「よし、全員揃っているな。それでは各班、振り分けられた装備の試験を開始しろ。専用機持ちは専用パーツの運用テストだ。かかれ!」
臨海実習二日目の朝、IS運用試験用プライベートビーチ。織斑千冬の号令を受けて生徒たちが慌ただしく動き始めた。
今日は一日、ここに搬入された装備の試験に費やされることになっているのだ。
「じゃあウヴァっち、私たちも準備始めよっか」
「そうだな」
俺の専属整備士として一般生徒としての実習を免除されている本音と共に、浜の端に打ち上げられている無人揚陸艇へと向かう。ペルー政府が用意した『打鉄』用の新装備がその中に積まれているのだ。
「今回の追加武装、びみょーだよねー」
「まったくだ。まぁ、無いよりはマシだろう」
「そう思うしかないね~」
歩きながら、やや愚痴の混じった会話をする。
他の専用機持ちは高性能な新開発の装備がどっさりと用意されているのに対し、発展途上国であるペルー共和国が俺のために用意した新装備は貧相な物だ。俺は溜息を吐きながら『打鉄』に情報を表示させた。
カタール『ルームシャトル』――刀身が拳の先から伸びるような位置にくる独特の作りの短刀。バリア貫通性能に優れるこの武器は、本来アメリカのとある近接特化型ISの専用武装だったものだ。
だが、事故によりそのISは失われてしまい、不要となっていた予備を中古品としてペルー政府が買い取ったらしい。格闘戦の手札を増やして『白式』に代表される新世代の近接型ISに少しでも対抗できるようになることが目的だ。
理にかなっている、この装備に不満は無い。問題は残り二つだ。
防御型換装装備『不動岩山』――防御力の高い『打鉄』をさらに堅牢な機体に昇華する追加装甲。特徴としてエネルギーシールドを広域展開することが出来る。ペルー空軍の技術者曰く、それを使って『停止結界』を遮れば『シュバルツェア・レーゲン』にも勝てるらしい。
……馬鹿か。あの結界はワンモーションで発動するのだぞ。結界の有効範囲内に踏み込む時は常にエネルギーシールドを作動させろと? すぐにエネルギー切れに陥ってしまうぞ。
まあ、これに関してもペルー政府の人間が想定した使い方がおかしいだけで、探せば良い使い方が見つかるだろう。本格的にマズイと感じたのは次だ。
超長距離射撃用換装装備『撃鉄』の強化型ハイパーセンサーユニット――俺が『甲龍』の衝撃砲にいいようにやられたことから準備された。上手いこと調整して見えない砲撃に対応できるようになれとのことだ。
長距離射撃命中率の世界記録を保持している換装装備のユニットだけに高性能なのは間違いないのだが、長距離用センサーをソフト面の調整だけで中・近距離の高速戦闘で使えるようにするのはどう考えても無理がある。
実際、本音がなんとか実現しようと事前にシミュレーションを繰り返してくれたのだが、結局徒労となった。
ちなみにセンサーだけしか用意されていないのは予算節約のためだ。せめて長距離砲の一門でも一緒に用意してくれれば使い道があったのだが、アサルトライフルとグレネードランチャーしか射撃武器を積んでいない俺の『打鉄』では全く活かすことが出来ない装備だ。思いつきで用意したとしか思えない。
「『不動岩山』から使ってみるか。本音、インストールを頼む」
揚陸艇に到着した俺は、その中に入りながら言った。
「うん、じゃあ『打鉄』展開して」
「おう」
揚陸艇の内部に備え付けられた整備用ハンガーに『打鉄』を呼び出した。固定されたことを確認してから抜け出すと、本音が大量のケーブルを接続していく。
「じゃあ始めるけど……ウヴァっち、大丈夫? 少し顔色が悪いよ?」
本音がそう訊ねてきた。確かに俺は、昨夜に見た夢のせいでまだ神経が逆立っていた。だが試験を中止するほどのものではない。
「問題ない」
「そう。でも、気分が悪くなったら言ってね。私たちは時間に余裕があるから」
そう言って作業を始める本音。
「そういえば、簪は何のテストをやるんだ?」
「射撃管制システムの調整とかミサイルの弾頭試験とか、やること盛りだくさんみたい」
ふと気になったので簪の事を訊ねると、そう返答された。
簪も大変だな。一人で全てやる気なのだろうか。できれば手伝ってやりたいが、今は『打鉄』に掛からなければならないので無理だ。
作業を続ける本音を眺めながらそんなことを考えていると、辺りに甲高いジェット推進音が響いた。
