苦痛からの解放ですね。
現代っ子にインターネットがない環境は辛いです。
「パパ、しっかりして!」
「大丈夫だ…いつもの副作用が出てるだけで、死んだりはしない」
穂香が正影を持って走っている。
不思議なことにその姿は穂香に疲れを感じさせない。
まるで風船でも持ってるかのようだ。
穂香と正影は今、地下都市の中を逃げている。
広い場所であるが故、なかなか出口が見えず穂香が苦労している。
苦労しているのは走ることに対してであり、正影を抱えることではない。
「ォオオオオオオオオオ!」
「しつこいなぁ…!」
走って逃げてるとは言ったが、大したスピードは出ていない。
そこらへんのプロトと比べれば多少は良いスピードと言えるだろうが。
いったん正影を降ろす穂香。
そして壁に手をかける。
「ああああああ!」
大声を張り上げると同時に手に力をかけた。
それと同時に壁がきれいに採れる。
高さ70、80mはあろう壁が力だけできれいに取れたのだ。
そしてそれを投げる。
オクォロスが向かってきている方向に。
「来ないで…よ!」
取れた壁が回転することなく、まっすぐに奥へと飛んでいく。
そして10秒ほどするとオクォロスの叫び声が聞こえた。
悲痛な叫び声であるのは間違いない。
「パパ、行こう!」
「あ、ああ」
思わず耳を疑った。
オクォロスが悲痛な叫び声を上げたということは投げたあのでかい壁が10秒先でも跳んでいたということを意味する。
ただ地面に落ちている壁に当たったってダメージは受けないだろう。
正影でもそんなことはできない。
「明季さん、次は?」
『50mほど先にある分かれ道を左』
「ありがとう」
「穂香、お前…?」
「大丈夫だよパパ、別に体に悪いことしてるわけじゃないから。ただ、真理奈さんとも今は繋がってるけど」
「……あいつら」
青羽が言っていた。
メディアトールは1人までの契約が精一杯で、2、3人出来る人は稀だと。
下手すれば耐えられず無駄に多く契約した人が死ぬと。
助けてもらったとはいえ、もしこれがなんの確証もなくやっていたことだったら外に出たら吊るしてやると心に誓う。
今、穂香の体は通常では考えられない状態になっているに違いない。
ロスの力が加わっているだけでもすごいことなのに、腕のみが異常に強力な真理奈の力まで加わっているのだ。
正影としては何か副作用が起きては困ると心配でならない。
『正影、聞こえるかしら?』
「…明季、覚悟は出来てるんだろうな?」
『告白っていうのなら少しは考えてあげるわ』
「変な副作用は起きないんだろうな?」
『別に起きても構わないんだけど。穂香の代わりなら沢山いるわ』
「……喧嘩を売ってるのか?」
『悪いけど、オクォロス1体ごときにロスを消耗するのは勿体ないわ。死ぬならプロディターを葬ってからにして。それと…気づいてる?』
「ああ。さっきから、リムと連絡が、取れない」
幾度も襲われる吐き気を抑えながら話す。
穂香の目の前で吐くなど父親としての尊厳を失いそうでなんかこわい。
『こっちも同じよ。ただの電波障害だといいんだけど…』
「心当たりが、あるのか?」
『ロスがいない、まぁロスのことは口外してないはずなんだけど。そして私と恭二がいない、つまり主戦力を削がれた状態なのよ。私たちのアルツェは』
「まだ、鈴や美姫、がいるだろ?」
『いいえ、ここにいるわ』
『ハロー、正か『ごきげんよう、正影さん』ちょっと!私がしゃべってたのよ!』
通信機の奥からいがみ合う声が聞こえる。
『それに、アルツェっていうのは緊急事態に対応出来ないのよ』
「…どういう意、…!」
激しい頭痛が正影を襲う。
エネルギーを最後まで使うとここまでひどいのかと唸る。
『貴方のように自分の武器を常に持っていられたら話は別だけど、緊急事態でも
「緊急事態、でもか?」
『大抵は壁で時間を稼げるから大丈夫なの。でもこれがプロディターだったら?』
「…タイミングが、良すぎる」
『杞憂だといいのだけれど』
「明季さん、入り口まで来たよ!」
いつの間にか入り口まで来ていた。
オクォロスが収容できるほど大きな入り口は閉まっていたはずなのに、その口は大きく開いている。
