俺は夢を見ていた。八百年前の夢だ。
俺は仲間だと思っていた四人のグリードと共に、俺達を支配していた当時の王、初代オーズと戦っていた。
オーズの基本形態、タトバコンボに変身した王は強かった。完全体のグリード五人を相手に互角に渡り合い、逆に圧倒するほどに。
だが仲間の一人、アンクが立てた作戦が成功したことで戦況が大きく傾いた。
俺達は戦闘中に隙を突き、王自身の強大な欲望からヤミーを創り出したのだ。
五人のグリードと自分自身の欲望から生まれた最強のヤミー達が相手では、さすがの王も防戦一方となった。
戦いを続けるうちに王の動きは鈍くなり、こちらの攻撃をうまく避けることが出来なくなっていく。
そしてついに、俺の鉤爪による強力な一撃が王を捉えた。火花を散らして吹き飛ぶ王。
「どうだ? 地面に這いつくばる気分は?」
俺は地に倒れ伏す王にそう問いかけた。王が怯えた声で命乞いを始めることを期待していた。これまで受けた屈辱をやっと晴らすことが出来る、と。
だが王は、常と変らない不遜な言葉を返してきた。
「ウヴァ君。そして、グリードの諸君。君たちの勇気と決断を祝福する」
この期に及んで、俺達を見下した態度を崩さない王。どこまでも不愉快な奴だ。
「負け惜しみを言いやがって」
俺が吐き捨てると、王は愉快そうに答えた。
「私の言葉が負け惜しみだと思うかね?」
「これがそれ以外の状況に思えるとは、おめでたいやつだな」
「そうだ。じつにめでたい。今日は新しい私が誕生する日なのだからね」
そう言って笑いながら立ち上がる王。俺は何故かその姿がたまらなく恐ろしかった。カザリやメズールも同じ恐怖を感じたのだろう、俺達は同時にトドメの一撃を放った。
その瞬間、オーズのベルトに二枚の赤いメダルが吸い込まれる。
『タカ! クジャク! コンドル! タァージャー ドォルー!』
奇妙な声と歌が響き、オーズの体が猛烈な炎に包まれた。俺の雷撃、カザリの風刃、メズールの水槍、全てがその炎に焼き尽くされた。
『ギガスキャン!』
そして一瞬の間も置かず、無数の火炎弾が俺達に襲い掛かった。不意の反撃に対応が遅れ、吹き飛ばされる。
炎が静まるとそこには、アンクのメダルで変身したオーズ、タジャドルコンボが真紅の翼を広げていた。
「アンク君、助かったよ。前々から思っていたが、この炎のコンボは私にフィットするようだ。これからも頻繁に使わせてもらうよ」
傍らに降り立ったアンクに、親しげに話しかける王。俺は理解した。
アンクは裏切り者で、王の味方だったのだ。
「アンク、なんで……」
隣に転がるカザリが、苦しげな声でそう問いかけた。
「悪いな、初めからそのつもりだったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は激怒してアンクに襲いかかった。
「アンク! キサマッ!」
「なんとかしろ! 俺はお前にメダルを渡しているから完全体じゃないんだ!」
「いいだろう」
目にもとまらぬ速さでアンクと俺との間に割り込む王。
俺の一撃を左腕の盾であっさり受け止めると、獣の咢のように変形した脚で蹴撃を叩き込んできた。
その威力に俺の甲殻は切り裂かれ、セルメダルがジャラジャラと零れ落ちる。
「ヌゥッ! クソッ!」
「おっと、逃がさないよ」
俺はたまらず後ろに跳んで逃げ出そうとした。が、王の動きの方が速かった。
炎を纏ったオーズの手刀が俺の胸に突き刺さる。
「グアッ!?」
「メダルを借りるぞ」
「やめ、やめろっ!」
王が腕を引き抜く。耐え難い喪失感が俺を襲った。
奪われたのだ、コアメダルを。
俺の体は不完全となり、所々が崩れ落ちて内部組織が剥き出しになった。
苦痛に膝をつく俺に目をくれることもなく、王は再度その姿を変えた。
『クワガタ! カマキリ! バッタ! ガータッ! ガタガタキリッバ! ガタキリバ!』
俺のメダルで変身するオーズの最強コンボ、ガタキリバコンボだ。
昆虫の敏捷性と生命力を宿し、雷を操る力を持つオーズ。だが、このコンボの何よりも恐ろしい性質は別にある。
「ハァアアアアッ!」
叫び声と共に王の身から数十体、オーズの分身体が生まれた。
