空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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第十六話 ウヴァさんと青い海

 トンネルを抜けたバスの窓に、どこまでも透き通る広い空と、夏の日差しをキラキラと反射する青い海が映った。宝石のように眩い。俺は隣で寝息を立てる本音の肩を叩いた。

 

「本音、海が見えたぞ」

「ん~? あ、ほんとだ! きれいだね~」

「ああ、そうだな」

 

 笑顔と共に投げかけられたの言葉に心から同意する。本当に美しい。

 本音は座ったまま軽く背伸びをした後、元気に宣言した。

 

「よーし、今日は倒れちゃうまで遊ぶからね~!」

 

 今日はIS学園第一学年、臨海実習初日。宿泊施設に到着した後は終日自由時間なのだ。嬉しそうな本音の様子に頬が緩む。前からこの日を楽しみにしていたからな。

 ちなみにこの学外実習の名目は『ISの非限定空間における稼働試験』というものだ。二日目以降は一般の生徒は訓練機を用いたデータ収集の実習を、専用機持ちは各国から送られてくる新武装の試験を行うことになっている。

 もちろん俺にも、ペルー政府がこれまでの戦闘データの解析結果をもとに用意した新兵装がいくつか準備されている。もっとも、ISの運用ノウハウを持たず、予算不足に苦しむペルー共和国が用意したものだ。資料を見た本音が『中途半端でちぐはぐ』と溜息をつく程度にはみすぼらしい。

 まあ、このことに関しては、今さら気にしても仕方がないか。そんなことよりも、この見事な光景を心に焼き付ける方がずっと有意義だ。

 俺は目的地に到着するまで、飽きることなく窓に目を向け続けた。

 

 

 

 

 

 

「それ、やっぱりのほほんさん?」

「ああ、まあな」

 

 水着姿の織斑の問いかけに、俺は気難しい声で答えた。

 先ほど俺達は実習中に寝泊まりする旅館に到着し、夜まで自由行動となった。さっそく海に出ようと、俺と織斑は男子更衣室としてあてがわれた部屋で水着に着替えたのだが、俺の水着に問題があった。

 本音が用意したそれは、最新素材を使用した、水着としても使える着ぐるみだったのだ。荷造りを丸投げしていたせいで今の今まで気付けなかった。何という事だろう。

 

「まぁ、泳げますよって書いてあるし、そんなに落ち込むなよ。カッコいいじゃん、そのライオン? の着ぐるみ」

「俺はライオンが大嫌いなんだよ……」

 

 落ち込む俺を慰めようとする織斑の言葉に対し、いじけた声を返す。そう、よりにもよってライオン。憎きカザリの象徴たるライオン。正確にはライオンとクラゲの合成生物というよくわからない着ぐるみなのだ、本音が俺に用意した水着は。悲しみで胸が張り裂けそうだ。

 

「ライオンが嫌いってのも珍しいな。まぁ、代えの水着もないし仕方ないだろ。行こうぜウヴァ」

「……そうだな、行くか」

 

 しょぼくれていた俺は織斑の言葉に従い海へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「おー! ウヴァっち、似合ってるよ~」

 

 海に出た後、準備体操を始めた織斑を置いてウロウロしていると、クラスの女子の集団の中から本音が抜け出してきた。水着について問い詰めよう。

 

「おい本音、なんだこの水着は。俺が猫嫌いなの知っているだろ」

「だって好き嫌いは直さなきゃダメでしょ? それに私のシャチパンダとお揃いにしたかったしね?」

 

この前買ったヒレの付いたパンダの着ぐるみを着た本音は、ニコニコとそう返した。毒気を抜かれ、俺は溜息をついた。

 

「俺の猫嫌いは絶対に直らない」

「え~と、そんなに嫌だった? ゴメンね」

「まあいい。次からは止めろよ」

 

 雰囲気を悪くするのも気が引けたので鷹揚に返事をすると、本音は俺の手を取り誘いの言葉を口にした。

 

「そうだウヴァっち、一緒に泳ご! 今日はきっと気持ちいいよ!」

 

 俺はほぼ反射的に肯定の返事を口にしようとしたのだが、脳裏にある懸念が浮かんだ。

 そういえば、風呂より深い水に入ったことがない。果たして俺は泳げるのだろうか?

