空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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お久しぶりです。エタったかと思いましたか? 僕も思いました。


第十五話 ウヴァさんとプレゼント

「水着を買いに行きます」

「ん?」

「え……?」

 

 七月最初の日曜日。

 食堂で朝食に手を付けようとする俺と簪を前に本音がそう宣言した。

 

「今日は水着を買いに行きます! おーけぃ?」

 

 唐突な発言に首をかしげる俺達に、何かのチラシを突き付けながら繰り返す本音。

 レゾナンス・サマーセール、女性用水着・浴衣が10~50%オフ?

 なるほど、それでか。そういえば来週の学外実習で水着が必要だったな。わざわざ買いに行くのは面倒なのでISスーツで済まそうと思っていたが、本音が行くなら丁度いい。

 

「俺は構わんぞ」

「私も……」

「うん! じゃあ、ご飯食べて準備が出来たらすぐ出発しよ~」

 

 肯定の返答を聞いた本音は、嬉しそうに烏龍茶漬けイクラ丼をズルズルやり始めた。

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ~、この水着どーお? 似合ってる?」

「それは水着じゃない……普通のにして……」

「えー」

 

 駅前ショッピングモールの水着売り場。パンダを模しているらしい着ぐるみを着た本音に、簪が溜息をつきながら至極真っ当な意見を述べた。

 

「普通じゃつまんないじゃん。ねぇ、ウヴァっち?」

 

 簪の指摘を不服なものと感じたらしい本音が、俺に同意を求める。

 

「フム……」

 

 本音が着ている、何故か所々にヒレが付いたパンダの着ぐるみを眺める。着ぐるみの上からでもわかる胸のふくらみが目に入り、俺は織斑が風呂場で倒れた時のことを思い出した。

 人間は浅ましい。織斑のような出来た男ですら、低俗な欲望の一つもコントロールできないのだ。

 もし本音のように可憐な存在が、人の多い場所で肌を晒すような水着を着れば、下衆なゴミ虫共が寄ってくることだろう。それなら布地の多い着ぐるみの方が良い。

 周りからは少し頭がおかしいと思われるかもしれないが、実際そうなのだから構わないだろう。

 

「そうだな、それでいいだろ」

「お、ウヴァっちもわかってきたね~。じゃあ、次はかんちゃんの選ぼっか? せっかくだからえろえろな感じのにしよ~! ウヴァっち楽しみにしててね~」

 

 本音は俺の肯定に嬉しそうに頷くと、こんどは簪の手を取って広大な水着売り場の通路をずんずんと進み始めた。パンダの着ぐるみを買うのは決定らしい。これから簪を着せ替え人形にして楽しむつもりなのだろう。

 

「え、えろ……? 待って、本音……え!?」

「ムッ?」

 

 本音に引きずられる簪が驚きの声を上げた。同時に待機形態の『打鉄』が俺に警告を発する。

 ISの展開を察知したのだ。

 それも『コア・ネットワーク』による特定を不可能とする『潜伏モード』にあるISの展開を、半径数メートル以内の至近距離、つまりはこの売り場の中、吊り下げられた水着で仕切られた先の通路に。

 穏やかではないな。狙いは俺か? 簪の『打鉄弐式』か? それとも他の何かか?

 俺は瞬時に『打鉄』の頭部センサーと実体シールドを部分展開し、本音たちと謎の反応との間に立った。

 簪も『打鉄弐式』のハイパーセンサーを起動し、非常事態に備え本音を隠すように抱いている。

 

「え、なに? どうしたの二人とも?」

「『潜伏モード』のISの展開反応……テロ、かもしれない……」

 

 突然臨戦態勢に移行した俺達に戸惑う本音に、簪が簡潔に状況を説明する。事態を理解し表情を硬くする本音。

 

「俺が行く。簪、本音を頼む」

「……うん」

 

 簪が頷くのを見て、俺は歩みを進めた。水着をかき分け反応のあった通路を覗いた俺が見たものは――

 

