野にその災神あり   作:てんぞー

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弐話

 魔界。

 

 それはまた幻想郷とは位相が異なる空間に存在する世界である。幻想郷が全てを受け入れると銘打っているように、魔界もまた幻想郷という楽園の一部として取り込まれている。ただ幻想郷が守護者をもって一定のルールを守らなくてはならない場所であるのに対して、

 

 魔界という世界は一切のルールを持たない。

 

 神綺。

 

 魔聖母、魔界の母、魔界神。

 

 様々な名を持つ彼女こそがこの魔界の王であり絶対の支配者。誰も彼女へと抗おうとしないし、和を乱すつもりもない。魔界は混沌としながらも、たまに神綺の言葉によってなだめられる、比較的平和な場所である。

 

 混沌としているが。

 

 混沌としているが。

 

 そう、混沌としているが。

 

 比較的平和なのだ。

 

「おはようございまぁ―――すだ、コォーン!」

 

 朝、家の前の道路を土下座したまま滑って行く姿がある。地面から数センチ浮かび上がって青いオーラをまき散らしながら進む姿はどこからどう評価しても変態以外の何でもないが、その姿に続いてまた数人少し弱めのオーラをまき散らしながら爆走する集団を交えて何時もの朝の風景だ。

 

「稲荷神は今朝も元気だなあ」

 

 商業神が土下座したままどこかへと走って行く姿は早朝のランニング的扱いだと既にご近所から理解されている。高天原からの流浪組が何割か魔界へ来ているが、

 

 ……皆、逞しいなあ……。

 

 素直にそう思う。高天原が来たときはガチで世界の終焉っぽいリアクションして遊んでいたもので、終わった後で今度こそヤバイって気づいたころにはマジの絶望コンボでネタを挟む余裕もなくなったが、高天原と同じ光景が見れる辺り十分平和なのだろう。多分そのうちチョーシぶっこきすぎてまた痛い目にあうかもしれないが、その時はその時で滅びるのが神々の運命だ。

 

「おはようございまーす」

 

 何かが飛びながら家のポストへと向かってものを入れてくる。此方に挨拶をしながら、紙の束を投げてくるのでキャッチする。

 

「おはようベルやん」

 

「おっはーマガっち」

 

「ベルやん今日も新聞配達?」

 

「うん。今月ピンチだからバイトを少しねー……」

 

「そっかぁ……」

 

 蠅の王が分身して新聞配達何て光景見れるのもこの魔界ぐらいだろう。ともあれ、日常風景なので頭から今見た光景を完全にカットアウトして、新聞を持って家の中に戻って行く。西洋式に発展した魔界の建築物は確実に西洋宗教から逃げ出してきた悪魔や魔王達の知識に大いに影響されている。外の世界は神聖四文字がノストラダムスの予言した恐怖の大王を粉砕したので二千年を過ぎていると聞いた。最新式の建築物は無理だろうが、最低でも三十年ほど前までの建築技術は出来上がっていると思う。

 

 まぁ、魔法を使って固定しているのでもはや技術も糞もない世界なのだが。

 

 扉を開けて入ってきたところで、

 

「おはよ―――!」

 

「オウフ!」

 

 腹に軽い衝撃を受けて軽く仰け反るが、踏みとどまって原の中に飛び込んで小さな姿を確認する。

 

「おはようアリス」

 

「お兄ちゃんおはよう! 早く行こっ!」

 

「あぁ、ちょっと待ってくれほら、ここに新聞があってさ」

 

「えい」

 

「あ」

 

 手の中の新聞をアリスが軽く奪うと、魔力を新聞に通し、それを片手で投擲した。魔力の込められた新聞が高速で自分の家の窓を突き破り、逆側の壁を貫通してどっかへ飛んでゆく。

 

「ま、マイホームが……!」

 

 知り合いをコキ使ってほぼタダ同然で作ったマイホームに穴が開いた。

 

「行くよー!」

 

