皆さんは、しっかり注意しましょう。
「…………クリア」
「迷ってる暇はないわ。さっさと進む」
広々とした空間…とはいいがたい。
中は蒸し暑く、埃や砂が舞い、ゴーグルがあればつけていたい。
明季たちは今、元豪華客船の中にいる。
オスの大量発生地帯の目印の1つとなっている謎の船。
もっと設備があれば、管理体制が整っていればそれが何なのか、もともとどこを航海していたものなのか分かるはずなのだが、人々にそんな余裕はない。
「この建物って水の上に浮かべるのよね…信じられない」
「嬉々、建物じゃなくて乗り物。あと浮かぶって言ってもこの船を水にただ浮かべたって今じゃ沈没するだけよ」
「船ってなーに?」
抜けたこの雰囲気に明季はため息をつく。
これでも敵が現れれば変わってくれるのは知っているから文句はないのだが力が抜けるというか何とか…。
そもそもさっき、ヘリに乗っていたときはあんなにも緊張していた雰囲気だったのにこの変わりようは何だろうか。
「隊長、こっちもめぼしいものはありませんでしたわ」
「…なら次に移動よ。こうも広いと捜索するのも一苦労ね…」
まだ3分の1も捜索していないのかと、たまたま見つけた大まかな地図を見て頭を悩ます明季。
正直明季もこんなところに正影がとらわれているのかと疑問に思っている。
一見見た感じ、ただの廃墟と何ら変わりなくとても人が住めるような環境ではない。
ただ、この場所を捨てきれない理由もある。
なぜ、この船だけオスは手を出していなのか。
オスは基本肉食だ。
というより雑食だ。
確かに好んで建物を食べるという話は聞いたことないが見たところこの船はオスに指一本触れられていないように感じる。
大量発生地帯にあったにもかかわらず、壊されないというのは話ができすぎているような気がしないでもない。
何か、オスを寄せ付けないようなバリア的なものでも張っているのではないだろうか?
「隊長、その…本当にここにいるのでしょうか?」
耐え切れなくなった恭二が疑問を投げかける。
「司令からの指示だ。間違いないはず」
「ですが、船の中には生物一匹見当たらないどころか地面や壁、すべてが砂に覆われている始末。人が長年立ちいってないのは明らかです」
「………別れて探す。多少危険は承知だが時間が惜しいのも事実」
恭二の話を珍しく無視して指示を出す明季。
恭二もその行動に驚いたが肩を落としてそれで終わる。
「嬉々は鈴と。美嘉は穂香と、恭二は私ときなさい」
「え、穂香ちゃんと?」
「何か問題でも?」
「いいえ!オールグリーンであります、隊長!」
「??そう?」
美嘉が穂香を異常に気に入っているのは知っているが、明季はそれでも気にするほどではないだろうと捉えている。
「私と恭二はこのまま1階、鈴たちは2階、美嘉たちは3階をお願い」
「地図がないんですが…?」
「ほしければあげるけどこれあっても意味ないと思うぞ?」
明季のところどころ戻りつつある口調に戸惑いながらも嬉々は地図を受け取る。
しかし、内容は明季の言う通りあってもなくても意味ない物。
個室一つ一つのことは書かれてなく、「ここら辺に◯がありまっせ」くらいにしか見ることができない。
誰かが手書きでサラサラと書いたもののようだが大雑把にもほどがある。
初めての人がこれを渡されても、船のことを知るのは困難を極めるだろう。
それ以前に、古い紙はすでに風化しはじめておりところどころ消えているところもある。
いったい何の目的で書いたのだろうか。
だが、地図には変わりないからと嬉々は持っておくことにした。
「嬉々さん、早く2階へ行きますわよ」
「あ、はい!」
鈴の呼びかけに嬉々が答え、あとをついていく。
穂香を美嘉に預けるのは後ろ髪を引かれるようで不安になる。
美嘉はそれに気づいたのかいい笑顔を見せながら、別れ際に親指を立てた。
―――――――――――――――――――――――――
「…………」
ただ時だけが過ぎていく。
正影は暇を持て余していた。
未だに寝かせられたまま、動きは一切ない。
薬物か?解剖か?と身構えていたものの、拍子抜けというかなんというか…。
別に正影はそういうことをされたいわけではない。
だが、これではあまりに暇なのだ。
未だに本調子ではないものの、ただ歩くだけなら支障は出ないだろうし戦うことだってできそうである。
腕に力を入れてみる。
つながれているため、動かしずらいのは確かだが障害は壊せばいい。
刀を出現させるとやすりでも使うかのように慎重に削り始める。
手の向きの関係で長い時間やっていると痛くなりそうだが、流石にここで待つのも飽きた。
カメラが設置されているのは当り前。
誰か来てくれれば逆に楽かもしれないという希望をもって作業を続ける。
しかし、3分ほどで片手のつなぎが切れ後の部分は簡単に外せてしまった。
(……流石になにか動きがないと不気味だな)
扉の前に来るとスイッチらしきものに手を添える。
プシュッ、と音を立て扉が開いた。
予想外だったのは出てすぐ、門番らしき2人が立っていたことだ。
突然出てきた正影に目を大きく見開く。
慌てて銃を構えようとするが正影のほうが動きが速かった。
1人の頭を刀の柄で殴り気絶させる。
残ったもう一人は慌てていたのか、味方を近くに置きながらも射撃を始めた。
慌てた正影は気絶させた人を盾に射撃を防ぐと、それを相手に向かって投げつける。
人が全体重をかけるというのは体格差がない限りとても危険な行為だ。
それもただ倒れかかるだけではなく、投げつけるという行幸も含まれている。
強い衝撃が敵を戦闘不能にさせるには十分だった。
(逃がす気はなかった、ならなぜ…?)
