現在ウヴァの持つメダルは……
クワガタ・コア 三枚
カマキリ・コア 三枚
バッタ・コア 三枚
「……君? ウヴァ君っ」
「あぁん?」
「ひっ、あっあのっ、ごめんなさい。怒ってる? 怒ってますよね? ごめんなさい、本当にごめんなさい……」
「チッ……」
目の前でうろたえる女を不愉快に感じ、派手に舌を鳴らした。
俺は今、IS学園とやらの教室にいる。
あの日、リマでISを動かした後、俺はペルー共和国によって保護されると伝えられ、その日のうちにコソコソと護衛が付きまとうようになった。
そして数日後、俺の処遇が決まったらしく国の施設に連れて行かれ、俺の後見人になるという男に俺の今後について説明された。
曰く、君にはIS操縦者養成施設『IS学園』に入学してもらう。
曰く、君にはに専用のISが自衛とデータ収集のために与えられる。
曰く、君は我が国初の専用機持ちにして代表候補生だ。
やけにさわやかな若い男で、キザな態度が気に障った。
だが、IS学園への入学というのは魅力的な話だった。
ISというのは扱い方を学ばなければまともに動かせないものらしいのだから。
それに、専用のISだ。
欲しい物をくれるというのだ。手を伸ばさずにはいられない。俺はグリードなのだから。
そう考えた俺はその場でうなずいたし、ある程度はその男の言うことに従う気もあった。
しかし、そのあと実にやっかいな事が起きた。
俺の体を調べようとする人間が大勢押し掛けて来たのだ。
始めの内はおとなしくしていたが、半日もせずに我慢の限界が来た。
それで俺は、白衣を着た人間共を蹴散らして、渡されていた携帯電話で男に連絡を入れた。
『おい』
『どうしたんだい? ウヴァ君』
『ここは鬱陶しい。俺はもう日本に向かう。手続きをしておけ』
『は? 何を言って……』
『切るぞ』
国の施設から出た俺は人間共を撒いた後、アジトから溜めこんだセルメダルを運び出し、港から出る船に忍び込んだ。それからいくつかの船と港を経由して日本へ向かい、IS学園にたどり着いたのが今朝だ。
少々軽率な行動だったと反省している。
ISを手に入れるチャンスを不意にする可能性もあったのだから。
「ウヴァ君? あのね、自己紹介、『あ』から始まって次は『う』のウヴァ君なの。だからね、自己紹介してくれないかな?」
やたらと怯えた様子の女の声に、意識を戻す。自己紹介か。
「ウヴァだ。ペルーから来た」
俺は立ち上がった後、それだけ言って再び椅子に座った。
♢
俺の後、もう一人の男性IS操縦者、織斑一夏が自己紹介を終えたところで、この教室の担任で織斑一夏の姉でもある織斑千冬が現れISに関する基礎的な授業を行った。
今は休み時間だ。
クラスの女どもは俺を少し離れて取り囲みじっと見つめている。男性IS操縦者に興味津々といった様子だ。
ちなみに後ろの席にいた織斑一夏は授業が終わった後、すぐに胸のでかい女に連れ出されたのでいない。
うざったい視線にイライラしていると、一人の女がおれを取り囲む輪をかき分けて近付いてきた。
「ウヴァくん、こんにちは~」
「何だ? お前は?」
「布仏本音だよ。よろしくね~」
女はそう名乗った。
身長は、小柄という程ではないが、人間の女の平均よりは低いだろう。
艶のある栗色の髪を背中にかかるくらいまで伸ばしている。
そして、表情が緩い。顔の筋肉が弛緩しきっている。
ふっくらとした顔立ちも相まって、頭が悪そうに見えるほどだ。
そんなことを考える俺を他所に、女――野仏本音――は言葉を続ける。
「えっとね~、ウヴァくん学校とか行ったことないんでしょ? だからね、お手伝いするように頼まれてるの。困ったことがあったら言ってね~」
「ふん、手助けなど必要ない」
「うん。でも、もしかしたらってこともあるしね? なにかあったらいつでも呼んでね~」
そういうと野仏はヘラヘラと笑いながら去って行った。
よくわからんが、まぁいいか。必要になれば利用してやる。
♢
休憩時間が終わり二コマ目の授業の最中だ。教壇には副担任の山田真耶が立っている。
正直、何を言っているのか全く理解できない。専門用語が多すぎる。
どうしたものかと、こっそりと周りの女共の様子を窺う。
きちんと理解できているように見えた。
頭のキレる奴が集まっているらしい
今朝、学園の敷地に入った途端現れた俺の後見人の男(ご苦労なことに日本まで来ていた)が言っていたことを思い出す。
『時間がない、身支度をして入学式に出なさい。あと、時間があればこの教本に少しでも目を通しておきなさい。IS学園の授業は本来事前学習が必須なんだ』
あまりに授業がわからないので、先ほどの布仏とかいう女に頼ろうかとか、この国に上陸する直前に隠し場所が思いつかず、やむなく海に沈めた大量のセルメダルをどう回収するかについて考えていると、後ろからやたら大きな声がした。
「先生!」
「はい、織斑君!」
「ほとんど全部わかりません!」
織斑一夏だった。俺と同じ状態らしい。実に心強い。
