空飛ぶウヴァさん   作:セミドレス

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第十一話 ウヴァさんと京都

「よし。更識、いくぞ」

「……うん」

 

 ボーデヴィッヒにタッグを組む約束を取り付けた翌日の放課後、第二整備室。

 俺は更識の『打鉄弐式』を相手に、『打鉄』に追加したエネルギーバイパス構築システムの試験を行っている。

 

「伝達効率八十九%。う~ん、初めてにしてはすごく良い数値だね。ウヴァっちとかんちゃん、相性いいんじゃない?」

 

 ハンガーの傍でエネルギーの受け渡しをモニターしている本音が伝えてきた。

 その手には筆が握られており、空中に投影されたモニターで構築されたバイパスをチェックしながら、『打鉄』の盾にぺたぺたとペルー共和国の国章を描いている。

 多くの来賓が学園を訪れるトーナメントに向けての装飾だ。

 なんでも、俺がペルー所属であることをアピールするよう共和国政府から指示を出されたらしい。

 

「ほぼ九十%か。十分だな、バイパスの調整はもういらないな」

「……コアバイパスの同調率は……相手によって変化が大きい……織斑一夏と、時間を取るべき……」

 

 俺が発した言葉に、少しズレた返事を更識が返した。そういえばこいつにはまだ言ってなかったな。

 

「その必要はないさ。今度のトーナメント、俺はボーデヴィッヒと組むことにしたからな」

「……本気?」

「ああ。織斑には悪いが、デザートパスが欲しいからな」

「…………」

 

 俺が説明すると、更識は眉をひそめた。まぁ、傍から見れば、ただの裏切りだしな。

 

「うわっ、伝達効率三十六%まで落ちた! あーあ、ウヴァっち、嫌われちゃった~」

 

 本音がおどけた声をあげる。

 なるほど、このシステムは操縦者の精神状態にかなり影響を受けるようだ。

 だがそれにしても、三十六%は下がり過ぎだろう。半分以下じゃないか。

 そう思い更識を見ると、あちらも俺の方に顔を向けていた。目が合う。

 

「コウモリみたいな男子……きらい……」

「むぅ……」

 

 冷たい声で言われた。コウモリ……。

 よりにもよって(アンク)(カザリ)の合いの子に例えられたことで、俺の心は深く傷ついた。

 

「まあまあ。ウヴァっちもちょびっとだけ、ほんの少しだけ悪いと思ってるからね? あんまり嫌わないであげて」

「……少し? ……やっぱり、コウモリ」

「まあ、ウヴァっちだし」

 

 本音と更識が失礼な会話を続ける。くそ、更識め。またコウモリって言いやがった。

 怒ろうかとも思ったが、ナイーブな気分なので、聞こえないフリをする。

 

「あ、そうだかんちゃん。週末空いてる? 一緒にお出かけしたいんだけど」

「……予定は……特にないけど……」

「じゃあおっけーだね!」

「え……本音、あの……」

「ウヴァっちも、週末出かけるから空けといてね~」

 

 イジけていると週末の予定を決められてしまった。

 視線を漂わせていると、再び更識と目が合った。諦観の念が滲む瞳。切ない色だ。

 こいつは人をコウモリ呼ばわりするひどい女だが、それでも優しくしてやろうと思わせるものがあった。

 

 

 

 

 

 

『まもなく、京都です。東海道線、山陰線、湖西線、奈良線、近鉄線がお乗り換えです。今日も新幹線をご利用いただきありがとうございます』

 

「ウヴァっち、かんちゃん、到着だよ~」

「ようやくか。随分とかかったな、三時間くらいか?」

「…………」

 

 土曜日。

 俺と更識は、本音に京都という都市に連れてこられていた。日帰り小旅行らしい。

 

「……本音……なにがあるの……?」

「ん~、それは秘密です?」

「…………」

 

 更識が本音にこの遠出の目的を問い、はぐらかされた。

 本音はずっとこの調子だ。俺も何度か訊ねたのだが、煙に巻かれるばかりだった。

 ただ、制服を着用するよう言ってきたので、かしこまった場に連れていかれるのかもしれないな。

 もっとも、当の本音がいつも通りの着ぐるみ姿なので、この予想もアテにならないが。

 

