返す。『白式』『銀の福音』双方が超音速機動を行っていたため、射撃はほとんど直撃しなかったらしい。

 『銀の鐘』がバラ撒く光弾を巧みに回避しながら接近を試みる二人。

 

『私が動きを止める!』

『わかった!』

 

 息の合ったコンビネーションと『紅椿』の超性能に『銀の福音』は次第に追い詰められていく。

 その猛攻に耐えかねたのか、『福音』は強引に距離を取ると、翼にある三十六の砲門を全て開いた。そして放たれる全方位への同時射撃。

 おそらく『福音』の切り札の一枚であろう攻撃。しかしそれは、この戦いでは悪手であった。

 

『待っていたぞ! それは『紅椿』には通用せん、押し切る!』

 

 迫りくる光弾の嵐に対し、篠ノ之は『紅椿』の全身の装甲を一斉に変形させる。そしてエネルギーフィールドを展開すると、被弾を意に介さず『銀の福音』へと突撃した。

 一瞬で縮まる二機の距離。篠ノ之の鋭い二刀流を捌ききれず『福音』が大きな隙を見せた。

 これで織斑が『零落白夜』決められる、決着だ。そう思った瞬間、モニターが突然暗転した。小さく表示されるNo signalの文字。

 

「何っ!? 織斑、篠ノ之、応答しろ! 真耶、どうなっている!」

 

 突然の事態に焦りを見せる織斑千冬。その問いに山田真耶が答える。

 

「駄目です! 量子通信も含め全ての無線通信が完全にダウンしています!」

「なんだと? ……山田先生、投光器と信号弾の用意を。専用機持ちは全員付いて来い。外に出て直接状況を確認する」

 

 織斑千冬と山田真耶のやりとりを聞いて俺は顔を顰めた。何が起きている? いかなる距離でも確実な交信を保証するとされる量子通信がダウンするなど。

 

「大丈夫だよね? おりむーも箒ちゃんも」

 

 隣にいた本音が不安そうに訊ねてきた。

 戦局は完全に織斑達の勝利へと傾いていた。通信障害が起きているだけで、もう『福音』は落とされているだろう。外に出れば、こちらへ帰ってくる織斑達を見ることが出来るはずだ。

 

「ああ、きっとな」

 

 俺はそう言い聞かせ、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「なんだありゃ……」

 

 織斑千冬に従い旅館の軒先に出た俺は呆然と呟いた。他の連中も戸惑いを隠しきれない様子だ。原因は海原の先、織斑達が戦闘を行っていた辺りの空にある。

 そこに戦闘の光は既に無く、代わりに真っ黒で巨大な『穴』が浮かんでいたからだ。

 アレはなんだ? 織斑達はどうなった? 『福音』は?

 

「ウヴァ、お前は『撃鉄』の強化型ハイパーセンサーの試験を行うことになっていたな。インストールは済んでいるか?」

 

 混乱していると、織斑千冬が訊ねてきた。

 

「ああ。俺が探す」

 

 俺はそう言って『打鉄』と『撃鉄』用ハイパーセンサーユニットを展開した。仮面のように俺の顔をバイザーが覆い、視覚が鋭敏になる。地の果てまでも見透せる程に。

 だが、その超感覚を持ってしても新たに認識できたものはなかった。織斑も篠ノ之も、『銀の福音』さえも見つからない。センサーは黒い穴が引き起こしているらしい異常にアラートを鳴らすばかりだ。

 

「クソ、何も見つからん。レーダーもコア・ネットワークも上手く働かない。あの穴のせいだ」

「……山田先生、帰還信号を。現在出撃しているISは一旦全て帰投させます。ウヴァ、この場で高度を上げて戦闘空域下の海面を捜索しろ」

 

 俺の言葉を受け、新たな指示を出す織斑千冬。俺は『打鉄』を高度三十メートルまで上昇させ、指定された海域を精査した。

 やはり、織斑も篠ノ之もいない。どこだ、どこにいる?