「よし、殺そう」

 

 専用機『甲龍』を部分展開し、衝撃砲にエネルギーをチャージする凰鈴音の背中だった。隣には篠ノ之箒の姿もある。

 こいつら、何をやっているんだ? こんな場所で砲撃の準備とは、尋常ならざる事態だ。何が起きているのだろうか? 凰が砲撃を放とうとしている方向を確認する。

 大分離れた位置に、織斑とボーデヴィッヒがいた。

 二人も水着を買いに来ているようだ。棚から取った水着をボーデヴィッヒの体に当てて、さわやかな笑顔で何かを語り掛ける織斑。

 恥ずかしそうに頬を染めながらも、小さく笑みを浮かべるボーデヴィッヒ。

 仲の良い少年少女の、実に気持ちの良い触れ合いの図である。

 ……大体わかった。俺は『打鉄』を待機状態に戻した。

 ああ、馬鹿馬鹿しい。なんてくだらないんだ。

 簪に『プライベートチャンネル』で警戒の必要なしと連絡を入れる。

 

「お前ら、馬鹿か?」

「アンタは!」

「ウヴァ?」

 

 声をかけると二人は勢いよく振り返る。

 俺は呆れと、買い物の邪魔をされた苛立ちを込めた言葉を凰に投げつけた。

 

「こんな街中でISの展開反応があったから何事かと確かめに来てみれば、まさかストーカー行為を働く国家代表候補生様とはなぁ?」

「う、うるさいわね!」

「いや、その、これはだな?」

 

 俺の言葉で自分が何をしているのか自覚したらしく、凰は『甲龍』を量子格納する。

 篠ノ之は額に汗を浮かべ、しどろもどろに何とか釈明しようとしている。

 

「あ、アンタこそ、なんでこんな所にいるのよ!? 女性用の水着売り場よここ! ヘンタイじゃないの!?」

 

 蛮行を咎められたことに対し、理不尽な逆切れを披露する凰。

 少しムッとしたが、凰を貶すネタを思いついた俺は、余裕のある態度で言葉を返す。

 

「フン、俺は本音に連れてこられただけだ。そんなことより凰よ、織斑はボーデヴィッヒのような女が好みらしいな。良かったじゃないか」

「なにが良いのよ!?」

「フッ、自分の胸に訊いてみろ。そう、胸にな。ボーデヴィッヒのとよく似た」

「なぁっ!? アンタねぇっ!」

 

 遠まわしに貧しい体つきを指摘してやる。案の定、凰は怒りに震え始めた。その様子に悦びを感じていると、後ろからポカリと叩かれた。

 振り返ると、本音だった。俺の連絡を受けて様子を見に来たらしい。後ろの簪は何故か俺に不機嫌そうな視線をぶつけてきた。

 

「こら、ウヴァっち、そういう事は言っちゃダメ。鈴ちゃんも気にしないでね? 貧乳はステータス! 肩もこらないしね?」

「だから貧乳って言うな! 肩こりとか知らないわよ!?」

 

 本音が慰めの言葉をかけるが、凰はその気遣いに対して逆に噛みついた。乱暴な奴だ。

 

「やはりこんなもの……きっと一夏も無駄のない体の方が……」

「嫌味? 私に対する嫌味よね、それ? ふざけんなぁ!」

 

 続いて凰は、悩ましげな呟きを漏らす篠ノ之に突っかかる。

 コンプレックスから激しい被害妄想に採り憑かれているようだ。可哀想に。

 そんな哀れな小娘の肩に、簪が優しく手を置いた。

 

「……私は、味方」

「アンタ十分あるじゃないの! 同情してんじゃないわよ!?」

 

 差し出された救いの手を跳ね除ける。なんて酷い。だが寛容な簪は気を悪くする様子もない。

 

「十分……? そう……」

「嬉しそうにすんなぁ! あーもう! どいつもこいつも馬鹿にしてぇ!」

 