「え、と、織斑君以外にわからない人は…ウヴァ君はだいじょうぶですか?」
「大丈夫な訳がないだろう」
俺の答えを聞き山田真耶が目に涙を浮かべる。
「……織斑、ウヴァ、入学前の参考書は読んだか?」
教室の端にたたずんでいた織斑千冬が問いかけてくる。
読んでいるわけがないだろう。
そう答えると担任教師は溜め息をつき、頭を押さえた。
♢
「自己紹介でも言ったけど、織斑一夏だ。よろしくな、ウヴァ!」
二つ目の授業が終わると、後ろの席の織斑が声をかけてきた。
結局、俺とこいつ以外、ISが反応する男は見つかっていないらしい。
もしやこいつもグリードかと疑ったが、メダルの気配は一切感じない。
なかなかに社交的な男で、俺に興味があるらしく先ほどから、
「ペルーってどんな国なんだ?」
「いつISに乗れるとわかったんだ?」
「年は俺たちと同じなのか?」
そういった事を矢継ぎ早に訪ねてくる。やけに弾んだ声だった。
女ばかりの環境で、自分以外の男との接触が嬉しいのだろうか。
面倒ではあったが、出来るだけ良い関係を築きたい。
そう考えて織斑の質問に答えていると、
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「ンァ?」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、金髪の女が立っていた。
冷たい表情で腰に手を当てて、蒼い瞳で俺と織斑を見据えている。
「訊いてます? お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」
織斑がそう答えると、女はいかにも見下したような態度で声を上げた。
「まあ、なんですの、そのお返事。わたくしに……」
「おい」
俺は女を遮る。
なぜかわからないが、この女の声は聞いていて落ち着かないからだ。
「お前の声は不愉快だ。俺の前では口を開くな」
「なっ!?」
「ウヴァ?」
女は驚いて言葉が出ないようだった。織斑も責めるような視線を向けてくる。
「なんて口を利きますの!? このセシリア・オルコットに、イギリス代表候補生にして入試主席である私にっ!?」
「代表候補生? それなら俺もだ。それと、黙れと言ったぞ?」
怒り狂って声を張り上げる女を睨みつけて黙らせる。
すると女は「信じられない、信じられませんわ。こんな蛮人が……」などとぶつぶつ呟きながら立ち去って行った。
どこまでも耳障りな奴だ。
「ところでウヴァ、代表候補生ってなんだ?」
「知るか」
俺たちの会話を盗み聞きしていた連中が騒ぐのを無視して、織斑と取りとめのない会話を続ける。
チャイムがなると織斑千冬が教室に現れ、クラス対抗戦に出る代表を決めろと言った。
教室がざわめく。
「はいっ、織斑君を推薦します!」
「私はウヴァ君を推薦します!」
若干の間の後、そういう声が上がった。
珍しい男性IS操縦者を看板にしようというのだろう。なんとなく予想は出来ていたが面倒な話だ。
「お、俺!? ちょっと待て、俺そんなのやれないって!」
「自薦、他薦は問わないといった、選ばれた以上は覚悟をしろ」
「で、でもっ」
織斑が降りようとするが却下される。
姉弟が言い争う中、どうやって織斑に代表を押し付けるかと考えていると、甲高い声が教室に響いた。
「待ってください、納得がいきませんわ!」
先ほどの金髪だった。けたましく持論を捲し立てる。
「そのような選出は認められませんわ! 男がクラス代表というだけでもいい恥さらしですのに、ましてや南米の後進国から来たケダモノが代表に!? そのような屈辱、我慢できませんわ! 第一クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれは――」
「おい!」
煩わしくなった俺は金髪の言葉に割り込む。
「口を開くなと言わなかったか? イライラするんだよ、お前の声は!」
「あっ、あなたはっ! 度重なる侮辱! もう耐えられません! 決闘ですわ!」
どうやらこいつは自分が他人を馬鹿にすることに何の抵抗も感じない癖に、自分が貶されると癇癪を起こすらしい。
少しばかり頭が弱いのだろう。
「フン、面白い。身の程というものを教えてやる」
「減らず口をっ!」
「そこまでにしろ。クラス代表は一週間後の月曜放課後、IS戦にて決定する。織斑、ウヴァ、オルコットは準備をしておくように。それでは授業を始める」
織斑千冬の言葉でその場は収まった。織斑はその後も何か言っていたが出席簿での制裁を受けて黙りこんだ。
♢
「うう……意味がわからん。なんでこんなにややこしいんだ……なあウヴァ、絶対おかしいよな?」
「ああ、全くだ」
後ろの席から問いかけてくる織斑に同意の言葉を返す。ちょうど俺も同じ事を考えていた。
すでに全ての授業が終わり、今は放課後だ。
教室には、他のクラスから押し寄せた女共が遠巻きに俺達を取り囲んでひそひそと小声で話し合っている。