 悪心の存在しないアリスにはどう足掻いても抵抗することはない。だから、アリス、そしてアリスの親である神綺の親子はどう足掻いても勝てない。悪意の欠片も存在しない存在には無理だ。

 

 そんなわけで、

 

 強引に引っ張るアリスに逆らう事は出来ず、さわやかな魔界の朝は幼女に引っ張り去られることで終わりを告げた。

 

「もっと悪心のある人たちと居たいよぉ……」

 

「ママ達が待ってるよ!」

 

 ズルズルズルズル。

 

 

                           ●

 

 

「はい、どうぞ」

 

 渡されたグラスの中には牛乳が注がれている。それをおそらくこの魔界でも一番人気の人物、神綺から受け取る。

 

「お兄ちゃん食べないの?」

 

「いや、それは食べるけど……」

 

 それはタダで貰えるものは貰う主義なのでそれは食べる。何よりメイドの目線が呪い殺すようで怖い。ナイフとフォークでイングリッシュ風の朝食に手を出しながら改めて周りを見る。明るいダイニングだ。ここも魔界全体と同じで西洋の建築様式を取り入れたスタイルだ。朝食の様に英国文化が強く出ているが、それにこだわっていいるわけではなく、所々謎の文字や絵が見える。魔界文化だ。

 

 兄弟で高天原にヒッキーしてたけど、自分はかなり人の生活に近い神だと思っている。何時も人の心の中にいたし。ある程度人間の文化は把握しているし、その成長を見てきた。だからそれを考慮して、魔界の文化を見て思う。

 

 なんなんだこれ……。

 

 人間が見たら確実にSAN値チェックを要求しそうなものがごろごろしてる。少し耐性を持っているものでも白目になって痙攣しながらブレイクダンスを踊りだしそうな勢いだ。というか朝の光景だけでその辺は十分だろう。この世界の進化はいったいどんな方向へと向かっているのだろうと悩むが。とりあえず、初心者にはオススメできない世界だよな、と納得したところで、

 

「お兄ちゃん?」

 

「あ、はいはい」

 

 アリスが悲しそうな顔をするので再び手を動かす。此方が食べるのを確認すると嬉しそうにし、

 

「今日も遊ぼうよお兄ちゃん」

 

「えー」

 

「遊んでくれないの……?」

 

 後ろで刃物が抜かれる音がする。

 

「いやいや、禍津日神ともあろう者がアリスちゃんを放置するわけなかろう!?」

 

 今の発言は自分でも結構狂ってると思った。でも基本的に悪心の存在しない人間なんて苦手だし、この小さな少女はこの姿でありながら既に数百歳なのだ。そう、数百年間このペースで振り回されているのだ。それはもう勘弁して欲しい。ついでに言えば、

 

「あら、マガさん、トーストのおかわりは……」

 

「いえ、あの、結構ですよ? 神綺様」

 

 これだ。たぶん人妻属性。いや、結婚もしてないらしいしそこらへんは属性怪しいが、この魔界神もまた全く悪心の存在しない稀有な存在だ。流石に背後で監視しているメイドは悪心が存在するが、情人と比べて圧倒的に少ない。なんというか、この母あってこの娘というか、この親子を見ているどうしても四文字とかイエスとかを思い出して駄目だ。苦手でしょうがない。そう考えるとルシファーやアザゼル達はすっごい落ち着く。悪心とか欲望とか否定しない辺りが。だからどこからどう見ても悪人で、悪神で、汚れ役な自分がここにいること自体が奇跡で場違いでしょうもない事態なのだが……。

 

「お兄ちゃん! 話を聞いてるの?」

 

「あぁ、ごめんごめん」

 

 何でこんなのになつかれたんだ。

 

 もはや慣れた事だが、この少女には何故か酷くなつかれている。

 

 出会いは何時だったか……そう、数百年と少し前の話だ。魔界へと移住して優雅な独身ライフを経験していたあの頃の話だ―――


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