 激昂し、騒々しく地団太を踏む凰。見ていて実に愉快な光景だ。笑いを噛み殺していると、篠ノ之が鋭い声を上げた。

 

「おい、鈴!」

「なによ!?」

「一夏が、ラウラと一緒に試着室に入った」

「ハァッ!? アイツ何やってんの!?」

 

 震え声の篠ノ之の報告に凰が怒声を発する。

 本当に何をやっているのだろうな。まあ、面白くはある。

 俺は状況を確認すべく『打鉄』の頭部ユニットを部分展開しハイパーセンサーを起動した。簪と凰も同様だ。

 

『お、おい』

『いいから、じっとしていろ』

 

 センサーが試着室の中の音を拾う。二人はなにやらもみ合っているようだ。まさかこんな場所で盛っているのか?

 

「……最低、死ねばいいのに」

 

 隣で簪が呟いた。氷のような声だ。

 薄々感じてはいたが、簪は織斑の事をあまりよく思っていないようだ。『打鉄弐式』の件があるせいだろうか。

 

「殺そう、そうだ、殺そう、殺す」

「待て、あれを見ろ」

 

 呪詛を吐きながら部分展開した『甲龍』の腕部武装『崩拳』にエネルギーを充填し始めた凰に制止の声をかける。

 なんと、売り場に担任教師の織斑千冬と副担任の山田真耶が現れたからだ。

 カツカツと真っ直ぐに件の試着室に向かう織斑千冬。それに従う山田真耶。

 姉がバサリと試着室のカーテンをあけると、そこには水着姿のドイツ軍人に組み付かれ、首筋にナイフを突きつけられて震える弟の姿があった。

 パニックを起こした山田の悲鳴が響く。

 

「あいつ、何やってんの……?」

 

 凰が呆れ果てた声を出す。本当に何をやっているんだろうな。

 落ち着いた山田が織斑たちに小言を言うのを遠巻きに眺めていると、織斑千冬がこちらを向いた。目が合う。凰と篠ノ之の肩がびくりと震えた。

 

「あっちゃー。アンタ達、行くわよ」

 

 そう言って歩き出した凰を先頭にぞろぞろと織斑達のもとへと進む。

 

「よう」

「おはよう、ウヴァ。何やってたんだ?」

 

 織斑に声をかけると、挨拶と共に問いが返ってきた。俺達に気付いていたらしい。あれだけ騒げば当然か。

 

「とんでもない馬鹿がいてな。俺が止めなければ大変な騒動になるところだった」

 

 俺は肩を竦め、なにやら織斑千冬に頭を下げている凰を顎で指しながらそう答えた。

 

「鈴が? なにやったんだ?」

「ああ、あの癇癪持ち、こんな場所で……」

「あ、あー。私ちょっと買い忘れがあったので行ってきます。えーと、場所がわからないので女子の皆さん、ついてきてください。あの……ウヴァくんも、いいですか?」

 

 織斑に凰の愚行を伝えようとしたのだが、山田真耶のわざとらしい大声に遮られてしまった。顔をしかめながら副担任に視線を向けると、何やら怯えた様子を見せる。

 要領を得ない態度に苛立つ俺に、山田の隣にいた本音がひらひらと手を振った。何だ?

 首をかしげると、本音は織斑と織斑千冬を視線で示す。

 フム、そういうことか。おとなしく従ってやろう。

 

「行ってくる。じゃあな、織斑」

「ああ、またな」

 

 俺達は織斑姉弟を残して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「う、ウヴァくん」

「あん?」

「えっと、あのですね……」

 

 しばらく歩いて、織斑姉弟が見えなくなった辺りで山田が声をかけてきた。返事をするとなにやら呟きながらモジモジしだした。しばらくブツブツと呟き続けた後、山田は妙に気合の入った顔で口を開いた。

 

「お、男の人が好きな水着を教えてください!」

「ハァ?」

 

 予想外の質問に面食らった。教師が生徒に尋ねることじゃないだろう。

 もっとも、コイツは以前から織斑に色目を使ったりと、性に関して()()()()であったし、今更か。

 

