「その程度の怪我で済んだのは俺のおかげだからな。感謝して、たっぷりと恩を返せよ?」
「うるさいわね、あのまま続けていれば勝っていたわよ!」
「まあまあ~。病室では静かにね?」
眼帯にやられたオルコットと凰を医務室に連れてきてから三十分ほどが経過した。
二人とも打撲を負った程度で大した怪我はしていない。
それどころか、凰などは助けてやったというのに感謝の一言もなく、逆に減らず口を叩いてくる始末だ。もう少し痛めつけられた後に助け出せばよかったな。
そんなことを思っていると、勢いよくドアが開く。
「鈴! セシリア!」
「一夏!?」
入り口から駆け込んできたのは織斑だった。先ほど俺が連絡を入れておいたのだ。
不安気な顔で凰が横になっているベッドに寄る織斑。
「鈴、大丈夫か? 後遺症とか、痕が残ったりとか……」
「大げさね。こんなの怪我のうちに入らな――いたたたっ!」
「鈴!?」
怪我について心配そうに尋ねる織斑。それに応えるべく体を起こそうとして凰が悶えた。傷に響いたらしい。
「バカが……織斑、心配する必要は無いぞ。二人とも酷い怪我はしていない」
「そっか。大したことないんだな、安心したよ」
俺の言葉でようやく織斑は胸をなで下ろせたようだ。こんどはこちらに顔を向ける。
「なあ、ウヴァ。ラウラが暴れたって言ってたよな。こんなになるなんて、何があったんだ?」
「アイツ、いきなり撃ち込んできたのよ! その上好き勝手言ってくれて!」
俺に対する織斑の質問に、凰が喧しく割り込んだ。怒っているのは分かるが、織斑が知りたいことを教えてやれ。そう俺が呆れているとオルコットが説明を始めた。
「ダメージでこちらのISが機能を停止した後も、彼女が攻撃を続けたのですわ」
「なんだよそれ、危険じゃないか」
「ええ、ウヴァさんが止めに入らなければ、もっと酷い傷を負っていたでしょうね」
「そんな……」
オルコットのおかげで事情を把握したらしい織斑は、なぜか俺に頭を下げた。
「ウヴァ、ありがとう」
「うん? お前が礼を言う必要はないさ。それよりも、そいつらまだ動けないようだし世話を焼いてやれ。俺はもう帰るからな」
「ああ、わかったよ。じゃあな、ウヴァ」
「おう。行くぞ本音、更識」
そう言ってベッドの横のスツールから腰を上げると、突然ドアが吹き飛んだ。
同時に数十名の生徒が医務室になだれ込んでくる。なんだ?
「織斑君!」
「ウヴァ君!」
「「「「これ!」」」」
入ってきた女子生徒は俺と織斑を取り囲んだ。全員がなにかの書類を持った手を付き出している。かなり気色悪い光景だ。
「なんだ貴様ら!?」
「なになに? 『今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うため、ふたり組みでの参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は――』」
織斑が突き付けられた文面を読み上げる。ふたり組み……?
「そこまででいいから! とにかくっ!」
「私と組もう、織斑君!」
「ウヴァさんっ! よろしく!」
どうやら月末のトーナメントはタッグ形式になったようだ。そしてこいつらは学内に二人しかいない男子生徒と組もうと群がってきたワケだ。面倒くさい思春期共めが。
「離れろ、鬱陶しい! 織斑、俺と組め!」
「ああ! みんな、俺はウヴァと組むからあきらめてくれ!」
織斑が叫ぶと女共は一瞬、静かになった。そして、とりあえず納得したのか、各々諦めを口にしながら医務室から出ていく。
「ちょっと一夏! そんな奴よりあたしと組みなさいよ! 幼馴染でしょうが!」
再び医務室が俺達だけになると、凰が声をあげた。俺はそれに反論する。
「凰、おまえの『甲龍』、あれだけ派手に壊されたんだ。トーナメントまでに修復が間に合わないだろう?」
「う……そうね……」
「なに、あの眼帯は俺達で叩き潰してやるさ。織斑、明日の放課後から連携の訓練やるから空けとけ」
「わかったよ、ウヴァ」
凰を黙らせ、織斑の返事を聞き、俺は今度こそ医務室を後にした。本音と更識を連れて寮への道を進む。
しかし、場の勢いで織斑と組めたのは運が良かった。『ブルー・ティアーズ』と『甲龍』が壊れている今、組める専用機は『白式』だけだからな。あの眼帯女を倒すための戦力としては最大だ。
「本音」
「なあに?」
俺は隣を歩く本音に話しかけた。
「『打鉄』に装備を追加したい。今日の朝の授業で山田が使っていたグレネード、予備の盾、それからエネルギーバイパスの構築システム。やれるか?」
「ん~、多分大丈夫かな。学年別トーナメントに向けてってことなら予算も使わせてもらえるだろうし。後で倉持とペルーの方に訊いてみる。」
「頼む」