虫を象徴するガタキリバの能力、それは数。本体と同じ力、同じ判断力を持った分身を無数に生成することが出来るのだ。
戦局はあっという間に逆転した。
数の暴力によって、俺達は逃げることも敵わずメダルを剥ぎ取られ続けた。
ヤミー達が倒され、俺達が立ち上がることもできなくなるほどメダルを奪われるまで、さして時間はかからなかった。
「勝負はついたようだね。残念だが、君達には全てのコアメダルを差し出してもらうよ」
タトバコンボに姿を戻した王が、無様に倒れ伏す俺達にそう言った。
「誰が、キサマなんぞに……」
俺が声を絞り出すと、王はこちらに向き直り仰々しく語り始めた。
「私はこの時を待っていたのだ。君たちは私に勝てると思っていたはずだ。それが一転して私に敗れ、今まさにコアメダルを奪われようとしている。失うことへの恐怖が、欲望の力を最大限に膨らませているはずだ。私はそんな状態のコアメダルを手に入れたかった。だからアンク君に手伝ってもらったのだよ」
「御託は結構だ。さっさとしろ」
回りくどい王の言葉に、苛立ったようにアンクが言った。
「ああ、そうしよう」
王はそう呟くと、アンクに向き直り――その手から伸びる鋭い爪でアンクの腹を貫いた。
「がぁっ!? お前……っ」
アンクから腕を抜き取る王。セルメダルをばら撒きながら崩れ落ちるアンク。
馬鹿な奴だ。俺達を裏切っておきながら、自分が王に裏切られることはないとでも思っていたのだろうか。
「これで全部だ。グリード達よ、見ているがいい。これから私は、誰も手に入れたことのない力を手に入れる」
王はオーズのベルトの右腰からメダルの力を解放する装置、オースキャナーを取り外しながらそう言った。
「私は、新世界の神となる男だ!」
俺達から奪ったコアメダル全てを宙に放り投げ、そこへオースキャナーを振り下ろす王。
『タカ! クジャク! コンドル! クワガタ! カマキリ! バッタ! ライオン! トラ! チーター! サイ! ゴリラ! ゾウ! シャチ! ウナギ! タコ!』
波動が空間に響き渡る。スキャンされたコアメダルが光となってオーズの胸に吸い込まれていく。
「おおおお! 力が! 力があふれていく! もっと! もっとだ!」
歓喜の声を上げる王。
ふざけやがって、それは俺のメダルだ!
心の中でそう毒づいた時、王に異変が起きた。
「おお! お……お……う」
王の、オーズの体が不規則に光を放ち始め、歓喜の声が苦悶の呻きへと変わったのだ。
よく見ると、光の下でオーズが徐々に石化しているのがわかる。
どうやら、大きすぎる力に飲み込まれようとしているらしい。これはいい。このまま王が石になってしまえばこちらのものだ。
「うう……私に、私にこの力が制御できないはずが無い! 私は全てを手に入れるんだ!」
そんなことを喚く王。見苦しい野郎だ。今まであんな奴に手こずっていたとはな。
恐怖から言葉にならない声をあげる王を見ながら、俺はほくそ笑んだ。もう少しだ、もう少しでメダルを取り戻せる。
やがて王は完全に石像と化した。
それを見た俺は、まともに動かない体に鞭を打ち傍目も触らず駆け出した。
「俺のメダル! 俺のメダルだ! 返せ!」
そして俺が彫像となったオーズを叩き壊そうと拳をぶつけた瞬間、異変が起きた。
突然、オーズが爆散したのだ。俺はその爆風に大きく弾き飛ばされた。
異常事態はそれだけでは終わらなかった。
オーズのいた場所を見ると、王が取り込もうとしたコアメダルが光を放ちながら浮いていた。
それらはゆっくりと一つの光球になると、周囲の物を無差別に吸い込み始めた。
その重力は俺達グリードをも強力に引き寄せようとする。
俺は必死に地面にしがみついた。他の連中も同じだ。本能的に理解できた、アレは俺達を喰おうとしていると。
次第に強くなる引力。最初に、力の弱い女グリードのメズールがその餌食となった。
宙に浮き、勢いよく吸い寄せられる。そして光球に触れた瞬間、メズールはコアメダルとセルメダルに分解され光に吸収された。
それを見て、メズールに懐いていた幼いグリードのガメルが、何を考えているのか自ら光球に向かった。当然のように砕け散るガメル。
