だが、そういう時に限ってここまで足が運ばない。
静かな朝方。
日が昇り始めたその時間は肌寒い空気が漂っていた。
本来、アルツェ内なら肌寒いなんて感じることもなかっただろう。
外での活動に少しの違和感と大きな爽快感を持ちながら明季は指示を出す。
「…違う、それは1~3に置け。それはそのままだ」
肌寒いこの空気も悪くないと明季の気分はいつもより高ぶっていた。
しかし、冷静ではあった。
恭二と鈴、それに藍と梓。
その他2人という少数での荷物の積み込みとなっている。
藍と梓の顔はいまだに暗いが梓は重傷だった。
藍は「いつまでも泣いてられない」と強い一面を見せたが、梓は目がどこか遠くを見ていた。
2人はもしもの時、ヘリからの援護射撃のみで乗り込むことはない。
その他は戦闘員ではなく、今だけ荷物を運んでいるにすぎない一般人。
それですらごく少数なのだ。
「隊長、今回は俺たちだけなのでしょうか?」
「もう1人いるわ」
時計を確認して、もう来るんじゃないかしらと呟く。
何かを引きずるような音がした。
それなりのスピード。
音のする方を振り向いた恭二の視界には美嘉が映っていた。
彼女特有の大きな斧は地面に引きずられ地面に線を残している。
明季の元に来るとバツが悪そうに縮こまる。
「…もしかして、集合時間間違えてましたか?」
「いえ、私たちがちょっと早く来てただけよ」
「ちょっと…」
美嘉の頭の中では荷物の運搬はプロトがするものではない。
だが現状を見る限りしているのだろう。
そういうことならもっと早く呼んでほしかったと反論したいところだが、その言葉は飲み込むことにした。
美嘉も急いで手伝おうかと思ったが荷物は残り少ない。
もともと遠出とはいえ泊まってくるつもりはない。
ヘリの中では藍と梓が作業をしている。
美嘉は藍と梓の元に近寄った。
藍はそれに気づき笑顔を見せた。
「美嘉も行くの?」
「ええ、私としてもあの人には生きていてもらわないと困るしね」
「死んでもメリットありそうだけど?」
「許可ももらわず死なれたら一生視線を感じそうで」
「ごめん、私には分からない」
美嘉は横目で梓を見る。
おとなしいほうだとは思っていたがすっかり無口になってしまった。
「梓は…まだ?」
「ええ。ショックが大きすぎるみたいで」
「……心配ね」
「大丈夫、梓ならきっと…」
これ以上この話題に触れても得はないと思い美嘉はあたりを見渡す。
話題を探したのだが見張るべき点があった。
それは………
「ねぇ、このヘリ内装広くない?」
「なにが?」
「乗ろうと思えば20人くらい乗れそうなくらい大きいんだけど」
ヘリの両端に長椅子が用意されている。
それぞれ10人ずつぐらいなら余裕をもって座ることができるぐらいのスペースがある。
単純な構造だがその分、ヘリは大型になっている。
もう一回り位小さいのもあるはずなのに。
「さっきまでは私も分からなかったんだけど今分かったわ」
「?」
「分かってるくせに」
藍は荷物の運搬が終了したのか明季を呼ぶ。
少しの会話の後、全員はヘリに乗り込んだ。
ヘリの羽が回り始め、周りに風が吹き荒れる。
入口近くで美嘉は立ち、中に入ろうとしない。
「美嘉、どうした。早く乗れ」
「あの…あと少し待ってもらえませんか?」
「…………………何を言ってる?」
羽の音で美嘉の耳にはよく届かなかったが、口だけで明季の言葉が理解できる。
威圧のある静かな言葉に足がヘリの中に向きそうになるが必死にとどまる。
美嘉としてはこれ耐えられたら、怖いものなんてないんじゃないかと思えるレベル。
余談だが、美嘉は幽霊は会えるものなら会いたいと思っているので彼女が怖いと思うものは、権力を持っている人間ぐらいだ。
「私は貴方に権利は上げたつもりだけどそれは義務ではない。行くのが嫌になったのなら―――」
「違います!そうじゃなくて…、その…」
「―――ませーん!」
近くの明季の声はあまりよく聞こえなかったのに確かに美嘉の耳にその声は届いた。
美嘉の見据えるその先には2人。
女性と少女が走っていた。
――――――――――――――――――――――――――――
ヘリが飛び去って行く。
それを少し離れたところで眺めていた蓮。
本来ならこんな時間に起きていることはおろか、ヘリが飛び立つことすら知らない。
だが、嬉々は口が少しだけ軽かった。
暗い面影を残していた嬉々が、突然元に戻っていた。
訳を聞くと詳しいことは言ってくれなかったが、何をするのかはなんとなくわかった。
ただ、自棄になっていた場合を考えて少しの間嬉々を張っていたのだ。
結局自棄になったわけではなく、手が見つかったんだなと胸をなでおろすにとどまった。
「大丈夫だよぉ、まだチャンスはあるしぃ」
肩に手を置かれ慰めの言葉をかけられる。
心愛と太郎がいつの間にか後ろに立っていた。
「なんだよ、ストーカーか?」
「それは、ツッコミ待ちととらえていいのかい?」
いわれてみればこれでは自分もストーカーだなと蓮は何も言い返せなくなった。
「で、チャンスってどういう意味だ?」
「女性は押しに弱いからぁ、まだまだこれからって意味」
「俺はフラれたことになってるのか。あといつ俺が嬉々を好きだといったんだよ?」
「見ていれば分かるさ。顔にも行動にも嬉々に対するラブが出ているからね」
