野にその災神あり   作:てんぞー

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壱話

 高天原にその災神あり。

 

 人には悪意があり、善意がある。そのバランスが人の心を生み出し安定させる。人という生き物は善意だけでも悪意だけでも生きられない。故に悪心を与える穢れは必要だった。だからといって理解されるわけではない。

 

 人という生き物は今を懸命に生きる。それは多くの神々に愛され、そして応援される事だ。だが、必ずもそれが全て報われるわけではない。なぜなら悪意が存在するから。人がどんなに頑張っても報われないのはそれが存在するから。アイツが存在するから、アイツが生まれたから、

 

 ―――そう思われ続けて来た存在がいる。

 

 禍津日神。

 

 災厄の神にして人の悪を司ると言われる神だ。

 

 神産みの際に黄泉から帰ったイザナギが禊ぎを行い、黄泉の穢れを祓った時に生まれたのが二柱の災厄の神である八十禍津日神(やそまがつひのかみ)と大禍津日神(おほまがつひのかみ)。その存在自体が災厄として認識され、あらゆる人の不幸、報われない事は全てこの神とされていた。

 

 だが二柱の禍津日神はそれを受け入れた。

 

 それがイザナギから生まれた意味で、それが生涯を通しての役割りだと生まれた瞬間から悟りきっていたからだ。既に悟っていたため、禍津日神に憎しみも恨みもそう言ったものは存在しない。純粋に災厄、そして悪を象徴する神格として存在していた。

 

 ただそれだけ。

 

 だが、それも永遠には続かない。

 

 長い時を経て、人は学習する。

 

 最初は神を信じ信仰していた世界でも、時を経るのと共に科学が復旧し、人の中から信仰心が消える。高天原の神々の多くはその力を失い、雲隠れしざるを得なくなる。それは何も人の生活を助けてきた善神だけではなく、禍津日神の様な悪意を象徴する神にも影響がある。人の悪意が時代の進歩と共に増えはしたが、それは禍津日神によるものではなく、純粋に人の中に悪心が芽生えた結果だった。

 

 本来は人の心の中に禍津日神の分霊が存在し、人を悪へ導くべきなのだが、

 

 科学の普及により悪心すら科学によって駆逐されていった。

 

 多くの神々が力を失う様に、禍津日神の兄弟もその力を失い始める。分霊を通し、人の悪意を生み出す事によって現れた絶大な力も年々減少するようになり、

 

 他の神々と同じ、力を残し生き残るために雲隠れせざるを得なかった。

 

 ただ、その力の大部分を人間に依存していた禍津日神の消耗は凄まじく、もはや動く事すらままならなかった。災厄と呼ばれ、蔑まれていた神はだれよりも人に依存し、現世に残っていたのだ。

 

 その結果、二柱、兄弟であった男神は一柱になって、力を結合することで乗り越えた。

 

 完全な災厄の神となった禍津日神は再びある程度の力を取り戻した。それは大昔、人が信仰心をもって神を目にしていたころと比べれば微々たるものだろう。だが、それでも現代の神としては十分すぎる力を持っていた。

 

 それでも、

 

 禍津日神は―――。

 

 

                           ●

 

 

「―――そうやって、天上の神々は高天原から降りてきました。信仰をなくした神々には高天原でいい空気吸いながらパジャマパーティーする余裕がなくなったのです。アメノウズメのポールダンスもなくなってしまった高天原は意気消沈し、地球の海にフリーフォールしたわけです。ですがスサノオは先にヒャッハーしすぎた結果全裸でハゲの刑に処されてハニワとお友達になる様に命令されて地上に捨てられていたので、高天原のバブル崩壊を味わずに済みました」

 

「ねえねえ」

 

 部屋にいる。

 

 ベッドの上に座る姿の膝の上に乗る様にする姿がある。

 

 部屋自体はそう広くなく。子供部屋と納得できる程度の広さになっている。子供サイズのベッドの上に座っているのは男だ。年齢は掴み辛い雰囲気を持っている。見た目からして約二十前後だろうが、男の持つ老成した雰囲気がそれを惑わす。燃えるような赤い髪を長くのばし、頭の横から前へと向けて曲がる二本の角を伸ばす、少々悪魔染みた姿を持つ男だった。服装は道士服なのだが、古めかしいものではなく若干近代風にアレンジされたものだった。膝に乗せる少女は年齢で言えば十にも満たないように見える。青いスカートに白のブラウス姿、切りそろえられた金髪を飾る青いリボンを付けた可愛らしい少女は男の膝の上で足を軽く振りながら、目の前で広げられている絵本を見ている。

 

 その中には嫌にリアルな空中都市で逃げ惑う嫌にリアルな神々たちが悲鳴を上げながら海へと落ちていく様子が描かれている。無駄に力が入りすぎて明らかに子供向けではない表現がいくらか含まれているが、少女は気にすることはない。

 

「なんで神様達は力を失っちゃったの?」

 

 少女の疑問に男が片手の指を持ち上げて答える。

 

「それはね、神々のほとんどがちょっとチョーシぶっこきすぎて”人間ってクソ弱いから俺たちが守らなきゃ何もできないはずプゲラ”とか科学は発達してきても言い続けてた結果、今の結果になっちゃったんだよ」

 

「じゃあ神道の神って結構バカなんだね!」

 

「グフゥ」

 

 少女の笑顔の言葉が突き刺さるが、男は気にしない様にする。

 

「いやいや、一部のアホが―――」

 

「調子に乗ってヒャッハーしたり、通り過ぎただけで孕ませたり、果てには無機物の子供産んだり極東ってすっごい未来にいきてたんだね!」

 

「グホォ」

 

 口から吐きそうになる血を堪え、それを飲み下しながら手を挙げたところで、

 

「神道ってアバウトすぎるよね。経典とかないし。そう言って滅んだのなら自業自得だよね! 神道なしでも現代日本人って生きてるし!」

 

 赤髪の男が白目をむき始める。普通に言われれば特に問題ないだろうが、無垢な少女に言われたのがダメージがデカすぎた。ノックアウト寸前のところで、

 

 コンコンと、軽い音が鳴る。

 

「失礼します」

 

 頭を一度下げて入ってくるのはオレンジ色のメイド服姿の女性で、

 

「アリス様、おやつの準備ができましたよ」

 

「はぁーい! またね、お兄ちゃん!」

 

 膝から飛び降りたアリスと呼ばれた少女が勢いよく相手扉を通り、廊下を駆け抜けて行く。廊下から入ってきたメイド服が赤髪の男に顔を向ける。

 

「禍津日神様も、お茶の準備ができていますので、どうぞ」

 

「最近の幼女は……辛いよ」

 

 そう告げると口の端から血を流し始める。その瞬間に部屋の中を覗き込んできた人物がいる。青髪、白い翼をもった存在だ。

 

「おや、禍津日神殿、お茶の準備ができているから……禍津日神殿ォ―――!!」

 

「あ、倒られました」

 

「いやいや、見てないだけで助けましょうよ夢子殿、あ、ちょ、禍津日神殿! 口! 口から血が吐いてます! 禍津日神殿ォ―――!」

 

「神道……アバウト……なんだって……」

 

「神綺様にはお茶に遅れると申しておきます」

 

「夢子殿冷静ですな!?」

 

 ―――高天原がなくなり、神々が様々な場所に散っても、禍津日神は今日も元気です。


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