「そのデカイ胸が目立つのを選べばいいんじゃないか?」

「ええぇ!? そ、そんな破廉恥な……いや、でも、今年こそは……」

 

 とりあえずステレオタイプな男の性欲を刺激する方法を提案すると、山田は顔を真っ赤にしながら俯いて独り言を始めた。

 いい歳してウブすぎるだろ。呆れていると凰、そして簪が非難の声を上げた。

 

「何言ってんのよ、このヘンタイ! ヘンタイっ!」

「無能……」

「ムゥ」

 

 凰が喧しいのはいつもの事なのでどうでもよいが、簪に無能と言われたことはショックだ。品のない物言いが気に障ったのだろうか? こんどから気をつけよう。そう反省しつつ、変態呼ばわりはやはりムカつくので凰に反論する。

 

「変態? お前のようなストーカーには言われたくないぞ!」

「なんですってぇ!」

「ハッ、織斑をコソコソと追っていたのは事実だろう? このヘンタイ」

「くぅ……」

 

 先ほどの行いを引き合いに出して言い負かす。プルプルしている小娘を尻目に機嫌よく会話を打ち切ろうとすると、凰は突風のように喚き始めた。

 

「うるっさい! アンタだって下心バレバレなのよ! エロ緑! 性欲革ジャン! スケベオールバック!」

「なっ!? キサマッ!」

 

 余りに酷い、謂れのない侮辱の言葉。こみ上げる怒りで身が震える。顔を歪めて凰を睨みつけた。すると奴も剣歯を剥き出しにして野獣の眼光をぶつけてくる。生意気な。

 怒気を纏って一歩踏み出し、押し潰すように小娘を見下ろす。だが奴も負けじと視線の圧力を強める。ヌゥゥゥゥ……

 

「はいはい、そこまでー」

 

 至近距離まで顔を寄せて睨み合っていると、本音が割って入ってきた。

 しかたがないので舌打ちしながら凰から視線を外す。

 オロオロする山田。呆れ顔のボーデヴィッヒと篠ノ之が目に入った。

 お前ら、悪いのは凰だからな?

 

「ケンカはだめだよー? ていうかウヴァっち、おっぱい星人なの?」

 

 本音にやんわりと窘められ、微妙に失礼なことを言われる。

 

「フン、そんなワケあるか。女の胸の大小に興味など無い」

 

 そもそも俺は虫だぞ。大切なのはフェロモンだ。心の中でそう付け足す。

 俺と凰から離れた本音が山田に話しかけるのを眺めていると、ジャケットの袖をくいっと引かれた。簪だ。

 

「なんだ?」

「えっと、ごめんね……さっきは言い過ぎた……」

 

 先ほどの暴言の謝罪らしい。殊勝なことだ。まったく、同じ人間なのに凰とは大違いだな。

 

「気にするな」

「うん……」

 

 慎ましい簪の佇まいを見て、俺の頭にとある欲望が芽生えた。良いアイディアだ。すぐに実行しよう。役に立ちそうな奴もいるしな。

 

「おい本音、用事を思い出した。少し別行動をとる」

「え? 水着どうするの~?」

「適当に選んどいてくれ。あと篠ノ之、少し付き合え」

「む、私か? ……いいだろう、ちょうど私もお前に頼みたいことがある」

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之を連れた俺は、和装売場を訪れていた。本音と簪に浴衣を送ってやりたいと思ったからだ。

 アドバイスを貰うためについて来てもらった篠ノ之にそう伝えると、とても驚いた顔をされた。

 

「本音に着せるならどれがいいと思う?」

 

 売り場の浴衣をざっと物色して、気になったものを広げて篠ノ之に見せる。

 鮮やかな緑の布地に白色の細かい模様が入ったもの、柔らかな薄緑の上に鮮やかな花柄が配されたもの、ライムグリーンとディープグリーンがモザイクとなっているものの三つだ。

