野にその災神あり   作:てんぞー

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肆話

 道士服のズボン部分を握る小さな存在を見る。見た目五歳前後の少女だ。親と一緒にいるべきだ。特にこんな物騒な世界では。事実、子供の死亡率は高い。誘拐か強姦か食われたか普通に殺されたか、そんな事は特に興味がないから知らないが死亡率はかなり高い。それもそうだ、出なければ魔界などと呼ばれはしない。

 

 だからこんな年の少女が一人でいるのはあまりいい状況ではないのだ。

 

 放っておくのに放っておけなくなってしまった。

 

「はぁ……」

 

「おにいちゃん……」

 

 不安そうな表情を向けてくるが、一度助けるって宣言してしまったらそれを破るわけにもいかない。軽く少女の頭を撫でて、

 

「大丈夫、お母さんは見つかるって」

 

「ほんとうに?」

 

「あぁ、きっとな」

 

 こんな風に邪気を感じさせない存在は激しく苦手だ。聖人を相手するときの様にジンマシンがでないだけまだまだマシだが、それでもやっぱり子供は苦手だ。あぁ、苦手だ。家に帰ってココア飲みたい。

 

 軽く少女の頭を撫でて、手を差し出す。不安そうな表情を引込めた少女が手を取る。膝を折りながら少女と目線を合わせて、

 

「我の名前は禍津日神。オーケイ?」

 

「ま、まが、まがちゅ……」

 

 あ、結構可愛い。

 

 そう思うが子供に自分の名前を発音させるのは中々に酷な事だろうと思い、舌を噛んで泣かれる前に、

 

「まーくんでもマガっちでもマガやんでも禍津日神様でもまっちんでもなんでもいいぞ」

 

「おにいちゃん!」

 

 うん。大体オチは見えてたよ。世の中しょーもないなどと思いながら立ち上がると、

 

「うがっ」

 

「?」

 

 立ち上がろうとして伸びた腕が少女によって引っ張られて体が倒れそうになる。この邪気の欠片も存在しない少女に対してはいかなる暴力は通じない。筋力出さえも劣る。だから本来は結果として少女が腕を上に伸ばすはずだったが、逆に負けて引っ張られることとなった。

 

 超恥ずかしい。

 

 ささ、っと周りの光景を見る。

 

 超広大な公園は視界の限り、誰も存在しない。この恥ずかしい光景を誰にも見られていないことを確認―――

 

「おにいちゃん?」

 

 見られてたぁー!

 

 でもどうしようもないので、本日何度目となるかもわからない溜息を吐き出して、再びしゃがむ。手を放すととたん不安そうな表情をするが、自分の肩を軽くタップする。

 

「よし、お兄さんの肩に乗ろうぜ。高いところから見た方がお母さん見つかるかもしれないぜ?」

 

「うん!」

 

 子供は結構チョロイな、等と思いながら少女に背中を向けると、背中を伝って肩の上に小柄な体が座る。片腕で少女の膝を押さえながらゆっくりと立ち上がる。少女の手が軽く頭を握ってくるが……まぁ、特に問題はないので大丈夫だとして放置する。

 

 ただ暴れだされたら確実に首の骨は折れる。

 

 アレ? 俺もしかして自分からハードモードつっこんだ?

 

「すごいすごーい!」

 

「おぉ、んじゃ探すぞー」

 

「おー!」

 

 この年頃の子供は男も女もあんまりないなぁ、等と思いつつ人の多そうな方向へと歩き出す。顔を輝かせて普段は見れない景色を楽しんでいる少女に顔を向けないまま、

 

「お母さんはなんて名前なのかなー?」

 

 探すにしても情報が必要だ。とりあえず聞き出してみるが、

 

「ままはままだよ?」

 

「うん、まあ、期待してなかった」

 

「?」

 

 自分は生まれが特殊なケースだから参考にならないが、一般的に言って子供はそれなりに年を取らないと親の名前をはっきりとは憶えない。基本的にパパかママでとおってしまう分、覚える必要がないのだ。他人との付き合いができて初めて名前を覚え始めるものだが、インドア派の子なのだろうか。

 

 あーっと、それよりも、

 

「えーと、お母さんはどんな姿をしているの?」

 

「ままは、んー」

 

 少し悩むようにしてから、

 

「ながくてまっしろでかみがきれいなの!」

 

「ほうほう?」

 

「すごくきれいで、りょうりがへたなの」

 

「あら、下手なの……」

 

 予想外だ……人妻には料理上手イメージがあるのに。というかよく考えたら知ってる人妻属性がほぼ全員キチってるから参考にならない。神道は何でアバウトなんだ。

 

「いや、これは普段から言ってるよなぁ……」

 

「おにいちゃん?」

 

「あ、うん。気にしないで? まぁ、いっか」

 

 適当にこの子に叫ばせれば母親が駆け付けてくるだろう。愛情があって、捨て子でなければそうなるはずだ。捨て子だったとしたらその先はもう知らない。リリムのところに預ける以外に選択肢を知らない。子供が何千人もいるし今更一人増えても問題ないだろう、あの出産マシーン。

 

「おにいちゃん!」

 

「なんだい?」

 

 視線だけを少女に向けると、

 

「えへへへ」

 

 何故かそれだけで笑顔を向けられる。なぜこんなになつかれている。キャラからすればなつかれるどころか嫌われる方が順当なのに……。

 

 

                           ◆

 

 

 その時の俺は知るはずがなかった。俺が拾った少女が魔界神の愛娘で、俺の今後の人生における最大の地雷だという事に。これが魔界神一家との長い付き合いの始まりだと。そして俺のダメ人間ライフの終焉だという事も。

 

 そう、地雷とは見えないところにあるからこそ地雷なのだ。予測不可能回避不可能というやつだったのだ。

 

 ともかく、

 

 その時の事を思い出す度に俺の頭は痛くなってくる。

 

 恥ずかしさと自己嫌悪で。


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