「次は電車に乗り換えるね~。えーと、たしか十番乗り場だから……こっちだね。ついて来て~」

 

 それまで乗っていた列車から降り、とてとてと歩く本音の後ろについていく。切符を買い、駅の一番はずれのホームに上る。俺達以外にも観光客らしい外国人が十人以上いた。

 

『間もなく到着する電車は、普通電車、奈良行き、四両での到着です。黄色い線の内側でお待ちください』

「この電車に乗るよ~。目的地までは二駅だからね」

 

 電車を待つ列に並ぶと、すぐにアナウンスが響き、列車が到着した。本音に従い乗り込む。

 二駅か、近いな。何があるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「はい、今日の目的地はここ~! 全国三万の稲荷神社の総本山! 伏見稲荷っ! やっほー!」

 

 晴れ渡る青空の下、本音が狐の石像に手を振りながら言う。

 目的地は乗り換えて二つ目の駅、稲荷駅を出た目の前の宗教建造物だった。たしか、この構造は神社というのだったな。

 この国の神殿は、鳥居があれば神社、十字架が飾ってあれば教会、どちらもなければ寺院というふうに分けられていて、それぞれ信仰の対象が違うらしい。この間、織斑と篠ノ之に教えてもらった。

 

「おい、本音。ここで何があるんだ?」

「え、別に何もないよ?」

「…………」

 

 俺の問いにキョトンとした顔で返す本音。

 特に意味もなくこんな遠くまで連れてきたのか? 今まで何かある風だったじゃないか。

 思わず更識と顔を見合わせた。諦めの表情。

 前々から思っていたが、本音は欲望に忠実だ。おそらく学園で一番だろう。

 珍妙な着ぐるみを着て過ごし、毎食ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた謎料理を食べ、眠くなればどこでも寝る。そんな生活を周りの目を気にせず送っている。

 それでも大きな問題を起こさないのは善良な性質故か。振り回されるのは少し疲れるが。

 

「さあ、行こう! まずは本殿だね!」

 

 こちらの困惑を一切気に留めず、本音は俺達の手を引いて鳥居をくぐった。

 鳥居、人間の世界と神の世界の分け目を示すものらしいな。

 本音は俺と更識の手を握ったまましばらく歩き、大きな建物の前で立ち止まった。ここが本殿か。

 

「じゃあ、お参りしよっか。はい、ウヴァっち。お賽銭」

 

 本音がそう言いながら小銭を差し出してくる。お参り、神頼みか。気に入らないな。

 

「フン、必要ない。俺は神サマが嫌いなんでな」

「あ……ごめん……」

 

 俺の拒絶の言葉に、本音が落ち込んだ顔になる。

 しまった、もうすこし柔らかい言葉を使うべきだったな。

 だが俺が神という概念を嫌っているのは事実だ。

 なんせ俺達グリードの神は誰かと考えれば、俺達を創り出した錬金術師共や、奴らを総ていた八百年前の王、クソッたれの初代オーズに行きつくからな。

 まあ、奴らはとっくの昔に死んでいるのだし、気にしなくてもいいことか。

 思考を打ち切り、本音と更識に目を向ける。

 何やら目を瞑り祈りを捧げていた。着ぐるみ姿の本音はともかく、更識はなかなか絵になっていた。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 願い事は終わったらしい。本音が再び俺と更識の手を取って歩き出す。

 すこし歩くと、朱色の鳥居がトンネルのように延々と続く階段が見えた。なんだろうか?

