ロリを肩に乗せて歩くというのは中々にシュールな光景だと思う。特に少女の名前―――アリスと、それを大声を出しながら公園で叫ぶというのは勇気が必要な行動だと思う。今更この程度で落ち込むほどのチキンハートを持っているわけではないが、苦手な部類の生き物に異様に懐かれながらその母親を探すのは結構精神的に来るものがある。
半径100km以上はある超巨大な公園は魔界人からしてみれば飛んで抜ければいいという認識の場所だが、景色はそれなりにいいので歩くのにはいい場所でもある。ただ、歩きすぎると迷って出てくる頃にはゾンビになってるか十年単位で迷うか、どちらかだ。だから、
こんな所で、
「アリスちゃんのお母さんはいませんかぁー」
「ままぁー!」
こうやって叫び続けても見つかる可能性は低いのだが、やれやれと言うべきか、義理堅いというべきか、最後まで手伝う事としてしまっている。
神道の神はアバウトだが、決して裏切らない。
信仰をくれる人間には加護を与えるし、助けを求めれば助ける―――見返りを要求するが。どっかの宗教の神々と違って生活に密接にかかわっているために放置プレイはしない方向性なのだ我々は。とは言え、信仰がなくなった現在では加護を完全に与えられるわけでもないのだが。
肩の上に幼女を乗せながら数時間歩いた結果、
母親の姿は見つからなかった。それもまあ、仕方のない事だろう。ゴッドパワーか何かで探せればよかったのだろうが、そういう人探し関係の権能は全くないので地味に足で探しまわるしか手段はない。
公園の中にある休憩コーナーで自動販売機から”初恋の味京都編”等という意味不明なジュースに買う衝動に駆られながらも、その横の比較的普通な”絶叫りんごのジュース”を二人分購入し、ベンチの上で待っているアリスに一つ渡す。
「いいか、この恩を絶対に忘れるなよ? 忘れるんじゃねぇぞ? いいか? いいな?」
「うん!」
「子供にネタを振っても意味ないよな……」
芸能神でもないのに何をやってるんだ俺は。
溜息を吐きながらアリスの横に座り、ジュースの蓋を開けて口をつける。名前はアブノーマルなのに味は普通だ。少女も飲めていることに安心し、
……どうしよう。
このまま少女の親を探すのは決定打。父親の名前が出てこない辺りシングルマザーなのかもしれない。ともかく、
「お母さん見つからないねぇ」
「うん……」
軽く頭をなでる。悪戯に心配させるのは良くない。少なくとも懐かれているという事は嫌われてないという事だ。それは、いいことかもしれない。たとえそれが天敵であろうと。いや、いい加減こういう思考もやめよう。まだまだ小さすぎる少女に視線を向けて、
「お母さんどこにいるんだろうねー?」
「うんー……」
悩むようだが、答えは返ってこない。解らないという事だろう。
「まぁ、見つからなかったらウチで預かればいいか」
「おにいちゃんのおうち?」
「ま、見つからなかった時の話だよ」
「おにいちゃんのおうち……!」
何やら目をキラキラさせてこっちを見てくるが本当にこれは何でこうも懐いているのだろうか。不気味で不気味でしょうがない。
「んしょっと」
「おい」
「えへへへ」
膝の上にちょこん、と座る少女が嬉しそうに笑みをこぼす。当然そんなものに癒されるような神ではないので溜息しかもれず、
「―――そこ」
「んむ?」
顔を持ち上げた視線の先には黒い服装の少女と、白い、天使の様な姿の少女がいた。両者とも魔界人であることを即座に見抜く。
「何か用か? 今忙しいから別を当たってくれるとありがたいんだが」
と言っても視界が収まる範囲にいる生物は今、この場にいる四人だけなのだが。必然的に助けを求められる存在はいない。つまり言葉を変えればとっととここから消えてくれと言っているのだ。アリスと比べて遥かに多くの悪心を抱く存在は心地よいが、それでも正直色々と面倒なので関わらないでくれると助かる。というか関わるな。
が、その願いは通じないようで、
「その子を渡してもらいましょうか」
警戒した様子で視線をアリスへと向けてくる。頭をアリスの方へ向け、
「お知りあい?」
「ううん……しらない」
ギュ、っと服の裾を掴んでくるアリスは否定した。つまり、
「誘拐は儲からないぞー」
「誘拐じゃありません!」
昔メシに困った友人が誘拐に手を出したが予想外に金にならないって愚痴りながら返してたのを思い出す。始めたのならもうチョイ頑張れよって周りから言われてたな……。
ともあれ、
「この子が知らないって言ってるのなら知らないんだろ。シッシッ」
黒い服の少女の横の、白い少女の額に軽く青筋が浮かぶのが見える。多分普段は猫被ってるタイプだ。やだこわい。だからもうちょっと犬を追い払う様に手首のスナップを聞かせる。あ、更に青筋増えた。
「その子は―――アリス様はとある方のご息女様です!」
言い方からしてかなり身分の高い相手なのだろう。貴族制度何て存在しない魔界だが、基本的に強さで偉さが決まる世紀末ワールドだ。といっても、腕力が強ければいいってわけでもないのだが。
「そうなの?」
アリスに視線を向けると、
「わからない」
「解らないんだって」
「見てますよ!」
やっぱりマジメ系相手にネタを振ると面白いリアクションが見れるのはいい。だが今の話を聞く分、どうやらこの少女はどこか良家のお嬢様の様だ。このまま関わるのも面倒だから差し出そうと考えて、
「……おにいちゃん……」
子供には勝てないなぁ。
「まぁ、住所でもなんでも置いてってくれないか? 我が送り返すからさ」
結局ここで妥協してしまうのは甘いからだろうか。ともあれ、初志貫徹は大事だ。うむ。四文字じゅごはなんだか頭が賢そうで実によい。学歴はないわけだが。
「そんな事できるわけないでしょ!?」
と、もちろん予想通りの返答が返ってくる。
「あのお方がいなくなった娘を探しにもううろうろしちゃって……!」
なんだか可愛い主の様だ。ともかく、
「アリスちゃん、家に帰りたくないのか?」
「おにいちゃんといっしょにかえりたい」
「アリス様、お願いですから従ってください……」
「なんでこんなにも懐かれてるんだろうなぁ……」
うん、こうなったらあれだ。
「よいっしょ」
「わぁ」
アリスを持ち上げ、再び肩の上に乗せると、ベンチから立ち上がり、
「アリスちゃん!」
「おにいちゃん?」
「高いところからお母さん探そうか!」
「ま、まさか……!」
狼狽する黒の少女に対して、白の少女は既に魔力を攻撃の為に練り始めている。やはり予想通りに黒の少女よりも若干狡猾な性格をしている。それは特性上把握していたし、感謝もしている。
おかげで存分に力が震える。
「トゥッ!」
「わぁっ!」
少女を肩に乗せて空へと飛びあがる。
「ま、待ちなさい!」
まあ、たまにはこんな日も悪くない……かもしれない。