『シュバルツェア・レーゲン』。あのISは強い。眼帯の操縦技術も俺より高いだろう。対抗するには攻防両面の強化が必要だ。それに燃費の悪い『白式』と継戦能力に優れた『打鉄』で組むなら、エネルギーの受け渡しができた方が無駄がない。
そう考えて提案した『打鉄』の装備追加だが、可能なようだ。ありがたい。
「……ウヴァっち。体、本当に大丈夫?」
「ああ、問題ないぞ」
しばらく通路を歩いていると、本音が問いかけてきた。
やはり生身でISと戦う姿を見せたのは拙かった。かなり心配をかけてしまったようで、医務室でも何度も怪我をしてないか訊ねられた。
「私、本当に怖かったんだよ? ウヴァっちが『打鉄』解除してあのISに向かっていくの」
「なに、俺にとっては大したことではない。そんなに心配するな」
「……過信、しすぎ」
本音を宥めていると、今まで黙っていた更識が口を開いた。咎めるように言葉を続ける。
「身体能力がどんなに高くても……ISの攻撃を生身で受ければ、死ぬ……退くべきだった……」
「ム……まあ、そうだな。次からはそうするさ」
「そうしてね? 怒ってる時もだよ?」
「ああ」
更識に対して適当に無難な答えを返すと、本音が念を押してきた。本当に心配性なやつらだ。
この日は三人で晩飯を食った。その後、部屋に帰ってすぐにベットにもぐりこんだ。
♢
「はい、ウヴァ。ケーキ以外も偶には食べないとダメだぞ」
眼帯が暴れた翌日。
午前中の授業が終わると、織斑が弁当箱を差し出しながら声をかけてきた。どうやら俺のために作ってきたらしい。
「どうしたんだ? 急に」
「やっぱりケーキ以外の物も食べて欲しくてさ。それに、相棒に体調崩されちゃ困るしな。のほほんさんの分も作ってあるから、一緒に屋上で食べようぜ」
そう言って白い歯を見せる織斑。
ふむ、わざわざ作ってきたのだ、断るのは悪いか。
「ああ、いいぞ。さっそく行くか」
♢
「う~ん、おりむーはいい仕事してるなあ。ねえ、ウヴァっち」
「ああ、そうだな」
俺と本音は屋上のベンチで織斑の弁当を食べている。美味しい。豚肉の生姜焼きを中心にしたシンプルなものだ。
「二人とも、気に入ってくれたか?」
テーブルを挟んで向かいのベンチに、篠ノ之と凰に挟まれて座っている織斑が訊ねてきた。
「うん、おいしい~!」
「ああ、気に入った。感謝するぞ、織斑。」
「そっか、よかった」
俺達の返事に織斑は満足そうな笑みを浮かべる。すると凰が肘で織斑の脇を小突いた。
「まーた、アンタはおじいちゃんみたいな顔して。そんなんじゃ老けちゃうわよ。ほら、あたしの酢豚食べなさいよ」
「おう、ありがとう、鈴……ん……」
「…………」
凰が突き付けた酢豚を口にする織斑。それを見て不機嫌そうな顔をする篠ノ之。
ちなみに篠ノ之も織斑が作った弁当を食っている。数分前にはそれを凰が羨ましそうに見ていた。こいつら、いつもこんなんだな。
「ウヴァ、ラウラの専用機ってどんなISなんだ? たぶん、今度のトーナメントで一番厄介な相手だろ?」
凰の料理を飲み込んだ織斑が問いかけてきた。どんなIS、か。
「一言で言うと俺達の天敵だな。固有武装の停止結界の性能が凶悪すぎる。下手に接近しようとすると空中に縫い付けられる上、実弾兵器も全て止められてしまう。お前の『零落白夜』をどうにか叩き込む作戦を考えなければ勝てないだろうな」
昨日、『打鉄』が解析したデータを見て抱いた感想をそのまま言った。
織斑の表情が渋いものに変わる。
「相性、悪いのか。……あれ? ラウラを止めたのはウヴァなんだよな? その時はどうしたんだ?」
「IS解除して蹴り飛ばしてやった。俺の『打鉄』も落とされてたからな」
「は?」
質問に対して昨日やったことを答える。ポカンとなる織斑。そこへ凰が口をはさんだ。
「そいつ、生身でIS相手に突っ込んだのよ、『打鉄』のブレード持って。ISと力比べするわ、頭突きでバリア突破するわ……見てるこっちが頭おかしくなりそうだったわ。身体能力なら千冬さんにも負けてないんじゃない?」
「マジか……」
驚愕の表情を向けられた。
まあ、人間の体に入っているとはいえ俺はグリードだからな。本来の姿に戻らずとも、普通の人間と比べれば遥かに強い力を発揮できる。
しかし、この話題はなんとなく居心地が悪い。別の話を振ろう。
「どうでもいいだろ。そういえば、眼帯じゃない方の転校生、今日も来なかったな。性別詐称は確定だろう。どれぐらいの罪になるもんなんだ?」
俺は朝から疑問に思っていたことを口にした。それには本音が反応した。
「彼女デュノア社の関係者みたいだし、明らかにウヴァっちたちへのスパイだからねぇ。犯罪としては大したことないけど、学園からは追い出されるんじゃないかなー? でも、本国できつい罰を受けるってことはないはずだよ。絶対主犯じゃないもん」