 思考する……無理だろうな。今の俺は、器としている『体』にメダル分が加わった重さがある。まず水には浮かない。残念だが、本音の誘いは断ることにしよう。

 

「俺は浜でのんびりしとくよ。お前は友達と遊んで来い」

「ん~、わかった。じゃあまた後でね~」

 

 女子生徒の輪の中に戻る本音。

 さて、何をしようか。昼寝でもするか?

 そんなことを考えながら辺りを見回す俺の目に、丁度良いものが入った。砂浜の端にある、丸太で組まれた高さ五メートル程の小さな櫓。くつろぐには良さそうだ。暑い砂を踏みしめ向かう。

 

「フッ、まあまあだな」

 

 櫓に登った俺の口から呟きが漏れる。

 高い櫓ではないが、それでも砂浜の様子が一望できる。とりあえず見知った顔はどこかと探す。すぐに見つかった。

 

 本音はクラスの友達とビーチバレーに興じている。大活躍とは言い難いが、全力で体を動かしているのが見て取れた。楽しそうで何よりだ。

 織斑は何故か凰を肩車していた。そしてその傍らでは眉を吊り上げた篠ノ之が喚いている。あいつら、何時でも何処でも平常運転だな。

 オルコットとボーデヴィッヒは取っ組み合いをしていた。観客らしき生徒達が、その周りを輪となって取り囲み騒ぎ立てている。何事かと観察すると、どうやら格闘訓練のようだ。オルコットはホイホイと面白いくらい投げられているが、屈することなくボーデヴィッヒに向かっていく。忍耐強い奴だ。

 

 他に何か面白い物はないかと砂浜を眺めていると、背後に気配を感じた。振り返ると、櫓に簪が登ってきていた。海水浴のためだろうか、いつもの眼鏡を掛けていない。それと、何故か体を大きなタオルで覆っている。暑くないのだろうか?

 

「よう」

「おはよう、ウヴァ……何を見ていたの?」

 

 声をかけると、挨拶と共に問いかけられた。

 

「砂浜を眺めていた。なかなか面白いぞ。特にあのあたり」

「そうなの……?」

 

 隣に座った簪に、オルコットとボーデヴィッヒがボコボコやりあっている場所を示す。

 ちょうどボーデヴィッヒのスパイラルDDTがオルコットに炸裂するところだった。大歓声が響く。あれはもう起き上がれんな。

 

「血の気が多すぎる……」

 

 簪が呆れ果てた声で呟く。確かにそうだな。

 激しくぶつかり合っていた二人はもとより、それを取り囲み野次を飛ばしている連中も、おしとやかな令嬢とはとても言えない。

 もっとも、IS学園の性質を考えれば、おてんば娘ばかりが集まるのも当然だろう。

 

「そういえば簪、なんでタオルなんか巻いているんだ?」

 

 先ほど疑問に思ったことを、俺は簪に訊ねた。

 

「……ウヴァと、同じだから」

「ん?」

 

 よくわからない答えが返ってきた。どういうことだ?

 首を傾げて見つめると、溜息を吐きながら身に纏っていたタオルを外す。その下では、きわどいカットの豹柄が簪の白い肌を飾っていた。

 ビキニタイプの過激な水着だ。恥ずかしがりやのコイツが隠そうとするのもわかる。たぶん、本音のせいでこれを着ているのだろうな。

 同情の目を向けると、恥ずかしそうにタオルを持った手で胸元を抑えた。そんな簪に、気になるモノがあったので質問する。

 

「その腰のやつ、なんなんだ?」

 

 簪の水着の腰の部分には、おかしな部品があった。長さ五十センチ程の半透明の太い紐が十本ほど垂れ下がっているのだ。

 俺の質問に簪はその紐を数本持ち上げながら答える。

 

「イカの足……この水着、イカとジャガーのキメラ……」

「イカジャガーか……」

 

 意味が分からない。まあ、俺のライオンクラゲや本音のシャチパンダと同系列の商品なのだろう。シリーズ化されているということは購入する物好きな人間が一定数いるということになる。人の欲望、少し多様化し過ぎじゃないだろうか。