船窓から音のした方向を確認すると、見慣れない赤いISが凄まじい速さで空へと飛びあがっていた。ISを纏っているのは篠ノ之のようだ。おそらく、以前相談された姉からのプレゼントだろう。
一定の高度に達すると篠ノ之の新型機は上昇をやめ滞空し、両腰から実体型ブレードを引き抜いた。
そして右腕を左肩の近くまで回す独特の構えを取った後、右のブレードを宙に向けて突き出す。
次の瞬間、ブレードの周囲から大量の光弾が放たれ、空に浮かんでいた雲が蜂の巣になった。
「うわーお……」
隣に来た本音が驚きの声を発する。
新型機がどの程度のものか観察を続けていると、地上から大量のミサイルが発射され篠ノ之に迫った。
それらに対し、左手の刀を振るう篠ノ之。刀身から閃光が走り、全てのミサイルが切り裂かれた。馬鹿げた攻撃範囲だ。
あのIS、凄まじい性能だぞ。エネルギー切れを考慮に入れなければ、オーズにも匹敵しかねない。
「なんか、とんでもないIS出てきたねぇ。あれ箒ちゃんだよね? お姉さんから貰ったのかな?」
険しい顔で篠ノ之の新型ISを眺めていると、本音が話しかけてきた。
「だろうな。まったく、厄介な相手がまた一人増えたな」
「はあ? 『紅椿』を厄介の一言で済まされるなんて心外だね」
「ヌ?」
本音の問いに言葉を返した直後、背後からを棘のある声を投げつけられた。
振り向くと、いつの間にか船内に一人の女が立っていた。大量のフリルで飾られたワンピースを着た若い女だ。頭には兎の耳を模しているらしい珍妙なアクセサリーを着けている。なんだコイツ?
「あの、ここ関係者以外は立ち入り禁止なんですけど」
本音が戸惑いながら言った。同時に、俺に視線で警戒するよう促す。
「だいじょーぶだいじょーぶ、ISに関して私以上の関係者はいないから」
「おい、それ以上近づくな。痛い目を見たくなければな」
ワケの分からないことを言いながらこちらに歩いてくる女に俺は警告した。
女の一挙一動に最大限の注意を払う。俺や『打鉄』を狙うテロリストである可能性があるからだ。もし少しでも妙なそぶりを見せれば、即座に首をへし折るつもりだ。
「うわー、スラム育ちの野蛮なガキってのは本当かよ。こんなのがIS使ってるのか、嫌だねぇ」
俺の警告に立ち止まった女は、侮蔑の言葉を口にした。
怒りを覚え、殴りかかりそうになったが、相手の目的も正体も分からないので抑える。
「どちら様でしょうか? IS学園かペルー政府の発行した許可証はありますか?」
「君は馬鹿かい? この天才束さんがそんな不必要なもの持ってるわけないじゃん」
丁寧な物腰で尋ねた本音に、女は傲慢な態度を返した。
俺は今度こそ女を殴り倒そうと思ったのだが、本音が止めるように太ももをやんわりと抑えたので実行に移せなかった。
「もしかして、篠ノ之箒さんのお姉さまでしょうか」
「ぴんぽーん。なんだよ、馬鹿かと思ったら察しがいいじゃないか。世界一らぶりーな箒ちゃんの世界一天才な姉、束さんとは私のことさ! 今日はそっちの茶髪をISの開発者として調べにきてやったわけよ。箒ちゃんに『紅椿』を渡すついでだけど」
本音の質問にまくし立てるように答えた女は、再び俺達に向かって歩き始めた。俺は再度警告を発しようとしたのだが、本音に止められた。
この変人が篠ノ之の姉にしてISを開発した篠ノ之束博士だと? 確かに、顔つきなどはどことなく篠ノ之に似ているが、俄かには信じがたいな。
俺は露骨に疑惑の視線を向けたのだが、自称・篠ノ之束はそれを気にした様子も見せない。
「この茶髪はかなり残念な脳味噌をしてるみたいだね。だから話は――」
そして俺の正面に立ち馬鹿にしたような事を言うと。
「――体に聞こうか!」
唐突に腕を振るい、俺の首筋に何かを突き刺した。
「ヌァッ!?」
「ふぐぉっ!?」
俺は驚いて、全力の拳を篠ノ之博士に叩きこんでしまう。
勢いよく吹き飛び、壁にぶつかった後、床に倒れる篠ノ之博士。そのままピクリとも動かない。
マズイ、殺してしまったか? 嫌な汗が背中に流れた瞬間。
「ぐああ、痛ぇっ! お前なんだよその馬鹿力!? 改造人間ってレベルでもねぇ! 私じゃなかったら即死だったぞ! ああくっそ痛ぇ」
篠ノ之博士は悶え苦しみながら船室をゴロゴロ転がり始めた。
フム、生きていたか。良かった。死んでいたら面倒な事になっただろうからな。
そう胸を撫で下ろすと、本音が口を開いた。
「ウヴァっち、それ……」