ふむ、デュノア社。フランスのISメーカーだったか。
俺や織斑のデータを欲しがるのも理解できる。確かに、あの男装女はデュノア姓を名乗っていたな。
しかし、そうするとあいつは会社の創始者の一族なのか。そんな立場の者に密偵行為を働かせるものか? よくわからんな。
まあ、学園から離れるのなら俺には関係ない。どうでもいいことだ。
本音の説明を聞きそんなことを考えていると、織斑が思い出したように口を開いた。
「そういえば……ウヴァ、トーナメントに関する告知、ちゃんと読んだか?」
「まだ見てないが。なにかあったのか?」
「いやな、先月のクラス対抗戦が中断して優勝賞品のデザートパスが流れただろ。今回の優勝者、それをもらえるんだってさ」
「なんだと? 本当か!?」
身を乗り出して確認すると、織斑は力強く頷いた。
「ああ。やる気、出ただろ?」
「ふん……今度こそ手に入れてやる」
「絶対勝とうぜ、ウヴァ」
言われるまでもない、当然だ。俺は優勝するぞ、なんとしても。
♢
午後一つ目の授業が終わった後。俺は『シュバルツェア・レーゲン』の眼帯女、ラウラ・ボーデヴィッヒを探していた。できるだけ目立たない場所で訊ねたいことができたからだ。
奴は休み時間に入ると同時に足早に教室を出た。俺は慌てて追いかけたのだが見失ってしまった。どこへ向かったのだろうか。
少しイラつきながら校舎中を駆け回っていると、何かを問い詰めるような鋭い声が聞こえた。ボーデヴィッヒの声だ。やっと見つけた。声のした方へ走る。
「ISをファッションか何かと勘違いしているような程度の低い者たちに教官の時間を割くなど!」
「そこまでにしておけよ、小娘。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」
「わ、私は……」
「さて、授業が始まるな。私はもう行く。お前もさっさと教室に戻れよ」
ボーデヴィッヒと織斑千冬がいた。
どうやらボーデヴィッヒは何か言い争って負かされたらしい。相手が立ち去った後も拳を握りしめ震えている。俺はその背後に近づいた。
「おい」
「ッ……貴様か、何の用だ」
声をかけると、奴は勢いよく振り向いた。
先ほどまでの感情を露わにした様子は一瞬で引っ込み、仏頂面で俺に応じる。
「ボーデヴィッヒ、月末のトーナメントがタッグ形式になったのは知っているな。お前、俺と組め」
そう言いながら、俺はペア申請の書類を突き出した。
すると奴は、怪訝そうな表情で俺に問い返す。
「なんだと? 貴様、何を考えている?」
「ふん、優勝しなければならない理由ができてな。そのために、学年で一番強そうなお前と組むのは自然だろう?」
昨日の落とし前をつけさせたいとも思うのだが、デザートパス入手の確立を上げることの方が重要だからな。
織斑と組んだとしても、こいつに勝てる見込みはそう大きくない。逆にこいつと組んでしまえば、ほぼ確実に優勝できる。
俺の返事に対し、ボーデヴィッヒは腕を組んで目を瞑っていた。
そして数秒の思索の末、答えを出した。
俺が差し出していた申請書をひったくるように奪い取る。
「いいだろう。貴様だけは他の連中と違い、ISに対しまともな意識を持っているようだしな」
「そうか。では頼むぞ」
♢
「織斑」
SHRが終わると同時に俺は織斑に声をかけた。
「ん? どうした、ウヴァ。早くアリーナ行こうぜ」
「そのことだが、お前と組むのはやっぱりナシだ。ボーデヴィッヒと組むことにした」
「え? はぁ!? なんで?」
俺の言葉に驚き、混乱する織斑に理由を説明してやる。
「凰やオルコットが潰れている今、あいつと俺が組めばまず負けることは無いからな。これもデザートパスのためだ。悪いな」
「マジかよ…」
肩を落とす織斑。
何やら因縁のあるらしいボーデヴィッヒとの対決に向けて燃えていたからな。
それなのに、突然の裏切りで勝ち目がなくなれば落ち込みもするだろう。
「すまんな。まあ、訓練は付き合ってやるよ」
「はぁ~、ヒドいな、もう。とりあえずアリーナ行こうぜ」
「おう」
この後アリーナに行ったのだが、俺がボーデヴィッヒと組んだと知った凰に散々罵られた上で追い出されてしまった。
裏切り者と無法者を八つ裂きにするための作戦を立てるらしい。恐ろしい奴だ。
まあ、今回に限っては俺が悪いのだがな。
いつか織斑にはこの埋め合わせをしてやらんとな……
ウヴァさん、寝返るの巻。でした。
裏切りと結託はウヴァさんのキャラクター要素としてかなり重要なので、どこかで入れたいとおもっていました。
視聴者的には裏切られるシーンの方が印象的ですが。
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