人間ってどうして風邪ひくんでしょう…。
「…………ねぇ、鈴」
「なんですの?」
「正影ってルックスはいいわよね?」
「否定はしませんわ」
「でもさぁ、……寝てる時もどこかかっこよさを感じさせるってずるいと思うんだけど」
寝てる正影のすぐ近くでお気楽に話をする2人。
明季たちはおそらく大変な思いをしてるんだろうなぁとはわかっていながらも何もできないので正直暇だ。
周りでは未だに鎮火されていない建物が存在するが自分たちのところまで被害が及ぶにはまだ時間が必要。
入り込んだオゥステムの排除でもしようかと思ったのだが、ここで
このアルツェ内のプロトの中では最年長であり、家族もいる珍しい人。
休暇をもらっており、家族と過ごしていたところひどい目に遭ったらしい。
敵は大きくても10m級まで行かないレベルのものばかり。
加勢の必要はなく、正影のそばを離れられない2人にとってはありがたい話だったはずなのだが暇だ。
「別に、紳士淑女たる者、寝ている間も見られてもいい格好をする。常識ですわ」
勿論視界に入るのは無機物の被害だけではない。
建物の下敷きになった家族を必死で助け出そうしているであろう人影が見える。
親とはぐれたのか、ただ泣きじゃくっているであろう子供の姿が見える。
どこかけがをしたのか、動けずに助けを求めているであろう人が見える。
だが、離れていた。
自分たちがいる場所からはおよそ50m.
近くに建物がないのはそういう場所を選んで降りたから。
「寝てる間まで気を使うとかありえないわよ。それに正影がそんな人に見える?」
しかし、視界に入ったって助けにはいかない。
彼女たちの今の任務は正影を守ること。
弱り切った正影はおそらくただのオゥステムに襲われてもひとたまりもないはずだ。
そのためにも「一瞬で正影に触れる距離」を維持しなければならない。
仮に、正影がただ寝ているだけでただのオゥステムにやられる可能性なんてない場合だったとしても2人の行動は変わらなかっただろうが。
「心から貴方のご両親に同情し、貴方を哀れに思いますわ」
「どこが哀れなのよ?」
彼女たちだって人間だ。
目の前で起きている悲劇をただ見ているのは、聞いているのは心が痛む。
だから彼女たちはそれを視界に入れないという方法を学んだ。
耳に入れないという方法を身に着けた。
そうでもしないとどうにかなりそうな世界だった。
「名前は人を作らない、人が歩いた道に名前が残る。名言ですわ。とは言っても親は子にこうなってありたいと名前を付ける時願望を抱くものですわ。名前の通りに育っていれば、女性でいられましたのに」
「アァ?」
「失礼。人間でいられましたのに、のほうが正しいですわね」
「上等じゃない。ちょっと表出なさいよ」
「あら、まさか正影さんの近くで爆発でも起こす気ですの?」
「あんたみたいなひ弱なエセお嬢様なんて素手で十分よ」
「…言ってくれますわね。少なくともあなたよ―――」
「あの!」
男性の声がした。
操縦士が何か用があるのかと思ったがいたのは見覚えのない男性。
見てすぐになにか嫌な感じがした。
あまりに不自然すぎたからだ。
研究職だったりすればわからなくても納得いくかもしれないが、あまりに綺麗だった。
服装が、清潔感が。
外見がとても裕福に見えたのだ。
別にどこぞの貴族のような風貌というわけではない。
だが、着ている服は明らかに動きやすそうでまるでこれがあることを想像できたからとっておきを着ておきましたと言いたげのような。
「…なにかしら?」
「プロトの方ですよね?友人が!」
「申し訳ないのですが私たちはここを離れることができませんわ」
「奥に寝ている人が原因なのですか?でも1人くらいなら…!」
「お引き取り願いますわ」
「そんな…、人の命がかかってるんですよ!?」
「恨んでも構わないわ、でも無理なものは無理なの。どうしても助けが必要だって言うならそこをまっすぐ進んだところで1人、プロトが救助活動をしてるわ。そっちにお願いして」
何か言いたげな顔をしている男性だが、次の言葉が見つからないらしい。
「そこを…なんとか」
「ここにいても時間の無駄よ。他をあたりなさい」
「……………わかりました」
ようやく引き下がってくれるのかと胸をなで下ろす。
変な心配も杞憂だったかと思っていたその時、
何かが地面に落ちた。
一瞬、何が落ちたのか分からなかった。
だが次の瞬間にはそれが何か理解する。
(閃光―――!)