 数分間、指定された海域を探ったが、織斑達の痕跡すら見つからない。頭の端に最悪の考えが浮かぶ。

 

「ダメだ、何も見つからない。海中にいるのかもしれない」

「そうか……」

 

 地上に戻った俺の報告を受けると、織斑千冬は目を瞑り、深く息を吐いた。そしてすぐさま決定を下す。

 

「作戦は失敗だ。ウヴァ以外の専用機持ちは各自待機せよ。現状に変化があれば召集する」

 

 冷厳にも思える判断。しかしその声は、平常を装いながらも僅かに震えていた。

 

「待って千冬さん! 一夏は!? 一夏と箒はどうするんですか!?」

 

 凰が織斑千冬に詰め寄った。それに対して苛立った様子で織斑千冬は答えた。

 

「今後の動きは、海上封鎖を行っていた教員達の情報を得てから決める」

「それでは!」

「私は各自待機と言った。作戦行動下で逆らうことは許さん」

「っ……はい」

 

 威圧され、旅館へと戻る凰達。それを尻目に、織斑千冬は俺に命令を下す。

 

「お前の強化型ハイパーセンサーであの黒い穴のデータを招集する。この場から観測可能なあらゆるデータを取得しろ」

 

「おう」

 

 その言葉に従い、俺は観測を開始した。なぜだか、酷く喉が渇いている気がした。

 

 

 

 

 

 

「おい、いつまで待つ気だ」

 

 管制所に入った俺は、織斑千冬にそう訊ねた。織斑と篠ノ之、そして『銀の福音』の行方がわからなくなってから二時間ほどが経っている。

 

「あの穴の正体がわかるまで、お前たちを近付かせる気はない」

「……そうか」

 

 俺が調べさせられたあの『黒い穴』。一時間程ハイパーセンサーで観測を続けたが、詳しいことは何もわからなかった。唯一わかったのは、アレが文字通り空間に開いた穴で、どこかに繋がっているらしいということだけだ。

 正体不明の現象を強く警戒した織斑千冬は、海上封鎖を行っていた教師たちのISが有益な情報を記録していなかったこともあり、戦闘が行われた空海域への侵入を禁止した。

 実質的に織斑と篠ノ之の捜索を断念したようなものだ。弟の命よりも二次災害の防止を優先。おそらく正しいのだろうが、酷く辛い判断のはずだ。

 

「……来たか」

 

 ふと、俺は呟きを漏らした。織斑達を探させるために呼び出しておいたヤミーが到着したことを察知したからだ。数か月前に強盗の金銭欲から作った奴だ。

 

「何?」

「気にするな、少し外で風に当たってくる」

 

 疑問を浮かべる織斑千冬を適当に誤魔化し、俺は戸外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 旅館から出ると、忙しく動き回る二十人ほどの人間が目に入った。空間の穴を観測するために急行してきた科学者たちだ。そいつらを横目に、俺は海岸へと歩く。

 辺りに人がいないことを確認し、切り立った崖から海を見下ろす。体長二十五メートル程の巨体へと成長したオトシブミヤミーを水中に見て取れた。

 

「織斑と篠ノ之を探せ。『銀の福音』は見つけても手を出すな」

 

 俺がそう指示を出すと、オトシブミヤミーは頷くようなしぐさを見せ、沖へ向かって海底を進み始めた。

 

「チッ、一体どうなってやがる」

 

 十分ほどでヤミーが水平線に消えるのを見届けた後、空に浮かぶ黒い穴を見上げながら毒づいた。

 まったく、今日は厄日としか思えない。八百年前の悪夢、奇人篠ノ之束、軍用ISの暴走、ワケの分からん穴の出現。極めつけに織斑達が行方不明ときた。なんだってこんなに嫌なことが重なるんだ。

 

「織斑……篠ノ之……クソッ!」

 

 不愉快な焦燥感が俺を捕えて放さない。苛立ちから足元にあった岩を蹴り飛ばした。

 岩はガラガラと音を立てて海へと転がり落ちる。それを何ともなしに追った俺の目に、一つの人影が映った。

 

「あれは!」

 

 俺は思わず声を上げた。その人影は、海中から陸に這い上がろうとする織斑だったからだ。

 生きていたか、良かった。喜びに震えながら、俺は落ちるような速さで崖を駆け下り、織斑へと走った。

 

「織斑! 無事だったかッ……!?」

 