グリード二体を喰らったことで光の球が俺達を吸い寄せる力はより強くなり、カザリがその力に負けて吸収された。
残るグリードは俺とアンクのみ。
俺よりも光球に近い位置にいるアンクを見る。こちらに向かって必死に手を伸ばしていた。
助けでも求めているつもりか? そう思った瞬間、こちらに向けられていたアンクの右腕が体から分離した。
残った体は分解されたが、切り離された腕は光から逃げるようにゆっくりと離れる。この力場の中でもある程度は動けるらしい。
そのまま俺の頭上をフラフラと通過しようとするアンクの腕を、俺は反射的に掴んだ。
「くっ、放せウヴァ! 俺はこんな所で終わる気はないんだよ!」
「お前だけ逃げるなど許さん、俺もつれて行け」
俺は何としても生き延びたかった。だから抵抗するアンクを必死に押さえつけた。
「ふざけるな! そんな余裕はない!」
「ならば、お前もバラバラにっ!?」
抵抗するアンクに突きつけようとした脅しの言葉は途中で途切れた。
光球が放つ猛烈な重力によって、俺の体が地面ごと浮き上がったからだ。
そのまま勢いよく光に吸い寄せられる。
嫌だ、消えたくない! 俺はまだ何も始まっていないんだ!
「ウゥゥゥゥゥ!?」
俺の口から怯える声が漏れた。
そして光の球に飲み込まれる直前、その中に俺のコアメダルが浮いているのが見えた。
「これは! これは俺のものだ!」
欲しいと思う気持ちに恐怖も忘れ、必死にメダルへと手を伸ばして握りしめた。
瞬間、暴走したコアメダルが膨大なエネルギーを撒き散らす。
その暴威によって猛烈な苦痛と共にメダルへと還元される俺の体。
それから俺の意識は、八百年の眠りについた。
…………………………
……ウ…………………
………ヴァ……ち……
ウヴァっち!
♢
俺は聞きなれた声で目を覚ました。
体の中に意識を向ける。コアメダルは九枚、全て揃っている。問題ない、俺は俺のままだ。
閉じていた瞼を開けると、本音が俺の顔を覗き込んできていた。
「おはよう、ウヴァっち。大丈夫? すごく魘されてたよ」
「ああ、大丈夫だ」
心配そうな本音の声。適当に返事をしながら半身を起こし、周囲を確認する。
辺りには俺と本音以外に人影はない。ここは旅館の廊下か? 俺は何でこんな所で寝ていたんだ?
昨日の夜、織斑千冬と山田真耶にしこたま酒を飲まされたことは覚えている。だがその先が全く思い出せない。
「怖い夢、見てたの?」
混乱する俺の手を握りながら本音がそう尋ねてきた。
温かさが広がる。俺はポツリと呟いた。
「少し、昔のな」
「昔の……」
本音は少し寂しそうな顔をした後、いきなり俺の頭を抱きしめた。
吃驚したが、俺はそのまま本音に身を委ねた。何の反応も返す気になれなかった。誰にも見られていないのだし、構わないだろう。
なぜかは分からないが、俺は突然、自分に関すること全てを本音に話したいと思った。グリードのこと、八百年前のこと、メダルのこと。そういった全てを。
駄目だな。少し落ち着いたが、悪夢のせいでまだ精神が乱れているようだ。
クソ、せっかく海に来ているというのに、なんだって今更オーズの夢なんか……
グラつく頭の端をそんな思考が走る。
「本音」
「うん」
数十秒ほど本音に抱かれてぼんやりとした後、腕を解いてもらった。立ち上がって時間を確認する。午前六時五十分。朝食まで大分ある。
「風呂に入ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
見送られ、フラフラと浴場へと向かう。
ふと、違和感を覚えて目の下を指で拭う。指先に水滴が付いた。
怖い夢を見て泣いていた? この俺が? 笑える話だ。本音があんな態度を取ったのもこのせいだろう。
俺は歩きながら、何かに備えるように呟いた。
「俺はもう誰にも奪われない。絶対に」
前回の後書きに次から物語動かしますって書いたのに回想。ごめんなさい。
次回こそ話を進めます。
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