 この国の衣服に詳しくない俺には順位をつけるのが難しい。なので篠ノ之に意見を求めたのだが、あまり芳しい反応は帰ってこなかった。

 

「緑以外に選択肢は無いのか…… 他の色も候補に挙げた方がいいんじゃないか?」

 

 呆れたように篠ノ之が言う。

 他の色、か。そうは言っても俺は緑以外の色はだいたい嫌いだからな。

 まず、黄色は論外だ。目に入っただけで機嫌が悪くなる。

 紫と赤も嫌だ。落ち着かない。

 緑以外で許容できる色は青と白ぐらいか? フム……

 

「篠ノ之、白い浴衣でよさそうなのを一緒に探してくれないか? 簪の青い髪には白が合いそうだ」

「そうか、わかった」

 

 白系統の生地が並んでいる棚に移動する。並んでいる品に目を通しながら篠ノ之が問いかけてきた。

 

「簪、というのか。あの眼鏡の娘は。お前や本音と一緒にいるのをよく見かけるが、何者だ?」

 

 何者、とは少し大げさだな。まぁ、学園内で異質な立場にあり、且つ社交的とも言えない俺が贈り物なんてことをしようとしているのだ。特殊な人間だと推測するのもしかたない。

 

「あいつは日本の代表候補生だ。だが、事情があって専用機が未完成でな。その開発に少し協力している」

 

 吊り下げられた布地を手に取りながら、簡潔に説明する。『打鉄弐式』の開発が途中放棄された理由は織斑に伝わって欲しくないので伏せた。

 

「それだけの関係か? わざわざ値の張る贈り物をしようというのに」

 

 再度の質問。今度は何やら含みがある。確かに俺の行動は不自然だな。言われて気付いた。

 一呼吸ほどの短い思考の後、答えを出す。

 

「それだけの関係だ。ただ、そうだな。俺はあいつのことを尊敬している」

「尊敬? お前が?」

 

 俺の返答に目を丸くし、興味深いと言わんばかりの様子の篠ノ之。まぁ、俺らしくないというのはわかる。だが事実だ。俺は言葉を繰り返した。

 

「ああ、尊敬している。とてもな。人間なんぞに敬意を払うようになるとは思ってもいなかったがな」

「ほう、お前が……む、ウヴァ、これはどうだ?」

 

 篠ノ之は相槌を打った後、手に取った浴衣を広げて俺に示した。

 白い生地の所々に薄いグレーの幾何学模様と水色の花弁がデザインされている。うん、いいな。

 

「簪に送るのはそれにしよう。次は本音のだな」

 

 さて、どうしようか。売り場を見渡した俺の目に、興味を引く品が映った。近付いて手に取る。

 

「篠ノ之、これにしようと思うのだがどうだろうか」

 

 そう言いながら布地を広げる。銀色にも見える光沢のある白と鮮やかな緑のツートン。肌触りも非常に良い。

 

「上等な絹だな。よい物だろうが、値段は大丈夫なのか?」

「なに、金ならある。これにするか」

 

 店員を呼び、本音と簪の体型を細かく伝える。

 簪の物は既製品で問題なかったが、本音の分は仕立て直してサイズを調整することとなった。ついでに本音の趣味に合わせて袖丈を長くするよう頼む。

だいたい二週間ほどで学園に届けてくれるらしい。

 手続きを終え和装売場を出た俺は、黙って後ろに付いていた篠ノ之に話しかけた。

 

「そういえば、俺に頼みがあると言っていたな。なんだ?」

「ああ。一つ、相談したいことがある」

 

 真剣な眼差しと共に答えが返ってきた。時計を確認する。十二時前。

 

「いいだろう、ちょうど昼前だ。飯でも食いながら聞いてやる。本音に連絡を入れるから少し待っていろ」

 

 さて、何の話かは知らんが、篠ノ之は真面目に俺の手伝いをしてくれたのだ。出来る限り真剣に応じてやろう。

 

 

 

 

 

 

「それで、相談とは何だ?」

 

 レストランで店員にケーキと紅茶を注文してから、俺は篠ノ之に訊ねた。

 すると篠ノ之は躊躇うそぶりを見せながらも、簡潔な問いを投げかけてきた。

 

「ああ……専用機をやると姉から言われているのだが、受け取るべきか、断るべきか。どうすればいいと思う?」

「……専用機? お前が?」

 

 予想外の質問に、疑問を投げ返してしまう。篠ノ之が専用機持ちに? どういう事だ?