 俺はボロボロに見える織斑の肩に手を掛けようとした。だが、それは出来なかった。

 突然、衝撃と共に鋭い痛みを感じ、動けなくなったからだ。

 

「あ……?」

 

 視線を下ろすと、立ち上がってこちらに振り向いた織斑の右腕が、俺の腹を、貫いていた。

 

「ウ、ア? 織、斑……何を?」

 

 疑問が、俺の口から流れた。現状が上手く認識できない。理解できない。夢でも見ているかのような感覚。

 混乱して動けない俺の腹から、織斑は腕を引き抜いた。その瞬間、俺は俺でなくなった。巨大な、絶望的な喪失感。それから一呼吸遅れて猛烈な苦痛に襲われる。何を、された?

 俺は崩れ落ち、膝をついた。そんな俺を見下ろしながら、織斑が口を開く。

 

「お前たちの仲が良くて助かったよ」

 

 嘲るような口調で意味不明な事を言う織斑。その手には、緑色のメダルが何枚も握られていた。

 あれは俺のコアメダルだ。俺は、織斑にコアメダルを奪われたのだ。

 そう認識した瞬間、心が突沸した。激情に駆られ、織斑に殴りかかる。

 

「返せ! 俺のメダルだ!」

 

 俺は全力で拳を振るった。人間程度の存在なら、骨を粉砕し内臓を破裂させ、一撃で殺すことが出来るはずの威力をもった拳だ。

 

「フン、この程度か」

「何!? グアッ!?」

 

 だが織斑はあっさりとその一撃を受け止め、逆に俺を蹴り飛ばした。肋骨が砕ける音が響く。

 その破壊力に俺の体は十メートル近く吹き飛ばされた。なんだこの力は!? 人間のものではないぞ!?

 受けたダメージに立ち上がれずにいる俺を、織斑が近くまで来て見下す。握られていたコアメダルが、溶けるようにその手に吸い込まれた。俺のコアメダルを取り込んだのか? ふざけやがって!

 肉体の再生を完了した俺は、憤怒の表情で立ち上がった。

 そんな俺を見た織斑は、愉快そうに酷薄な笑みを浮かべると、どこからともなく金色の機械を取り出し腰に当てる。すると機械から飛び出したベルトが腰に巻き付いた。

 

「変身」

『サメ! クジラ! オオカミウオ!』

 

 奇妙な音声が空間を震わせた。宙に光の紋章が浮かび、織斑の体を大量のセルメダルが包み込む。

 そして一瞬で形作られる異形。

 金色に染まった二つの複眼と三本の角を備えた頭部。

 鮫の意匠を持つ青い装甲と、三種類の生物が組み合わさったレリーフを備えた上半身。

 黒い皮膚と紅い鱗に覆われた下半身。

 そして胸のレリーフと対応した三枚のメダルがはめ込まれた腰のベルト。コイツは――

 

「オーズ、だと……!?」

 

 何故、織斑がオーズに? 何故、今になって現れた? 何故、俺のメダルを?

 驚き、怯む俺に、織斑が答えた。

 

オーズ()? 違うな、俺はポセイドン(海神)だ」

 

 ポセイドン? なんだそれは?

 さらに思考を乱される。

 だが織斑はそんなことを気にした様子も無く、その手に持つ血のように紅い槍を構えながら宣告した。

 

「命乞いはするな。時間の無駄だからな」




腹パン、そして仮面ライダー登場。
超展開過ぎますかね? あと今回初めてルビ機能を使ったのですがどうでしょうか?

感想・指摘は随時受け付けています。気軽に書き込んでください。

用語解説 仮面ライダーポセイドン
映画「仮面ライダーフォーゼ&オーズ Movie大戦MEGAMAX」に登場した悪の仮面ライダー。
本来はオーズ本編の四十年後に人々を守るために戦う戦士だった。
だが、事故によって大量のコアメダルを吸収したことでシステムが暴走、変身者の意思を無視して戦いだけを求める戦闘狂と化してしまう。
実質「仮面ライダーの姿をしたグリード」へと進化を遂げており、その戦いへの欲望は、新たな敵を求めるあまり時空の歪みを利用してタイムスリップを実行してしまうほど強い。

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