俺の首を指差す本音。そうだ、忘れていた。何かを刺されたのだった。
首筋に深々と突き刺さるソレを引き抜く。注射器だ。中には俺の血液が満タンまで吸い出されていた。
大方、遺伝子情報から俺がISを起動できる理由を探るつもりだったのだろう。無駄なことを。
「鬱陶しい奴め。それ持ってさっさと帰れ」
俺は注射器を地面でジタバタしている篠ノ之博士に投げつけた。
「お前! 人をブン殴っておいて謝罪もなしかよ!」
「いきなり注射器を突き刺してきたのはお前だろうが。だいたい、お前は本当に篠ノ之の姉か? もしそうなら少しは妹を見習ったらどうだ」
立ち上がり、理不尽な事を言い出した篠ノ之博士に、俺は文句をつけた。
「どういうことだよ?」
「年相応の整った格好をしろってことだよ。お前の妹は制服を改造したりもせず清廉に着こなしているぞ? それに比べ、いい歳してなんて恰好をしているんだお前は」
「お前な、女性に歳の話をするんじゃないよ。これだから馬鹿は。いいかね、私はレースのフリルを信頼しているんだよ、わかるかい?」
「あの! いいですか!」
俺と篠ノ之博士の言い争いを大声で遮る本音。俺達が口を閉じると、手に持った端末を確認した後、篠ノ之博士に対して説明を始めた。
「たった今、IS学園に対して緊急性の高い特命が下りました。専用機持ちの学生には召集が掛かっています。この揚陸艇は施錠しますので外に出てください」
「ほうほうほう。それは大変だね。ではお暇しよう、ばいちゃ!」
本音の言葉を聞くと、篠ノ之博士は妙にはしゃいだ様子で揚陸艇から駆け出して行ったのだった。
「はぁ~緊張した~。びっくりしたねー、篠ノ之博士が現れるなんて」
「本物なのか? あんなのが」
隣で深く息を吐く本音に俺は訊ねた。あんな奇人変人の類がISのような素晴らしいものを発明したとは思いたくなかった。
「多分ね。それよりウヴァっち、さっき言った通りだから急ごう」
「おう」
本音に応じて『打鉄』を待機状態に戻し、俺は船室から出た。新装備のインストールは完了しているようだ。
しかし、IS学園に特命が下った、か。何が起きているんだ?
♢
旅館の宴会場に集まった教師と専用機持ち、そして俺の顧問技師として入室を許可された本音を前に、織斑千冬が口を開く。
「二時間前、ハワイ沖で稼働試験中にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音』が暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」
その場にいた全員が眉をひそめる。とんでもない事態じゃないか。
「その後、衛星による追跡の結果、福音は五十分後にここから二十キロ先の海上を通過することがわかった。学園上層部から、我々でこの事態を解決するよう通達が下っている」
一同に説明を続ける織斑千冬は、次に専用機持ちへと顔を向けて言った。
「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」
学生に緊急事態の対処を任せるとは。こいつら情けないな。
まぁ、パーソナライズされていない量産型訓練機では、最新の第三世代機はおろか、同型機である俺の『打鉄』と比べても実戦性能にかなりの差が出るからな。妥当な判断なのかもしれない。
どちらにしても数の優位はこちらにあるのだ。軍用ISの性能がどの程度のものかは知らないが、そう難しい任務ではないだろう。
そう思い、俺は立ち上がって口を開いた。
「二十キロ先を五十分後に通過か。時間は十分ある。全員で待ち伏せして袋にすれば――」
すぐに片付く、と続くはずだった俺の言葉は、突然響いた声に遮られた。
「待った待っ―った。ちーちゃん、ベストな作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」
声の発生源は天井だ。見上げると、先ほどの奇怪人・篠ノ之博士が張り付いていた。
篠ノ之博士はひらりと畳へ飛び降りると、戸惑う周囲に目をくれることも無く、興奮した様子で織斑千冬に話しかける。
「『紅椿』のスペックデータ見て! この通りパッケージ無しで超高速機動が出来るんだよ! これでいっくんを運んで『零落白夜』でバッサリやれば解決さ!」
投影型ディスプレイを空中に開き、織斑千冬に作戦を提案する篠ノ之博士。
