好意的だと解っても疑ってしまうというのが生物だ。そしてそれは実に真っ当な感性だと自分は思う。何故かと言えば―――それは生存本能から来る制への執着だからだ。死にたくない。生きたい。そんな思いから生物は疑いを持つ。だから俺、という神は割と疑い深く生きてきた。何せ禍津日神だ。それこそ恨まれたりさげすまれていた神だ。それももう昔のはなしではあるのだが。
だから、基本的に平和に、慎重に、そして疑い深く生きている。具体的に言うと十数年は観察しないと安心できない。数百年経過して友人、千年経過した頃にはマブダチだと思っている。
だから権力とか格上相手には絶対に逆らいたくないし、関わらない人生……いや、神生が最良だと思っている。
だからどーしてこうなった。
ご飯を神綺の館で食べるのは……まぁ、いいだろう。これは一時の恩だ。長い生の中では一瞬の出来事で、これも過ぎてしまえば忘れられる。どこかの誰かが逝っていたのを覚えている。生物とはやがて忘れてしまうものだと。実に的確だ。だから、なんだ。
「あーん」
「……」
「あーん」
「……」
「あ、ぁーん」
「は、はーい! あーん!」
パク、と口元まで運ばれてきたフォークに突き刺さった肉を食べる。おそらく最高級の肉に違いない。だがそんなもの、今は味が解らない。ただただ後ろから睨んでくるメイドさんが怖い。そして膝の上に座って、代わりに肉を口へと運んでくれている幼女の姿が怖い。そしてその光景を笑顔デニコニコ見てらっしゃる我が魔界の神様が怖すぎる。
―――神よ、私は何かしましたか。
あ、私が神だった。そういえばイエス君や仏陀君は元気にしているのだろうか……。
「おにーちゃん美味しい?」
アリスがそんな事を不安げに伝えてくるので、笑顔で頷き美味しいよ、と答える。じゃあ、とアリスは言ってから、
「―――どんなふうに?」
一瞬、一瞬だけ体を硬直させる。そこに、神綺の声が混ざる。
「あらあら」
神綺がそんな事を言いながら此方を見る。もしかしなくても心を読まれているのではないかと、そう思った時、
「―――」
ニコリ、と此方へと向けて神綺は笑った。そりゃそうだ、娘の気に入った人物が安全かどうかを調べないわけがないよなってそうではなくてあのこうやってめちゃくちゃ苦悩している事が解っているのであれば―――
「―――」
笑顔だけ向けないでください、言葉をください……!
そんな事を願うが、神綺は面白がってあらあらいうだけで、助け舟は出してくれない。この状況を完全に楽しんでいるものとみる。我が波風の立たない平和な余生とはいったいなんだったのだろうか。とりあえず、味を全力で思い出しつつ、口を開く。
「―――柔らかい肉が口の中で噛むたびに閉じ込められた肉汁が味と一緒に溢れ出し口の中を満たしてくれるだけではなく、この若干甘酸っぱく作られたソースが肉本来の味を引き出すような気がする……!」
「おいしい?」
「えー、うん、その……凄く美味しいです」
「えへへへ」
それだけで良かったんですか……。グルメ雑誌でのっていたような言葉を用意して損した。というかそう言えばアリスはまだ子供だ。難しいコメントを伝えても解るわけがない。若干テンパリすぎかもしれない。もう少し、肩から力を抜いてもいいのかもしれない。もう少しだけ方から力を抜きながら、膝の上に楽しそうに座り、フォークとナイフを握る少女の姿を見る。確かにかなり上の者ではあるが、それでもまだ子供だ。こ、これぐらいのリアクション反動でありだろ……。
「お客様、声が上ずっていますよ」
メイドの魔人・夢子がそんな事を注意してくれるから反射的に少しだけ頭を下げ、
「あっ、はい」
と、答えてしまう。
だが駄目だ。無理だ。膝の上で太陽の如く可憐な笑みを見せる少女は自分の様なものとはどうあっても隔絶された存在、同じ空間に存在しているというだけで緊張する。恐れ多い。声が上ずる。というか超苦手だ。穢れも悪意もない存在には心が浄化されてしまいそうなので関わりたくないのに……!
◆
ひたすら胃薬が欲しかったお食事は終わった。終始膝の上で楽しく過ごしていたアリスはそのまま膝の上で時間を過ごしている。一体自分の何がそこまで気に入ったのかが未だに理解できない。というかしたくない。が、これで最低限の義理は果たした。アリスを見つけた、という行動に対して食事という対価を得たはずだ。だとすればこれは等価の交換であり、お互いの負債は解消された。
アリスを膝から降ろして、その小さな頭を軽く撫でる。
そしてそのまま神綺へと向けて自分の頭を下げる。
「お食事にお誘いありがとうございました。長いこと縁のなかった豪勢な食事なだけに、色々と昔の事を思いださせていただきました。ありがとうございました」
「あらら、いいのよ? あと敬語はだーめっ」
人差し指で額をとん、とされる。それをまねてアリスもだーめ、等と言いながらお腹を人差し指で突いてくる。それがちょっとくすぐったくて、笑い声が漏れてしまう。それが楽しくなったのか、あははと笑いながら何度もお腹やわき腹をつっついてくる。
「ちょ、はふっ、やめっ」
「あはははー! へんなこえー!」
「あらあら、アリスちゃんったら」
「実に微笑ましいですね」
誰か止めろと全力で叫びたいが、止めてくれる人材が存在しない。非常に悲しい事だが、此処に味方は存在しない。早く家に帰って本日の戦利品のチェックを始はじめなくてはならないのに。だが、まあ、それもこれまでだ。
「アリス様、お持ちいたしました」
そう言って夢子はカバンを持ってきて、それをアリスへと渡していた。激しく嫌な予感がしながらも、それはなんでしょうか、と恐る恐る夢子へと質問した。
「―――お泊りセットですが何か?」
自分に拒否するだけの力と権力がない事は自覚済みである。
「おにーさんいこうよ!」
笑顔を向けるアリスの前で、たぶん、確実に、白目をむいていた。
妙にロリスに好かれる胃痛確定の神様と、妙に神様を気に入ったロリス。ロリあざとい実にあざとい。
年ぶり? 数か月ぶり? に書いたので全く内容を覚えてない罠。たぶん妙に好かれているせいで胃痛確定って事だけは覚えてた。
<ドン!