あたりに強い光が広がる。
幸いだったのは、常日頃から手榴弾を愛用していた美姫のおかげで2人の理解と行動が早かったということ。
目を閉じて視界がつぶれるのをどうにかするが、耳までは手が回らなかった。
すぐに美姫の脇腹に強い衝撃が走る。
目を閉じていた、さらに耳もやられていた美姫にそれに対する防御の行動をとる暇なんてない。
しかし、次の攻撃は鈴の届かなかった。
同じように脇腹に蹴りを入れようとしたのだが鈴は持っていた槍でそれを受け止める。
「…参考までにどこが怪しかったか教えてもらえるか?」
「気配もそうですが、まずはその服装を何とかするべきですわ」
「悪いな、これが一番地味な服なんだよ」
いったん距離を取る男性。
身のこなしはプロトそのものだが見覚えがない。
「どこのアルツェですの?」
「アルツェ?そんなくだらねぇ組織の属しちゃいねぇよ」
「なら殺しても問題なさそうね…!」
美姫が起き上がる。
彼女の手にはさっきまで腰にかけてあったスタンバトンがあった。
勿論、対オゥステム使用なので人が食らえば気絶程度では済まされない。
「全く…、黙って1人が俺について来ればそいつは生きていられたのにな」
「私たち2人を前にしてよくそんなことが言えるわね?」
「舐めないでほしいですわ」
「確かに、俺1人でお前ら2人を相手にしてたら勝のは難しいだろう。それに勝ったとしても時間がやばい。でもな…」
1つの缶を取り出す。
だが、手榴弾系ではない。
見たこともない型に訝しそうに見る美姫。
「馬鹿正直に戦えばの話だ」
得体のしれない缶が鈴たちに向かって投げられる。
後ろには飛ぶ準備すら整っていないヘリ。
もし爆発物だった場合、正影の身が危ない。
避けることは許されない。
鈴が投げられた缶に向かって走る。
1秒とないその間。
槍を使いはじき返す。
しかし、その缶は見た目以上に脆かった。
「!」
打ち返したつもりがその缶が粉々になる。
中から出てきたのは透明な液体。
避けることは敵わず液体が降りかかる。
後ろにいた美姫も予想外の展開と正影のカバーのために動けなかった。
僅かながらしみついた液体に顔をしかめる。
「悪趣味ですわね…」
「透けて見えた肌や下着に興味はないんだがな」
「臭いもしないし…何よこれ」
「名前は忘れた。あるお方が創った代物なんだがどうも名前が長くてな。だがまぁ、簡単に言うなら…」
突如鈴の頭上にあるものが飛んでくる。
「フェロモン、だな」
長い槍を使い、頭上の敵を切り裂く。
僅か2mほどの羽蟻。
真っ二つに割れると地面に崩れ落ちる。
「まぁ、フェロモンっていっても沢山ある。性フェロモン、警告フェロモン、道標フェロモン…。だがオスは基本的に単一、それに生殖行動だってとる個体はほとんどない。だから正確には違うみたいだが…まぁ効果は集合フェロモンとほとんど同じだ」
「…聞いたことないですわ」
「そりゃそうだ。信じられないか?まぁすぐにわかるさ」
男の発言に疑問を抱く。
そもそも男の言う通り、オスは大半が単一で行動し生殖行動をとるものは1割に満たない。
そんな数少ないオスのサンプルは生きているものの場合、貴重なんてものではない。
生きた状態で確保して初めてわかることは多い。
もし、集合フェロモンのようなものが完成してた場合人類は大きく優勢に立てるかもしれないのだ。
そんな代物を自分たちが知らないのはおかしい。
だが、その発言が間違いないということはすぐにわかった。
男の隣をオゥステムが歩いている。
その目線は液体がかけられた方を向いている。
隣にいる人間すら無視しているのだ。
「別に
「集合フェロモンより性質が悪いですわね」
「それよりもいいのか?ここにいるとオスがどんどん集まってくるぜ。有効範囲は忘れたが、お前を食った後は近くの人間を喰い始めるだろうな」
「…美姫」
「行きなさい、私はあなたと違って強いんだから」
「その減らず口、嘘じゃないことを祈ってますわよ」
それだけ言うと鈴はその場を離れる。
鈴が向かったのはアルツェの方向。
本来なら外に逃げてすべてかたすべきなのだが有効範囲がどれくらいかわからない以上、外から連れてきてしまう可能性も含めて中に逃げる。
オスは鈴しか狙わないみたいなので好都合だ。
その場に残った2人が対峙する。
「逃げてもいいぜ?追わないからよ」
「ここで正影を守れればボーナス出る上に正影から好印象、一石二鳥なの」
「なら久しぶりにやるか。……殺し合いってやつをな」
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「走って、速く!」
嬉々が最後尾で刀を構えている。
先に生き残った人が地下の住民区を逃げていた。
地下に住民はすでに彼らの避難所に集合していたため人影はない。
「嬉々、お前も行け!」
「何言ってるの!?あなたが死んだら私も死ぬのよ?置いていけるわけないでしょ!」
「ほら、これを!」
蓮は嬉々に小さな物体を投げる。
長方形の小さな物体。
「何よこれ?」
「メディアトールの繋がりを一時的に遮断する薬だ。ここを押せば錠剤が出る」
「…」
「効果が出るまで1分ほど必要だ。あと使ったら12時間は繋がりは戻らないから俺が死んでも問題な―――」
嬉々が説明を聞き終わる前にそれを投げる。
「蓮、私がこれで退くと思った?」
「…」
「冗談じゃないわ。あなたのその武器、もともとは梓のよ?1人に任せるなんてできるわけないでしょ。見殺しなんてごめんよ」
「……でも俺は―――」
「私も同じよ、蓮に死んでほしくはないの!」
嬉々は泣いていた。
エニスの死が響いているのは明白だ。
「生き延びるの!これ以上は嫌!」
「分かった。ただ…」
「なに?」
「さっき投げた錠剤、使わないなら持っとかないと俺怒られるんだけど」
「………だって雰囲気的にあれは投げたほうがよくなかった?」
「俺は雰囲気を代償に司令に殺されるのか」
「いい経験よ」
「絶対違う」
「イチャついてるとこ悪いけど時間だぞ、お二人さん」
リリィがため息交じりに呼びかける。
何故この状況で冗談を言ってられるのかわからないようだ。
視界にプロディターが入る。
「明季さんたちが来るまで頑張るわよ!」
「もちろん!」
「…(いざとなったらこいつら囮に逃げるか)」