そいつらに気付いていないフリをして織斑とボヤき合っていると、教室の入り口の方から声をかけられた。
「ああ、織斑君、ウヴァ君、まだ教室にいたんですね。よかったです」
「ヌッ?」
「はい?」
声がした方を向くと、山田真耶が書類片手に立っていた。
「えっとですね、寮の部屋割が決まりました」
そう言って部屋番号の書かれた紙と鍵を手渡される。1023号室か。
「俺の荷物はどうした?」
鍵を受け取りながら尋ねる。
荷物と言っても、ここの制服に着替える前に着ていた服だけだが。
「ウヴァ君の荷物はもう部屋に運び込まれているはずです。」
「そうか、あと俺の専用機の話はどうなっている?」
「数日中に学園に搬入されるそうです。大変だったみたいですよ、ペルー政府の方」
「おぉ、そうか!」
訊きたいことはもう無い。
いいかげん周りの態度が癇に障っていた俺は、まだ話すことがあるらしい織斑を置いて寮へ向かう。
♢
「1023……ここか」
部屋にたどり着いた俺は、シリンダーに鍵を差し込む。だが鍵は始めから開いていた。
「ウヴァっちおかえり~」
扉をあけると昼の鈍そうな女、布仏本音がいた。
「何をしている?」
「あれ? 言ってなかったっけ、ウヴァっちのお世話を頼まれたって。だから部屋も一緒だよ~」
「……いいのか?」
とてとてと近くに寄ってきた布仏を見降ろしながら問いかける。
「ん~、何が?」
俺が知る人間の常識に照らし合わせると問題が多い状況に思えたが、この女は特に気にしていないらしい。
「俺の邪魔はするなよ」
「うん、それよりウヴァっち、食堂行こ。ウヴァっちお昼ご飯食べてなかったでしょ」
確かに腹が減っていた。今から食堂に行くというのは良い案だ。だが……
「おい、さっきからそのウヴァっちというのはなんだ?」
「愛称だけど、だめだった?」
「良くはないが……まぁいい。それより食堂に連れてけ」
♢
異様に遅い布仏の歩みのせいで時間がかかったが、ようやく食堂に着く。
入った途端、俺に注目が集まったが完全に無視した。
そんなものどうでも良くなるような空間が広がっていたからだ。
食堂は俺が今まで嗅いだ事のない良い匂いで満たされていた。
テーブルに並ぶ様々な料理はとても豪華で美味しそうに見える。
人間の体を手に入れて数年を過ごしたスラムには無かったものだ。
「これは、すごいな」
「ん~、豪華だね~」
つい漏れてしまった言葉に布仏が答える。
その言葉とは裏腹に驚いた様子はない。こいつにとっては当たり前のことなのだろうか?
「おい布仏、一番美味いのはどれだ?」
「そうだね~、ケーキ食べよっか」
ケーキか、ガメルが人間の真似をして食っていたことがあったな。
コアメダルを取り返すためにオーズと戦っていた頃を思い出す。
俺も無意味に酒をあおったりしていた。味も分からず酔うこともできないのに。
惨めな思い出を振り払い、歩みを進め布仏に勧められたケーキを注文する。
「いただきまーす」
「…………」
白いクリームで覆われたケーキを、フォークで切り分け口へ運ぶ。
初めて感じる味と舌ざわりだった。今まで食べていた物とは全く違う。
気付いた時には二口目を運んでいた。腕が止まらない。
「ウヴァっち、ケーキ食べたのは初めて?」
全体の四分の三程を食べたところで布仏が問いかけてきた。
「ああ。だがこれが甘くて美味しいものだってことは、俺にもわかるぞ」
「よかったね~。そうだ、私のケーキ一口上げる。ビターチョコだよ~」
あ~ん、と言いながらフォークに乗せて布仏が差し出した茶色いケーキに食らいつく。
白いケーキとは違う、少し苦味のある複雑な味だ。
だが美味い。これも気に入った。
「美味い。感謝するぞ、布仏」
「えへへー、どういたしまして~」
この後俺は、ケーキを二皿食って自室に戻り、シャワーを浴びた後、寝た。
初めて浴びた暖かい水はとても気持ち良かった。
広くて柔らかいマットと暖かい布団は信じられないほど快適だった。
俺は一日過ごしただけでこの学園の施設がすっかり気に入ってしまった。
セシリア・オルコット CVゆかな
水棲系グリード・メズール CVゆかな
ウヴァさんがイライラした理由です。中の人ネタですね。
グリードの設定はTV版と小説版で微妙に食い違いがあるので都合の良い方を選んでいます。
感想や指摘は随時受け付け中ですのでよろしくお願いします。
用語解説 グリード
『仮面ライダーオーズ』に登場する怪人。
本編の八百年前に、とある王の命令で四人の錬金術師によって作られた人口生命体。
現代兵器による攻撃をものともしない強靭な肉体と、肉体をメダルに分解しての飛行、第六感的な気配察知、強い欲望を持つ人間から下僕となる怪人ヤミーを生み出すなど様々な特殊能力を持ち、高い戦闘力を発揮する。
反面、五感などの『満足を得るためのツール』が未発達であり、常に強い欲望を持つがそれを満たすことが出来ないという欠陥を抱えている。