 こいつは国家代表候補生でもないし、それに値するISの操縦技能も持っていない。それに姉からというのも意味が分からん。

 

「詳しく説明しろ。ISをくれる? お前の姉は何者だ?」

 

 俺の問いかけに対し、篠ノ之は悩ましげに返答した。

 

「そういえば、お前には言ってなかったな。ISを開発した篠ノ之束は、私の姉だ。一昨日、その姉から、最近物騒だからISをやると電話が掛かってきたんだ」

 

 なんと、こいつが行方不明になっているISを作った科学者、篠ノ之束博士の妹だったとは。そういえばファミリーネームが同じだな。

 しかし、物騒だからという理由で専用機を渡すのはどうなのだろうか。それはそれで要らぬやっかみを受ける原因になりそうなものだが。

 それに行方不明の筈の篠ノ之博士はISコアをどこから調達したのだろうか? まさか新造したのか? 可能性はある。篠ノ之博士は世界で唯一ISコアを生産できる人間らしいのだから。そうだとしたら、争いの火種になりかねない。まずはそこを確かめなければ。

 

「その専用機のコア、どこの国の所有なんだ? まさか、新しいコアなのか?」

「っ……おそらく、姉が新たに作り出したものだ」

 

 ハッとした後、苦々しい顔で応える篠ノ之。コアの所属の事など考えていなかったのだろう。

 まぁ、断らせるべきだな。そう考えて口を開こうとした俺の脳裏に、ボーデヴィッヒが語った一つの事柄がよぎる。

 こいつの欲望の対象である織斑が、三年前に誘拐されたことがあるという事実だ。

 当時と違い織斑が『白式』という力を得ているとはいえ、似たようなことが起きないとは限らない。そうなれば、篠ノ之は酷く辛い思いをするだろう。

 かつて、文字通り身を割かれ踏みにじられた俺だからこそ、大切なものを奪われる惨めさは誰よりも知っている。

 専用機があれば、そういったことを防ぐ手段となる。

 思考を走らせた数呼吸の後、俺は答えを伝えた。

 

「難しい問題だが、可能ならばお前は専用機を持った方がいいと思う」

「なぜだ?」

 

 俺の言葉に意外そうな顔をする篠ノ之。理由を説明してやる。

 

「お前は知らないかもしれないが、三年前、織斑は誘拐されたことがある。ブリュンヒルデの弟だからだろうな」

「なんだと? そんな話聞いていないぞ!?」

「落ち着け。織斑はこの事を語りたがらないようだからな。俺も聞いたのはボーデヴィッヒからだ」

 

 知らされていなかった事実に驚く篠ノ之を落ち着かせ、話を進める。

 

「織斑は自衛のために専用機を与えられたが、同時に世界初の男性IS適合者として、その価値も上がっている。狙うものは多くいるだろう。専用機があれば、お前自身の手で、そういった連中から織斑を守ることができる。それはお前の望むところだろう?」

 

 語り終えた俺は、コップの水に口を着けながら篠ノ之に目を向ける。

 

「一夏を、守る。私の手で」

 

 決意を確かめるように呟く。そして、俺に頭を下げた。

 

「ありがとう、ウヴァ。私は、私の専用機を望もうと思う」

 

 決定を下した篠ノ之に、ひと声かけておく。

 

「そうか。織斑千冬にもきちんと相談しておけよ。ISコアの価値は凄まじいものらしいからな」

 

 そう言った後、俺の心にふと疑問が芽生えた。

 

「なぁ、篠ノ之。なんでこんな大切なこと、俺に相談したんだ? 俺よりも適した相手がお前の周りにはたくさんいるじゃないか?」

 

 そう尋ねると、篠ノ之は恥ずかしそうに目を伏せて口を開いた。

 

「そのだな、お前が私の身近にいるもので、一番強いと思ったからだ」

 

 意味不明な答えが返ってきた。確かに俺は強いが、それがなぜ意見を求める理由になるのだろうか?