俺はその言が癪に障ったので、声を荒げて突っかかった。
「おい、お前。これだけ数が揃っているのに、織斑と篠ノ之にすべてを押し付けろと言うのか?」
「あん? って茶髪、お前いたのかよ、馬鹿の癖に。私は今ちーちゃんと話をしてるから、馬鹿なお前は引っ込んでろよ」
「なんだとキサマッ!」
投げつけられた暴言に怒りを露わにする俺に対し、篠ノ之博士はディスプレイを見せながら面倒くさそうに口を開いた。
「あーはいはい、わかったよ。馬鹿にもわかるように私の作戦が最高だって説明してやるよ。いいか、これが暴走している『銀の福音』の推進装置のデータだ。高出力のマルチスラスター。単体で超高速戦闘が可能だ。おまけに広域殲滅兵器まで搭載している。高機動装備を持たないISがいくら集まったところでアッサリ逃げられるし、お前の専用機みたいな鈍足はいるだけで邪魔になるんだよ。はい、馬鹿向けの説明終わり」
「グヌ……」
鮮やかに論破されてしまった。助け舟を求めて本音や織斑達に視線を向ける。皆、真剣に何かを考えている様子だ。
仕方がないので悔しさに震えていると、織斑千冬が篠ノ之博士の頭を叩いてくれた。
「馬鹿者。機密事項をべらべらとバラすな」
「あいてっ! ちーちゃん酷いよぉ」
縋り付く篠ノ之博士の相手をせず、織斑と篠ノ之に言葉を向ける織斑千冬。
「織斑、篠ノ之。頼めるか? これは訓練ではない、命の危険を伴う実戦だ。無理強いはしない、戦える者はお前達だけではないのだから」
「やります、俺がやってみせます」
「私も、戦う決意は既に」
織斑千冬の言葉に力強く答える二人。仕方のないことだろうが、あの癇に障る変人の思惑通りに事が進んでいるようで気に食わない。
だが、そんな感情論を口に出せる訳もなく、黙っているうちに織斑千冬が作戦決定を宣言した。
「本作戦は篠ノ之・織斑の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は二十分後。各員、ただちに準備にかかれ」
♢
作戦内容の決定から十五分が過ぎた。周囲では教師たちが慌ただしく動いている。
この状況で出来る事は無いので、俺は専用機『紅椿』の調整を姉と共に始めた篠ノ之や、高速戦闘のレクチャーをボーデヴィッヒとオルコットに受ける織斑を眺めていた。
こんな状況にも関わらず、何故か楽しそうな様子の篠ノ之博士が目に入る。不愉快な女だ。
「ウヴァ、篠ノ之博士と何かあったの……? すごく馬鹿にされてたけど……」
顔をしかめていると、いつの間にか隣に来ていた簪に、そう問いかけられた。
「あの女、ふざけたことしやがったから殴り飛ばしてやったんだよ」
「……マジ?」
「ああ」
「…………」
質問に答えると、簪は呆れた目で俺を見る。当たり前か。世間一般じゃ、世界を塗り替えた篠ノ之博士という存在はアンタッチャブルなのだから。
「そんなことより今回の作戦、お前から見てどうだ? 失敗する可能性は無いのか?」
「……成功確率は高いと思う。だけど、何が起こるか分からないのが、実戦……」
俺が気になっていたことを訊ねると、簪は険しく、鋭い表情で答えた。
何が起こるか分からない、か。この状況では重いフレーズだ。簪の想定には、織斑と篠ノ之の死も当然のように含まれているのだろう。
そう考えると、俺は急に落ち着かない気分になった。出撃の準備を終えた織斑と篠ノ之の下へ足早に向かう。
二人の周りに集っていた専用機持ち達の間に割り込み、声をかけた。
「おい」
「どうしたんだ、ウヴァ?」
「お前ら……」
織斑の問い返しに対し、俺は言葉に詰まってしまった。言いたいことは幾つもあるのに、上手く言語化できない。
「……帰ってこいよ」
結局俺はその一言だけを絞り出した。
「ありがとうな、ウヴァ」
「あまり私と一夏を見くびるな。絶対に成功してみせる」
力強く応える織斑と篠ノ之。それから外へ向かう二人の背中を、俺は黙って見送った。
この時ふと、目に入った窓に映る晴天の空。その美しいはずの青さが、何故か俺には底の見えない深海の色に見えた。
束さん登場でした。ウヴァさんとの関係はこんな感じで。天才に見えないのは見逃してください。
打鉄の武装がまた増えましたが、全て原作に設定が登場しているものです。実はこだわっています。
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