この施設にはこれ以外の出口はない。
理由は小型のオゥステムだ。
昔、ここは人がオゥステムから逃げるために作られた。
完璧な壁を築くことができたが、外からの物資搬入は必要。
だが、オゥステムの侵入は防ぎたい。
なら入り口を1つにしてそこの守りを固めればいいという結論に至ったのだ。
何より、地下に作ったこの町。
無駄に出口を多くしては危険を高めるだけでなく、工事している人間が危険なのだ。
「ォォォォォオオオオオオ…!」
「急がないと!」
穂香とて腕の力が異常になり、投げ飛ばすことができるようになったからといって食べられてしまえば意味がない。
真正面きっての勝負は分が悪いのだ。
駆け上がるとヘリがすでに飛ぶ準備を済ませていた。
「穂香さん、正影さん。こっちです!」
恭二の呼びかけによりヘリに乗り込む。
「もう一基あったヘリはどうしたの?」
「先に行かせてアルツェの様子を確認させてます」
正影たちが乗るとすぐにヘリの足が地面から離れる。
「穂香、オクォロスは?」
「後ろをついてきている様子だったよ。ただ距離はけっこうあったと思―――」
空気中を振動が伝わる。
腹に響いてくるような振動に正影の顔が青くなる。
地面から離れているはずなのに振動が伝わるとは思ってもみなかった。
「…急いで」
「了解しました!」
操縦者の焦りも伝わってくる。
オクォロスの体長は50m以上。
力いっぱい跳ぼうとすれば恐ろしい跳躍力をみせる。
足があるわけでもないのになぜあんなに大きなジャンプが出来るのかと疑問だ。
「恭二、連絡は?」
「依然音信不通、先ほどむかったヘリはつくまでもう少しかかります」
「正影、吐くならこれに吐けば?」
「?」
明季と恭二が真剣な話をする中、美姫が正影の顔色に気づいて袋を渡す。
「す、すまん…」
「なんかこんなボロボロな正影を見るの新鮮ね」
「そうですわね」
「穂香、もしものために、離れてく―――」
顔を袋に近づけて気づいた。
なんか硝煙?のような臭いがする。
「…美姫、これに、何を入れてた?」
「これ」
ボン、とたたいた場所には手榴弾が散乱していた。
吐き気も一瞬で収まる。
むしろ危険がすぐ近くまで来てるとわかるとぞわっと、ある意味心地のいい寒気が走った。
「馬鹿か!?お前は毎回それを持っていながら…!」
「大丈夫よ、レプリカだから。吐き気は収まった?」
「…助かった」
ずいぶん荒い治療法である。
だが別に正影の体調がよくなったわけではない。
体の倦怠感は残り、意識は未だ途切れそうになったりする。
「私がそんなことするわけないよ。ちゃんと服の裏に入れてるわ」
「…まさに
「懐かしいの持ってくわね。でも手榴弾は滅多に使ってないんだけ―――」
「オオオオオオオオオォォ!」
はっきりと雄叫びが聞こえた。
オクォロスが這い出てきたのだ。
「おい…!」
「大丈夫よ、この距離なら届かないわ」
「そうじゃ―――」
「黙ってみてなさい」
E-23を使っていないことを正影は知らない。
あそこから這い出てしまったら放射能だのよくわからないものが穂香たちの身に襲い掛かると明季を睨みつける。
オクォロスも諦めきれないのかヘリに向かって並行してくる。
明季が笑みを浮かべていた。
「あら、思ったより言うこと聞くいい子なのね。美姫、後は任せるわ」
「了解です!」
手にはスイッチらしき物体。
刑事ドラマとかで爆弾を仕掛けた人が持ってそうなやつだ。
美姫はそれを持ち、いつ爆発させようかと楽しみなのかワクワクしているのが伝わる。
「美姫…!」
「隊長、もしかして正影に教えてないんですか?」
「ん?…ああ、そういえばそうだったわね。正影、爆弾の話は嘘よ」
「は、はぁ?」
「証明してあげる、美姫」
「ポチッと!」
美姫がスイッチを押した。
その瞬間、再び腹に響くような音が鳴り響く。
爆発したのがオクォロスの体の中だったので、さほど大きな爆音は響かない。
しかし
「ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!?」
オクォロスの悲痛な叫びが耳を痛くする。