 よくわからいので首をかしげると、篠ノ之は目を伏せたまま言葉を続ける。

 

「私は専用機が手に入ることを、ただ力が手に入るとしか考えていなかった。そして力を手に入れる意味や責任に悩んで、強い力を持つお前に話をしたんだ。だが結局のところ、その悩みは私自身の在り方に関するものだけだった。周りに与える影響など考えてもいなかったよ」

 

 苦く笑いながら、浅はかだな、と自嘲する篠ノ之。確かに頭が悪いなと思ったが、言えば落ち込みそうなので口に出さず無難な答えを返す。

 

「まぁ、そう気にするな。人間は学び、進歩することが出来る。浅はかだと思ったならこれから改めていけばいいさ」

「そうか、そうだな」

「おまたせしました、ご注文の品です」

 

 篠ノ之が気を取り直すと同時に、注文していたケーキと紅茶が届く。良いタイミングだ。

 俺のはモンブラン、篠ノ之はチョコレートシフォンだ。

 

「さて、難しい話はやめだ。食うとしよう」

「ああ」

 

 この後、食事を終えた俺達は本音達に合流し、皆で洋服を買い回った後、学園へと戻った。

 俺は簪に何枚かリネン地のシャツを買わされ、暑苦しいからと夏の間の革ジャンの着用を禁じられた。悲しい。

 

 

 

 

 

 おまけ ケーキを食べながらの二人の会話

 

 篠ノ之の相談に答えた後、俺は黙々とケーキを食べていた。

 そして半分ほど食べ終わり、紅茶に口をつけていると、篠ノ之が話しかけてきた。

 

「ところでウヴァ、本音たちの体のサイズを細かく知っていたようだが、本人に聞いておいたのか?」

「いや、ISの実習の時、暇潰しにセンサーで測定した時の数値だ」

 

 特に何も考えず素直に答えると、怪訝な顔で食いついてきた。

 

「なんだと? どういうことだ?」

 

 しまった、大抵の女は体型を隠したがる。俺の行いはモラルに反するものだ。もし凰などに知られれば、奴は嬉々として俺を罵り倒すだろう。そして俺はそれに反論できない。

 マズイな、どうにか誤魔化したい。だが、良い言い訳が思いつかない。仕方がないので開き直ることにする。

 

「そりゃお前、あの体に沿ったISスーツでハイパーセンサーの前に出れば、サイズなんて簡単に測れるさ」

「ちょっとまて、では一夏も……」

 

 肩をすくめながら事実を口にすると、篠ノ之は織斑の事を気にしだした。ラッキーだ、話題を誘導できる。

 このまま篠ノ之の頭が織斑のことで一杯になることを願い、言葉を続けた。

 

「まあ、知ろうと思えば、お前達の体のことなど全て知れるだろうな。知ろうと思えば」

「なんだと!? お、おのれ一夏め、破廉恥な! その根性、叩き直してやる!」

 

 鋭く怒声を発する篠ノ之。店内の客の視線が集まるが、篠ノ之は気付かず怒りに震えている。

 既に篠ノ之の中では、織斑が授業中に己を視姦しているという事は確定事項となったらしい。あの織斑がそんなことをやるとは思えないが。まぁ、そうあって欲しいという願望もあるのだろう。

 なんにせよ、これなら大丈夫だろう。矛先は完全に逸れた。

 篠ノ之よ、お前が恋する乙女で助かったよ。

 




買い物に行って知り合いと鉢合わせしまくる話でした。
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10月20日
サブタイトルを変更しました。

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