 

「じゃ~ん! ここの名物、千本鳥居だよ~。というわけで、レッツ登山!」

 

 階段の前で俺達の手を放した本音が宣言した。名物か。たしかに、たくさんの観光客が、次々と上っている。

 

「ほらほらー! 二人とも行こうよ~!」

 

 そう言って本音は階段を駆け上がる。隣で更識が溜息をついた。

 

「更識、荷物は持ってやる。行くぞ」

「ありがとう……」

 

 更識から鞄を受け取り、階段に足をかける。

 本音の背中はもう見えなくなっていた。はしゃぎすぎだろ、あいつ。あんなに機敏に動くの初めて見たぞ。

 更識と共に黙々と道を進んでいると、何かの広場に出た。中央に小屋があり、その周りに掲示板のようなものが並んでいる。外れには売店もあるようだ。

 

「あ、やっと来た! 二人とも遅~い!」

「……本音が……速いだけ」

 

 広場に入ると本音が現れた。俺達を待っていたようだ。

 本音の文句に更識が言葉を返す。俺も同じ意見だ。

 

「そんなことないよー。それより、二人とも、おもかる石やってみようよ?」

「……おもかる?」

「占いみたいなものかな? こっちこっち~」

 

 そう言って俺達を引っ張る本音。

 連れていかれた先には、なにやら台座が二つ並んでいた。両方とも、上に球状に削られた石が乗っている。台座の間にある立札には『おもかる石』の文字。

 どのようなものなのだろうかと思っていると、本音が説明を始めた。

 

「何か願いを思い浮かべながらこの石を持ち上げて、思ったよりも軽ければその願いは叶う、重たかったら叶わないって言われてるんだよ~」

 

 適当な占いだな。まあ、また拒否して本音に悲しい顔をさせるのも嫌だし、試してみるか。

 そう考えて俺は右の台座の石に手を掛けた。反対の台座に更識も付く。

 しかし、願い事か……特にないな。欲しかったデザートパスは既に手に入ることが確定しているしな。

 そんなことを考えながら石を持ち上げる。思ったより重い。まぁ、別に何も願ってないからいいか。

 

「二人とも、どうだった?」

「……私は……軽かった」

 

 本音の問いに更識が答えた。心なしか嬉しそうに見える。

 

「よかったね、かんちゃん。ウヴァっちは?」

「俺は重く感じたな」

「あらら~、残念。あ、そうだ。ここの売店でお昼ごはん買っていこうよ。頂上で食べるの」

「いいな、それ」

 

 売店に行くと、何を食べるか選ぶ間もなく、本音が注文と会計を済ませてしまった。昼食の包みを手渡される。

 

 「はい、お稲荷さん。頂上まで食べちゃだめだよ~」

 

 それだけ言って走り去る本音。俺達と一緒に登る気は無いらしい。

 しかし、あいつ今日は本当に元気がいいな。

 

「俺達も行くか」

「……うん」

 

 更識と共に広場を出て歩き出す。

 しばらく歩いていると、更識が声をかけてきた。

 

「綺麗……だね……」

「ん、そうだな」

 

 更識が言う通り、この参道は美しい。

 視界を覆う幻想的な朱色。その合間から差し込んだ太陽の光が、石畳に鮮やかな格子模様を描く。

 こういった世界の美しさに触れると、とても満たされた気分になる。

 

「……来て……よかったね」

「ああ、本音には感謝せんとな」

「……そうだね……あ、あれ」

 

 更識が何か見つけたようだ。その視線を追うと、少し先の参道の外れに、何やら小さな祭壇がたくさんあった。

 近づいてみると、全ての祭壇に一対の狐の石像が飾られていた。

 

「これは、本音が喜びそうだな」

「うん……全部に挨拶してそう……」

「くくっ、確かにな」

 

 更識の言葉に思わず笑いがこぼれた。

 石像一体一体にせわしなく駆け回り声をかける本音の姿が目に浮かんだからだ。

 更識も同じことを想像したらしい。頬を引きつらせて、笑いをこらえている。

 俺はまた、そんな更識の姿が何故かおかしく思えて、噴き出してしまった。

 

「ウヴァ君……?」

 

 ひとしきり笑うと、更識が目を丸くして俺を見つめていた。なんだ?