全員が耳をふさぐが、美姫は「それよりも爆発♪」と言わんばかりに輝いた顔でオクォロスを見ている。
叫び声は10秒以上続いた。
しかし、そんな叫び声も消えていく。
「ィィィィィィィィィ……」
そして、オクォロスの叫び声が聞こえなくなる。
オクォロスを改めてみる正影。
その姿は一見変わっていなかった。
だが、オクォロスの体のところどころから上がっている煙。
そして横たわって息すらしていない。
眼球は黒目の部分が異様なほど収縮し、止まっている。
「半径1キロは焼き切る爆弾だったんだけど…、あの体で押し込めるのね」
「死んだ…のか?」
あっけない終わりに未だに頭がついていかない。
あれほど自分が苦労した相手が、たった一つのスイッチを押すだけで殺せた。
威力がすごいのは分かる。
だが…
「さっさと戻るわよ。アルツェの方が心配だわ」
「そうですね。そろそろヘリから連絡があってもいいはずなのですが」
『至急、こちら4番ヘリ!』
「噂をすれば…。こちら恭二」
『たった今、アルツェに到着!敵襲にあっている模様』
悪い予感が当たったと顔をしかめる明季。
ほかの人にも緊張が走る。
「敵は?」
『プロディターです。目視で確認しました』
「分かりました。耐えてください、こちらも向かっている最中です」
『もう1つあります。目視で確認できたのは2体!」
「………」
言葉に驚き、口が開いたまま動かない。
明季でさえ、目を見開いた。
『どうしましょう?』
「…貴方たちはその場を離脱して。民間人等も無視、急いで他のアルツェに応援要請を」
『了解』
通信が切れると全員黙ってしまった。
第一声に何をしゃべればいいかわからない。
安堵は出来ない。
恐怖はあおらないほうがいい。
どうすればいいかわからない。
現時点でプロディターと戦えるのは正影のみ。
だが、その正影は今戦うことはできない。
明季たちがどんなに頑張っても1体を相手にできるか…いや、無理だろう。
『き…えるか?』
そんな沈黙を破ったのは通信機だった。
『…チャンネル間違ったか?』
「こちら討伐部隊隊員恭二です」
『なんだ合ってたか。こっちはリリィだ』
「どこから発信しているんでしょうか、通信室は生きているのですか?」
『生憎、うんともすんともいわない。これは俺個人の通信機だ』
「…違法ですね」
『彼女助けてやったんだから見逃せよ』
「裁くのは俺じゃないので」
近くにプロトがいるというだけでも生存確率は上がる。
口には出さないがそれを聞いてホッとした恭二。
「嬉々は、無事なの、か?」
『おいおい…、勘弁してくれよロストチルドレン。なんか、ずいぶん疲れているように感じるが?』
「答えろ…!」
『生きてるよ。傷心気味だがな』
「なに?」
『今、手に武器を持っているのは俺、美嘉、嬉々、梓とかいう女の計4人だ。この人数で1人も死人が出てないと思うか?』
嬉々が傷心する理由、わかってはいたが実際聞くと辛いものがある。
しかし明季はやるべきことを行う。
「被害はどのくらい?」
『今すぐあいつらが撤退してくれればここで生活はまだ可能だぜ?』
「司令は?」
『無事だ。ここにいる。他にも50人程な』
「かわってもらえるかしら?」
『仰せのままに、隊長さん』
10秒ほどの雑音の後に通信が再び入る。
『明季か?オクォロ―――』
耳を傾けていた正影の視界が回る。
激しい頭痛も再び襲い掛かる。
「パパ!?」
「…くそ、使え、ない体―――」
「パパ?パパ!?」
「…無理ですわ。意識が切れましたわ」
明季はそれを横目で見ながら通信を切る。
「どうでしたか?」
「正影が使えない以上、私たちに勝ち目はないわ。それでもこのヘリは後10分しないうちにアルツェに着く」
「作戦は?」
「決まってるじゃない」
自分の武器を強く握りしめる明季。
顔をうつむけながら静かに笑って言った。
「身を挺して時間稼ぎよ」
蓮
嬉々のメディアトールであり、タイプA.
武器は恭二と同じで拳を使うのだが、恭二は一撃がでかいのに対して蓮は数で勝負する。
強さは申し分ないはずなのだが、討伐部隊には入らず下位の敵を相手にしている。
誰を紹介して、だれをまだ紹介していないのか忘れてしまう。