 そんな思考を走らせる。簪も似たようなことを考えているようだ。俺達はしばらく難しい顔で向き合った後、哲学的に頷き、海に視線を移した。

 海面には目立つ人影が三つあった。織斑、篠ノ之、凰だ。

 水泳の競争をしているようだ。三人とも結構なスピードで水平線に向かっている。織斑と篠ノ之はだいたい同じ位置だが、凰はかなり先行している。アイツ、速いな。平べったくて水の抵抗が少ないからだろう。間違いない。

 そう心の中で決めつけていると、隣から剣呑な視線を感じた。簪が不機嫌そうに俺を見ていた。

 

「どうした?」

「イケナイこと、考えてる」

「は?」

 

 ワケがわからないことを言われた。ポカンとしてると簪は眉をひそめながら海に向き直った。

 なんだ? 臆病な簪がこのような態度をとるとは。なにか気に障ることをしてしまったのだろうか?

 空を見上げながら頭を悩ませていると、肩を叩かれた。

 

「ねぇ、あれ……凰さん、溺れてない……?」

「凰が? まさか」

 

 簪の言葉に肩をすくめながら返す。溺れる? あの凰が? ありえない、気のせいだろう。

 そう思いながら海面を見渡す。沖の方で、沈んでゆく凰が見て取れた。

 

「馬鹿な!?」

 

 思わず驚きの声を上げてしまう。あの野獣が溺れるなど! いや、それよりも一緒に泳いでいた織斑と篠ノ之は何をしている? 見ると、この水難事故に気付いた様子もない。凰までの距離もまだかなりある。これは、マズイ。死にかねない。

 

「クソッ、面倒な!」

 

 俺は櫓から跳躍した。砂浜を飛び越えて海面に着水、同時に一瞬の間も置かず足を踏み出し海を叩く。行けるな。俺は沖に向かって水面を駆け出した。水飛沫で轍を作りながら走ること十数秒、凰が沈んでいた辺りに到達。見えた!

 

「この馬鹿が!」

 

 海中に飛び込み、急下降して凰の手をつかんだ。そのまま上昇しようと脚をバタつかせる。が、昇れない。

 しまった、今の俺は水に浮ける筈が無いのだった。だが諦めることはできない。気合を入れなおす。その瞬間、つい息を大きく吸ってしまった。

 

「!? ヌゥボッ!?」

 

 刺激が走った。口に、喉に、肺に。同時に方向感覚が消えた。水面がわからない。ええい、何がどうなっている!?

 俺はパニックに陥った。危機から脱しようと、もがきながら『打鉄』を呼ぶ。だが、展開できない。ヤバイ、このままでは沈んでしまう。海の底に沈んだメダル? なんだそのパイレーツオブカリビアン。冗談じゃないぞ。掘り起こされる前に錆びてしまう。

 動揺し、意味不明な思考に囚われる。諦めそうになった瞬間、力強いなにかが俺を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

「ウヴァ? ウヴァ! 大丈夫!?」

「ゴフッ、ウウ、簪、か?」

 

 気付くと俺は、簪の『打鉄弐式』に抱えられて宙に浮いていた。簪が心配そうに顔を覗き込んでくる。俺の危機に気付いて助けに来てくれたようだ。ありがたいと同時に、非常に格好の悪い姿を見せてしまい恥ずかしく思う。

 

「待ってて、すぐに浜にもどるから」

 

 簪はそう言った後、『打鉄弐式』を陸へ向ける。すぐ後ろに凰を抱えた織斑の『白式』が付いてきていた。

 

「感謝するぞ、簪」

 

 浜に降りた俺は、『打鉄弐式』を量子化した簪に礼を言った。

 

「うん……ウヴァ、泳げないの? 水の上を走れるのに……」

 

 簪は、しゃがみこんで息を整える俺にタオルを掛けながら、そう問いかけた。

 

「深い水に入るの、初めてだったんだよ」

「そう……」

 

 俺の答えに、何故か悲しそうな顔で答える簪。

 どうしたんだ? と、問いかけようとしたのだが、それは突然響いた大きな声に遮られた。

 

「織斑くーん! 更識さーん! 何があったんですか~!?」

 

 山田真耶だ。こんな場所でISが使われたと知って飛んできたのだろう。

 

