野にその災神あり   作:てんぞー

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参話

 アレは昔、感覚から言えば数百年はそうでもないが、昔の話だ。

 

 魔界では独自文化が発達し、長年住んでいる自分もその魔界の一部によく馴染んでいると言える。長い年月で一番の敵は忘却と飽き、だから常に刺激を満ちた毎日を過ごそうとしている。

 

 だからその日も友人のサリエルと出かけていて―――

 

 

                           ●

 

 

「見ろよサリエル……”無価値文庫”より発売されている”超魔界勇者デビル・ヒーロー”のサイン入り最新刊ゲットだよ。これ、我としちゃあすっごい楽しみなんだけど。特に4395巻から続く真・宇宙勇者決戦編とかついにこの巻で完結らしいからめっちゃ読みかえって楽しみなんだけど……!」

 

「いやいや、禍津日神殿。毎回何で私をこんなイベントに誘うんですか……しかも作者がベリアルではないですか。思いっきり知り合いが書いててビックリですよ自分……というかそれ悪魔なのか勇者なのかどっちなんですか」

 

「はっきりしないところが無価値っぽくていいんじゃないか」

 

 初心者め。

 

 青髪六枚羽の女性、サリエルは魔界に墜ちた堕天使ではあるが、それでも天上にいたころと変わらぬ白い翼をもっているのは人の魂が汚れぬように監視する役目を天上より承っているからだろうか。そんなことは正直どうでもいい。

 

「ルシファーからお前を好きに使えって言われてるからお前、我の奴隷な」

 

「る、ルシファー、おのれぇ―――!」

 

 堕天使には力の差があって、ベリアルとルシファーはその中でも最上位に位置する存在だ。決してサリエルが弱いわけではない。そしてなぜだか堕天使には謎の弱肉強食ルールがある。たぶんこいつら頭が悪い。

 

 基本的に”悪心ある存在”にしか強くなれない存在としてはこうやってコキ使える自分よりも強い存在は嬉しい。気分がいい。使い潰したい。

 

「いやいやいや、凄い嫌な顔してますよ禍津日神殿」

 

「災厄神ですから。ほら、そこは適当な堕天使に雪崩とか」

 

「それピンポイントでこっちを狙っていませんか」

 

 と言っても信仰がなくなって力の大半を保存しなきゃいけない現在、戦闘に使える神力なんてたかが知れている。一度弱りすぎた結果、

 

「雪崩なんて無理だわ」

 

「昔は昔ですね……」

 

 現代人の信仰離れはかなり深刻だ。とはいえ幻想郷という場所が生み出されたおかげでほんの少しずつだが、信仰はまた集まり始めている。神道関係の信仰が強いらしく、神道系列の神としてはそこそこ嬉しい話だ。今更、昔に戻れるわけがないと知っている。

 

 だから外の世界の文化を真似して発展したこの魔界で、そこそこ刺激のある毎日を過ごしている。今日だってそうだ。最新刊を購入したからこれを家に持って帰ってゆっくりと時間を駆けながら何度も何度も読んで、新刊の発売に備えるのだ。

 

 そんな位置になるはずだったのだが、

 

「ままぁ……?」

 

 サイン会の帰り道、苦手な部類の存在を見つけてしまう。

 

 子供だ。

 

 サイン会となっていた会場から家のある住宅街までの間には広い公園がある。

 

 それこそたまに迷子になったらゾンビになって発見されるぐらい広い公園が。

 

 そのど真ん中で、迷子の様子の幼女がいた。見た目五歳前後、親か誰かと一緒に来てはぐれてしまったのだろうか。

 

 まぁ、俺には関係ないけど。

 

 非常ながらも魔界では珍しくない話だ。毎日どこかで誰かが無力で死ぬ。珍しくないどころか面白がられる類の話だ。何より無垢な子供には悪心が存在しない。この時は聖人の様で、非常に苦手だ。悪心の欠片も存在しない相手であればたとえ女子供であろうと指先ひとつで負ける自信がある。

 

 ともかく、

 

「さあ、帰ってさっそく読むぞぉー!」

 

「なんで私は付き合わされているのでしょうか」

 

「こんなイケメェンと一緒なだけで感謝するがいい」

 

「プ」

 

 あ、こいつ中々いい性格してやがる。

 

 そんなことを話しながら幼女の横を通り過ぎようとして、

 

 ガシ。

 

「うがふっ」

 

「あ、禍津日神殿」

 

 顔から地面に衝突する。が、それは昔スサノオに新技の事件されていた経験を生かし受け身を取ってダメージを最小限にとどめる。と言っても、微々たるもので顔は痛い。

 

「……」

 

 首を動かし視線を足の方へ向けると、何やら小さい生物が足を力いっぱい握っているのが解る。確実に今、通り過ぎようとした幼女だ。その手の人間だったら一日中ぺろぺろしていたいような可愛い幼女だ。だが斬えんなら好みのタイプはグラマラスなタイプなのでストライクゾーンから離れている。完全にボールだ。得に関わるつもりもないし、

 

「離せ」

 

 そう言うが幼女は手を離さない。それどころかより強く道士服の裾を握る。我がお気に入りの一張羅にしわを入れるとはこの幼女中々いい覚悟をしているものである。だからもう少し声に威圧感を込め、

 

「離―――」

 

「ままぁ、いないのぉ」

 

 無垢な瞳で見つめてくる幼女は本当に困った様子だ。しかし、この、災厄神、禍津日神は! 悪! 絶対的悪! 信仰なくしたからそれっぽい象徴の存在なのだ! 断じて幼女の涙目に負けるような陳腐な存在ではない! 故にここは、

 

「我が下僕サリエルよ―――」

 

「あ、私は先に戦利品を家に届けていますねー」

 

 六枚の羽根をはばたかせ空へと舞い上がっていた。

 

「裏切り者ォ―――!!!」

 

 飛び去って行くサリエルの背中はとても気持ちよさそうに見えた。

 

「ままぁ……」

 

 依然、涙目攻撃を続けてくる幼女はかなり手ごわい。何より幼女という存在のおかげで力が1%も発揮できないのがヤバイ。振りほどいて立ち上がるだけの力もない状態だ。こんな状況の為に溜め込んだ力を使うのも馬鹿らしいし、本当にどうするか待っていると、

 

「ままがいないのぉ……」

 

 目じりに涙をたまらせた幼女が、

 

 裾を引っ張り前へ一歩進んだ。

 

「っちょ、おま、こっちくんな!」

 

 さすがに幼女を蹴るなんてことは男の矜持が泣くので絶対にしない、それでも泣きそうな顔で少しずつ倒れた体を上り詰めてくる幼女の姿は軽いホラーがある。

 

「ままぁ……」

 

「っひぃ!」

 

 軽いを感じ始めたところで、これはもう受け入れなきゃここで幼女と一緒にゾンビになるまで出れないな、と確信して、

 

「あぁ、もうわかった、わかった。お母さんを探してあげるから上から退いてくれ……」

 

 ただ家に帰って”超魔界勇者デビル・ヒーロー”の最新刊を腐りながら読みたかったのに……。

 

 はぁ、と溜息を吐き出していると、手伝うと言った瞬間に幼女が顔を輝かせてこいつ演技してたんじゃないのかと疑うほどの笑みを浮かべる。そのまま、

 

「ありがと―――!」

 

「う、うわぁぁぁ!」

 

 そのまま高速で体を上りあがり、首に抱きついてくる。

 

「ぎ、ギブ、ギブ、ギブ! 頼むから降りてくれぇー!」

 

「おにいちゃんありがとぉー!」

 

 やっぱり子供は苦手だ。


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