伸びている敵の服を探る。
何かめぼしいものはあるかと見てみたがカードキーぐらいだった。
随分と進んでいる施設内にいるんだなと頭をかく。
一応のためとアサルトライフルを手に取り調子を確認する。
使い方は問題ない。
銃声を鳴らした以上、ここにあまり長居することはできない。
正影は通路を進み始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「嬉々さん、あにかありましたか?」
「…いえ、これといったものはなにも」
鈴と嬉々が船の中をくまなく探し回っている。
一応、役割を分担したとはいえそれでも広いことに変わりはない。
「あら…この扉」
「?」
「錆びてますわね、力ずくでいけば壊せないこともなさそうですけど…」
「なら壊してしまえばいいじゃないですか」
鈴が扉の前からどき、嬉々にそれを見せる。
扉には小さな窓がついていた。
中の様子をうかがうことができる。
中、というより外の様子だ。
外の風が少し強いのか、砂が吹き荒れあまり外に出たいとは思わない。
「船首甲板…ってやつでしょうか?」
「ですわね。せっかく内部があるのに外に何か置くとは私には思えないですわ。それに…」
「でも、なにか箱みたいなものがいくつか見当たりますよ?」
嬉々が指したのはコンテナのことだ。
吹きさらしの砂を浴び続けたせいか、ところどころこちらもガタが来ているのがうかがえる。
「…行くしかないですわね」
ため息をつくと、鈴は布を口の周りにまき槍を構える。
「…………ふっ!」
鈴はその刃先を扉に向かって叩き付ける。
ベコンと何かがへこむような音と一緒に扉が外れ、砂が室内まで入ってきた。
鈴は美嘉に右を探すよう、ジェスチャーで指示をする。
吹き荒れる砂のなか、目を開けるのはつらい。
もしものためにと暗視スコープは持ってきていたが、ただのゴーグルはない。
風向きを考え、コンテナを盾にしながら広い甲板を歩き回る。
「……?」
コンテナの入り口を見つけた嬉々。
中を覗いてみるがそこには何にもない。
錆びた鉄のようなにおいが籠っていて、長い間その場にとどまるのははばかられた。
3分ほど探したところでふと思うことがあった。
「鈴さん、1ついいですか?」
「?」
たまたま視界に入った鈴に話しかける。
「この船?ってもともと娯楽のための施設なんですよね?」
「そのはずですわ。最も、私も見るの初めてですが」
「ならなんでしょうね、この箱の意味は?」
「箱の意味…?」
「1階には確かにビリヤードや、数字が書かれた板だったりゲームらしきものはありました。その点を見れば娯楽かもしれないですが、こんな箱じゃなくてこの場所にも娯楽の施設を置くこと位できると思うんです」
「………」
言われてみればと考え込む鈴。
この場所(甲板)もかなりの広さがある。
娯楽のために集められた人は、外を味わえるこのスペースに障害物を並べられて嫌な気分にはならないだろうか?
しかし、その時代をほとんど知らない鈴にとってそれ以上考えるには無理があった。
「一応頭の隅には置いておきますわ。今は目の前のことに集中してくださいな」
「はい…」
再びコンテナの調査を始めたが、どれも同じ。
中にあるのは錆びた臭いと砂。
「………」
地面にびっしりと張られた砂をおもむろに払う。
どかした砂の下から出てきたのはまたコンテナだった。
「…?」
嬉々はふと疑問を持った。
この下のスペースに空きがあっただろうか。
この真下は確か大きな広間になっていて、凹凸のある空間が広がっていた。
カウンターや人が寝っ転がるためにあるようないくつもの椅子。
そしてどこにつながっているのかはわからないが網で仕切られた通気口のようなもの。
それらもろもろが場所を取っているはずなのだ。
地図もらっていたのを思い出し、それを開く。
少し破れてしまったが見たい部分はしっかり残っている。
「………あれ?」
大雑把で消えかけているインクで書かれた船内図。
そこに書かれた船内図にはあるはずの部屋がなかった。
さっきの広大な遊技場。
あれだけのものにもかかわらず、船内図には何も記されていない。
書き忘れとは考えにくい大きさの部屋である以上、嬉々の疑問が膨らむばかりだった。
そこでもう一つ思うことがあった。
今入っている箱が下にある。
ならその箱の中にはなにか入っているのだろうか。
この箱の床かと思ったが違う。
割れ目から確かに下にも同じものが見えるのだ。
割れ目に手を入れ、力いっぱい…引く必要はなかった。
ある程度下のが見えるようになると刀を抜く。
新品とまではいかないがやけに綺麗に見えるのは気のせいだろうか。
今度は力いっぱい刀を突きさす。
少しずつ、刀を動かしのこぎりの要領で切り始めた。
「…?」
中に何か見える。
確かに物が入っている。
袋だろうか?
何か物が見えるとそれが何なのか早く知りたくなる。
嬉々は力いっぱい刀を引き、壁をはがそうとする。
しかし、それがまずかった。
いくら綺麗とはいえ、いつから放置されてたかわからないもの。
いともたやすく刀が通り、余計に切りすぎてしまった。
ベコンッ、と何かがへこむような音がしたかと思うと嬉々の体が傾く。
無駄に切りすぎたせいで嬉々の体重を支えられなくなったのだ。
「嘘で…しょ!?」
そのまま下のコンテナの中に落ちる。
何か袋が山積みなっているため、その上に落ちて終わりなはずだった。
白い砂煙が上がり、嬉々の周りを舞う。
「何よこ―――」
再び嬉々の体が傾く。
?を浮かべていると今度は袋と一緒にさらに下へと落とされていく。
鈴が、嬉々の異変に気付いたのはそれから2分ほどしたあとだった。