「……なわけあるか」
「それに僕のような選ばれ―――」
ああ、そういえばこういう性格だったなと久しぶりに聞いて思い出した。
「まぁ、そういうことだから諦めずに頑張ってねぇ」
「…とりあえずお前らの気持ちだけは受け取っとく」
蓮は再びヘリを見る。
すでに遠くまで行ってしまい、豆粒ほどの大きさにしか見えない。
どこに向かうかは知らない。
できれば一緒に行きたかったという気持ちもあるが、そこは嬉々の判断にゆだねた。
それに目的は正影の奪還。
そういう作戦があるらしいことは少し耳にしていたが人数は少ない状態でいくとも聞いていた。
嬉々が入れたこと自体奇跡としか言いようがない。
誰かが手を貸してくれたのだろうが、それは蓮の知るところではなかった。
足を動かし、その場を離れる。
「もういいの?」
「今日もまた仕事があるしな。あんまりダラダラしてると遅れちまう」
「まだ早いと思うけどぉ?」
「やることがやることだからな。オスをぶっ潰すだけならギリギリまで寝ているよ」
「…それもそうだねぇ」
肩を落とす心愛。
弁舌をしていた太郎もこれには口を閉ざした。
命を張らなくてもいい仕事とはいえ、これは精神的に来るものがある。
「じゃあな、心愛はまた後で。太郎は頑張れよ」
蓮はとくに手を振ることもなく2人に別れを告げた。
そうやって後ろ振り向いた時、遠くに何かが動くような影があった。
確認できるところから見て人であるのは間違いないだろうがそれしかわからない。
(黙ってられないのは自分たちだけじゃないのか…)
そう思い、それについて考えることは特になかった。
―――――――――――――――――――――――――――
腹に響く羽の音。
はじめこそ嫌であったが今ではすでに慣れ、眠くなる者も少なくはない。
むしろ彼らにとって車のほうが乗る機会が少なく、嫌な緊張が走ってしまう。
美嘉の隣で穂香が寝ている。
子供だったからか適応能力が高く、ヘリの高さにもすっかり慣れた。
美嘉は高鳴る気持ちを周りに悟られぬよう平然を装っている。
(……思わぬ収穫ね)
正影を助けに行くのだからこれくらい許されるだろうと、正影は見ていないのだから別にいいだろうと言い聞かせ頭をなでる。
ただ、美嘉の隣で嬉々は確かにその感情の変化に気づいていた。
ただ今回のことがあるので目をつむろうと思う。
別に正影に告げようが告げまいが結果は同じだろうと思っている。
明季はただ黙って時を待っている。
人とやりあわなくてもいいということをただ祈っている。
嬉々のことは特に気にしていない。
恭二にはらしくないと言われたが理由を答えることはできなかった。
恭二は明季と同じだった。
人との戦闘に躊躇いはあるものの、聞いていた話が本当ならば仕掛けてきたのは相手だ。
さらにそれが任務となれば、やることは変わらないか。と踏ん切りをつけている。
ただ、メンバーに一番懸念を示しているのは彼だった。
鈴、嬉々、穂香。
突入メンバーの半数以上が危険分子である。
人数が少ないことも少し心配ではあったが、これでは逆にいないほうがましだった。なんてことにならないことを祈るばかりだ。
鈴はポッケに手を突っ込んでいる。
中には少し小さめの手榴弾が入っていた。
中身はからでピンを外しても爆発することはない。
表に出して大事に持つことなど周りの目が気になってとてもできない。
仇討ち、今回はそれが目的でもある。
勿論任務の上で来ているため、正影の安否の確認が最優先。
だが、もしも相手が見つかった時は……
梓と藍は2人、身を寄せ合っている。
残った1つのアルマ。
今は藍が使っている。
もともと3人のアルマは同じものであり、3人のうち誰が使ってもフィットする。
だから梓はヘリに取り付けた量産型の機関銃を使用。
技量からすれば問題ないだろうが精神的な面に心配が残る。
『明季さん、聞こえますか?』
耳元の通信機から声がする。
「ああ、問題ない」
『通信環境に今は異常が見られません。ですが目的地到着後はどうなるかわかりません、明季さんの判断に委ねられるのでお願いします』
「……分かっている」
『予定通りなら目的地まであと5分切っています。準備、お願いします』
その言葉がを最後にブツっと分かりやすく回線が切れた音がした。
妨害があったわけではない。
だが、こうやって分かりやすい音がするのも珍しいものだった。
「目的地到着まで5分切った。それぞれ準備をしろ」
「「「はい」」」
明季のその声に反応したのか、穂香が目をこすりながら起き上がる。
その様子からはとても殺し合いに行くとは思えない。
美嘉が名残惜しそうに少し手を伸ばしたが視線を感じたのでやめた。
『嬉々さん、聞こえますか?』
アルマを強く握りしめていた嬉々の耳に声が入る。
「しっかり聞こえてるわ、リム」
『作戦に参加するとは驚きましたが、大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃなきゃここにいないわよ」
『ならよかった。お得意様の正影さんをお願いしますね』
「言われなくても。正兄は必ず…!」
4月…、もうそんな季節ですか。
まだたまに肌寒い季節でありますが故、こたつはしまってないです。
ただ、こたつの中にいると瞼が…重く………。