 

「ん? どうした?」

「その……ウヴァ君が、普通に笑うの……初めて見たから……」

 

 俺が笑うのを初めて見た? たしかに俺は本音のようにいつもニコニコしているわけではないが、嬉しい時には笑っていると思うのだが。

 俺のそんな考えを察したらしい更識が言葉を続けた。

 

「……ウヴァ君が笑う時はいつも……誰かを馬鹿にするか、陥れた時だから……邪悪」

 

 えらく酷いことを言われた。こいつ、俺をなんだと思っているんだ。

 

「そんなことない」

「本当……?」

 

 ぶっきらぼうに返すが、疑惑の目を向けられた。

 ううむ、確かに、学園での生活を思い返すと更識の言う通りな気がしてきた。

 だが、認めるのは癪だ。話を打ち切ることにしよう。

 

「むぅ…この話はやめだ。さっさと頂上に行くぞ、昼飯を早く食べたいからな」

「……ふふっ」

 

 俺が強引に話題をそらすと、更識が微笑んだ。

 お前、俺が普通に笑わないとか言ったが、俺だってお前が笑うのを見たのは今のが初めてだぞ。

 侮られているような気がしたので、鼻を鳴らしてから歩き始める。すると、更識は俺の隣に並んだ。

 

 

 

 

 

 

「わぁ……」

「ほう、良い眺めだな」

 

 この山に登り始めてから四十分強が経っただろうか。

 俺達は見晴らしの良い小さな広場に出ていた。辺りの地形、山に囲まれた盆地に広がる街の様子が一望できた。

 麓の近くには多くいた観光客だが、ここまで来る者は少ないようだ。広場には俺と更識以外に人影はない。

 

「せっかくだ、少し休憩していくか」

「うん……」

 

 広場の端に置かれたベンチに移動する。その途中、俺の目に留まったものがあった。灰色の自販機だ。

 

「……? ……どうしたの?」

「ああ、なんでもない」

 

 更識の問いに適当に答え、自販機に向かう。ふむ、三百五十円か。俺は財布を取り出し、アサヒの五百ミリ缶を買った。

 

「え……お酒……?」

「気にするな」

 

 更識の隣に座り、缶を開け半分ほどを一息に空ける。

 

「未成年飲酒……」

「なに、俺の正確な年齢は不明だから大丈夫さ。なんせ戸籍がなかったからな」

「…………」

 

 更識の咎めを適当にごまかし、再び缶に口をつける。

 しかし、美味いな、コレ。そういえば人間の体を手に入れてから酒を飲んだことはなかった。もったいなかったな。まあ、これから味わっていけばいいか。

 そんなことを考えながらチビチビのんびりと啜っていると、額に何かが当たるのを感じた。同時に更識が口を開く。

 

「お天気雨……?」

「そのようだな」

 

 奇妙な天気だ。雲一つないのに雨がしとしと落ちてくる。

 濡れる程の勢いはないので気にする必要はないだろう。

 

「さて、行くか。本音が待っているだろうし」

 

 缶を空になったので、俺はそう言って立ち上がった。酒が回って少し感覚が鈍い。

 

「……うん」

 

 更識を連れて、俺は再び鳥居の道を登り始めた。

 

 

 

 

 

 

「どうした?」

 

 陽の光に交じって霞のような水滴が降る中、俺は更識に問いかけた。広場から出てしばらく歩いていると、様子がおかしくなったからだ。少し進む毎に後ろをチラチラと振り返るのだ。

 

「……なにか、変」

 

 少し躊躇いながら、更識は不安気な顔でそう返した。

 変? 何がだ? そう思い周囲に気を配る。確かに妙な気配が漂っている。攻撃的な意思は感じられないが、とにかく得体が知れない。こんなのは初めてだ。

 

「なんだろうな、コレは……」

「……ウヴァ君も?」

 

 俺が呟くと、更識は先ほどよりも沈んだ声で反応した。不安を煽ってしまったようだ。

 更識の顔は少し青ざめている。このよくわからない空気に当てられたのだろう。

 引き返したほうがいいな。そう考え、本音に連絡しようと携帯電話を取り出す。圏外表示。チッ、使えない。

 しょうがないので、俺は更識の手を取った。

 