「あ、山田先生。鈴とウヴァが溺れたんですよ。それで」

「えっ、溺れた!? 大丈夫ですか、凰さん、ウヴァくん!?」

 

 織斑の言葉に驚きの声を上げながら俺達に駆け寄る山田。

 

「フン、問題ない」

「私も大丈夫です」

「そうですか。でも、体温が低下している可能性もあるので体調には気をつけてくださいね」

 

 俺達の様子を確認した後、それだけ注意して去っていく山田。ISの使用に関して簪が咎められることはないようだ。一安心だ。それはさておき……

 

「おい凰、お前のせいで海に沈みそうになったぞ! どうしてくれる!」

 

 俺は織斑に肩を抱かれて顔を赤らめている凰に突っかかった。こいつが溺れさえしなければ、こんな無様を晒すことはなかったのだ。

 

「うるさいわね! アンタこそ、泳げもしない癖に助けようとしてんじゃないわよ!? 死んだらどうすんのよ! バカじゃないの!?」

「ヌゥ……」

 

 言いかえしにくい反論。仕方がないので顔をしかめると、あちらも眉を吊り上げた。

 

「二人とも落ち着けって」

 

 険悪な空気に織斑が割って入る。そして、凰に対して言い聞かせるように話し始めた。

 

「鈴が溺れてることに俺が気付いたのは、ウヴァのおかげなんだ。お礼は言わないと」

「わかったわよ。……今回ばかりはアンタに感謝してあげるわ。ありがとう」

 

 織斑に注意されたからとはいえ、珍しく真人間な態度の凰。いいだろう、今日は赦してやるか。

 

「フン、お前も大事に至らなくてよかったな、凰」

「ええ」

「「…………」」

 

 俺と凰が互いに肯定的な言葉を交わすと、微妙な沈黙が発生した。

 ウム、思えばコイツとはいがみ合ってばかりだったからな。なんというか、こういう普通の態度をとるだけでも気恥ずかしい。特に用もないのだから、さっさと別れてしまえばいいのだろうが、それもタイミングを逃したというかなんというか。

 とにかく、俺も凰も、なんだかよくわからない気まずさに捕われ動けなくなっていた。

 なんだか胃が痛くなってきた。察しの良い織斑に助けを求める視線を向ける。ニコッとされた。白い歯が眩しい。ええい、使えん奴め。

 仕方がないので簪に縋る。呆れ顔をした後、おずおずと口を開いてくれた。

 

「……そろそろ、お昼の時間」

 

 さすが簪だ。こちらの欲しい言葉をくれる。

 

「おお、そうか! ちょうど腹が減っていたところだ。昼飯としよう。行くぞ簪。じゃあな、織斑、凰」

「ああ、またな、ウヴァ」

「それじゃあね」

 

 少々大袈裟な物言いで織斑と凰に背を向けた俺は、簪の手を取って歩き始めた。とりあえず本音を探すか。

 ああ、しかし海水というのは塩辛いものだったなぁ。




 用語の補足説明:

 ライオンクラゲ、シャチパンダ、イカジャガー

 それぞれ『仮面ライダーオーズ』の中盤以降に登場したちょっと強い怪人、『合成ヤミー』のモチーフ。

 スパイラルDDT

プロレス技の一種。相手に飛びつきその頭を抱え込み、相手の体を軸に空中で回転した後、抱えていた頭を地面に叩きつける。

 あとがき

 今回はウヴァさんが水面走って溺れる話でした。
 本文中に人間を器にしているグリードは水に浮かない、みたいななことが書いてありますが、たぶんそんなことないです。
 グリードは擬態能力で見た目を変えると重さも変わる設定があるので、人間にくっついても元の重さのままだと思います。オーズ最終回で映司が地割れ起こすレベルの重さになっていましたが、あれは取り込んだメダルの量が量なので例外だと思います。
 今回ウヴァさんが溺れたのは単純に泳ぐのに慣れてなかったからでしょう。水泳はカマキリの苦手種目なので仕方ないですね。
 あと、サラッと水面走ってますが、これくらいできるはずです。ウヴァさんの三分の一はバッタですからね。
 臨海学校でワイワイする話は次回まで続きます。

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