「あ……」

「本音をおいて帰るわけにもいかん。行くぞ、頂上まで時間はそれ程かからないはずだ」

 

 そう言って前に進む。

 しかし、こんな気配に包まれていたのに気が付かないとは。酒のせいだろうか。

 逆に、更識はよく気づいたものだ。代表候補生だけあって、鋭い感覚を持っているな。

 そんなことを考えながら歩いていくと、十分もしないうちに頂上に着いた。

 一ノ峰と書かれた看板、こじんまりとした休憩所。そこから階段を上った位置にある社。

 

「本音……いないね……」

 

 先ほどと比べると、少し顔色の良くなった更識が言った。

 

「ああ。あいつ、どこにいった?」

 

 本音の姿は見当たらない。心配だ。しかし、下手に探し回って入れ違いになる事態も避けたい。どうしたものか。

 

「とりあえず、少し待ってみるか」

「……うん」

 

 更識の手を放し、休憩所の椅子に腰かける。

 暇つぶしにコツコツと指でテーブルを叩いていると、どこからかシャランシャランと金属質な音が聞こえてきた。

 辺りを見回すと、社の方から和装で着飾った行列が降りてきていた。二十人程の集団で全員が頭巾を被り、荘厳な雰囲気を纏っている。先ほどから響く音は、列の先頭にいる者が持つ鈴の音だ。何かの神事だろうか?

 やつらはゆっくりとこちらに進んでくる。

 そして、一番豪華な衣装を着ている奴が俺達の正面になったところで立ち止まり、一斉に頭巾を脱いだ。

 

「……え?」

 

 隣の更識が困惑の声をあげた。俺も連中の姿を見て戸惑い混乱した。

 和服を纏ったこいつらの首から上は、狐のそれだった。

 白い毛に覆われたイヌ科特有の形をした頭が、和服を着た人間の胴体の上に乗っているのだ。

 突然の異常事態。異形に対し身構える俺と硬直する更識。

 そんな様子を気にした風もなく、奴らは体をこちらに向け、深くおじぎをした。

 理解の範疇を超えた光景。俺達は面食らって、声を出すこともできない。

 一呼吸の間の後、狐面たちは頭を上げて頭巾を被りなおす。するとその顔は人間のものになっていた。

 そして行列は、身じろぎすらできずにいる俺と更識を残して、シャランシャランと立ち去った。

 うん、ワケがわからん。

 

「……今の……今のっ!?」

 

 連中の気配が完全に消えると、それまで固まっていた更識が縋りついてきた。大層取り乱した様子だ。

 

「落ち着け、俺にも意味が分からんのだ」

「夢じゃ……ない……?」

「さあな……」

「…………」

 

 無言になり、俺の手を握りしめる更識。

 しばらくそのままでいると、場違いな明るい声が辺りに響いた。

 

「おーい! かんちゃん、ウヴァっち~!」

 

 本音だ。参道をとてとてとこちらに歩いてくる。その姿を見て体の力が抜けた。

 不思議と、先ほどのことは幻か何かであるような気がしてきた。そういえば、あの妙な気配は消えたな。雨も止んでいる。

 

「……本音……? どこにいたの…?」

 

 傍まで来た本音に、更識が問いかけた。咎めるような調子なのは俺の気のせいではないだろう。

 

「ん~、ちょっとね? そんなことより、お昼ごはん食べようよ。あったかいお茶もらってきたから」

「…………」

 

 更識の質問をはぐらかし、水筒を差し出す本音。

 そうだな、ワケのわからんことは、飯を食って忘れよう。俺は本音に渡されていた昼食の包みを取り出し、近くのテーブルに開いた。

 

「じゃあ、いただきまーす!」

「……いただきます」

 

 熱い茶とともに食べる稲荷寿司はとても美味しい。舌鼓を打っていると、本音が口を開いた。

 

「そういえば、さっき、狐の嫁入りだったね。ウヴァっち、初めてでしょ? どうだった?」

「は?」

「え……?」

 

 本音の発言に、ピシリと動きを止める俺と更識。

 そんな俺達を見て、着ぐるみのフードをいじくりながら首をかしげる本音。

 狐の嫁入り。さっきのアレだよな、なんでこいつはアレを見て平然としていられるんだ?

 

「……本音?」

「どったの? かんちゃん」

 

 フードを被った本音の頭に、更識が震えながら手を伸ばそうとし、途中でやめて引っ込めた。それを見て俺は思わず深く息を吐いた。

 

「本当にどうしたの? かんちゃんもウヴァっちも」

「……なんでもない、なんでもないから、気にしないで……」

「ん、そうだ。稲荷寿司、美味しいな、更識」

「……うん、うん」

「????」

 

意識的に笑顔を作って更識に語りかけると、あちらもコクコクと頷き稲荷寿司を頬張った。そんな俺達に本音はキョトンとした顔をしている。

 ややぎこちない雰囲気の中で昼食を平らげた後、俺達は足早に下山した。

 それから駅で織斑たちの土産物を買い、帰りの列車に乗り込んだ。学園には日が沈む前に到着した。

 しかし、本当になんだったんだろうな、あいつら。

 本音に訊けばわかるのかもしれないが、なんだか怖くて聞けない。

 更識は何も見なかったことにしたようだし、俺も忘れてしまおうか。うむ、それがいいな。

 こうして俺の初めての観光旅行は、文字通り狐につつまれたまま終わった。

 

 

 

 

 

 

 おまけ この日の白式チーム

 

 土曜日の朝。

 織斑一夏が篠ノ之箒と共に食堂で朝食を摂っていると、セシリア・オルコットと鳳鈴音が現れた。

 

「一夏さん、箒さん。あなた達があのアンデスのならず者とドイツのジャガイモ娘を打ち倒すための作戦と訓練を考えてきましたわ!」

「アタシも手伝ってあげるから感謝しなさい!」

「お、おう……」

 

 不適な笑みを浮かべるセシリアと酷く興奮した様子の鈴に、一夏と箒は圧倒される。

 この二人は、自分たちをボロボロにしたラウラや、そのラウラ側に寝返った(?)ウヴァに対して激怒しているのだ。

 

「作戦、それに訓練? どんな内容だ?」

 

 箒が聞き返す。するとセシリアが髪をかき上げ説明を始めた。

 

「作戦については長くなるので後にしますわ。そして訓練ですが、箒さんは今日は私と共に射撃訓練をやってもらいます。『白式』の援護に必須ですからね」

「……いいだろう」

 

 セシリアに対し、少し張りのない声で返事を返す箒。彼女は銃を撃つことよりも、刀で斬ったり突いたりすることの方がずっと好きなのだ。

 

「俺は?」

 

 きゅうりの浅漬けを口に運びながら一夏が問う。それには鈴が答えた。

 

「アンタは今日一日、私と野球の特訓よ」

「やきう?」

「そう、野球、ベイスボール。具体的には千本ノックね。ビシバシ行くから覚悟なさい!」

「あ、ああ」

 

 鈴が口にした予想外の内容に戸惑う一夏。だがその勢いに負けて肯定の返事を返す。

 こうして一夏と箒の厳しい週末は始まったのであった。

 




 ウヴァさん、お狐様に会うの巻。でした。
 えー、変な話投稿してすいません。
 アニメ二期の、のほほんさんの次回予告見たら書きたくなっちゃったんです。


 トーナメントに向けて打鉄を装飾する場面はadgjmptw504さんの感想から思いつきました。ありがとうございます。 
 狐の下りですが、漫画ARIAの第四話と昔話の八つ化け頭巾をオマージュ? パロディ? どっちかわかりませんがとにかくパクっています。

 …こうして考えるとほとんど何も自分で話を作ってませんね。これはいけない。
 
 感想・指摘は随時受け付けています。気軽に書き込んでください。

 あと、本文中でウヴァさん達は割と快適に伏見稲荷大社を観光してますが、実際の伏見大社は土日は人がウジャウジャいてなかなかスムーズに見て回れません。
 実在する場所を出しておいてなんですが、その辺は創作的なご都合主義ということでご容赦ください。



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